005 探索
ネスラは王に事の次第を簡潔に説明する。
「申し訳ありません! ノスラムから帰途についている道中、盗賊の襲撃に会いネフィリア様は……」
そこまでの話を聞いたところでアイネア王妃が泣き崩れる。
ある程度ネスラの姿をみて、ネフィリアの姿が見えないことから想像してしまっていたのかもう聞きたくないといった思いが見て取れる。
昨年のラフィリアの事も思い出してしまったこともそれを助長する形となった。
「あぁ……、あなた、どうしてこんな……娘ばかりが一体何をしたというの……?」
「……まったくだ。お前は一旦休め。詳しい話は私が聞いておく。キリア!」
「はい」
王の前へと唐突に現れたのは頭に猫耳をはやし、メイド服に身を包んだ女性だった。
王妃付きの侍女である猫人族のキリア・ラインである。猫人族といっても頭にある猫耳とお尻に生える尻尾以外は外見的には人族と変わりはない。
「すまないがアイネアを頼む」
「かしこまりました」
そう答えると、キリアは王妃に肩を貸して謁見の間を後にする。
「詳しい話を聞かせてもらえるか。やはり、先の東の森での爆発か」
「はい……」
そうして元々の目的であった盗賊団ガルネブラの調査の結果や襲われた経緯、その結末、犯人の情報をネスラは詳細に伝えていく。
「仮面の魔術師か……それに、誘拐されたわけではなく殺されたというのか」
「敵は姫様が魔眼の力を持っていることを知った上で狙ってきていました。もしかすると昨年のラフィリア様の件も事故ではなく同一犯による可能性も……」
双子の姉である第二王女ラフィリアもネフィリアの【魔眼親授】のスキルにより魔眼の力を得ていた。それを踏まえての進言である。
「何ということだ……そんなスキルなど持たず普通に生きていてくれさえすればそれでよかったというに……やはり行かせるべきではなかった! これは私の判断ミスが招いた結果だ」
「いえ! 王は民を思って決断をなされただけです! これは力及ばず姫様を守れなかった私の責任です!」
「ここで責任の話をしても仕方あるまい。ネフィリアが戻ってくるわけでもない。敵の目的もはっきりしない以上、お前に罰を下すわけにもいかぬ」
「しかし!」
「ここでお前まで失えば! この国に何かあったときに対応できる対応策が減るだけだ……その時に忠義を示してくれればそれでよい」
「はっ! この命に代えましても!」
レイキス王はネスラの話からネフィリアが跡形もなく消されてしまったという事実に頭を抱えていた。葬儀すら行えないのであればラフィリアの時よりもひどい。しかも、ネフィリアは国民と積極的に接しており、かなり愛されていた。
その国民がこの事態を知ればどうなるのか、この件の対応は慎重に進める必要があった。
また、魔眼の力を奪うのではなく、消し去る行動をとった敵の思惑に疑念を抱いていた。
確かに発動条件が厳しいのでネフィリアを誘拐し、魔眼を量産するようなことができないのは確かだが、魔眼の力を脅威に感じていたにしても、そもそもレイキス王は魔眼の力を隠しほとんど使用させなかったのだ。
それをわざわざ排除する目的……レイキス王はまだ大きな脅威がこの国に迫っている気がしてならなかった。
「一体、この国に何が起きようとしている……?」
既に暗くなった夜空に向かって問いかけるも、それに答える者はなかった――
◇◇◇◇◇
夜が明けた次の日の朝、サクラとネフィリアはダンジョンの入り口の前に立っていた。そこはサクラが居住エリアにした部分とは異なり、異様を放つ門があり中からは邪気が漏れ出ていた。
中は階段になっており、その奥は1m先が見渡せないほど暗闇が続いていた。門の入り口は僅かに明滅するように光っている。これはこのダンジョンがまだ攻略されていない証だ。
ネフィリアはそれを見て緊張の面持ちでハートフィリア王国の国宝である聖杖【レーヴァテイン】を抱きしめる。
「それじゃあ、ダンジョン探索にいざレッツゴー!」
「え、そ、そんな軽いノリで大丈夫なの!?」
「大丈夫、大丈夫。ネフィの事は私が守るから、安心してね!」
そういって、サクラはネフィリアの手を引いてダンジョンの入り口に入っていく。
ドキっとしたのもつかの間、中へ引っ張られる形でダンジョンへと初挑戦することになったネフィリアはボボボッと外壁に並ぶ蝋燭に急に火が灯り周囲を照らしていく光景にビクッと身を縮める。慌てて周囲を警戒しながらサクラの後ろに隠れて様子をうかがう。
「わ、わかったから、ちょっと待って! まだ心の準備が!」
