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004 料理


 サクラのお腹から鳴り響くあまりにも大きな音にネフィリアは目を丸くし、サクラは恥ずかしさのあまりお腹を押さえてうずくまってしまう。


 恐る恐るサクラはネフィリアの方へ顔を向けると、そこには必死に笑いを堪えているネフィリアの姿があった。というより、全然堪えられてはいなかった。


 それには思わずバックにガーンという文字が浮かんできそうな顔を浮かべ、サクラの瞳には涙が溢れる。


「ふ、ふふっ、ご、ごめんなさい。あまりにも大きくてかわいらしい音だったからつい……ふふっ」

「ううっ……」


 言い訳をしながらもなおも笑い続けるその姿にサクラは不満をあらわにする。


「むぅ……。そんなに笑うならネフィはもう連れて行かないよ!」

「え、嘘、ごめんなさい。料理でもなんでもしますから許してサクラ!」


 せっかく了承が貰えそうだったのに、そのあまりにもな対応に慌てて許しを乞う。ネフィリア自身、サクラの屈託ない対応にその対応も徐々に砕けていってしまっているがあまり自覚していない。


 頬を含まらせていたサクラだが、ネフィリアが放った言葉の一点の意味に気付く。


「……料理ができるの?」

「え、えぇ。見たところ台所もあるみたいだし、材料があるなら……」

「材料……」


 そこでサクラは暗い表情になる。せっかく希望が見えたのにまた地にたたき落とされた気分だった。元々食べるものがなくて狩りに行こうとしたのだ。料理ができるようになっても材料がなければできないのは当然だった。


