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chap.XX+0.5 annindoufu

 月光灯の下、ぬらりと照らされたそのオブジェクトは、威圧と冷酷を示すガンメタルブラックで塗りつぶされていた。

 塗装に剥がれも汚れも無く、新品同然。いや、事実として新品である。

 "銃"と言うには些か無理のある、戦車の主砲をそのままくり抜いて持ち出して来たかのような、狙撃銃。

 ソレを構え摩天楼の屋上に立つ青年は、人型機械駆動装甲(パワードアーマー)の上半身フレームのような大型機械の補助を背後に受けつつ、砲身に装着された大型電子スコープから送られる拡大映像を両眼の義眼に通し、街路を見る。


 EOWの天蓋殻照明は夜を示し、高層ビルの立ち並ぶ街は地上より発する光で照らされ、蔓延る闇を隠すように妖しく輝く。


 見渡す街路は、見るも無惨な有様だ。

 地上を這いずっていた数多の車両はどこぞの十戒でも受けたかのように中央から弾き飛ばされ、横転し、裏返り、歩道に打ち寄せられている。

 逃げ惑う人々は助け合いながら、過ぎ去った暴威に怯え、震える。


 その街路の先にスコープを向けると、依然として突風の如く突き進む二つの鉄塊が見えた。

 突如として盗まれた、開発中の大型多脚機甲戦車のプロトタイプである。

 

「ガバいセキュリティしやがって……」


 青年はそう呟くと、左手でホロディスプレイを操作し薬室に砲弾を送る。

 そして、通信回線を開いた。


『コルネ! この超ドッきゅん性的怪物狙撃銃ゲイ……』

『どんな言い間違いですか!!? 超弩級精密対物狙撃銃ゲイボルグです!』

『なんでもいいが! 試験運用まだらしいけど本当に大丈夫なのか!?』

『大・丈・夫! ボスのお墨付きです!』

『いいからとっとと撃て』

『あっハイ。イェスマム』


 引き金に指をかけ、機械的な電子演算による最終調整情報を自らの右腕に伝える。

 ここから先はマニュアルコントロール。生物的感覚を頼りに、標的の未来に狙いを定める。


 その間、僅かコンマ数秒。電気的に加速された脳は時を薄く長く引き伸ばす。


 そして、発砲。


 スローモーションで流れる視界を覆う程のマズルフラッシュは、加速を抜けると共に一瞬と経たず消え去った。

 金属塊が空を裂き、予測弾道に導かれるようにその一瞬を駆け抜ける。


 放たれた超音速の弾丸は、物理法則に則り圧倒的な貫通力と破壊力でもって戦車の脚部を破壊した――はずであった。


『目標、健在。嘘だろ?』

『やっぱ対戦車戦想定してますよね、そりゃ。スナイパーキャノンじゃだめかー』

『やっぱこれ(キャノン)なんじゃねぇか!』

『銃です。銃ってことにしといてください。色々申請とか面倒なんで』


 二両ある戦車の片方が、主砲を青年のいる位置へと向ける。そのことに気づくと同時に、彼は排莢と装填を完了させた。

 直後、最新のカウンターアタックソフトウェアによって計算された砲弾が戦車から放たれた。最新鋭機のプロトタイプだけあり、弾道は正確に狙撃銃を捉えている。

 退避しなければ、青年の命はない。が、彼は動かなかった。引金を引き、砲弾を放つ。

 狙うは砲塔――ではなく、飛来する敵の砲弾。

 無謀にも思えるその射撃は寸分の狂いもなく戦車の砲弾に直撃し、炸薬を弾けさせ空中で花火の如く砕け散った。


『いや、誤魔化せねぇだろ、流石に。で、ボス。どうすんだ?』


 その言葉に、ボスと呼ばれた金髪の女性は小さな顔をしかめつつ他のメンバーに話を繋ぐ。


『リサ。どうにか奴らの脚、吹き飛ばせないか?』

『もう地雷と(クレイモア)ありったけ食らわしたんだけどね。やっぱ人ばっかの市街地じゃ限界があるっしょ?』

『ヴァルター、アゲハ』

『生身で戦車に勝てるのなんて特A級のゴリラくらいじゃないかネ?』

『右に同じく』

『グレン。ハッキングは?』

『奴ら完全に完全独立状態(スタンドアローン)で走り回ってやがります。無理しても奴らがプラネットポールに到達するのが先でしょう』


 その言葉を聞くと同時に、ソファにもたれかかる。その顔は、作戦破綻に沈んだ苦悶――ではなく、ニタニタとした笑顔。彼女にとって、部下の反応は己の思考の確かさを示す証拠でしかなかった。


『さて、あとは君だけだ、カノン。条件は三つ。対象の非殺傷、必要最小限の被害、一撃必中。やれるな?』

『だるい』

『報酬は杏仁豆腐だ』

『よしやろう』


 青年の背後より、そのカノンと呼ばれた少女は浮遊機関とウィングスラスターを搭載したバックパックを巧みに操り飛来した。

 流れるようなロングの蒼い髪に紫の電子眼。触れば壊れそうな程細く整った色白の身体に、白のブラウスと黒のキュロットスカートを纏う。

 とてもではないが、この場に似つかわしくない、庇護の対象としか見えない存在である。

 

 彼女は狙撃銃の砲身の上に浮遊し、じとりとした目で地上を眺める。


「俺の眼でサポートする。カノンは射撃に集中しろ」

「おーけーナギ(マスター)


 カノンがすうと息を吸うと、彼女の髪が紅蓮の色に染まる。両眼は淡く紅く発光し、天使の輪のような光輪を頭上に展開した。

 加速思考に入り、周囲が彼女にとってスローモーションに動く。


「Ray Processing Circuit、オープン。管理者:ナギの視神経回路に接続。視覚情報及び座標情報を同期。同期率……99.7%over。演算開始。攻撃対象の動作予測。抽出。確定。出力計算、了。弾道計算、了。目標達成確率……計算不要」


 彼女が右手を胸の前を切るように水平に振ると、そのラインに16の光球が現れた。

 ただの光る玉ではなく、彼女によって操られている超高温の光と熱の塊である。

 彼女は右手で銃の形を模ると、まるで子供の遊びのような仕草で、人差し指を跳ね上げた。


「ばん」


 光球は熱線となり、規則正しく数学的曲線をなぞるように、天へ向かう。対象の多脚機甲戦車は既にビルの森に隠れ姿が見えないが、座標さえわかってしまえば、彼女にとって撃破は容易かった。


 計算された軌跡をなぞったのは、一瞬であった。圧倒的熱量の熱線は降り注ぎ着弾した戦車の脚を融解させ、地面に縫い付ける。

 正確無比な攻撃はその全てを脚の先端に着弾させ、与えられた条件は完璧に達成されていた。


「杏仁豆腐……げっとだぜ」


 彼女は高度を下げ狙撃銃の砲身の先端にふわりと降り立つ。そして、仕留めたターゲットへ向けて『 YouAreFiredもえろのうなし!』と光で大きく空中に描きメッセージを贈ると、振り返り、相も変わらずのじとりとした目のまま、小さく右手を上げVサインをつくる。

 そんな、少しだけ特別な機械人形(オートマタ)の思考回路の中は、杏仁豆腐でいっぱいであった。

 



 時は戻り、世界は彼女の目覚めから始まる――

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