002 邂逅
「これで完璧……!」
薄暗い洞窟の中、ボサボサの桃色の髪を雑に赤いリボンでポニーテールにまとめた少女サクラはできあがった寝床をみてうんうんとうなづく。
着ているものはところどころ桃色の花びらの意匠があしらわれたどこか巫女を思い出させる白い薄手のワンピースのみで、季節は冬に近く他の人がみたら寒くないのかと疑問に思う格好をしている。
彼女の目の前には人1人が普通に生活できるほどの居住空間が広がっているが、さきほども述べたようにここは建物の中などではない。
とても洞窟の中とは思えないその空間は知らない人が見かければ言葉を失うだろう程に飾り付けが施されていた。床には絨毯がひかれ、ベッドや机、台所までが並ぶ。天井には水晶の形をした照明まで取りつけてある始末だ。
場所はハートフィリア王国領土内にあるエスメラ山の麓にある洞窟である。エスメラ山は王国の首都エルデラの東から隣国のリスペード帝国にまで連なる大山脈の一部で高いところでは標高5000mを誇る。
洞窟自体は自然にできたものだが、ベッドなどの家具類は元からこの洞窟にあったものではなく、彼女が持ち込んだものだ。無論、手ずから運び込んだものではない。
彼女は“緋焔の巫女”の称号を持っていたが故に、魔王復活の憑代として悪魔にその命を捧げられていた過去を持つが、命すら脅かされていたその現状からは彼女が師と崇め恋する一人の少年にすでに救われている。
その少年と仲間の元で2年間修行に明け暮れていたが、ある使命から旅に出る事になった少年が、サクラを連れて行くことはできないと告げられる。
サクラにとって唯一の拠り所がかの少年だった為、つい勢い余って自分の気持ちを吐露してしまう。
しかし、「まずは世間を知れ、そして自分達以外の信頼できる友を作れ」と逆に1年間に及ぶ旅の試練を与えられてしまった。
これは師である少年からすれば、小さな村という狭い世間しか知らず、出会う人も少ない中で一時の迷いで重大な結論を出そうとする彼女に対し、もっと世界を知り、可能性を広げた後で後悔のない決断をしてほしいという彼女のことを思っての言葉であった。
しかし、それは少年のことしか見えていないサクラにとっては超えなければいけない余計な障害でしかなかった。
彼女は俄然抗議したが、「まずは俺と並んで戦えるくらい強くなれ。そしたら応えてやる」と無下にもあしらわれたのだ。だが、答えるではなく応えるだと彼女は受け取った。
そして強引に乗り越えた際の報酬として婚約を約束し、その証として指輪まで受け取ったのだ。
師である少年はそれでは意味がないので呆れていたが、そうでもしないと何がなんでもついてきそうだったため根負けし承諾した。何かを知れば答えも変わることがあるだろうと。
しかし、サクラにとってそんなことはどうでもよかった。共に過ごす中で少年は適当にあしらうことはあっても、約束を破ったことは一度もなかったのだ。
約束をした。その事実があって初めてサクラはここで一度別れ、試練の旅に出ることを了承した。それぐらい、この2年間で彼女は師のことを信用していた。
それから1ヶ月。ずいぶんと旅にも慣れてきた気がしているサクラであるが、ここまでの寝床の作成ができるのは師から2年間の修行を乗り越えた褒美として、そして婚姻の証として受け取った【星屑の指輪】あってのことだった。
この指輪には所有者に【魔術適正:時空】を最高峰である“EX”の位にて与えるという他の人からしたら目が飛び出るほどの破格の効果が付与されていた。これはこれから始まる1年間の修行へのせめてもの餞別として師である少年から送られたものだった。
通常、魔術の一部をアイテムに付与することはできても適性自体を付与することはできない。【魔術適正:時空】EX。その常識を外れた付与効果は装備者にあらゆる時空魔術の使用権限を与えるものだ。
本来適性がなく使用することができない魔術も指輪が媒体となり必要な魔力と詠唱があればその効果を発揮する。
