不登校のきっかけ
次の日、学校では休んだ間のツケをひしひしと感じた。これから追いつけるかどうかわからない。担任は「まずは出席し続けること」と言うだけだ。
だがまだ信ちゃんに学校の話をしていない。それだけ考えながら、教科書の言われるページを開いて眺めていた。苦行のような時間はのろのろ過ぎて、解放された途端に神社に向かった。
お参りしながら、「信ちゃんに頭下げてるらしい」と思って可笑しくなった。
顔を上げると目の前の扉が開いていた。靴を脱いですぐあがった。信ちゃんは小さなお琴のような楽器を弾いていた。
「とおる、来たね!」
「うん、邪魔しちゃった?」
「え、全然。待ってたんだよ?」
そう聞いてほっとした。
「音楽好きなの?」
「うん、大好き。ぼくは音楽の神さまらしいよ?」
「そうなの? 平安時代の長秋卿って人を祀ってるから長秋神社っていうと聞いたよ?」
これは夕べ、父からの情報だ。
「ぼくがそのひとなの」
悪びれもせずそう言ってから
「そのひとには弟も妹もいたのに、どうしてぼくはひとりなのかなあ」
と呟いた。
「神さまになったのは信ちゃんだけなんじゃない?」
「あ、そうか」
辻褄があっているようで、わけわからない話になっている。
「とおるは? 兄弟はいないの?」
「僕には兄貴がいるんだけど、もう大学で東京に出てて、女兄弟はいないんだ」
「お姉さんや妹はいないんだね」
「うん、いない。で女の子はちょっと苦手なんだ」
「どうして?」
「体育の時間にね、男子は一組で着替えて、女子は二組で着替えるんだけど、二組に戻ったら女の子の匂いで一杯だった。それでヘンな気分で俯いてたんだ。机の間に何か白い筒みたいなのが落ちてて、ぼうっと眺めてた。
そしたらそこに、前の席の女の子が戻ってきて、僕に言ったんだ、
『アンタ何見てんの、ヘンタイ』って。
僕は何のことかわからなくて、そしたらクラス中の女の子が僕を取り囲んで、
『いいわよね、男は苦労なしで』とか、『痛い思いをするのはいつも女』とか、そんなことをワイワイ叫んでて。
僕は筒を拾った子に『それ何?』って訊いちゃって大笑いされた。
いつも元気のいい女番長みたいな子がそれを僕の目の前に突き出して、
『アンタののほうが大きいとか思ってんじゃないでしょうね?
今はちっちゃいけどね、これは中に入ると膨らむのよぉ』って爆笑するんだ。
僕はもう下向いてるしかなくて、他の男子も女子の勢いに押されて遠くから見てるだけで。
その、『中で膨らむ』って言葉に反応しちゃったんだ。
その子の言い方がまた思わせぶりで、わざと胸を突き出すみたいにして、女子の皆が僕の股間に注目してるようで、どうしたらいいかわからなくなって。
信ちゃんにはまだわからないかな?
ヘンタイとか、ムッツリスケベとか、アンポンタンとかさんざん言われて、次の授業の先生が入ってきて叱られたんだ。
男子は後で『災難だったなぁ』とか言ってくれたんだけど、怖くなって、次の日お腹が痛い気がして学校休んだら、次の日もその次の日もどんどん怖くなって。
同じ中学出身の子もいなくて、まだ仲良くなった男子も数えるほどで、僕がいなくても誰も困らないっていうか、どうでもいいって感じで、日が経つと今さら学校行っても落ちこぼれるだけの気がして。女子にヒソヒソ話されると笑われてるみたいで」
誰にも言っていなかったのに、話し出したら止まらなかった。僕が学校に行けなくなった理由。
くだらな過ぎると笑われる、男の癖に弱虫とバカにされるだけ、あの学校から逃げることばかり考えていた。
信ちゃんにはひと息に捲し立ててしまった。