003 救出
サクラが最初に目にしたのは燃える馬車とその残骸だった。
その為、ちょうど手にしていた【星桜刀】で反射的に斬り飛ばそうとしたのだが、すぐにその叫び声から少女を見つけ、またはるか上空でこちら側に向けて行使される大規模魔術の予兆を感知した。
「な、え、嘘……!?」
サクラは本来魔術感知に優れているわけではなかったが、今回行使された魔術が火属性だったのが幸いした。すぐさま斬り飛ばすのをやめ対応を魔術行使に切り替える。
といっても発動するのは火魔術ではない。サクラが行使できる火魔術ではあまり加減ができず、消し飛ばすことはできても少女だけを助けることなどできないからだ。
見知らぬ少女とはいえ、流石に自分で殺す羽目になるのは気分がすぐれない。それに、せっかくここまで作った拠点の目の前でスプラッタな事件が起きるのも御免だった。
【星桜刀】を構えていた右手とは逆の左手を前に出し、サクラは時空魔術を行使する。
「【断絶】! 【遅延】!」
【省略詠唱】で行使された魔術はサクラの魔力を膨大に消費し、一つ目の【断絶】によりサクラを中心に魔法陣がドーム状に展開され少女が魔術効果範囲内に入ったところで外と空間を隔絶させる。
そして2つ目の【遅延】の効果により、少女の下に魔法陣が出現しそこを通りぬけた少女や周囲の残骸の落下速度を地面に衝突し惨劇が起きる前に低下させる。
外では爆音が鳴り響いていたが、断絶された空間内では外部の音も含め全てが空間ごと遮断されていた為静かなものだった。サクラはゆっくりと落下する少女を捉え、お姫様抱っこの状態で支えると【遅延】の魔術効果を解除する。
すると、【遅延】の効果が切れた他の残骸が自由落下に戻り地面へと落下してガシャ、ゴトと音を立てる。
サクラはそのまま状況を把握するために外のほうへ目を向ける。
「あっ!」
すると【断絶】を境に先の爆発により崩落した岩石や土砂によって入り口が塞がっていく光景が目に入った。
気付いた時には時すでに遅く、【断絶】のおかげで居住空間こそは無事だったものの、入り口は完全に塞がってしまっていた。
「このっ!」
サクラは呆然とした後、すぐさま自体を引き起こした張本人に仕返しをしようと【断絶】を解除し上空を見上げ気配を探るが、魔術行使の際に感じた魔術師の気配はすでに消えてしまっていた。それ以外のわずかな気配を感じるのみである。
「逃げられた……?」
相手はサクラの事に感づいて逃げたわけではなかったが、サクラはそう解釈した。実際には相手が気づいていれば逆にサクラが救った少女を殺す為に再度魔術を行使しにこちらに向かってきていたはずだ。
しかし、空間ごと隔絶されてしまった為、襲撃者も彼女の魔力を捉える事が出来なかったため気付かれることはなかった。
「きゃ!」
さらに【断絶】を解除した関係でそこにのしかかっていた土砂類が再度洞窟の中へと崩れてきたため、サクラは慌てて洞窟の中へと移動する。
「う……んっ」
その時に揺さぶられてしまったせいか、手に抱える少女が身もだえする。どうやら無事なようだが、突然の事態に意識を失ってしまっているようだった。
どうしようかと抱えたままでいたサクラだが、取りあえず今のままでは疲れるので一旦ベッドのほうへ移動して少女を布団に寝かせる。
「これからどうしよう……」
成り行きで助けてしまったが、咄嗟の判断での行動だった為サクラは特に後のことを考えていなかった。入り口も塞がってしまったので獲物を狩りにいく事もできなくなってしまった。
魔術や剣撃で崩れた入り口を吹き飛ばすこともできなくはないが、その場合、外の状況がわからない為再度の崩落が起きる可能性があり、せっかく作った居住空間も被害を受ける危険があった。
サクラの力では加減を間違えればせっかく作成したこの拠点ごと吹き飛ばしてしまうことは容易に想像できてしまったのだ。