「そんなこと言ってー、ほら来たよ! 魔物!」
「えぇ!? ど、どこ!?」
ネフィリアは昨日までは妹みたいに可愛いサクラに姉のような凛々しいところを見せようと張りきっていたのだが、サクラの容赦のなさと初めてのダンジョン挑戦の緊張から余裕がまるでなくなってしまっていた。
階段を降り切った後、ネフィリアが前に目を向けるとそこには少し進んだ先の右にある横道からフヨフヨと黒い煙を漂わせながら浮かんでこちらに向かってくる球体状の何かがいた。
身体は青く透けており、内部には核らしきものがうっすらと見える。
「スライムだよ。中には毒があったりするのもいるから気をつけてね。攻撃方法は周りのグニグニしてる軟体部分を伸ばしたり、周りに落ちてる石とかを取り込んで撃ち出してきたりするよ」
「あれがスライム……?」
「弱点は魔物では基本的に共通だけど、真中にうっすら見える核だよ。まずはネフィ1人でやってみてね」
サクラは矢継ぎ早にそう言うと先を促す。
「わ、わかったわ!」
ネフィリアはおずおずとサクラの前に出ると、魔術詠唱を開始する。
ネフィリアにはサクラと違って詠唱の短縮などを行う技術はないのでフルでの詠唱を行う。
「我願うは害意妨げる光の結界、聖なる魔の意思よ、我が身を守る加護となれ。【光護】!」
ネフィリアを中心に魔法陣が展開され、球状の光の障壁が生成される。
幾度となく自分を守ってくれた障壁を邪魔されずに展開できたことに取りあえず落ち着きを取り戻し、敵を見据える。
ネフィリアの後ろからは「そのスライムにB級魔術は過剰だよー」などとサクラがぼやいているが、集中しているネフィリアにその声は届いていなかった。
そして、再度魔術の詠唱が唱えられる。
「我欲するは輝く光槍。煌めけ!【光閃槍】!」
バシュっと光の筋がネフィリアの杖の先端から魔法陣が形成されると同時に光速で放たれる。
その光はスライムの核を僅かに逸れて青い液体を周囲に飛び散らせた後、洞窟に突き刺さって止まる。
「外れた!」
そう思った瞬間にはスライムの身体が幾重にも伸びてネフィリアを襲う。思わず目をつぶって身構えてしまう。
「きゃあ!」
しかし、その攻撃は事前に張られた【光護】に全て阻まれネフィリアまでは届かない。
それに安堵し、大丈夫、大丈夫と心の中で繰り返しながら今度は外さないように攻撃範囲の広い魔術を行使する。
「我求めるは断ち切り進む一筋の聖光。切り開け!【断導閃】!」
詠唱とともにネフィリアは聖杖を振り抜く。するとその軌跡に沿って光の筋が放射状に放たれスライムを核ごと上下に分断しそのまま洞窟の壁に突き当たり一筋の傷跡を残す。
核を失ったスライムはそのまま地面へとベチャっと落下し、その生涯を終わらせた。
「や、やっ「きゃんっ!」」
初めての魔物討伐に「やった」と喜びをあらわにサクラの方に振り返った瞬間、おでこをチョップされ赤くなったところに手を当てて蹲るネフィリア。
ただその一撃でネフィリアを覆っていた【光護】さえもパリィンと砕け散ったことに困惑する。
「え、う、嘘、なんで?」
「スライムごときに魔術使い過ぎ。威力過剰過ぎ。そんなんじゃ魔力持たないし、敵の攻撃に対して目をつぶって立ち止まっていたらやられるだけで回避もできないよ」
「うぅっ」
正論なのだが、初めてなんだからそれぐらいは大目に見てほしいと思ってしまうネフィリア。
しかもB級魔術を素手で砕くとか意味がわからない。サクラってもしかしてスパルタ? と思い顔を上げるとサクラの後ろにある小さな横穴から2体のスライムが飛び出してきたのが見えた。
「あっ!」
サクラに危ないと伝えようとした瞬間、サクラは石を1個拾い上げると振り向きもせず魔術を放つ。
「【火球弾】」
サクラの上に生成された小さな火の球は現れた2匹のスライムの内1匹に当たるとその身を消滅させる。
それに驚き動きのとまったもう1匹に拾った石を指でピンと弾いて当てると石は見事に核に当たりヒビを入れる。
核が損傷したからか、スライムはそのまま落下し地面に当たると核もその衝撃でパカっと2つに割れ、その動きを止めて動かなくなる。
「え……」
そのあまりにもな光景に言葉を失うネフィリア。サクラは何事もなかったように平然と講義の続きを話し始める。
「だからネフィはまず敵を知って、動きや攻撃の予兆を見切るところからだね」
「ちょ、ちょっと待って! 今の、どうしてわかったの?」
「……? 後ろのスライムのこと?」
「そ、そう。サクラ、振り返ってもいなかったわよね?」
