ユルタビ~ノア君のクリスマス~
元気いっぱいで食欲旺盛な、おばか木細工職人アラケル。
パーティーの財布管理を一手に担う、頑固商人ファーニ。
心も身体も癒すが手は汚したくない、謎僧侶ネフィリーズ。
良家の坊ちゃんで金銭感覚がずれている、俺様魔法使いノア。
そんな4人がひょんなことからパーティーを組んで、ユル~く旅をするお話です。
パーティーは新年を直前にクリスマスの仕事を引き受けることに。
魔法使いのノアは、クリスマスにいい思い出がなく、それをパーティーメンバーに語る。
そんな彼が依頼中にある人物に出会う……。
【クリスマス】とは。
暦が替わる一週前にある伝統行事。このクリスマスには夢のある伝説がある。
クリスマスの晩、良い子にはクリスマスプレゼントが配られる。そのプレゼントを配るのは、赤い服に白い髭をたくわえた老人で、寝静まった子供の枕元にこっそりプレゼントを置きに来てくれるというのだ。
年を重ねれば、その伝説の真実はおのずと気付いてしまう。しかしここでは、夢のあるお話に水を差すのはやめておこう。誰もが大好き、心躍るクリスマス。
しかし、このパーティーの魔法使いノア・ギムレットは少し違うようだ。
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いきなりだが、目の前に手押しワゴンが飛んできた。
「や、やめろ、もふもふ!」
「このブルジョワめ! 正義の鉄槌を受けるです!」
ワゴンを投げつけてきたのは、うちのパーティーの女商人で『もふもふ』こと、ファーニ・モフモ。
僕の言葉の何かにキレたらしく、商売道具のワゴンを使った物理攻撃『ワゴンアタック』を食らわしてきた。これははっきり言って洒落にならない。僕は寸でのところで、ワゴンを避けて難を逃れる。
そして、普段笑っている顔がデフォルトのような木工細工師アラケル・ラフィカは、僕に冷たい視線を送る。
「坊ちゃん、それはさすがに引くわ」
――何、この仕打ち? 僕が何をしたわけ?
「ネフィー! 助けてよ」
僕はお決まりのように、パーティーの良心ヒーラーのネフィリーズ・グレヴィリウスに助けを求める。ネフィリーズは少し困った顔をしている。
「困ったねぇ。ノアの家のクリスマスは、ワタシ達とは少し次元が違うというか。一般的なクリスマスというのはね……」
こんな状況に陥ったのは、ほんの数分前のことだ。クリスマスを前に、各自どんなクリスマスを過ごしてきたかという話題になった。そこでトップバッターに僕の家、ギムレット家のクリスマスを説明した。
クリスマスというと、食卓のおかずが何品か増える。そしてどこから湧いて出たのか親戚が押し寄せて、宴会へと突入するのだ。騒がしい食卓に辟易する。そして大味の七面鳥の丸焼きも好きではない。僕だけスモークしてターキーサンドイッチにしてほしい。
それからクリスマス一か月前になると玄関のエントランスに生のモミの木が搬入され、デコレーションされる。これが毎年一大工事で、これまた騒がしくて仕方がない。
僕は冬の間、暖炉のあるエントランスのソファがお気に入りなのだが、工事が始まると否応なしに追い出されるんだ。
忘れてはいけない、クリスマスの中で一番迷惑なのが、両親からのプレゼントだ。何が欲しいかしつこく聞かれる。普段から欲しいモノを欲しいと思った時に手に入れていた僕にとって、突然そんなことを言われても困る。この質問に回答するため、数日悩まされる。
クリスマスとは、実に迷惑な行事だ。だからクリスマスは子供の頃から大嫌いだった。
『みんなもそうだろう?』とそこまで話したところで、突然ファーニのワゴンアタックの暴挙。そして幸せそうにおやつのナッツを食べていたアラケルの手も止めてしまった。
――どういうことだよ?!