魔術適性の付与といっても、行うのは基本的に魔力の変質性の追加である。本来は所有する適性にしか体内の魔力をその属性魔力に変換できないが、適性が追加されたことでサクラは本来の火属性に加え時空属性への魔力変換を可能にしている。
実際にはこの指輪はさらなる変換を経由しているのだが、結果としての効果は変わらない。
そのアイテムの媒体を何にするか聞かれた時にサクラは過去の話題を元に指輪を選んだ。しかも、ちゃっかりと左手薬指に通してもらっている。
サクラに抜かりはなく、師である少年は呆れを通り越してもはやその行動理由に感心すらしていた。
サクラが付与するスキルを1つ選ばせてくれるとの少年の言に対し、迷わずこの時空魔法を選んだのは修行とはいえ師の元を離れるのが嫌だったため少しでも繋がりを求めてのことだった。
その指輪に込められた適性から行使される時空魔術には遠いところを行き来できる【渡扉】や遠方と会話できる【念話】などがある。また、収納箇所を共有化すれば【保管庫】での物の受け渡しも可能になる。
しかも、魔力はサクラの中に封じられた悪魔の魔核を抑えるために師から直接魔力パスがつながっている為、この枷を外せば師の魔力を扱うことができた。流石に使いすぎると封印が揺らぎ、封じられた悪魔の力が暴走を起こすかもしれない為あてにできるものではなかったが、それでも師の魔力が膨大なため緊急時の魔力タンクとしては十分機能する。
しかし、最初は婚約の約束をし浮かれていたサクラであるが、いざ旅に出てみると寂しくなり【念話】ばかりしていると師から修業の意味がないと怒られてしまう。
緊急時以外に【念話】を使用した場合、試練の期間を倍にするといわれてはサクラは耐えるしかなかった。
【渡扉】に関しては一度行った場所かつ、地点登録を行った場所にしか転移することはできない。その転移先についてもサクラがそれまでの参照先が全てリセットされ、師の拠点へと転移することができなくなっていた。
サクラがそれに気がついたのは忘れた頃に驚かそうとした最近のことだった。
サクラは転移できないことに対しなんで? と頭を悩ませていたが、これは師である少年がサクラとの魔力パスを通して強制的に干渉した結果である。
同時に【保管庫】の共有化も解除されていた。
サクラがそれに気づいた時の絶望感はそれはもう凄まじいもので、その時のサクラの周囲は焦土と化していた。当初のもくろみが全て無効化されてしまったのだから当然といえば当然であった。
それでも【保管庫】に関しては共有化がなくなっただけで、そこにベッドや机などの日用品をしまっておけば、こうして洞窟の中でも広ささえあれば【保管庫】から取り出してあっという間に居住エリアが完成する。
ただ、配置やデザインなどに少し凝ってしまい気づけば夜が明けていた。
普段はここまで凝っているわけではないが、この旅が終り、師匠と一緒に暮らす時にはこんな感じで……と考えながら作業していると気がつけばこうなっていたのである。
「ねむい……」
流石に夜通しの作業で疲れたので今日は眠ることにしベッドへと向かう。
風呂はないが、今サクラが着ているワンピースも師からもらった特別製で魔力さえ通せば瞬時に修復、清浄される。着た状態で行えば身体も一緒に綺麗になる優れものだ。
サクラは師匠に懐きすぎて、基本師匠から貰った物しか身につけなかったため、仕方なく師が付与したものである。何気にかなりの防御力を誇っている。
サクラがワンピースに魔力を通すと一瞬ボォッと火の粉が舞うとワンピースに付着していた土汚れなどは綺麗になくなっていた。
サクラはそのままバタンと布団の上に倒れこむと目を閉じ眠りについた――
「んんっ……!」
しらばくしてからサクラは目を覚ます。大きく伸びをすると辺りを確認する。
今は15時くらいだ。おやつの時間だと思いつつも特に何かを食べるわけではない。おやつが食べたくて起きたというわけではなく、何やら山の上のほうが騒がしく目が覚めてしまったのだ。
余談だが、サクラが15時をおやつの時間だと思ったり、指輪を薬指にしたりといった行為は元々この世界にある風習ではなく、彼女の師である少年が持ち込んだ異世界の風習である。
