召喚された。どうすれば良い?
それと同時刻にて――
岩のドームのように密閉された暗い部屋の中にて、一人の少女が指先一つで謎の術式を構築していた。
同時にサッカーボールの円周ほどの大きさからとある男をモニタリングしていた。
「……見つけた……」
その少女は、確信したかのようにボソリとそう呟いた。
◇◆◇
『You dead』
そんな血塗られたフォント文字を目にすると俺は大きなため息を吐いてヘッドホンを置いた。
「また負けた……運営ちゃんとバランス調整したのかよ、全然倒せねぇよ」
ゲームに一度区切りを付けるようにウィンドウを閉じ電源をスリープ状態にする。
適当に愚痴を吐くと一旦椅子から立ち上がり大きく背伸びする。
「……もうそんな時間かよ」
徐々にカーテンの隙間から光が漏れていくのを見てボソリと呟いた。
一度カーテンを開け、
俺は机に散乱した大量のエナジードリンクの空き缶を片付けゴミ袋に詰めていた。実を言えば今日はゴミの日なのだ。
因みに言っておくが俺はずっと引きこもっているわけでは無い、一週間に数回は外出している。内容としては食料(カップ麺)の備蓄、ゴミ出し。一応学校に行かない代わりに最低限の事はしているつもりだ。……結構真面目だって? 知るか。
他にも散乱した洗濯物や布団を片付け掃除や空気の入れ換えに窓を開けたりと、色々する。
正直、別のことをするにおいて切り替えを付けるために一度整理整頓をしないとダメな人間なのだ。
ある程度一段落着くと俺は眠たそうな顔をしながら一度部屋から出て行った。
向かう先は洗面所。まあ締め切った部屋で発熱体と共に数時間もネトゲやってたならシャワー位浴びたくなる。
「うわぁ……、汗ヤバッ」
汗に濡れたシャツが俺の肌に磁石のように密着する。気持ち悪かった。
シャツとの死闘を乗り越えパンツを脱ぎ全裸になると俺はシャワー室に入る。
そして閉め切る。
――その時だった。
『――――』
「ん、地震か?」
突然の揺れ、俺は反射的に近くの手すりに捕まり揺れに耐える。
しかし揺れとしては多少の違和感を感じた。
何故かというと、今の揺れに関して初期微動が無く最初から大きな揺れが起き、そして直ぐにピタリと止んだからだ。
そしてもう一つ――
プツリと、その地震の直後に付けていた電気がまるでブレーカーが落ちたかのように消えたのだ。
揺れによる停電か……? 素直に俺はそう思った。
窓も無く光も消えたことにより何も辺りは見えなくなっていた。
取りあえず一回電気を付けよう。そう思い一度風呂場から出る。
しかし彼が見た光景は先程まで見ていた洗面所とはほど遠い場所だった。
「電気どこだ……ってあれ?」
ドームのようにくり抜かれたかのような広い空間に、世界史の教科書でしか見たことが無いような柱、床には回路のように張り巡らされた正体不明の青白い光――
「な……何だよ……ここは……っ」
何もかも見たことの無い物にただ呆然と辺りを見ていることしか出来なかった。
すると――
「ようやく、見つけた」
同世代くらいの女性の声が聞こえた。
「え……女性の声……?」
刹那、俺は自分の体を見る。
当然風呂に入っていたので全裸という事実は変わらなかった。
「ちょっ、待って! タイム! 俺今全裸ッ!? 今来ないで!」
咄嗟に風呂の部屋に飛び込み扉からひょっこりと顔を出し声のした方向に俺は目線だけを向ける。
そこには,露出の激しいまるでビキニのような洋服を身に纏い、髪は腰まで伸びておりつややかな紫色をしていた。顔立ちはまるでアニメで見るような整った顔立ちだった。
一言で彼女を表すなら『妖艶』、逆にそれ以外の言葉が見つからなかった。
そして何より特徴的だったのは頭から生えている角だった。