「そっか、それもネフィには必要だよね」
「……?」
ネフィリアは何のことかわからず首をかしげる。
話の流れから今の超人的な対応をやれといわれるのかと思って身構える。
「今のは【魔力感知】だよ。周囲に自分の魔力を飛ばして対象を発見、看破する。もしくは対象から放たれる魔力波を感知して情報を読み取り対処する。これができれば不意打ちとかに対処しやすくなって、戦闘での生存率が格段にあがるよ!」
「【魔力感知】……」
サクラはスライムの核の欠片を拾うとしゃがんで地面に絵を描きながらさらに説明を続ける。
「基本魔術を放つ時は放たれる魔術の前に余波が出るんだ。それは魔術範囲を決めるものとか、対象を選定するものとか色々だけど、これは全ての魔術に共通するんだ。同じように魔物にも魔力があって、その大きさや練度から強さや能力なんかを想定することもできるんだよ」
「へぇ、でも難しそうね」
「まぁね。でも、それができれば対応策が早く打てるし、上達すれば魔物の見えない核の位置を特定したり、弱点を看破したりとかなり便利だよ」
サクラの話を聞く限りでは、冒険者には必要というよりむしろ必須のスキルに感じていた。
でも、ネフィリアは生まれてこのかた新しく取得したスキルはなく、最初から持っていた光と聖属性の魔術適正と固有スキル【魔眼親授】のみだった。
一応、【真意の魔眼】を後天的に取得してはいるが、それはスキルの力によるものなので、特殊事例といえるだろう。
その為、ネフィリアには新しくスキルを手に入れるといったのがどういう方法によるものか見当がつかなかったのだ。
「でも、必要といってもどうやって取得するの? 何かアイテムとかで手に入れられたりするものなの?」
「んー、確かにスキルを得られるアイテムもあるけどかなり希少だよ? ネフィは能力値をどうやって上げるか知ってる?」
質問に逆に質問で返すサクラ。この世界には攻撃や魔力といった能力値の概念はあるが、レベルの概念はない。モンスターを倒せば強くなると必ずしも言えるわけではないのだ。
「えぇ、繰り返し行った行動に伴ってステータスが上がりやすくなるとか……そんなのじゃなかった?」
「だいたい合ってるよ。私も師匠の受け売りだけど、魔力や理力を成長させたければ魔術を使いまくり、耐性を上げたければその攻撃を受け続ける。守力なら物理攻撃、護力なら魔法攻撃だね。成長量はその威力が高いほど、量が多いほど効果が大きく出やすいんだ。まぁ、死なない程度にだけど」
「それもあって、基本的に守りよりも攻撃の方が成長してる人が多いのよね」
「そうだよね。普通そうなんだよね。師匠や私ってやっぱり異常なのかな……」
「えっ?」
「いや、なんでもないよ! それで、スキルの取得についてだけど、それも能力値と同じでスキルに沿った行動をすればいいんだよ」
そういってサクラは立ちあがってネフィリアの背後に回り、【保管庫】から布切れを取り出してそれをネフィリアの目元に巻きつけて視界を隠していく。
「え、何? 何!?」
突然のことに困惑するネフィリア。
サクラは「ふんふ~ん」と楽しそうに布を巻いた後、頭の後ろで結び固定するとネフィリアの顔を両手で挟み前を向かせる。
「自分を中心に魔力を広げられる? まずはなんとなくでも大丈夫だよ」
「な、何するの?」
「これから私が魔物が来たらその大体の位置を伝えるから、その方向に意識と魔力を向けてみて。それで何か違和感とか異物感とか嫌悪感とかそういうのがないか感じて探っていくの。大丈夫、ネフィのことは私がちゃんと守るから、集中してね」
「わ、わかったわ。その、お願いね……?」
「任せて!」
――そうして15分くらい経っても魔物は一向に姿を現さなかった。ネフィリアは何も見えないので何がどうなっているのかわからずドキドキしっぱなしだ。
サクラは思った通りに事が進まず、我慢の限界を迎えていた。そしてついにしびれを切らして行動に移る。
「全然魔物が出ないからちょっと歩くね」
「え?」
サクラは了承を得る前にネフィリアの手を引いて洞窟の奥へと歩を進めていく。
「え、ちょ、ちょっと待って。嘘……このまま? このまま何も見えない状態でダンジョンを探索することになるの……!?」
思いがけない初探索に戸惑いを隠せず、聖杖を指輪へと戻して唯一頼りになるサクラの手を両手でしっかりと握る。そうして、
(いつまでこのままなんだろう、もしかしてスキルを得られるまでなのかな……?)
と内心不安になりながら洞窟を進んでいくのであった――
次話は6/5投稿予定です