虹色の草履
「学校行った?」
今度は好奇心旺盛な目で尋ねてきた。
「うん、行ってみた。長く休んでて行き難かったんだけど、まあ、あんなもんだろう」
「友達できた?」
「そんな急にはできないよ」
「昨日だけでぼくたち友達になったよ?」
「ずっとふたりきりだったもん。学校はたくさん人がいて、勉強もしなくちゃならないから、お喋りする時間が少ないんだよ」
「キャッチボールの時間は?」
「ないよ、そんなの」
「だからだね、だから友達できないんだ。朝からずうっとキャッチボールだったらいいのにね」
「そうだね……」
そんなバカなと思ってしまい、生返事になった。信ちゃんは気を悪くしたふうでもなく、うつ伏せに寝そべって、両手の上にあごをのせている。
「僕のクラスね、女の子のほうが多いんだ。商業科っていって、お店を開く勉強とかするの」
「扉を開けてお店ひらいたよーって言えばいいだけじゃないの?」
「違くて。お店を始めて、どうやってお金を儲けるかとか、宣伝はどうしたらいいかとか、税金がどうかとか」
「面白いの? キャッチボールのほうが楽しそう」
「役に立つよ。うちは靴屋さんだから、下駄とか草履とかたくさん売ってるの」
「草履も売ってるの? 今度買いに行こうかな。とおるがいらっしゃいませっていう?」
「お店に出てるのはお母さんと売り子の人たちだよ。僕は裏方しかしない」
「裏方って?」
「裏の倉庫にいて、違うサイズ探したり、違う色のを探したり」
信ちゃんはふうんといいながら、社の木床の上をごろごろした。
何かリラックスしてるな、と可笑しい。
するとムクッと起き上がってクフフッと笑った。いいことを思いついたという顔で。
「雲の鼻緒の虹色の草履下さいって言ったら、とおるが探してくれるね」
「在庫にあればね」
「在庫って?」
「仕入れてたら」
「仕入れてなかったら?」
「なかったらないよ」
信ちゃんの眉毛が下がる。
「どうしても欲しかったら?」
「そしたら発注だね、オーダーメイド」
「何それ?」
「特別に信ちゃんのだけ作るの」
「ほんと? そんなことができるの? カッコイイ」
「うん、お金はかかるよ」
「このお社と替えっこしよう。虹の草履を履いてぼくは旅に出る」
「どこか行っちゃうの?」
「お社がぼくのでなくなったら、旅に出るしかないと思う」
「そんなに欲しいの? 虹の草履」
「うん、欲しいけど、まあいいや、お社があった方がいいかも」
「そうだね」
学校の話をしようとしていて、草履の話になった。何が言いたかったのかわからなくなってしまった。
「あーあ、またご本の時間だ」
信ちゃんが肩を落とした。
「何のご本を読むの?」
「こんなやつ」
隅の文机の上の古文書のようなものを見せてくれた。続け字で僕には読めない。
「明日も来る?」
信ちゃんが心配げに訊いた。
「うん、来るよ」
そう言うとぱあっと笑顔になったので、安心して「じゃあまたね」と言えた。
社務所で師範にこの神社のご由緒を訊こうかと思ったけれど、他にも巫女さんがいたのでやめた。またにしよう。