強さを追い求めて来たあまり、サクラは加減する事を苦手としていた。また、空間移動系の魔術も転移先の登録地点を師にリセットされた後、新たに地点登録をしていなかったため外に出ることには使えなかった。
取りあえず、助けた少女を確認し身元を想像してみる。
「きれいで高そうな服を着てるからやっぱり貴族かなぁ。やだなぁ」
サクラにとって貴族はプライドが高く、自分勝手な印象を持っていた。これは師の話に出てくる貴族がそんな連中ばかりだったのが原因なのだが、領民思いのまともな貴族もいるとの話も師の屋敷にいる奴隷の姉妹から聞いたりしている。
今回助けた少女がそのまとも側だったとしても、また別の問題がサクラにはあった。
「私、礼儀なんて知らないよぉ。せっかく助けたのに、後で無礼者とか言われて捕まったりしないよね……? 子供みたいだし大丈夫かな。逆にマズイのかな」
もうこのまま放置してダンジョンの探索にでも出掛けようかなと思い始めた時、サクラのお腹が再びグゥと鳴る。
「うぅ、お腹すいた……」
「んんっ」
「わわっ!? もしかして私のお腹の音で起きちゃった……?」
サクラのお腹の音で起きたかどうかはわからないが、眠っていた少女の目が開きそのまま身体を起こした。
「あれ、ここは……?」
「ど、どうも。身体は大丈夫……ですか?」
「あなたは……あっ」
サクラはどうにか失礼にならないように安否を確認する。どうやら彼女は落下中に下にいたサクラを見ていたようで今のこの状況に至った経緯を思い出したようだ。
「私、盗賊の襲われてそれで崖下に! い、生きてる……嘘、信じられない……あなたも大丈夫なんですか!?」
「少なくとも、ここは天国とか地獄じゃないですよ……なんて」
冗談に近いようなことを言った後にもしかして失礼にあたる!? と思い、微妙な言い回しになるサクラ。しかし、当の少女に気にした様子はない。
「あなたが私を助けてくれたんですか? 本当にありがとうございます。身体も特に痛いところもないので大丈夫みたいです」
そうやって頭を下げる少女。まだ若いのにずいぶんとしっかりとしている。偉ぶったり怒鳴ったりすることもなかったのでサクラはひとまず安堵していたが、次に彼女が言った言葉に対して少女から思わず目をそらしてしまう。
「でも、あの状況から一体どうやって……?」
「そ、それは……」
少女にはあの状態から自分が助かるイメージがまるでつかなかったので湧きあがる疑問としては当然のものだった。
サクラとしては正直に話してしまった方が楽だったのだが、師に強すぎる力は災いを呼ぶとかで極力周りには隠した方がいいと助言をもらっていた為言い淀んでしまった。
時空魔術は適性者が少なく、強力で便利な術が多い為この世界では重宝されている。それをやすやすと公にするのが憚られたので何かいい言い訳はないかなとサクラが考えていると、少女が検討をつけたのか少々怯えながら質問してきた。
「も、もしかして……私はすでに死んでしまっていて、この身体はあなたが作り上げたものであるとか、もしくはし、死者蘇生など禁忌にふれるものだったりする、のですか……?」
「へっ!? し、死者蘇生!? 禁忌!? ち、違う違うそんなことしてない! 私が使ったのは時空魔術くらいで……あ」
「時空魔術!?」
サクラはあまりにも突飛な少女の予想に禁忌指定実行者にされてはかなわないと手をパタパタしながら思わず本当のことを口に出してしまう。
あちゃーと顔を覆うが言ってしまい、少女にもしっかりと聞きとられてしまったのでサクラは観念して正直に話すことにした。
「うん。私が使ったのは空間を断絶する【断絶】と速度を低下させる【遅延】の2つだよ。あ、見た感じ貴族のお嬢様っぽいけど、こんな話し方でも大丈夫? 私、礼節とかは苦手で……」