「もしかして材料がないんですか?」

「うん。ちょっと野菜があるくらい」

「その野菜を見せてもらうことってできますか?」

「ちょっと待ってね」


 そういうとサクラはネフィリアが座るベッドの上に魔法陣を出現させ、残った野菜を出現させていく。


「! これって時空魔法ですか?」

「そうだよ。【保管庫(ストレージ)】。時間の進まない貯蔵庫みたいなのだよ」

「すごい……。野菜もすごく新鮮ですね。これなら……ちょっと待っててもらえますか?」


 そういうとネフィリアは起き上がり、いくつか野菜を持って台所の方に歩いていく


「え、で、でも……」

「大丈夫。任せてください!」


 サクラは野菜だけの料理に抵抗があって止めようとしたのだが、ネフィリアが自信満々といった感じでグッと親指を立ててから笑顔で台所に向かう姿に何も言えず見送る。

 どうせ野菜だけ残っていても自分じゃ食べないと諦めて彼女に任せることにした。それほどにサクラのお腹は限界を迎えていた。


 台所からは「すごい、水まで出るのね。でも、一体どこから?」とか「この包丁の切れ味すごい。私もほしいなぁ」とか独り言? が結構頻繁に聞こえてくる。

 サクラは特にすることがないのでベッドに座り足をプラプラさせながら料理をするネフィリアの姿を眺めていた。


 そろそろ飽きて横になろうかと思い始めた頃、料理ができあがったのかネフィリアが皿を2つ持ってこちら側にやってくる。


 途中で立ち止まると、どこで食べるか迷っているのか辺りをキョロキョロと見回していた。

 そういえば、食事できるスペースがまだ準備できていなかったと、サクラは保管庫(ストレージ)から机と椅子を取り出し空いたスペースに並べていく。


「ありがとう」


 そう言って料理の盛られた皿を机に置き、料理を勧めてくる。


「サクラの口に合うといいんだけど」


 目の前にはカットされた後焼いた野菜に何かソースがかけられていた。見た目はやはり焼いた野菜といった感じだったのが、立ち込める香りはどうして食欲をそそった。


「ソースがかかってる?」


 ちょっとした香辛料は置いていたがソースになるようなものは用意した記憶がなかったのでサクラは不思議に思い首をかしげる。気になってどうしたのかネフィリアに尋ねる。


「あぁ、それはカイアの身を潰したものにウルネの種を粉にしたものを少し混ぜたもので、あとは香辛料をかければトロットしたおいしいソースになるんです」


 サクラは最初は普段みない料理に抵抗があって迷っていたが、その香りとネフィリアの自信に負けて料理を口に運ぶ。


「……! おいしい」

「そう! サクラの口に合ってよかったわ!」


 そういってネフィリアも料理を口に運び食べ始める。まるで妹ができたみたいとネフィリアは顔をほころばせていた。


「師匠の料理程じゃないけど、あの野菜だけでできたと思えないくらいおいしい」

「えっ?」


 サクラとしては結構なほめ言葉だったのだが、料理に自信があったネフィリアとしては聞き捨てならず話題に挙がった師匠とやらに対抗意識を燃やすこととなった。


「サクラには師匠がいるの? そういえば、私と同じ歳なのに1人でダンジョンを攻略しようとしてるくらい強いのよね」

「うん。師匠はすごく強いんだよ! 最強なんだ!」

「へぇ……料理もすごいの?」

「うーん、料理はしないよ。他の人に作らせてばっかりだった」


 食べる手を止め、顎に手を当てて思いだすように答える。


「えっ? でもさっき、師匠の料理程じゃないって」


 てっきり自分よりすごい料理人がいると思って対抗意識を燃やしたところだったのに、どんな人かと聞けば料理はしないと言われ困惑する。


「あぁ、師匠は料理はしないけどたくさん料理を知ってるの。それを他の人に教えて作ってもらってるんだよ。それがおいしいの!」

「へぇ、だから師匠の料理。ということは料理の腕というより知識がすごいのね」

「うん。見たことない料理がいっぱいでてくるんだよ!」

「知らない料理かー、それは私も興味があるなぁ。ここから出られたら私も会ったりすることってできる?」

「うーん」


 サクラが腕を組んで俯き悩むのをみて何かマズイことでもあるのかと不安になる。今1人で旅をしているとの話からもしや亡くなってしまっているのでは? と焦り出した頃、サクラが口を開いた。


「今は師匠から試練の旅を与えられてるところで、それがまだクリアできてないから会えにはいけないんだぁ」

「あ、そういうこと」


 どうやら聞いてはいけないことではなかったことにほっと胸をなでおろす。


「師匠……早く会いたいなぁ」


 そう言うサクラの雰囲気がどこか恋する乙女のようで、ネフィリアはその師匠に興味が湧き上がる。


「そ、その師匠ってサクラと歳が近いの?」

「え、うーん、見た目は私よりちょっと上くらいだよ?」


 何か含む言い方だったが、おじさんやおじいさんといった歳の差があるわけじゃないようで安心するネフィリア。だが、その年でサクラの師としての力があるのにも疑問ができその興味が尽きることはない。


「その歳でサクラよりも強いの?」

「うん、すごく強いんだよ! 私を辛い世界から解放してくれて、魔王からも守ってくれて、呪われた運命からも救い出してくれたの!」


 バッと手を頭上に広げて意気揚々と語るサクラ。ネフィリアはそのあまりに突飛なその内容に困惑を隠せず思わず聞きなおしてしまう。


「え、ちょ、ちょっと待って……! ま、魔王!?」

「うん。私ちょっと複雑な生い立ちなんだ」


 そう言ってサクラは指で頬をポリポリとかきながらいろんな思いの交じった複雑な表情をして言葉をきった。


 魔王と言えば、東西南北を支配していた魔族の頂点に位置する者たちの総称だ。現在は南の魔王を除き、聖女や高ランクの冒険者や騎士団によって封印されていた。


 確か、2年ほど前に東の魔王の支配領域が活発化し騒ぎになったことがあった。魔王が復活したとか呪いだとか話題になったが、結局すぐさま収束したため1年もすれば騒ぎも落ち着いていった。