ネフィリーズが見かねて、一般的家庭のクリスマスを僕に教えてくれた。
「へぇ、クリスマスとはそういうモノなのか」
まさかこの僕でも知らないことがあるとは驚きだ。今までただの煩わしい行事だと思っていた。
「ハイハイ皆さん、ノアくんの実家自慢はここまでにして、今日のわたし達の目的を達成するですよ」
ファーニがキリッとした表情で、全員にそう通達をする。のんびり話をしていたが、いまは仕事の休憩時間だった。
「おー!」
元気の塊のようなアラケルの返事。
「あと少し頑張ろうかね、良いお宿みたいだから楽しみだよ」
ネフィリーズもなんだか楽しそうだ。
「温かい宿屋で年始を迎えたければ、働くです!」
「はいはい」
そして最後に気のない僕の返事。
正直寒くて動きたくない。しかし今回は絶対働かなければいけない。
年明けはギルドが数日休みとなり、仕事が受けられなくなる。いまのパーティーの財布事情ではその数日も痛い。この寒さでは野宿は難しいし、安宿にひきこもるしかないかと話をしていた時、ネフィリーズが良い仕事を見つけてきた。
仕事の内容は、この街の青年会が主催するクリスマスイルミネーションの仕事だ。街をランプの明かりで照らし、幻想的にライトアップするというのだ。企画を立ち上げて資材を集めたところまではよかった。しかしクリスマス前日になっても、イルミネーションは完成していなかった。原因は人手不足。そこで青年会は、ギルドに助けを求めてきた。
この仕事内容はまるでうちのパーティーのためにあるような仕事だった。
まず僕が炎の魔法を閉じ込めたランプとキャンドルを作る。魔法の炎は、魔力を絶妙に調節することで簡単に消えたりしない。一晩くらいなら余裕で持つだろう。
次に、怪力女子のファーニが出来上がったランプとキャンドルをワゴンに乗せ、イルミネーション会場の各ブースに運ぶ。
設置は身軽なアラケルが担当。モミの木や軒にヒョイヒョイ登り設置してゆく。そして、美的感覚が鋭いネフィリーズが総合プロデュース。配置を計画し、アラケルに飾る位置を的確に指示してゆく。完璧な布陣だ。
クエストクリア条件は、五百個のランプと、道を彩る五千本のキャンドルを町長の点灯式までに飾りきること。このイベントが無事成功した暁には報酬として、年末年始の宿と食事を約束されている。
「ノアくんはちゃっちゃと作業してください」
僕は木箱に腰を下ろすと、手近にあったランプ数十個に魔法をかける。そして炎の種が宿ったランプをアラケルが慎重にワゴンへと積んでゆく。
「ファーちゃんいっぱいになったよ」
「では出発です。ノアくんサボらないでくださいね」
「分かってるよ。早く行けば」
「いってくるよ、ノア」
「またね」
三人はそう言い残し、僕はその場に一人残される。
「さてと」
僕は立ち上がると、木箱の山から未灯火のランプとキャンドルを取り出す。
手がかじかんで上手く動かない。しかし近くにランプの油があるため、迂闊にたき火が出来ない。ここは一刻も早く仕事を終えて温まるしかない
使う魔法は炎の魔法、下位火炎魔法フィア。芯の上に極小の火種を起こす。ただ火球を呼ぶだけなら魔法使いなら容易い。しかしここが僕の真骨頂、炎の種を小さな容器の中に起こしておき、イルミネーションの時間になったらランプやキャンドルに着火する。しかし、それだけでは面白くないので着火する時間を少しずつずらして作っている。計画では街の入り口から順番に点灯が始まるようにとネフィリーズが配置している。光の波が街を駆け巡る予定だ。
木箱に入ったランプには点灯合図から何秒後に着火するかラベルが張られている。
「えっと、これは赤いラベルだから十秒か……」
僕はルビーの指輪をはめた右手でランプに触れる。この指は魔法アイテムだ。媒体の力を借りることで、この絶妙なさじ加減が出来る。まあ僕ほどの魔法使いなら指輪の力なんてなくても問題ないけれど。
「……フィア」
無事数十個のランプ中に炎を閉じ込めることに成功する。我ながら素晴らしい仕事ぶりだと自画自賛したくなる。しかしだ、まだまだ在庫は山積みだ。ため息が漏れる。
「……いっそ、ルヴ・フィアで全部一気につかないかな?」
「それはダメでしょう!」
「っ!」
僕は独り言に返事が返ってきたので、少々驚いて肩を震わせてしまった。振り返るとそこには赤い上下のツナギを着た白髪の老人が立っていた。
――ああ、サンタの仮装の人か。
「お疲れ様です」
とりあえず挨拶を返す。普段仕事では『挨拶が重要』と口を酸っぱくして言われている。
その成果か自然と口に出た。誰に言われているかは、想像にお任せする。
「今日は寒いね、この分だと雪が降るかもね。少しここで休ませてもらってもいいかい?」
サンタは僕が座っていた木箱を指さす。
「ああ、どうぞ」
サンタはどっこいしょという声と共に木箱に腰を下ろす。
「ありがとうね、ところで君は何をやっているんだい?」
「何って、イルミネーション用のランプとキャンドルを作っているんだよ」
