chap.1 笑う男と断頭台
EOW第1層第10区画:旧企業街廃墟地帯――通称風霊街。廃棄され白骨死体と化したビルが並び立つこの区画の一角、とあるビルの階段の暗闇を、一人の少女が駆け上がっている。
サンセットオレンジのふわふわとしたショートヘアをなびかせ、治安最悪と謳われるこの地区に似あわぬ生き生きとした表情で、カメラ片手に上層を目指す。
些か風通しの良すぎる硝子とコンクリートの破片の散らばる建物は足場も悪く、何より長く管理されていないせいで、いつ建物が倒壊してもおかしくはない。無論、危険が過ぎる。
しかし、彼女は職業柄危険地帯に飛び込むことが多いため、この程度では毛ほども問題ないようだ。
それどころか、遠景に望む綺羅びやかな夜の繁華街の煌めきに見惚れる程の余裕をもっている。
ようやく、最上階である地上60階に到達する。流石の彼女も息を切らし、膝に手をつきぜぇぜぇと息を整える。
息が整うと、前を見る。その光景に彼女はニヤリと笑い、シャッターを切った。
「ふっふっふ、『ラフィングマン』ネタ一番乗り成し遂げたぜ。さっすがウチ。さぁて報告してがっぽり頂いちゃいますかね」
彼女が見たもの。それは。
天井からロープで吊るされた、亀甲縛りで縛られた全裸の太った男。口にはボールギャグを噛まされ、絶対に人には見せられないような醜態を晒している。
「うげぇ、流石に生はきっつい。ボンレスハムかヨ。生配信とかラフィングマンもエグいことするなぁ」
近くにはウェブカメラが三脚に固定されており、安物のノートパソコンに繋げられ動画配信サイトで男の様子が生放送されている。
さらに、生放送をしているページには放送主によりリンクが貼られ、リンク先では有名企業のある重役による詐欺紛いの行為や横領、脱税、売春等の証拠が大々的に公開されていた。
その『ある重役』は現在、廃ビルの上層でこうして吊るし上げられている。
これに対し、ネット上では一種の祭りとなり、掲示板へのアクセスはいまだ増大し続けスレッドの勢いは留まることを知らない。
ラフィングマンは、この男を社会的に処刑したのだ。
『あーはいもしもし。情報屋のフランと申します。統合捜査局第一課のほうに情報提供が……お、早』
『ジェームズだ。また君かフラン君。どうでもいい情報なら二度とここには繋げさせないが、いいかね』
『ラフィングマンの犯行現場なうです。最速ですよね? 位置情報と状況その他送りますヨ? もちろん報しゅ』
『わかってる。情報提供感謝するよ。まったく、まぁたおやっさんにドヤされちまう。俺の立場も考えてくれ』
『お断りします♡』
『で、ラフィングマンの情報は?』
『あんにゃろうなかなか尻尾を出さないもんで。ちきしょー絶対掴んで金に変えてやりゅうううぅぅぅ』
瞬間、電話はジェームズにサラリと切られてしまった。フランは鞄からノートパソコンを取り出すと、画像や状況、室内の簡易スキャンデータ等々をまとめ上げていく。
目の前にいるというのに完全に無視をきめられた重役の男はうーうーと唸るが、フランは一向に気に留めない。むしろ、意図的に無視している節すらある。
せめてカメラ程度は止めてもよいだろうに、それすらしない。ここには彼女の悪意が多々含まれている。
ニヤニヤとしながらキーボードに打ち込み続ける彼女は、(元)重役の男には悪魔にすら見えた。
……どうやら企業は男にギロチンの刃を落としたらしい。
「どこからか特ダネ引っ張ってきてはこんな感じで晒し首。これでもう何件目だっけ。フツー脅して金巻き上げるか情報売るかでしょーに。『伝説の特A級ハッカーの再来』……かぁ。わかんないなぁ、ラフィングマン」
慣れた手つきで資料をまとめ終え、ジェームズのもとに送信した彼女は、荷物をまとめ階段へと向かう。
「ま、ゴミ掃除してくれるのは有り難いんですけどね。ウチもファンになっちゃいそう。お金になるし」
階段の途中で、警官の集団とすれ違う。どうやら彼を救出しに来たらしい。外にはパトカーと救急車の赤い光が揺らめいており、ちょっとした騒ぎになっている。
ボン、と音が聞こえ、反射的に外を見る。遠くの高速道路で、火の手が上がっていた。
近くにいた警部らしきコートの男が、誰かと大声で通話するのが聞こえる。
『ラフィングマンらしき男を発見!? Aegisのヤツらが追跡中だと!? わかった急行s』
「ラフィングマンですってえええぇぇぇぇ!!??」
そう叫ぶと、フランは階段を転げ落ちるように駆け下りていった。