 それがまさか復活と同時に再封印、もしくは討伐されていたとはわかには信じられなかったが、実は何もなかったというよりは現実味を帯びている。

 しかし、それをサクラと大して歳が変わらない少年が成したといわれてもにわかには信じることができなかった。


 でも、目の前の少女は何か隠しているようには見えるが嘘を言っているようにはとても見えず、また嘘をつく必要性も感じられなかった為判断がつけられずにいた。


 【真意の魔眼】を使うことも考えたが、あれは発動中に瞳が光るのでサクラに気づかれる可能性があったため使う気にはなれなかった。


「サクラ、あなた一体どんな人生を……」

「辛かったけど、師匠に会ってからの2年間は幸せだったよ!」


 その幸せそうな表情からあまり昔の事は深くは聞かない方がいいと思い、元々知りたかった方へと話を戻す。


「そう。師匠との出会いは運命だったのね」

「え、えへへ、そう、かな?」


 サクラはごまかすような感じで【保管庫(ストレージ)】から水の入ったコップを取り出し飲みだした。


「それで好きになっちゃったの?」

「ぶっ!」


 突然の一言に飲んでいた水を盛大に噴き出すサクラ。それを顔面に受けるネフィリアはタイミング悪かったかなと反省しつつ、サクラのその動揺ぶりを内心楽しんでいた。


「あぁ! ご、ごめん。でもネフィがいきなり変なこと聞いてくるから」

「ふふっ、ごめんなさい」


 そういってネフィリアは自分の顔を持っていたハンカチで拭いていく。立ち上がって焦っていたサクラだったが、ネフィリアが特に怒っているわけではないのを感じとって取り合えず席に座りなおす。


「そんなに慌てなくてもいいのに」

「だ、だって、そんないきなり……どうしてわかったの?」


 特にそのことを話題に出したわけじゃなかったのでそんなにわかりやすかったのかと恥ずかしくなり、顔を赤く染める。思わず今日会ったばかりのネフィリアに何故わかったのか問いかける。


 その上目遣いで聞いてくる姿にキュンとしつつもネフィリアは平静を装い答える。


「だってすごい恋する乙女な顔をしていたもの。やっぱり危ないところを助けられると女の子なら誰だって恋しちゃうわよね! 私、羨ましくなっちゃった!」

「うぅ~、このお話はもうおしまい!」

「え~、もっとサクラの好きな人のこと聞きたいのに」

「ひ、秘密だよ!」

「んー、残念」


 サクラは話題をきり、料理をがむしゃらに食べ始めた。おいしそうに食べてくれるので、それはそれで嬉しくてサクラを見つめるネフィリア。

 サクラとは同い年だが、行動やしゃべり方が自分よりも子供っぽいためか本当の妹のように感じ始めていた。ネフィリアには姉が2人いるだけで妹はいなかったので新鮮で嬉しかったのだ。


「ごちそうさま! ありがとう。おいしかったよ」

「そう? ちょっとでも恩返しできたようで何よりだわ。私も私を助けてくれたのがサクラでよかった。改めてありがとう」

「……?」


 助けてくれる人に良し悪しがあるのかがよくわからなからず首を傾げたが、それにはネフィリアが答えを教えてくれた。


「中には助けたりした後、変なことを要求してくる人がいるかもしれないでしょう?」

「あぁ、ネフィ可愛いもんね!」

「えっ!?」


 金銭的、もしくは権力的要求などの事を思っての言葉だったのだが、サクラには別なことに捉えられてしまったようだった。可愛いと言われて思わずドキっとしてしまう。


「サ、サクラも可愛いわよ?」

「へ? あ、ありがと?」

「えぇ」


 何を言ってるんだろうと恥ずかしくなりネフィリアは話題を変える。


「そ、そういえば、サクラは料理とかはしないの?」

「うーん、料理かぁ。面倒なのはちょっと」

「でも、好きな人に料理を作ってあげたくなったりしない? 男の人ってそういうことされると喜ぶってよく聞くわよ?」

「うっ……でも私料理なんてできないし……」

「じゃあ、私が教えてあげる!」

「えっ!?」

「その代わり、サクラは私に戦い方を教えてくれない?」


 これはネフィリアにとって夢に近づく第一歩だった。

 王族としては珍しくネフィリアは国民と近しい立場でのふれあいが好きで、国民を守るために戦う冒険者に憧れていた。


 騎士団も国民の為に戦うが、どちらかというと国の為に戦うほうが比重が大きく、国民からのささいな依頼をもこなす冒険者の方が憧れは大きかったのだ。


 城でもネフィリアの強い要望で侍女であるシーナに戦い方を教えてもらってはいたが、それは万が一の時に身を守るための目的によるものが強く、守護や回復に特化していた。攻撃系の魔法は最低限、戦略や探索の仕方などについてはからっきしだった。