サクラは師からある程度異世界から転移した経緯についての話を聞いたことがあったが、閉じ込められた生活をしていた関係で知識もあまりなかったためついていけず難しい話はわからないと気にしないことにしていた。
少年がこの世界の住人だろうが、異世界からやってきた存在だろうがサクラにとっては関係がなかったのだ。この話をした時は少年もどこか嬉しそうだった。
取りあえず起き上がろうとベッドの端に移動し足を出すと、時折パラパラと天井から土が落ちてくる。これは洞窟に寝床を作った欠点かもしれない。
汚されたり崩れたりしたらたまらないのでサクラは時空魔術で強化を施すことにした。
「我が望むは断絶の障壁、囲い匿う内側に安寧をもたらせ。【天蓋】」
呪文の発動とともに周囲に魔法陣が展開され、壁面がC級の時空魔術によって強化、固定化される。そのあとは天井から土が落ちてくることはなかった。
「これで安心」
とはいっても、後ろに目を移せばすでに朝から8時間くらいは眠っていたためベッドの上はすでに土埃をかぶっていた。これらはサクラが着ているワンピースとは異なり、旅の途中で買いそろえたものなので魔力を通せば綺麗に……なんてことはない。
「もう、面倒だよ」
眠る前にさっきの魔術を施しておけばよかったと後悔するがもう遅い。仕方がないと一度ベッドを【保管庫】に仕舞うと再度出現させる。
仕舞われた対象がベッドのみだった為土類は洞窟に残り地面に落ちた為、再び出現したベッドには土埃はもう存在しなかった。
その後サクラは今日の予定を確認する。
元々こんなところに居住エリアを作ったのは、今日からここを拠点にダンジョンを探索する予定だったからだ。
サクラが居住エリアに改造したこの洞窟の奥にはダンジョンへの入り口がある。いったいいつからあるのか、どんな魔物がいるのかは不明だがダンジョンは強くなるための修行とあわよくば師匠に送れるような何かがないかの探索にはもってこいだった。
サクラがこのダンジョンを見つけたのは偶然だった。
旅を始めた最初こそは【保管庫】に結構食糧も入っていたので、それを食いつないでいくことができた。時空魔術故、【保管庫】内は時が停止しているので食べ物の鮮度が落ちることもなく問題なく生活することができた。
ただ、もちろんそれらは自分で入れたものではなく、師匠があらかじめ用意していたものだったので補充もせず旅をしていたせいもあり途中でなくなってしまったのだった。
サクラは特に行く当てがあったわけではなく、適当にフラフラと旅をしていた挙句、生活用品系で余分な買い物までした為あっという間に一文無しになった。
新しく仕入れることもできず、ずっと修行に明け暮れていたので金を手に入れる手段などもよくわからず一人途方にくれていた。
師匠と過ごしている間は最初こそは貧相な食事だったが、徐々に品質が上がり1年経った頃には他では食べる気が起きないくらいおいしい料理が食べられていた。
そんな贅沢な生活を送ってしまっていたこともあり、森などにある野菜などを生で食べるのもなかなか気が進まなかった。
料理もできないので肉なら大して料理の腕は必要ないだろうと考え、食糧探しに森で獲物を追っていたら偶然獲物がこの洞窟に逃げ込むのを見つけたのだ。
しかし、そこで見つけたダンジョンの入り口に気を取られ獲物には逃げられてしまっていた。
「今日はダンジョン探索。ひとまずの目標は食べ物の確保と師匠の横に並べるくらい強くなること。でも師匠ってどのくらい強いのかな」
2年もともに過ごしてきたが師の強さはサクラ本人にもよくわかっていない。大魔術をばんばん使っても疲れた様子すらなく相当な魔術師であるのは間違いないのだが、本人は大したことないの一点張りなのだ。
どの程度強くなれば師と並べる強さになるのか見当もつかない。
「まぁ、一番の強さの要因は師匠の固有スキルである【無限湧魔】かなぁ。私もその魔力は使えるけど、それに頼ったら私の強さじゃないし……むぅ」
悩んでいても仕方がないので今できることを確かめる。
