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chap.4 完成された失敗作

 EOW第1層第2区画:軍事技術研究施設集合区域――通称、戦略区。区画中央部から少し離れた場所に、Aegisの拠点である本社ビルがある。とある理由から丸々一棟をDoodleから無償供与されているのだ。Aegisは少数メンバー故かなり広々と使っているが、通信機器やコンピュータ等の電気系統の設備や兵器工廠、倉庫、メンテナンスルーム、射撃場等々必要と思われる設備は全て内包しているため意外なほどに活用している割合が大きい。

 しかし、それでも全ての階を有効利用できるわけもなく、この区画では珍しく10階までをテナントとして貸し出している。レストランやコンビニエンスストア、喫茶店等便利な店舗を入れているため、昼時は近隣から軍関係者や研究者が押し寄せるほどだ。

 

 そのビルの上層にある専用ラウンジにて、ナギはどこまでもひょこひょことついてくるカノンと共に、ソファに深く座ってくつろいでいた。

 簡易な会議室としても使われるここは黒を基調としたモダンかつシンプルな内装であり、暗めの明るさが心を落ち着かせる。この渋い雰囲気はヴァルターの趣味であるとナギは聞いており、顔を思い浮かべてはなるほど、と納得した。


 カノンはコルネが勝手にラウンジに置いている漫画をテーブルに積み、ひたすら読みふけっている。中には何故か、やたらと薄い本が紛れ込んでいる。彼女はピクリとも表情を変えないが、集中していることから面白いものとは思っているのだろう。


 ラウンジの扉が開き、リサが軽くスキップしつつ入ってきた。


「お、カノンいた。ナギもか。ちゃろー!」


 ナギはコーヒーの入ったカップを置くと、軽く手を振って返事をする。が、カノンは漫画の世界から出てこない。そんな彼女の後ろにリサは歩いていき、手元を覗き込んだ。


「なぁーに読んでんの? 任侠(マフィア)モノ? 渋! つかコルネこんなの持ってたんだ……」

「リサ、その薄いのはなんなんだ?」

「え、これ? 同人誌。ってBLじゃんあいつなんてもん置いてんの!? あーもうカノンの教育に悪いじゃない」

「お母さんか何かかお前は」

「せめてお姉さんて言ってくれない? 殴られたい?」


 リサは笑顔のままキツく握った拳を緩めると、設置されているドリンクバーからコップにメロンソーダを入れて持ってきてナギの向かいのソファに座った。


「で、どうなの? あれからブレイン? とは」

「連絡経路は完全に途絶。追跡も不可能。俺のスマートデバイスのメモ機能に書き置きだけ残して消えちまった。言ったとおりヤツはただの雇い主で正体は知らないからな。接触は難しいだろう」


 ナギが小型の端末を操作し、メモの文面を表示してリサに渡す。


「えーと。『今回は僕の不備で迷惑をかけた。すまない。君は優秀だったが、顔が割れた以上仕事はできない。生きていたら、いつか会おう』ふーん。ま、あたしたちの手にかかればこの通りってね」