「戦い方……? でも私、刀による戦闘か火と時空の魔術くらいしか知らないよ?」

「探索の時の注意点とか魔物との戦い方とか立ち回りとかそういうのでもいいの。私、実践もほとんどしたことないから……」

「うーん、うまく教えられないと思うから戦いながら助言する形でもいい? ネフィのことは私が守るから実践には徐々に慣れていってもらうしかないかな」

「えぇ、それでいいわ! ありがとうサクラ!」


 そういってネフィリアはサクラに抱きつく。


「わわっ、急に抱きつかないでよ」

「ダメ?」

「ダメ……っていうより恥ずかしいよ」

「ふふっ」


 ネフィリアはあまりにも楽しい時間に今の自分の状況を深くは考えていなかった。

 自分が憧れていた冒険者を体験する機会に恵まれて、しかも妹のような友達にまで巡り合えて、今この時のネフィリアは幸せの絶頂にいた。


「じゃあ、ネフィのできること教えて? それが終わって簡単な役回りや作戦を立てたら明日はダンジョン探索に出発だよ」

「そうね。さっきも話したと思うけど、基本は光属性の魔術で――」


 そうしてあれやこれやのダンジョン探索に向けて準備を進め、また晩御飯も残りの食材でネフィリアに作ってもらい夜が更けていく――


「あ、ベッドひとつしかない」

「わ、私はサクラがいいなら一緒のベッドでも……あ、でも身体洗ってないから臭ったらごめんね……?」

「それなら大丈夫だよ」


 サクラがネフィリアに向き直り、その手をつかむとネフィリアがドキっとしたのもつかの間ボォっと火の粉が舞う。


「きゃあ」


 驚いて声を上げるが特に痛かったわけではなく、火の粉に驚いただけだった。


「え、どうなったの?」

「私のこのワンピースね、師匠の特別性で魔力を流したら修復されて綺麗になるんだよ! しかも着ている私や触れている相手ごと!」

「本当……すごいのね、サクラの師匠って。私の服まで綺麗になってる。ところどころ焦げたり破けたりしてたのに」

「でしょ! 師匠はすごいんだよ! じゃあ寝て明日に備えよう!」

「えぇ」


 そして眠りに就くサクラとネフィリア。だが、ネフィリアはサクラのかわいらしい寝顔が目の前にあり、なかなか寝付けずにいた。



◇◇◆◇◇



 ところ変わってハートフィリア王国の首都エルデラの中心にある王城。少し時間を遡ってサクラ達がダンジョン探索に向けて作戦を練っている頃。広い空間に赤く豪華な絨毯がひかれ、左右の壁には国の意匠が施された旗が立てかけてあり様々な装飾品が並ぶ謁見の間での事。


 その謁見の間には最奥にある豪華なイスに腰掛ける男性の姿があった。

 冠をかぶり銀髪に威厳のある顔をしている40代近いその男性こそこの国の現王、レイキス・ピーク・ハートフィリアである。そしてその横に金髪を後ろに三つ編みにして腰辺りまで伸ばして今にも泣き崩れそうな顔で立っている美女は同国の王妃、アイネア・リンク・ハートフィリアである。


「一体何があった……話せ」


 レイキス王が向ける視線の先にいるのは茶色いとげとげした髪型に無精ひげをはやした30代の男性、王国に仕える騎士団『ガーネット』の第一部隊隊長ネスラ・リバートマンである。


 その姿は王国を出て行った時の姿に比べボロボロで、その鎧は血で汚れていた……


次回は5/29投稿予定です。

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