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006 惨劇

 

 サクラがネフィリアを引っ張りながら洞窟の奥へと進んでいくと、少し開けた場所が目に入ってくる。中には小さな横穴があちこちに開いており、スライムが2匹空中を漂っていた。


「ここならよさそうかな」

「えっ?」


 そういうとサクラはネフィリアをつかむ左手とは逆の右手に【星桜刀】を出現させると一閃、広場にいたスライムに向けて振り抜いた。それは刀が届く範囲からはかけ離れていたが、確かにスライムの核を2匹同時に断ち切り仕留めるにいたった。


 サクラはその結果を気にした様子もなく広場の中央まで歩いていき、そこにある少し飛び出た岩場にネフィリアを座らせる。


「さっきの続きだよ。魔物が出てきたらその位置を教えるから探ってみてね」

「ほ、本当に大丈夫?」

「もうネフィは心配性だなぁ。大丈夫だよ」

「そ、そう? なら、やってみるわ」

「うん! まずは右斜め前、3mくらいだよ」

「右斜め前……」


 そこには横穴から現れたスライムが新しく漂っていた。ネフィリアはサクラに伝えられた場所に意識を向けてみる。


 辺りが静かな為、少しグニョグニョとした音が聞こえては来るが気配や魔力といったものはつかめない。

 ただ、その音が段々近づいていることに恐怖を感じ始めた頃、バシュっという音がしたと思うとグニョグニョとした音も消えていた。


 ちゃんと守ってくれた事に安堵し、せっかくサクラが自分のためにやってくれているんだとそれを無駄にしないように集中する。


「次! 真後ろ方向4m!」


 言われたところと思える場所にに再度意識を向ける。暗い静かな空間ではやはり音のみが敏感に聞こえ、気配というものはなかなかつかめない。

 一度音が気になるとそちらに集中してしまいなかなか集中できなかった。またバシュっという音が聞こえたあと音も静かになる。


「ね、ねぇ、サクラ。視覚がつかえないと今度は聴覚が敏感になって意識が逸れるのだけど、音を聞こえなくしたりはできない?」

「え? でも、そうすると私の声も聞こえなくなって敵の場所を伝えられないよ?」

「あ、それもそうね……」

「それに音も敵の位置を探る重要な情報のひとつだよ。自分の魔力も飛ばそうとしてる? うまくいってないのかもしれないけど、相手の魔力波を検知するよりも自分の魔力波を検知する方が楽だからまずは自分の魔力波で慣れていった方がいいよ」