言ってしまった後で気づき、確認をとるが少女は全く気にしないといった感じで了承をしてくれる。
「ふふっ、全然大丈夫ですよ。むしろ私も堅苦しいのは苦手なのでフランクに接していただけて嬉しいくらいです。そういえばまだ自己紹介もできていませんでしたね。私はネフィリア・ラスト・ハートフィリアといいます。歳は16です」
「ハートフィリア……?」
ハートフィリアというのはどこかで聞いたことある気がし、思い出そうと頭の中を掘り起こすがすぐにはわからなかったので気にしないことにしてサクラも自分の名を名乗る。
「私はサクラだよ。サクラ・カグヤ。16歳なら同い年だ! ねぇ、ネフィって呼んでもいい? もしくは名前と家名からリアリアとか?」
「へっ!?」
流石にあだ名までつけられるとは思っていなかったのか唐突な質問に変な声を出して目を丸くするネフィリア。
一度気にしなくていいと言われれば、例えそれが社交辞令やなくなくの事であっても本当に気にしなくなるのがサクラである。同い年とわかって親近感がわき少しテンションが上がっているのもあった。
しかし、ネフィリア自身も別に嫌というわけではなく、初めてつけられたあだ名だった為驚いただけだった。
助けてもらった恩人に嘘をつくのが嫌だったのでネフィリアは正直にハートフィリアの名を出したのだが、特に気にした様子のないサクラに何か思惑があるのかと対応を迷っていた。
大抵はハートフィリアの名前を初めて会った人に出すとかしこまれるか、とりいってくるかの対応が多かったため普通に接してくるサクラは新鮮だったのだ。
気付かれていない? とも思ってはいたが、せっかくの機会を自分から王族ですとバラす気にはなれなかった。
いずれバレるだろうが、今はこの普通の平民みたいな関係を楽しみたいと思ってしまったのだ。
また、あだ名に関してもネフィリアが堅苦しい関係が苦手な為、配下や国民とはフランクに接しているが王女という立場上、どうしても最低限の礼節は存在する。
大体は“姫”や“様”が名前の後につくので、今回のようにいきなりあだ名で呼ばれることはなかったのだ。
「あ、や、やっぱりマズイ……? 私、やらかした……?」
「え、あ、いや、違うんです。いきなりで驚いただけですから。リ、リアリアだと姉様とかぶってしまうつけ方なので、ネフィのほうでお願いできますか?」
「……! うん、わかった! よろしく、ネフィ!」
そう言って手を差し出す。
サクラがここまで積極的に動いているのにはもちろんわけがある。
師に課せられた試練の中に“信用できる友を見つけること”というのがある。もちろん、彼女を無条件に友達にしようというわけではないが、何回か会話した中や気配で気を許せる相手としてサクラの中で彼女の存在は大きくなっていた。
取りあえずの候補としては十分だったのだ。
「よ、よろしく。サクラさん」
「サクラでいいよ」
「サクラ」
「うん!」
ネフィリアもそれに答えて握手を交わす。そこでネフィリアは現状を把握するため辺りを見回す。
「それで、ここは一体どこなんですか? 周りはなんか洞窟……? っぽいですけど、家具類がかなり揃ってますね。隠れ家?」
「洞窟だよ。ネフィが落ちてきたのがあっちの出口の外。今は爆発で崩れてふさがっちゃったけど」
「えっ!?」
言われてその方向を確認すると確かに外側から土砂や岩がなだれ込んできていて出口は塞がってしまっていた。
「そ、それじゃあここから出られないんですか!? そ、そんな……私のせいでサクラまで閉じ込められてしまったなんて……助けていただいたのにごめんなさい」
「盗賊の襲撃にあったんなら別にネフィのせいじゃないよ? それにまだ出る方法はあるから大丈夫だよ」
「え、それはどういった……?」
「反対側の先はダンジョンに繋がってるんだ。元々ここに拠点をつくったのはそのダンジョンを探索しようと思ってたからだよ」
