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chap.3 名付けるなら直感で

 月光灯とドローンの放つ光を跳ね返すような、強い炎の煌き。原理の一切が不明であるが、その少女は確かに熱と光を操っている。体のどこにも火炎放射器の穴やビームブラスターの銃口は見当たらず、この不可解な能力を扱っていなければ、ただの人間と判断するしかない外見である。

 一切の無駄を排した可憐な姿は、言うなればそう、天使のような――


 Aegisの面々はこの予想外の登場人物、そして彼女の状況を全く読めていない台詞に呆気にとられ、大きく遅れて彼女に銃口を向ける。


 静止した状況の中で、彼女はナギに向けてさらに言葉を続ける。


「……命令しないの? なら、私はどうすればいいの?」

「落ち着け。その物騒なモンを消せ」

「なんで? 敵性勢力がいるよ?」

「問題はない、敵じゃない」

「……そう。わかった」


 噴き出し渦巻く炎と熱が収まり、その場は元の状況に戻った。

 ただ一点、この正体不明の人物の存在を除いて。

 その人物の髪は不思議な事に、炎が収まるとともに晴天の蒼穹の色に似た、透き通るような空色に変わった。

 

 ノウェムは銃を下ろし、部下にも銃を下ろすようジェスチャーで命じる。

 そして、できるだけ警戒させないよう優しい口調で語りかけた。


「君は、何者なんだい?」

「個体識別に関する情報の開示を要求されたけど、マスター、いい?」

「お前は……いや、俺も知りたい」

「私は――あれ? なんで? 私に関する情報が無いよ?」

「嘘だろ、名前無いのか? モデル名やら識別コードも?」

「私が知っているのはマスターのことだけ」

「どういうことかね、ナギ」

「つーか動けたのか。ああいや、こいつは恐らく――」


 彼女は、ナギがEOWでの活動拠点として勝手に利用していた誰かの地下室の奥の、厳重にロックのかかった部屋で眠っていたガイノイド――女性型アンドロイドである。ナギがブレインと呼ぶ存在と協力しロックを解除して発見された。ナギが手駒として使えるのではと管理者登録をしたものの一向に起動せず、そのまま仕方なく放置していたものが今になって起動した、という顛末だ。


「――ということだ。壊れてたワケじゃなかったのか」

「私は壊れてない。ただ眠かったから寝てた」

「つまり二度寝していたと? お前本当にガイノイドか?」


 ナギは呆れたように目を細める。

 一方で、ナギの話を聞いてからというもの肩を震わせ俯いていたノウェムは、そのガイノイドに歩み寄ると両手を背中に回して抱きついた。その目にはうっすらと涙を浮かべている。


「フ、ははははは! 最高だよ君たち! 腕利きの狙撃手(スナイパー)を拾ったら超能力少女がついてきた! 私のユニットは完成へ大躍進した! 最高の日だ! あっはっあべし!?」


 抱きついた後、喜びのあまり彼女の肩を両手で持って前後に揺さぶっていたノウェムは、思い切り頭突きをされて倒れた。

 相変わらずガイノイドは無表情だが、その視線には冷ややかな感情が感じられる。


「私のマスターは一人。あなたじゃない。あと、働くのは嫌」

「君、本当にガイノイドか?」



   †



 目の前には、大根サラダに唐揚げ、ニラチヂミ、餃子、そしてオトーシのそら豆。

 右手には酒を持つが、今はまだ飲むことを許されていない。

 

「かんぱーい!」

「……何故居酒屋」


「そりゃ愚問だなナギィ。仕事の後は飲み会って相場が決まっているのだよ。ほら、メンバーの紹介とかしといた方がいいだろう?」


「かんぱー」

「人工知能の方が主人より順応が早いとは驚いたな」


 廃ビルでの出来事の後、空から降ってきたガイノイドとナギが連行されてきたのはAegisのメンバーがよく利用するというメニューも内装もジャンルが"ごった煮"な居酒屋、『ぐすたふ』であった。