「なるほど、でもルヴ・フィアは危ないよ。それ火炎の上級魔法でしょう?」
「そうだけど」
ルヴ・フィアはフィアの上位に位置する火炎魔法だ。そこらのモンスターなら一瞬で消し炭になる。
「そんな大魔法じゃ、ランプまで溶けて大火災になっちゃうよ」
「……確かに、それはまずいか」
何か事故があったら仕事がパーになってしまう。
「仕方ない、めんどくさいけどフィア連発で頑張るよ」
「頑張って、きっとみんなこのイルミネーションを楽しみにしているよ」
「そうならいいけど」
サンタのじいさんは、木箱に座ったままニコニコしながらこちらを見ている。実にやりにくいが、黙々と作業を続ける。
「明日はクリスマスだけど、君は何か欲しいモノはあるのかい?」
「へっ?」
サンタは唐突な質問をしてきた。
「クリスマスプレゼントだよ」
なるほどサンタの定型の質問か。ここは付き合いとして答えるべきか。
――そうだな……やっぱり新しい魔導書! と言いたいところだが……。
「今は防寒着が欲しいな、毛糸のあったかいの」
僕はそう言い凍える手をすり合わせてみせる。
「そうかい」
「あと……」
「まだあるのかい?」
「あるぞ、ネフィには……そうだなショールかな、綺麗な柄のやつがいいな。アラはさっき耳が真っ赤になっていたから耳当てとマフラー。もふもふはミトンの手袋がボロボロなのに節約して買い替えないから新しいの。といっても買うお金ないけどね」
「おやおや、仲間のことをよく見ている。いい子だね」
「なんだよ、煽てても何も出ないからね」
「ふぉふぉふぉ、さて私もそろそろ仕事に戻るかな」
老人は立ち上がると、休ませてくれてありがとう仕事頑張ってと声をかけて去っていった。通りすがりの老人との何気ない会話。一人で退屈していたから丁度良かったのかも。
「ノアくん、次のランプとキャンドル出来ましたか!」
サンタと入れ違いでファーニが空になったワゴンを押して戻ってきた。
「もちろん出来てるよ、持っていって」
僕は話をしながらも仕事はきっちり終わらせていた。出来上がったランプとキャンドルを自慢げに披露し、ファーニに引き渡す。
+
「三、二、一、点火!」
町長の合図と共に、僕は火炎魔法のリミットを外す。
ランプとキャンドルは光の波がドミノ倒しするかのように街中を駆け抜けた。観客はその幻想的な風景に目を奪われ息を飲む、そして数秒遅れて歓声が上がった。当たり前だがイルミネーション計画は大成功だ。
パーティーは予定されていた報酬に少しボーナスをつけてもらえた。それはささやかだがクリスマスのディナー。町長がイルミネーションの出来栄えに感激し、青年会と僕たちを招待してくれたのだ。
宿への帰り道、町長の家から出ると夜空には雪がチラつき、寒さが一段と増していた。しかし屋外はイルミネーションが温かく迎えてくる。
「今日はいい仕事をしたねぇ。自分たちが作ったせいもあるけど、すごく綺麗だ」
ネフィリーズは幻想的な街並みをうっとりとした顔で眺めている。
「綺麗です。そして懐も温かくて幸せです」
ファーニはイルミネーションを見つつも瞳が貨幣のマネマークになっている。ロマンチックな晩だというのに、守銭奴は通常運転のようだ。
「みんな頑張ったな」
アラケルは、町長宅で貰ったお菓子を両手に抱えて満面の笑みだ。幸せそうで良かった。
「たまにはこういうのもいいかな」
各々の感想。そして僕は『大嫌いなクリスマス』から『クリスマスは結構楽しいかも』に考えを少し改めようかと思っている。
今宵はクリスマスの余韻を残しながら早めに宿のベッドに入る。まだ騒いでいたいが、クリスマスが終わったら片付けが待っている。結局片付けも請け負うことになってしまった。そのかわり冬の間、宿の他にしばらく困らないほどの報酬を貰えることになった。暖かいベッドで眠れるなら、明日も頑張らないとな。
僕はその晩、周囲に影響されたのかサンタがソリで空を駆ける夢を見た気がする。
+
目が覚めると部屋は、朝の冷気に包まれていた。これは布団から出るのが辛い。
――もう少し寝て……。
「坊ちゃん起きて!」
そんな風にまどろんでいると、アラケルが寝ている僕の上に飛び乗る。
「イテっ、やめろアラ! 布団の暖気が漏れる」
文句を言ってみるが、アラケルに布団を引っぺがされる。
「いいから、みてみてコレ! 起きたら枕元に置いてあったんだよ」
眠い目をこすりながら僕はアラケルを見る。彼は部屋の中なのに、深い青色の耳あてとお揃いのマフラーを身につけていた。
「……それどうしたんだ?」
「朝起きたら枕元に置いてあったんだ! あ、坊ちゃんにもあるね」
僕はベッドの上で身じろぐと、手に何かが当たった。
「ナニコレ?」
誰がこんな所に置いたのだろうか、リボンが巻かれた小包が枕元に置かれていた。小包を手に取ろうとしたとき、部屋の扉が豪快に開いた。来訪者はファーニとネフィリーズだった。
「アラくん、ノアくん! ちょっといいですか!