「あ……忘れてた」

「……ネフィ」


 サクラはジト目で睨んでいたが、視覚を奪われているネフィリアにはその姿は見えなかった。

 視線を感じつつも、確かに忘れていたのは自分なので正直に謝罪する。


「う、ごめんなさい」


 そう言えば意識と魔力を飛ばしてと言われていたと思いだし、自分を中心に魔力の波を飛ばすようにイメージし広げていく。

 ネフィリアの魔力が周囲に輪のように広がり、一体の魔物を捉える。


「あ、いい感じ……でも」

「み、見つけた! 左ななめ前……?」


 その声の後、バシュっという斬撃音が()()響く。サクラが広場にいたスライムを断ち切ったのだ。


「あれ……でも後ろ側にいたんじゃ?」


 ネフィリアがサクラが伝えた場所と違うところで魔物を捉えたことに疑問に思い口にする。


「2匹目が現れていたんだよ。でも、後ろのは捉えられていなかった。そっちの方が近くにいたのに。なんでかわかる……?」

「え、……私が前にしか魔力をとばせていなかったから……?」


 しっかりと全方位に、むしろサクラの言葉から後ろ側に意識が向いていたなのでそんなことはないはずと思いながらも口にする。しかし、それはきっぱりと否定される。


「違うよ。ネフィの魔力は円を形作って前にも後ろにもちゃんと飛んでたよ」

「じゃあ、どうして?」

「それが円だったからだよ」

「……? あ!」


 サクラの言わんとしていることがわかり声を上げるネフィリア。

 円とはつまり2次元平面である。同じ高さにいるものは検知できても高さ方向で届いていなければそれは検知できないことになる。それを回避するには……


「球状に、3次元に魔力をとばさないといけないのね」

「そういうこと。円でとばすより難しいけど、ゆっくりやっていこー」

「が、頑張るわね」


 そうして今度は球状に魔力を広げようとするが、これが難しくネフィリアはうまく広げることができなかった。

 ところどころ穴があいたり、薄く広げ過ぎて魔物に届いてもそれをネフィリア自身が検知できなかったりと四苦八苦していた。


 サクラは時々ヒントを与えながら近づいてきた魔物を斬っていく。

 ネフィリアも徐々に慣れてきて正確に捉えられる量が増えてきたため、サクラは段階を一つ進めることにした。


「じゃあ、位置を教えるのもやめるからネフィは全方位に集中してね。同じように敵が近付いたら私が守るから!」

「わ、わかったわ。でも、これを意識せず常に行わないとだめなのは大変ね」

「それはスキルとしてまだ取得してないからだよ。スキルとして形になれば呼吸をするようにできるようになるよ」

「そ、そういうものなの? なんか不思議ね」

「そうだね。それじゃあ、続きいくよ?」

「えぇ」


 ネフィリアは一旦全方位に集中し続けるのは難しかった為、まずは魔力をドーム状に形成し、それをソナーのように一定間隔で飛ばすようにして魔物の魔力を探るよう試みる。

 すると右側にまたスライムの魔力を感じ、サクラに伝える。


「右の方にいる?」

「うん、いるよ。距離や高さはわかる?」

「……4mくらいで、高さは3m……かな?」

「おー、結構あってるよ。その調子!」


 そういってサクラは刀を振るうとスライムを一刀両断する。そしてその魔力を感じなくなったことで少し疑問に思いネフィリアがサクラに問いかける。


「ちょっと気になってたんだけど、サクラってどうやってスライムを倒してるの?」

「えっ? 普通に斬ってるだけだけど?」

「で、でも、距離的に届かないんじゃない? 手は握ったままだし、私から離れてないわよね? ……え、これサクラの手じゃなかったりしないわよね?」


 敵の位置を正確に捉えられるようになってきたため、サクラの攻撃に違和感を感じるようになっていた。

 刀の攻撃範囲に入る前にスライムの反応が消えていっていたのだ。時には5mは離れていることもあった。


 まさか自分が心のよりどころにしていたサクラの手が実はそうじゃないんじゃないかと不安になってきたのだ。


 ここで戦闘がまともに始まる前にネフィリアはサクラに目隠しされてしまった為、刀での戦闘をまだ見ておらず理屈がわからなかった。


「ちゃんと私の手だよ―。ちょっとネフィリアの握りが強すぎて痛いくらいだよ……。ちなみにここからも動いてないよ? 敵を攻撃する時は斬撃を飛ばしてるんだ―」


 そういってヒュっとサクラが再度刀を振るうと前の方に感じていた魔力が消滅するのをネフィリアは感じとる。その時に僅かに風を感じた為、それが本当なんだと理解する。


「あ……斬撃をとばすなんてすごいのね。どんな感じなのか見てみたいわ」

「スキルが得られたらねー」


 そのサクラの一言でやっぱりスキルを取得できるまでこのままなのだろうかと不安になる。ここは余計なことに思考を向けている場合ではないと再度スライムの警戒に意識と魔力を向ける。