「ダ、ダンジョン!? こ、ここにダンジョンがあるんですか!?」
いきなり大声で身を乗り出してきたためサクラはびっくりして身を引いてしまう。やっぱり貴族は表立って戦いには参加しないから怖いのかなとサクラは思ったが、その興奮した様子からどうやら違う理由である事に気が付いた。
「もしかして、ダンジョンに興味があるの?」
「え? え、えぇ……」
どうにも歯切れが悪い。サクラが不思議に思っているとネフィリアが落ちつきなく問いかけてくる。
「ね、ねぇ、サクラは冒険者なの?」
少し素が出ていることにも気づかず尋ねる。
「冒険者?」
冒険者といえば、ギルドに所属し依頼をこなし報酬を得る形で生計を立てる者の総称だ。サクラはギルドに所属しておらず、依頼を受けているわけでもないがやっていることは冒険者に近いかもしれない。
「ギルドとかには所属してないけど、それに近いものなのかな。いろいろ世界を回っている途中の旅人だよ」
「そ、そうなんですね……それで、さっきサクラが言ったもう一つの出口っていうのはダンジョン最奥にある主の間のことですか?」
「そうだよ。詳しいね。ダンジョン踏破者にはその報酬とそこから入り口か次の試練への転移陣が出現するから、それに入ればこことは違う出口に出られるはずだよ。どこに連れて行かれるかわからないっていう問題はあるけど」
「……クリアできると思いますか?」
「何層かあるみたいだから今日すぐには無理かもしれないけど、ここを拠点に何日かかけて攻略すればいけるかな」
「強いんですね……拠点には毎回戻るんですか?」
「うん。でも【渡扉】を使って最終攻略地点とここを行き来できるようにするよ。訳あって今は全部の転移先がリセットされちゃってるからこれから新しく登録したところにしかいけないけど」
サクラは時空魔法についてはすでにバレてしまっている為、もはやネフィリアに対して隠す気が一切なくなってしまっている。
「それでここまでしっかりした拠点をつくっていたんですね」
「うん」
「では、攻略して一度どこかに転移した後でもここには戻ってくることもできるんですね」
「そうだよ」
続く質問に徐々に面倒になってきてサクラの返答は簡素なものになっていくが、ネフィリアは何か考えながら頭の中を整理しているようだった。
そして意を決したのかサクラに向き直る。
「あの、ご迷惑を承知でお願いします。私もそのダンジョン探索に連れて行ってはもらえませんか?」
「えっ!? ネフィ、戦えるの?」
サクラとしては戦い慣れしていない貴族っぽく、まだ16歳の少女を危険な目にあわせることはできないと思っていた為この進言には少し驚いていた。
サクラも16歳の少女ではあるが、自分が特殊な環境にあることは重々承知していた。
「光属性の魔術がある程度使えます」
そういうと、ネフィリアは右手の小指にはめられた指輪に口づけをし、言霊を唱える。
「我が光輝なる杖よ、呼びかけに応え来たれ」
その言葉を受けて指輪が発光し、そこに先ほどネフィリアが気絶したことにより指輪の中に戻っていた聖杖【レーヴァテイン】が再度出現した。
「へぇ……でも、危ないよ? さっきも言った通り、【渡扉】が使えるからここで待ってもらって転移陣が見つかってから一緒に脱出することもできるけど」
「そうなんですけど、助けてもらってばかりなのは流石に申し訳なくて。大丈夫です。自分の身はなんとか自分で守りますし、ダンジョンにも興味があるので連れて行ってはいただけないでしょうか?」
「そっか。そこまで言うならわかっ」
クゥウウウウウ~
サクラが了承の返事をしようとしたその時、もう三度目となるサクラのお腹が盛大に悲鳴を上げたのだった。
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