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chap.2 焔の天使は空気が読めない

 第9区画:運輸大倉庫区域。ところ狭しと並ぶ倉庫群の上方を、幾重にも重なり絡まった高速道路が蜘蛛の巣のように覆っている区画である。


 そのハイウェイを爆走する二輪電気駆動車(モーターバイク)が、一台。爆走とは、単に高速でモーターを唸らせながら走っているだけではない。そのバイクの走る先走る先が尽く爆発しているのだ。


 爆破しているのはバイクの乗り手ではない。乗り手は爆風と破片の嵐の中を、ギリギリで損傷をコントロールしながら駆け抜けていく。


 都市の血管とも言える高速道路を爆破しているのは、後方から改造されたライトバンに乗りロケットランチャーで追い立てる、紫のツインテールにゴシックパンク姿の特徴的な少女である。

 運転席では、白髪の初老の男が狂いのないハンドル捌きで運転している。


「避けてんじゃねぇぞゴルァ!」

「リサちゃーん。流石にマズくないかね?」

「えぇー? いいじゃん。散々手こずらされたんだし爆破しちゃってよくない? つかあれエアーレスタイヤだから銃弾効果薄いし? いやっほー! それそれ死ねぇー!」

「うーん……ダメだコレ」


 逃走を続けながら、バイクの乗り手が四輪車両の通信機器に介入する。その声はどこかで聞いたことのあるような可愛らしい女性の声だった。


『お前ら本当に治安維持組織か!? 高速吹き飛ばすとか頭おかしいだろ!』

『通信に介入してきたか、早いネ。いや、君が正しい! 今の声紋は? コルネちゃーん』

『無理でーす。ソフトに喋らせてまーす』


「爆ぜて散れェ!」


 ついにロケットランチャーの弾頭を撃ち切ると、リサは後部座席からやたらとシールやペイントで装飾されたグレネードランチャーを取り出した。


「リサちゃん? ……まだやんの?」

「もうすぐポイントでしょ? 一発くらいキメとかないとね!」


 ポンと音をたてて放たれた榴弾は奇麗な放物線を描いて飛び、バイクの前方を爆破する。バイクは爆風に突っ込み軽く損傷を負うも、全く速度を落とさない。乗り手も特殊な防護の施されたライダースーツを着ているのかほとんど無傷である。


「ちぇ、しょっぺぇ。しゃーない! さぁてフィナーレだ! ゴメンね道路さん☆」


 リサが少々形状の異なる、真っ黒な榴弾を装填する。彼女はニッコリと笑って、その榴弾を射出した。

 榴弾が先ほどのものより遠くの路面に着弾すると、一瞬だけ着弾地点から闇が広がる。その不可解な現象が収まると、抉られたように高速道路が消滅していた。


「なんっ! ぎゃあああぁぁぁ……」


 バイクはそうして開いた穴に吸い込まれるように高速道路から落ちていった。乗り手の声が遠くなる。


「逃走ルートから叩き落とせとは言ったけど、何撃ったノ……?」

「てへぺろ」

「そういうのいいから」

「えっと、ブラックホールグレネード? なんかどっかの星の新兵器らしいよ。マジ便利。あたしたちも降りよう」

「あの穴からかね?」

「その通り! ってひゃああぁぁぁぁ!?」



   †



 下層の倉庫群の通路に上手く着地した後、予定を狂わされたバイクは第10区画の廃墟ビルを目指し走行していた。後方から追っていた(爆撃)車両は下方への落ち方が悪かったせいか、立て直しに時間がかかり少々距離を離している。

 赤いテールライトの尾を引き、倉庫の谷間を砲弾の如く疾駆する。ヘッドライトは付けずフルフェイスヘルメットに内蔵された暗視機能により走行しているため、暗い闇夜にボディの大半が溶け込んでおり、判別がつきにくい。深夜の暗闇の中を小さな赤い光が走る様は、亡霊のようにも見える。


 そんなゴーストライダーの前に、細い人影が忽然と現れる。その者は、ぽつりと立った街路灯に冷たく照らされていた。

 矢絣の着物に葡萄色の袴。携えるは刀型高周波ブレード。長き黒髪をリボンで束ね、鋭き眼で闇を穿つ。


「さあ――あなたはどんなふうに斬れるのかしら!」

「物騒すぎンだろ!?」


 居合の構えを見て、比較的リーチの短いブレードを持つ左手側に全力で車体を逸らす。着物の娘はさらにそれを見越し、左手側に跳躍しつつ抜刀。「ヤアアアア!!」と声を上げ、袈裟懸けを打ち下ろす。

