神憑り
部屋の外に親父の声がした。
「徹、話がある」
「こっちはない」
そう言い返してみたが、引き下がりそうにはない。高校進学二か月にしてもう行かないと決めてから、ほとんど会話していない。
父は家業の和装履物店経営にあちこち飛び回っている。部屋の前まで来たのは初めてのことだろう。
「開けなさい」
「何だよ、めんどくせぇな」
そう言いながら、開けたほうがいいと思っている。母でなく父親だ。親父は、商売柄人当たりはいいが侮らない方がいいというのが経験則だ。
夏休みも明けもう二学期に入っている。このまま学校へ行かないなら辞めろという話になるだろう。こちらも案がないわけではない。仕入先の職人さんに弟子入りして手に職をつける。それでいい。
のらりとベッドから起き上がり、ドアの鍵を開けた。第一声は判で押したように「学校に行け」だろうと思ったら、全く予想もつかない話をされた。
「何だって? 神主が神憑りになって自殺したがってる? オンのジじゃねぇか、ほっとけよ」
「そうもいかないんだ、おまえの空手の師範さんからの依頼だ。暇なら神社に来て神主さま見張って欲しいらしい」
「知ったこっちゃねぇよ」
「何にせよ、明日迎えにくるそうだから」
父は閉めかけの扉の間に言葉を落としていった。
不登校の理由は両親にも話していない。母が東京の大学に通う年の離れた兄をわざわざ呼び戻したが、話せることは何もなかった。
毎日、学校に行くふりだけして街をぶらぶらしている。
ただ、本田師範の依頼なら全くの無視というわけにはいかない。尊敬している。礼に反したくはないから、話を聞くだけは聞こうと思った。
師範は冬に道場を閉鎖してしまった。神社への就職が決まったという。空手家は空手が信心のように思っていたが違うらしい。教え続けて欲しかった。空手は自分の背骨だったように思えて仕方がない。