いくら男子の部屋でもノックくらいして入ってきてほしいな。朝から元気な商人は、部屋につかつかと入ってきた。
「ノアくんまた無駄遣いしましたね!」
「はっ?」
――朝の挨拶第一声がそれ?
確かに普段から無駄使いというか、ちょっと贅沢をしたいと主張しているが、目覚めてすぐに心当たりがない言いがかりをつけられるなんて。酷くない?
「ファーちゃんネーちゃんおはよう! みてみてこの耳当てとマフラー」
「アラくん、おはようです」
「二人ともおはよう。朝からすまないね」
さすが良心で出来ているようなネフィリーズは気まずそうだ。ファーニはアラケルの様子を見てから、僕に詰めよる。
「やっぱり、ノアくんですね!」
「だから何が! 僕が何をいつ無駄遣いしたというんだ、証拠を出せ!」
取っ組み合いの喧嘩に発展しそうな空気を感じたらしいネフィリーズが、僕とファーニの間に入る。
「まあまあ、二人とも落ち着いて。起きたらこれが枕元に置いてあったのさ、ワタシとファーニは心当たりがなくてねぇ。もしかしたらアラケルとノアがプレゼントしてくれたのかなと思ってね。どうやらアラケルも違うみたいだから……」
ネフィリーズは黄色地に朱の糸で雪をモチーフにした刺繍が施されたショールを手にしていた。ファー二はアイスクリームのチョコミントを想像するような色味のミトンの手袋。そしてアラケルはご覧の通り。
「僕でもないよ! ほら!」
僕は枕元に置かれていた小包を取り上げると二人に見せる。急いでリボンと包装を剥ぐと中から赤いカーディガンが現れた。
「えっええっ! ノアくんもですか?!」
どうやら濡れ衣は晴れたようだ。
しかしショールに耳当てとマフラー、ミトンの手袋。どこかで聞き覚えのある組み合わせだ。
僕に贈られたのは赤いカーディガン。包装の間からポロリと何が落ちる。アラケルがそれを拾いあげてくれる。
「あ、これクリスマスカードだよ!」
「ノア、送り主が分かるかもしれないね」
「うん、アラ読み上げろ」
「了解」
アラケルはカードを開くと、中に書かれている文字を大きな声で読み上げた。
『メリークリスマス☆ 良い子にはクリスマスプレゼントを。 サンタより』
一同しばしの沈黙。
「……サンタのプレゼントですか?!」
「素敵な計らいだね」
「わーい、オレ良い子だったんだ!」
「ははーん」
僕を含め何人かは何かを感づいた。青年会があのサンタを使って僕たちの欲しいものを聞き取ったに違いない。結構粋なことをしてくれる。
僕はカーディガンを着てみようと包みに手を入れる。するとカーディガンの中から硬い物が指先に当たる。
――いてっ、えっ?
なんとカーディガンを緩衝材にして一冊の魔導書が入っていた。
僕はなぜか咄嗟にカーディガンで魔道書を隠して、部屋の三人を見る。三人は貰ったプレゼントを見せ合っている。今度は隠した魔導書をこっそり見る。入っていたのは今一番欲しいと思っていた新書の魔導書だった。まさか特別なプレゼントがあったのは僕だけなのだろうか?
あの時僕は、魔導書が欲しいとは口に出していない。
――まさか、本物の? ……まさかね。
僕はサンタの存在を少し信じてもいいと思った。
「クリスマスって悪くないかもね」
なぜなら、生まれて初めてサンタからプレゼントを貰えたのだから。
『ユルタビ』とは
アミダで決めた特徴でそれぞれがキャラを作り、一つの世界観を共有して物語を作ろう! というサークル内企画です。ほたの担当は魔法使いのノア君。
〇まるさん発行 「ユルタビ 〜短編集〜」に寄稿した1話です。
冬のお話しをということでしたので、クリスマスを題材にしました。