顔合わせ
翌日昼過ぎ、車に乗せられ神社に行った。
師範は相変わらず、細身に鷹のように鋭い容貌で言葉少なだ。こっちのことは何も訊かない。
ただ「神主を見張って、怪我しそうな時は社務所にいるから呼んでくれ」と言った。
「自殺させてやりゃいいじゃないか」と内心思ったが、黙っていた。
境内に師範と立っていると、社の裏側から神主が出てきた。
着物に袴を着た、ガタイのいいオジサンだ。イケメンなほうだろう、目がぱっちりとしている。挨拶もなしにじっと見つめてきた。
「何だよ、ガン見するんじゃねぇよ、キモい」
横に顔をそらしてやった。
「何して遊ぶ?」
驚いて振り返った。今の言葉は目の前の神主の口から出てきたらしい。
「遊んでくれるんじゃないの?」
師範も心配げにオレを見た。
何を言っていいのか困惑していると、神主は、
「じゃいいや、バイバーイ」
と、くるりと背を向けて池のほうに歩いて行った。
「師範、どういうこと?」
「見守ってやってくれないか? 危険だと思ったら呼んでくれ」
「はい……」
度肝を抜かれて素直に反応するしかなかった。
大きな平べったい印象の池を廻り、木々がだんだん密になるほうへ去っていく。五、六メートルの間隔を置いて後を追った。
――自殺ってどうやって? 首を吊る? 刃物を隠し持っている? 池に入水? 小柄な自分に止められるのか?
神主はこっちの心配などどこ吹く風で、鳥の鳴き声に耳を傾けたり、足元の花に顔を近づけたりしている。
見上げると、木々の間に運梯のようにロープが四本渡してあるのに気付いた。
神主はロープが結びつけてある柱の横に立ち止まって何かしている。首吊りか?
駆け寄った。
「何してんだよ?」
「見てわからない? 緩めるんだよ」
「どうして? 危ないじゃないか」
「いつも同じじゃつまらない。どれか緩んでて落ちるかもしれないほうが面白いじゃん」
子供言葉で言われる内容にぞっとした。
「誰か落ちたらどうするんだよ?」
怒り声になってしまった。
「ぼくしか使わない、ぼくのなんだから。どれ緩めたか忘れた頃に使うと面白いだろ?」
「面白くないよ!」
神主は首を傾げて見つめた。
「じゃ、遊んでくれる?」
「え? やだよ」
正直言って「得体が知れない」。
「ぼく、信也。信ちゃんって呼んで」
返事をしないでいると質問してきた。
「君は誰? お兄ちゃんって呼んでいい?」
「嫌だよ、気持ち悪い。竹内徹っていうんだ」
「じゃ、とおるでいい?」
「うん……」
何てことに首を突っ込んじまったんだろう?
四十歳は越えてるはずだ。師範より年上に見える。その男を信ちゃんと呼び、とおると呼び返される。困ったことに信ちゃんは微笑みさえ浮かべている。
「とおる、何して遊ぶ? 追いかけっこは?」
「やだ、不公平じゃん。ここに住んでんだろ? こっちはどこに何があるかわからない」
仕方ない、遊ぶしかないのだろう。目の前で自殺されるよりはよっぽどいい。
「キャッチボールはどう?」
提案してみた。
「やったことないよ」
「えっ、キャッチボールしたことないの? 友達とかお父さんは? 兄弟もいないの?」
自分の語気に信ちゃんは下を向いてしまう。
「いない」
草履の足で砂を掻いている。明るく努めようと思った。
「やってみようよ。ボール持ってる?」
猫なで声になる自分が可笑しい。
「ない」
信ちゃんが短く答えて気まずい沈黙が流れた。どうしよう、師範が持ってるだろうか?
立ち尽くしているとぼそりとした声が届く。
「柿の実だったらあっちになってるかも」
「うん、いいよ、採りに行こう」
胸を撫で下ろした。明るく明るく、妙な雰囲気にならないように。
すぐ後ろを歩きながら背中に話しかけた。
「いつもひとりなの?」
「うん」