「もう、大丈夫よ全く。最近のオスは自分のモノも他人に堂々と見せれないの?」
呆れたように話す謎の少女……俺は恐る恐る問い質す。
「だ、誰お前……?」
すると少女は答える。
「私の名前はエザベル=インテグレ、一応サキュバス一族の一人です」
「さ、サキュバス!? ちょっと待て……整理が追い付かん。まず、そもそもとして、ここ俺んちの筈だろ!?」
「ああ、確かに貴方にとってはそうだったかもしれないわね」
「どういうことだ?」
「簡単よ、――だけど」
言いかけた時、彼女は突如この場に3枚の布出現させ俺のいる風呂場に投げ入れた。
「まずはそれを着てくれないかしら? でないと、風邪引くわよ?」
「ど、どうも……」
彼女の親切心に、素直に俺はくれた衣類を身につける。
「つーかなんで今まで無かった物が突然手元に現れるんだよ?」
「『魔法』よ」
「は、魔法? 仮に魔法と言っても詠唱とかやってないじゃん」
「私はこう見えて上位の魔術師なのよ。まあ、今回は錬金術みたいな物ね。単純に貴方の記憶に入り込んで貴方が見た物を錬金術で再現したのよ」
「ほう、道理でシャツがベタベタしてると思ったら……」
「仕方無いでしょ、貴方の記憶に根強く残っていたんだから」
せめてもの洗濯された状態の奴を希望したかったが、彼女がそういうのであれば仕方ない。
室温も感覚としては大体20度程でちょうどいい感じだった。
「はぁ……なんかよく分からないけど。まずとして何で俺此処に居るんだよ」
「ああ、その事に関してだけど、単刀直入に言うと、貴方はこの世界の魔王として私が召喚したのよ」
………………は?
しばらく、沈黙が続いた。
俺がこの世界の魔王? 意味不明すぎる。
ああそうだ。分かったぞ、この女は痛い奴だ。
中学時代に見た同級生が患っていた後遺症が残る病だっけか。
だったら話は簡単だ。「ハイハイ、あーそうですか」といい加減な返答してればどうにかなるはずだ。
だけど……
全裸の際に見せたあの力はどう説明する?
あの露出で体の何処かにタネを隠すなんて無理に近い。
だったら素直にこれは信じておいた方が良いのかも知れない
そんな事を考察してると彼女は言う。
「珠希さん。貴方は一人の魔王として是非とも私と共にこの世界を支配して欲しいのです」
彼女のその表情は嘘偽りの無い真っ直ぐな物だった。
……
この際の返答の模範解答は何なのだろうか?
「つーか、何で俺何だよ。他に俺の代わり何て幾らでも居るんじゃないのか?」
俺は彼女にそう問うと少し黙り込むもそっと口を開いた。
「……250年。それが何の事だが分かりますか?」
「250年……?」
「本来この世界に一人の異界の民を魔王として召喚するのに必要な年月です」
「えっ!?」
「これで私が言いたいことの意味がわかりましたね?」
「じゃあお前まさか……」
「お願いします。他に貴方しかいないんです」
そして彼女は、また更に深く頭を下げる。
人生で他人からここまで懇願されることは一度もなかった。
ここまで言われると流石に断るわけにもいかない。
ならば。
「別に、なっても良いけど……」
しかし自身として悪い偏見かもしれないが、魔王という存在は完全なる『悪』というイメージが強く残っていた。
「ほ、本当ですか!? なら――」
「だけど条件が3つある」
「条件……?」
しかし、よく考えてみれば魔王とは魔族の王の事を指す。ならば魔王でも平和主義を貫くことも可能かもしれない。
過去に他の魔王が何をしていたかは知らない、しかし俺はふと思った。
魔王が絶対的な悪だなんて誰が決めた?
「それは――」
その魔王となる選択が一度高校をドロップアウトした俺への一つの罪滅ぼしになれるならそれでも別に悪くはない。