「悪いヤツじゃないんだがなぁ」

「てかすんなりAegisに入ったけど良かったの?」

「ブレインに切られるのは正体明かした時点でわかってたからな。雇われ兵は金で動くんだよ。なかなか魅力的だったしな」

「ふぅん」


 リサはメロンソーダを飲みつつ、設置されている大型ディスプレイの電源を入れテレビをつける。丁度、ニュースが流れていた。


 ニュースではラフィングマンの死について、ここ連日何度も同じような報道を繰り返している。

 そう、ラフィングマンは高速道路での戦闘によって死亡したことになっていた。ノウェムがその方が色々と都合が良いと報道に手を回したのだ。

 実際、ブレインと呼ばれる人物とナギのコネクションは絶たれ猛威を奮っていたそれまでの『ラフィングマン』は消滅したため、あながち嘘ではないと言える。

 死体が残っていないのも、ブラックホールグレネードにより消滅したという理由をでっち上げたことで、それ以上の追求はされていない。

 事実、高速道路の一部が消滅しているため、説得力は大きかった。


「うちのボスもワルよのう」

「まったくだ。悪代官もドン引きだな。復活したらどうすんだか」

「ちょおっと本人さん? まいいや。ブレインくんはそのうちどうにかしなきゃね。てかやっぱあたしファインプレーじゃん」

「結果的にな。俺は殺されかかったわけだが」

「こまけぇこたぁいいんだよ」


 リサはソファから立つと、カノンの後ろへ歩いていく。そして、頭に手を伸ばし、撫でようとする。が、「や」とだけ言われて手を弾かれてしまう。


「だめ?」

「だめ」

「ああんこのむすっとした感じもかわいいいいいいい」

「てめえなめたくちきいてっとぶちころすぞ」


 リサはその台詞に驚き、目を点にして固まる。

 手元の漫画のコマの中で、全く同じ台詞をタトゥーだらけの厳つい男が拳銃を向けながら叫んでいた。



   †



 第10区画の外れにある、何者かのうち捨てられた地下室。ナギが偶然発見し利用していたこの場所に、ナギ、グレン、コルネの三人はいた。

 目的はカノンに関する情報の調査である。ナギだけは私物の回収も目的であるが。


 コルネは自前のノートパソコンを有線で地下室のスーパーコンピュータに接続し、ノートパソコンに搭載された補助AIと共同で潜航(ダイブ)クラッキングを試みている。グレンは横から緊急事態に備え補佐に入る。

 コルネがキーボードも使わず超高速でクラッキングしているのはCB(サイバーブレイン)化技術――脳を半機械化する技術によるものであるが、EOWにおいては特に抜きん出て発達しており、グレンやナギも同様、多くの人々がCB化を施している。

 脳にナノマシンを浸透させる特殊な技術であり、他の惑星では一般に普及していない。人工衛星やネットワークと同様の、戦争の効率化、指揮の能率向上、兵士単体の強化が目的の軍事分野の技術であったからだ。


「うーん、もう少しなんですケド。なんでログインパスワード如きにこんなセキュリティ置いてんです? 生体認証の突破より厄介とか何使ってんだか」

「こりゃ、オリジナルのアンチ・ハッキングAIか?」

「そうみたいですね。ミネルバ、一気に攻めるよ。そのAI徹底的にぶっ壊してやるァ」

「他のモンまで壊すなよ?」

 コルネはメガネを光らせると、意識を情報の海に完全潜航(フルダイブ)させる。そして、介入してきた妨害AIを探知すると、即座に攻性ツールによる攻撃を行う。

 フルダイブ時の処理速度は彼女の補助AI『ミネルバ』の援護もあり妨害AIの対抗措置処理速度を超え、ファイアウォールを突破しAIを機能停止に追い込む。

 思考加速状態であったため実際の経過時間は短く、すぐにコルネは潜航から戻ってきた。


「ふぅー。ほいほい。ナギさん、開きましたよ」

「了解、今行く」

 持ち込んでいた武器装備類をまとめ終えたナギが、二人とともにディスプレイを見る。


「えーっと、これだ。なになに……」


 コルネが見つけたものは、カノンの開発記録であった。大量のテキストファイルが氾濫しており、その苦悩が伺える。開発者の名前は不明だが、この地下室でたった一人で研究開発を行っていたようだ。


 結局、大量の文章の全てを読むには及ばず最後に書かれた記録を読むことになる。


 私は、最初から間違えていた。

 これは私の望んだものではない。

 失敗作だ。

 何故、初めに気付かなかったのか。

 やはり人間は人間を産むことはできても、造ることはできないのか。

 これは機械の人形(オートマタ)に過ぎない。

 私はピノキオを造ってしまった。

 愚かなゼペット。

 お前は喪っていないが、私は喪った。

 ここは捨てよう。愚かな私の作品と共に、地の底に消えてしまえ。


「なにこれ?」

「精神おかしくなってんな」

「ん、なんだこれ。『心の構築理論』?」

「見てみま……うげぇ長い。うーん、え、はぁ!?」


 ナギが見つけたファイルは、『心を如何にして人工的に作り出すか』について長々と書き綴られている論文のような文書であった。

 三人はその題材に興味を示し、ざっと流して一気に内容を読む。


「要は、心は実体験に基づいて成長するものだから、完成形を一から創り出すことは不可能で、根本的に間違ってると」

「だから心の雛形を造ってハードに入れて学習させるってか」

「それをカノンは搭載してる……嘘だろ? 疑似人格じゃなかったってことか。つまりカノンは知能こそ標準的なAIと同じだが」

「「「心は子供」」」

「しかし失敗作ってことはこの理論も破綻してたんだろ?」

「って、え、え、ウソ!?」

「どうしたコルネちゃん」


「カノンちゃん、Doodleサーバの全領域へのアクセス権限持ってるんです」


「「…………は?」」

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