おやしろの中
翌日、学校では皆から遠巻きに見られて居心地が悪く、信ちゃんのことばかり考えていた。
放課後そのまま神社に行った。
「信ちゃんはどこにいますか」と訊く僕に、社務所の師範は「お社の鉦鳴らしてみて」と言った。
昨日は近づかなかったお社の正面で、鉦をならし、御賽銭を投げ、柏手を打って祈った。思い浮かんだのは「信ちゃんが笑ってくれますように」だった。
低い声がどこからか聞こえた。
「そなたの願い、聞き届けた」
びくりとしてきょろきょろした。神さまの声?
次に聞き覚えのある声がした。
「とおるの願いは全部叶うよ」
「信ちゃん、どこ? どこにいるの?」
賽銭箱の上のお社の引き戸がほんの少し開いて、縦に並んだ信ちゃんの目だけが現れた。
「ここだよん」
寝転がっているらしい。
「そんなとこ、入っていいの?」
「ぼくのお社だからいいと思うよ? とおるも入りなよ」
肩幅くらいに扉が開く。
「だめだよ、神さまのバチが当たる」
「当たらないよ。どうぞおあがりください、よくいらっしゃいました、とおるさま」
信ちゃんは正座して頭を下げた。
きょとんとしていると、
「早く、早く、誰かに見られちゃうから」
と急かされてびっくりして木の段を一段飛ばしで上がった。
「靴は脱いでここに置いて。はい、おざぶ。座って。初詣とか、七五三とかで入ったことあるでしょ?」
「ないよ、初詣も外から拝むだけで」
「ふうん、寒いだろうにね、外じゃ」
おやしろの信ちゃんはやっぱりどこか、すっとぼけてる。立てた片膝を抱っこして僕を見つめた。
視線を逸らして入った板の間を見廻した。殺風景だ。祭壇があるわけでもない。奥に衝立のような間仕切りがある。
「ここは何の神さまが祀ってあるの?」
「神さま?」
「向こうの部屋にいらっしゃるんでしょ?」
「向こうは空っぽ」
信ちゃんは全く無邪気に答えた。
「じゃあ皆、誰を拝んでるの?」
急に恥ずかしそうに身体をよじった。
「とおる、秘密守れる?」
「ん、そりゃ、信ちゃんが秘密にして欲しいなら?」
「じゃ、教えちゃおうかな」
まだもじもじしてる。
「あのね、あっちの部屋にね、入っていいのはぼくだけなの」
「ああ、そうかもね」
神主なら当然だ。
「こっそりね、お茶室までいけるんだよ」
「そうなの?」
驚いてしまった。テレポートじゃないだろうから、地下道でもあるのか。昨日姿が消えたのは、お茶室からこのお社に来たのか。
「それでね、思いついたの」
「何を?」
「もう、とおるが訊いたんじゃん、誰を拝むのって」
「そうだけど」
「来てきて」
信ちゃんの方へ身体を寄せると、ぐいっと近づいてきて僕の耳に両手を置いた。内緒話だ。
「ぼくだと……おもう」
そう聞こえた。くすぐったかった。
信ちゃんは自分の肩に顔を隠すかのようにテレて見せた。
「そ、そうなの?」
えっと、神憑りと聞いていたんだ。神主さまに神さまが憑いているとしたら、その信ちゃんが神さま本人、なのか。
あり得る。