 バイクはガリガリと火花を散らし横倒しの体勢になりつつ、立てかけられ並んでいたパレットを利用し跳躍。そのまま倉庫の壁面を走行することで、紙一重で刃を躱した。

 その後、バイクは再び地面に降り、速度を落とすこと無く走り去る。

 バイクのボディには、僅かに刀傷がついていた。


「フ、見事なり」

「いやアゲハあんた逃げられてるから! なに澄ました顔してんの? なんでやりきった風なの!?」


 車が追いつき、リサが助手席から身を乗り出して全力のツッコミをいれる。


「リサとて結局逃しているではないか」

「ぐ、ぬぬ……だからって」

「捕らえろとの命令なのに、あんなにボコボコと」

「あぁもう悪かったわよ! 仕方ないじゃない! つかあんただって!」

「ボスと戦術ドローン(ハガネバチ)が追っている。どちらにしろ"詰み"だ」

「あぁもういいから早く乗りなさい!」


 車の後部座席のドアが開き、アゲハは中に飛び乗る。ドアが閉まりきらない内に車は急加速し、バイクを追い始めた。



 †



 バイクの乗り手であるラフィングマンと目された者は、立ち並ぶ廃ビルの一つに入り、身を隠していた。バイクから降り、何者かに通信を試みている。

 ビルは元々タワーマンションのようなものだったのか、天まで突き抜けるような大きな吹き抜けが中央部を貫いている。EOWの夜間天蓋殻照明――月光灯から放たれた光が建物の構造体の隙間から差し込んでおり、建物の内部をか細く照らしていた。


『ブレイン? おいどうなってんだよ! 完璧じゃなかったのか? 今回も!』

『完璧だったさ! 完璧だったんだ! ああもう迷惑極まりない! 腹が立つ! どこで足がついた? 何がいけなかったんだ!?』

『とにかく新しい逃走ルートを』


「ついに追い詰めたぞ? ラフィングマン!」


 薄暗かったビル内が、多数の照明によって照らされ真昼のように明るくなる。大型のドローンが十数機浮遊し、光を照射しているのだ。逆光で影しか見えないが、二階に立つ影の主はさらに大声で言葉を続けた。


「君の行為は正義だろう! しかァし! 法の鎖に縛られぬ正義は決して許されぬ悪である! 我々は民間防衛機構Aegis! 君の自由正義を捕縛する!」


 一階に二台の車両が入り、五人の人影が中から出てくる様子が見えた。


「高速にドでかい穴開けといてよく言えるな!?」

「コラテラル・ダメージだッ!!」

「どう考えてもやりすぎだろ!?」

「いつものことだ……気にするな」


 そう言った影の主は、どこか諦めたような様子だった。二階から飛び降り、ラフィングマンに歩み寄る。身長は低く、声は幼い少女のようだ。そして彼女は、拳銃を向けた。


「ヘルメットを取れ」


 ラフィングマンは無言でヘルメットを取る。露わとなったその素顔は、赤みがかった黒髪に端正な顔立ちの青年であった。その両目はよく見ると機械的に内部が動いていることから、義眼であることがわかる。

 ドローンが光線を当て、彼の全身をスキャンする。情報が照合され、結果が彼女の視界に浮かぶホロディスプレイに表示される。


「そうか、やはり君か。千里眼の死神――ナギ・ヘッツェナウアー」

「そんな二つ名があったのか。残念だが、俺はラフィングマンの(ボディ)でしかない。頭脳(ブレイン)は別だ。ラフィングマンは死なない」

「こう優秀な体はそうはいないだろうさ」

「で――俺は、ここで死ねるのか?」


 青年は棺桶の中の死人のような笑みで、そう呟くように言った。

 だが、影の女は気にも留めず、自らの意思を突きつける。


「いや、勧誘(スカウト)だ。私の名はノウェム。君のような優秀な狙撃手(スナイパー)が欲しかったんだ。私の駒になってもらう。正当に雇われた正義に興味はないか?」

「生憎、縛られるのは嫌いでね」

「フフ、安心しろ。今日の"結果"は見ただろう? 我々は平和を売る組織。敵と結果は縛られるが、過程は自由だ。好きにしろ。我々は契約書を盾にして、気の向くままに脅威を葬っているのだよ」

「ハッハハ、そうか。そいつは……地獄巡りよりは楽しそうだ。平和を売る、か。悪くない」


 爆撃でもされたかのような破砕音を立てて、何かが廃ビルの屋上を貫いた。砕かれたコンクリートと千切られた鉄筋が、重力加速に乗って降り注ぐ。ビルに飛び込んだソレは背中から噴き出す炎と熱の翼をバーニアの如く操り、凄まじい速度でノウェムとナギの間に割って入った。

 炎を纏って揺らめく紅い髪の、裾の燃える白いワンピースを着た少女。その顔に表情と言えるものは伺えないが、明確な敵意をノウェムへ向ける。

 かざした右手の先には光と熱が集まっていく。この場の誰もが、この異常事態に硬直した。


「マスターは死なせない」


 その言葉に、時が止まったように空気が凍りつく。


「……なに?」


 空気の読めない燃える少女は、きょとんとした顔で首をかしげた。敵であるはずと彼女が思っているノウェムらもマスターと呼ぶナギも、ポカンとした表情のまま呆気にとられ動かないからだ。


「マスター、命令して? 半殺し? 皆殺し?」

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