 すると先ほどまでかかっていた魔力の雰囲気とは異なる魔力を感じたような気がして思わずサクラに確認する。


「サ、サクラ……?」

「もしかして気付いた? 流石だね。さっきまでとはちょっと違うスライムがでてきたよ」


 サクラの前にいるのは先ほどまでの青いのより大きく、身体の色が緑色に透けたスライムだった。

 内部には2つの小さな(コア)が狭い身体の中を自由に蠢いている。身体から噴き出る黒い煙は先ほどまでの青いスライムに比べ格段に多く少し濃い。


 その2つの核の内一つの動きが止まりこちらに目を向けたような錯覚を感じたあと、その身体から大量の礫を飛ばしてきた。


「【炎護壁(ウォルメール)】」

「きゃあ! な、何!?」


 サクラは咄嗟に魔術を唱えると炎の壁が立ち上り、緑のスライムが自身の身体を飛ばしてきた攻撃を防ぐ。

 ネフィリアは急に前から熱を感じて驚くが、それがサクラが放った魔術のものだとわかると落ち着きを取り戻す。


「ど、どうしたの?」


 今までは斬撃で仕留めていたのにいきなり魔術を使っての対応に驚き尋ねる。


 刀じゃ倒せないほど強い魔物なのかと不安になったのだ。多少の違いは読み取れるようになっても、まだ魔物の強さまでは把握できていない。


「前にちょっと話した毒を使うタイプのスライムだったから。急に攻撃してきたのと、斬っても飛び散った身体の一部が触れただけでも毒にかかることがあるから念のため防いでおこうと思ってね」


 それに対し、敵は緑のスライム――通称:ヴェノムスライム――は敵意をむき出しにし、


『キィイイイイイイイイイィ!』


 と甲高い音を立ててその身を膨らませた。そして当たりの横穴からは次々とスライムが飛び出し周囲を埋め尽くしていく。


「え、何? 何!? なんか魔力の波が遠くまでとばせないくらいすごい量の魔力反応が……え、嘘!? どうなってるの!?」

「うわー」


 ネフィリアは視界を奪われた中、自分の魔力感知にかかるスライムの量から死を覚悟するくらいの恐怖を感じ青ざめていた。


 それに対し、サクラは数百に及ぶ大量のスライムが当たり一面を埋め尽くしウヨウヨと蠢くその異様な光景にちょっと引いていた。


「ネフィは目隠ししててよかったかもね。これは気持ち悪いよ……」

「え? だ、大丈夫なの!?」

「大丈夫だよー。ちょっと熱いかもしれないけど、ごめんね?」


 取りあえず、これ以上仲間を呼ばれては気持ち悪くてたまらないと、先ほどのヴェノムスライムの魔力を探っていく。

 大量のスライムの大群からその位置を捕捉するとその前に群がるスライムを無視して魔術を唱える。


「我欲するは燃え盛る炎槍、穿て【火炎槍(メアニス)】」

「んひゃ」


 頭上で突如発生した熱に驚きネフィリアが声をあげる。ゴォッと燃え盛る炎の槍は群がるスライムをまるでそこには何もなかったかのように焼き貫きながら突き進み、そのままヴェノムスライムに向かっていく。


 ネフィリアが使用した【光閃槍(レイニス)】と同系統の貫通力に特化したE級魔術の炎属性版である。


 魔術に気付いたヴェノムスライムが当たりの岩を取り込み【火炎槍(メアニス)】へと射出するが、炎の槍はその悉くを貫きついに2つの(コア)に当たりそれをまとめて砕き散らす。


 ネフィリアは少しでも状況を把握しようと必死に周囲の魔力を検知するのに集中し意識を向け続けていた。

 それは周囲に数百と蠢くスライムの1体1体を正確に捕捉していく程の精度を発揮していく。


 先ほどまではスライムに当たるとその先への捕捉はできていなかったのだが、徐々に魔力波はスライムを貫通し、なお探知の領域を広げていった。


 この時、ネフィリアの布の中の瞳はうっすらと光を帯びていたのだが、それにはサクラもネフィリアも気付いた様子はない。


 【火炎槍(メアニス)】によって(コア)を失ったヴェノムスライムはそのまま霧散し消えていく。

 統率力を失ったからか辺りのスライムの動きが変わり、遠いものは漂うだけだったが近いものはサクラやネフィリアに向かって再び飛びかかってくる。


 それを視界にすら捉えずにヴェノムスライムが問題なく倒れ、また別のヴェノムスライムの個体が近くにいないことを【魔力感知】で探ったサクラは再度魔術を行使する。


「【赤熱波(フォルメト)】」


 省略詠唱(カットスペル)で放たれたそれはサクラとネフィリアを中心にドーム状に広がり、周囲に高熱の波を叩きつけた。


 詠唱が省かれた分威力は多少落ちるものの、先の【火炎槍(メアニス)】と異なり元が2段階上位のC級魔術であった為、その波に当てられたスライムを1つの例外なく消し飛ばした。