 メンバーは各々好き勝手に話し始めるが、その興味はガイノイドの彼女に集中している。同じ新人であるナギはすっかり蚊帳の外である。


「ねぇねぇねぇ! あんたあの技? どうやってやってんの?」

「それは私も興味がある。第一あの速度で着地して無傷とはどういうことなのだ?」

「そりゃアゲハさん決まってますよ。この子が超凄い性能のぐへへへへへへへ」

「ふぅむしかしこの見た目は……売れるッ!」

「何にするつもりですか! できたらまず俺に評価させてくだ、おおぅこの女性陣の冷たい目線が……良い」


 といった具合で質問攻めを受けるが、本人の興味は唐揚げとジュースにしか向いておらず、無表情でひたすら口を動かしている。


「てか名前つけた方がよくね? ねー? マスターさーん?」

「それは私も同意。いつまでも個体名がないというのは不便だよ」


 やっと口を開くが、会話の対象はナギでしかない。顔も視線も動かさず、じっと管理者の目を見つめる。


「俺に名前をつけろと?」

「そう」

「なにが良い」

「わかんない」


 ナギは、その目に不思議と懐かしい感覚を覚えた。相手は機械であり、初対面こそ少々前であるが、目をはっきりと見たのは今が初めてである、はずであるのに。

 その懐かしさの先。忘れかけていた、積み重なった鉄と血の記憶に埋もれてしまった穏やかな日々の記憶が、微かに蘇る。

 その文字列は、彼の無意識から自然と流れ出るように発せられた。


「――カノン」

「わかった。私の名前はカノン」

「なにそれ、小説のヒロインとか?」

「改めて聞かれると恥ずかしいな。いや、よくわからんがフッと思いついた」

「良い名前じゃないか。カノン、よろしく。私の名はノウェム。この組織のトップだ。現場に出るタイプではないのだが、今回は例外だ」


 ノウェムが立つと、近くにいたリサの後ろに立ち両肩に手を置いた。


「こいつはリサ・ブレイクリー。爆発物なら任せていい。というか基本こいつは爆発物しか使わん」

「よろよろ~」


 リサは笑顔でひらひらと手を振る。

 ノウェムはたったと歩き、隣のアゲハの肩に手を置く。


「アゲハ・シマヅ。近接戦闘、正面切っての白兵戦なら右に出るものはいない。切り込み隊長……というより鉄砲玉かな、帰ってくるけど」

「宜しく頼もう」

 

 アゲハは姿勢を正し、軽く頭を下げた。

 次に、その隣の黒縁眼鏡をかけた、ツナギにタンクトップ姿の女性の肩に手を置いた。茶の入ったおさげの髪が、地味な娘というイメージを強めている。


「コルネ・クロイツァー。マシンと銃火器の整備改造が主な担当だ。ああ、カノンは気をつけろよ? 尻の穴まで覗かれそうだ」

「やだなぁそんなことやりますよぉ」

 

 コルネは今カノン以外眼中に無く、舌なめずりをして手をわなわなとさせている。

 隣の三十代くらいに見える長身の、広告のモデルでもしていそうな黒髪の色男には、当たり前のように軽く蹴りを入れた。蹴られた本人は何故か嬉しそうだ。


「グレン・ソーン。元軍人でこう見えて電脳戦に強い。カノンは何かされたら思いっきりぶん殴っていいぞ、褒美にしかならんがな」

「主にそっちのほうでお願いしよう」


 この男もカノンの、主にその冷たい目にしか興味がない。

 最後に、その後ろにいる白髪の、青い目に高い鼻、左の頬に大きな傷のある面長の顔が印象的な男の腹に、軽く裏拳を当てる。


「ヴァルター・ペッシェル。こいつも元軍人でオールラウンドになんでもこなす。特に潜入と工作は十八番だ。ここのナンバー2でもある」

「よろしくネ」

「さあて次は君の番だ。自己紹介してもらおう」


 ナギは慣れていないといった様子で、ぶっきらぼうに名乗った。


「ナギ・ヘッツェナウアー。フリーランスの傭兵、だった。狙撃手になるのか? 宜しく」

「ふむふむ、Aegisに新メンバー加入。裏で名の知れた狙撃手に謎の少女型アンドロイドですか。いやぁいいネタ貰っちゃいまいした」

「うぉあ!? あんた誰!?」


 ナギの背後に突然、明らかにAegisとは関係のない女性が誰にも悟られず近づき現れた。その者はボイスレコーダー片手にホロディスプレイのキーボードを叩いている。


「どうも、情報屋のフランと申します。どうぞごひーきに」


 フランは名前と連絡先の書かれたカードを取り出し、戸惑うナギに押し付ける。


「では! 退散!」


 フランは脱兎のごとく、しかし静かにしなやかに人を避け、居酒屋から出ていった。


「なんだったんだ」


 カードを裏返して見ると、そこには


情報屋フランちゃん

 失くした財布のありかから惑星国家の内情まで、どんなことでもお任せあれ!

 この私の独自のネットワークと華麗なフットワークで人材探しも仕事の依頼の仲介も、相談次第で大概のことは役に立たせていただきます! 

 何か困ったらぜひご一報を!


 と印刷してある。


 滅茶苦茶な文言に戸惑うナギに、リサが冷めた目で一言発した。


「あいつ、Doodleの社長令嬢だよ」

「えぇ……」

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