書評『ホラアナグマ物語:ある絶滅動物の生と死』
ヨーロッパには「竜の巣穴」と呼ばれる場所がいくつもあるという。洞窟の中から見つかるおびただしい数の骨が、伝説の動物の亡骸だと考えられたのだ。しかし、科学者たちがこの亡骸の正体を突き止めた。骨の主はドラゴンではなく、絶滅したクマの一種だったのだ。そのクマの名を、ホラアナグマ (Ursus spelaeus) という。
本書は、ホラアナグマの進化と生態についてまとめた一冊だ。全九章、ページ数は二百に満たないが、一種の動物をとことん追究している。内容は非常に濃厚だ。
フィンランドの古生物学者である著者は、さまざまな知識を総動員してこの動物の生きざまを復元している。彼らは何をどのように食べていたのか。オスとメスにどんな違いがあったのか。彼らが洞窟で死んだのは、夏だったのか、冬だったのか。化石に残された証拠から疑問を紐解いてゆく過程は、さながら名探偵のようだ。
文章のところどころに散りばめられた風景描写もすばらしい。第四章では、繰り返される氷期と間氷期のはざまで、ヨーロッパの動植物相がどのように変化してきたのかを解説している。生き生きと綴られる生物たちの姿が、まるで太古の世界にタイムスリップしたかのような錯覚をまねく。
すでに絶滅してしまった動物についてこれほど事細かに述べられると、驚かずにはいられない。しかし、著者は最終章で未解決の問題を投げかける。ホラアナグマの絶滅の原因だ。人間の狩猟が行き過ぎてしまったのか。それとも、気候変動が引金だったのか。どちらの説にも穴があると著者は言う。ヒグマやヘラジカが生き残っていることを指摘し、二つの原因が組み合さって絶滅につながったのだと示唆する。
著者の名前の「ビョーン」は、スウェーデン語で「クマ」を意味するという。この名前で研究できたことがきっと誇しかったに違いない。彼の観察力と描写力が光る良書だ。