 周囲を確認し、スライムがもう湧き上がってこない事を確認すると「あっ」と思い出したようにネフィリアに目を向ける。


 流石に怒ってるかな? と恐る恐るといった様子で顔をうかがう。この状況であれは流石にひどかったと反省し、怒られる事を覚悟で声をかける。


「だ、大丈夫……?」

「………………」


 返事がない。それにちょっと焦り出すサクラ。顔には冷や汗が流れ始める。その顔はさっきのヴェノムスライムとの戦闘より緊張していた。


「……ねぇ、サクラ」

「は、はいっ!」


 いきなり名を呼ばれたことでビクッとなる。思わず姿勢を正してしまう何かがそこにはあった。


「これ、外してもいい……?」

「う、うん。いいよ……?」


 ネフィリアが指差したのは目隠しをしていた布切れだった。

 もちろん、この場でダメとは言えるはずもなく、ネフィリアは頭の結び目に手をかけて目隠しを外していく。


 何をされるんだろうと身構えるサクラだったが、ネフィリアは布を膝の上に置いた後、手元から板のようなものを出現させた。

 それは縁が豪華に彩られ、可愛らしいピンク色をしていた。


情報版(ノティーティア)……?」

「え、そ、そうよ。サクラは見ちゃダメだから!」


 そういうとネフィリアは身体でその板を隠す。


 情報版(ノティーティア)とはこの星“アーステリア”を管理する星の意思、通称:セカイの意思によって生み出された世創道具(アーティファクト)の一種である。


 リンクした対象の魔力に溶かしこみ自由に持ち運びができ、自身のステータスやスキル、称号などの閲覧や金銭の保管、管理などができる。


 情報版(ノティーティア)自体は世創道具(アーティファクト)と言われつつも、ある儀式を行い星と交信すれば誰でも手に入れられることができる為、ほぼ全ての人が所有している。


 基本的に本人にしか中の文字は読み取れなくなっているが、相手に読めるようにすることもできれば、逆に【鑑定】や【看破】などのスキル系統で相手の情報を盗み見ることもできる。


 必要事項のみを見せることで身分証として活用するのが一般的だ。


 自分の能力情報というのは冒険者にとって死活問題になる為、特に無理やり見ようとすることはサクラはしなかった。


 そのあたりは師から教育を受けていたのだ。なので、大人しくネフィリアが何か確認しているのをそばで見守っていたのだが、突如こちらに笑顔を向け喜びを露わにするネフィリアに驚く。


「……あった! あったわよサクラ!」

「……? え、な、何が?」

「【魔力感知】! ちゃんと取得できたわ!」

「えっ!?」


 その言葉にサクラは目を見開いて驚く。ネフィリアにああ言ってはいたが、サクラ自身一朝一夕で身につくものではないとわかっていた為、このダンジョン攻略中にその糸口でもつかめればいい程度の思いだったのだ。


 それをたった1、2時間足らずで習得できたのはネフィリアの才能か、はたまた努力故か常識から外れた結果だった。


「……まさか本当に取れるなんて……」

「えっ!?」


 思わず本音が漏れてしまい、今度はネフィリアがその言葉に驚く。


「もしかしてこの方法って適当だったの!?」

「ううん、方法はあってるんだけど普通そんな簡単にとれないから……」

「全然簡単じゃなかったでしょ……って何これ!?」


 地獄だったじゃないという思いで辺りに目を向けた時にようやく周りの状態に気付いたネフィリアはその惨状を目にして声を荒げる。


 辺りにはスライムの核やその身を構成していた液体が飛び散り散乱していた。

 壁には最後の熱波で吹き飛んだのか、ぶつかり放射状に飛び散ったものが無数にある。


 そこには数百に及ぶスライムの残骸が転がり、もはやサクラやネフィリアがいる岩場の周囲以外に足場は存在しなかった……。


「まぁ、あれだけの数相手にすれば……ね?」


 ネフィリアはサクラが目隠ししていてよかったといった意味を理解し、さっきまでの自分の置かれた状況、その光景や惨劇を想像してしまい気を失いかけるのだった……


次話は6/12に投稿予定です

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