笹舟
一日空けて神社に行くと信ちゃんは、小さなせせらぎが池に流れ込むところにしゃがんで一心不乱に何か作っていた。
「信ちゃん、何作ってるの?」
そう声をかけても顔を上げない。
「うん、お舟」
池の水面に三、四隻の笹舟が浮かんでいた。
「とおるも作る?」
思い出したように僕を見てにっこりした。
「どうするのか教えて」
「折って、こことここを切ってちゅっと入れるの。反対側も」
「あ、ほんとだ、舟になった。ここに流すの?」
「待って、待って、ぼくのと競争」
信ちゃんも新しい笹舟を作って「いっせーのせ」で指を離した。
僕の舟は傾いで信ちゃんのの後を追った。小さな滝を乗り越えて大きな池にのりだした。
「信ちゃんの勝ち」
信ちゃんは余り嬉しそうじゃない。「もう一回!」と叫んで次の舟作っているほうが信ちゃんらしい。
共通の話題を探した。
「アンポンタンポンに会えた?」
池を眺めていた信ちゃんが答える。
「うん、会えたよ。ちょっと間に合わなかったんだって」
「何が?」
「隠れるのが。いつもは女の子のスカートのポッケにいるんだって。何かの拍子に飛び出しちゃってポッケに戻るところだったんだけど、とおるがじっと見てたから動けなかったって」
「見てたから動けなかったの?」
「アンポンタンポンはシャイなんだ。見られてると手足が出せないの」
信ちゃんが僕と目を合わせない。池の向こうのお茶室を見ている。会話を続けないと。
「そうか、悪いことした。今日ね、前の席だった女子が謝ってくれたよ。私が変なもの落としたからあんなことになっちゃってごめんなさいって」
「ヘンなものって?」
「アンポンタンポンのことらしい。僕も最初わからなくて、『アンポンタンポン?』って訊いたら真っ赤になって『うん』って頷いた。『別に謝ることじゃないよ、僕は怒ってないからさ』って歌いそうになっちゃった」
「その子、ガンバリ屋さん?」
「え? うん、真面目な子だよ」
「アンポンタンポンはガンバリ屋の女の子の味方なんだって」
「そうなんだ。よかった、あの子も最後は笑ってくれたし。『アンポンタンポンにならまた会ってもいいよ』って言ったんだ」
「よかったね」
声に張りがない。
「信ちゃん何か元気ないよ。どうしたの? お腹痛い?」
「お腹は大丈夫。何か眠いの。とっても眠たい」
「お社戻る? おんぶだったらしてあげられるかも」
「うん、いい、ここでいい。この石によっかかっとく」
「信ちゃん、だめだよ、こんなとこで眠ったら風邪ひくよ。本田師範なら信ちゃん抱っこできるだろうから、今呼んでくるね。そこで待ってて」
「いい、とおる、行かないで、ここにいて」
僕は伸ばされた手を取って信ちゃんの横に座った。
「信ちゃん」
俯いて深い息をし始めた。眠ってしまったようだ。どうしようか。
池に反射する西陽を見て決心した。
「だめだよ、やっぱりここで寝ちゃ。動かないで寝てて。僕師範呼んでくるから」
繋いでいた手の甲を撫でて僕は立ちあがった。