サクラの力はこれも師である少年からもらった愛刀【星桜刀】による剣技と“緋焔の巫女”たる本懐の火属性魔術である。火属性魔術は魔術適正がEXなこともありほぼ全ての火属性魔術を習得できる。
ただ、習得できるのとまともに扱えるかは別問題だ。
「それにあんまりこの力には頼りたくないし……」
サクラが持つ火属性の魔術適正は元々悪魔とつながっていたことで強固に発現した力だ。今でこそ師に救われてある程度自由になったが“悪魔の憑代”として扱われているときはひどいものだった。
師には今までの苦労や苦痛が形になったものだと思えば、それに耐え、乗り越えたサクラには使う資格があると言われたが、サクラとしてはまだ自分の力としてきちんと受け入れられてはいない。
「うん、やっぱりここは剣技主体、サブで火魔術を使っていこう」
それでも師に並ぶほど強くなるには必要な力だ。剣技に関しては師もあまり力になれないということで、別の師がまた存在するが、サクラはあまり思い出したくない修業内容だったのか彼の御仁に関しては考えないようにしている。
そんなことを考えながら、自分の手を前に出し【星桜刀】を出現させる。これは時空魔術によるものではなく、【星桜刀】自体に備わっている力だ。
刀身を所有者の魔力の内に溶かし内包する。出現時には桜の花びらが舞う演出効果付きだ。その為鞘は存在しない。
武器が刀になったのは師のスキルによるものだった。サクラにあった武器を創るというあいまいな願いから生まれたそれは確かにサクラに馴染んでいた。
刀なんて持ったことがなかったのにまるで身体の一部のように扱えたのだ。
師からもサクラの固有スキルとも雰囲気があっていると言われたことがある。それは【一騎当千】という戦国時代の武将を思わせるスキル名だったからなのだが、それを知らないサクラとしてはどちらかというとこの武器自体の名前の方が気に入っていたりする。
星と桜。師である少年を表す言葉とその師がつけてくれたサクラ自信の名前が入った刀。これはサクラの宝物の一つとなった。
この刀にも彼女が着ているワンピース同様に魔力を通すと修復する機能が備わっているが、かけたりすることがなく修復効果は汚れ落とし以外では一度も使用したことがない。
方針が決まれば早いものでサクラはすぐに行動を開始する。
友を作れなんてどうすればいいのかわからないものよりも、わかりやすい強さをまずは求めるべきだと考えたのだ。
そのための修行の場も偶然とはいえ見つけたので気合いを入れる。このダンジョンの奥からはかなり強い魔物の気配を感じていたのだ。
魔物は邪念を吸収しその力を増していくため、過去にこの場所でなにかがあったのかもしれない。ただ、そんなことは今のサクラにとっては関係がないので必要なものをまとめてダンジョン探索の準備を進める。
その時、グゥとサクラのおなかが鳴る。
「う、そういえば昨日はお家の作成に精を出した後そのまま寝ちゃったんだった」
だが【保管庫】の中にはもう食糧はほとんど残っていない。ちょっとした野菜がある程度だ。
「うぅー、師匠のバカぁ……ご飯くらい、【保管庫】共有で毎日補充してくれたらいいのに」
私が野垂れ死んだらどうするというのか。そうは思うが、甘やかしてばかりでは駄目なのも当然理解している。
けどせめてどうすれば食にありつけるのか、戦闘関係の修行以外もしてからにしてほしかったと嘆いてしまう。
師との修行の日は基本的に戦闘に関するものばかりだった。当の師も契約精霊であるハクナや奴隷の姉妹に日常の世話を任せていたので教えられなかったのかもしれない。
(せめて姉妹たちに教わっておけばよかった……)
後悔しても時既に遅しだ。
仕方ないと諦めて森で再度獲物を追いかけることを決める。最悪は森に生えてる木の実でごまかすことも視野に入れて洞窟から出ていくと、上のほうで爆発音が何度か響き渡り――
「きゃぁあああああ!!!」
燃える馬車とともに金髪の少女が落ちてきた。
「ええっ!?」
次話は5/15投稿予定です。
こちらは基本週一を目指します。