001 プロローグ
元々同作の《星天の夜王編》から分岐するストーリーとして考えていたものです。
本編がまとまらず、試しに先に投稿してみることに……というより、予約投稿ミスって先に投稿されてしまいました。本編は先になると思います。
言い回しや知識不足が目立つと思いますが、温かく、どうか暖かくみまもってくださればありがたいです。
「はぁ、貴族の相手っていうのはやはり疲れますね……」
簡素なドレスを纏い、そう話す10代半ばに見える少女は大国家ハートフィリア王国の第三王女、ネフィリア・ラスト・ハートフィリアである。金髪のセミロングを片側だけサイドテールに束ね、馬車から窓の外を眺めている。
「はは、それは王女が放つセリフとは思えませんね」
「私にはこういうの向いてないのはわかっているはずですのに、お父様もなんで……」
「むしろ、慣れるためではないですかね」
「……はぁ、冒険者にでもなって世界を見て周りたいです」
「勘弁してくださいよ」
そういいながら馬車を操っているのはハートフィリア王国に仕える騎士団『ガーネット』第一部隊隊長、ネスラ・リバートマンである。茶色いとげとげした髪型や無精ひげを姫によくからかわれている。
立派な鎧を身にまとっているにも拘わらず馬車を匠に操りつつ周囲への警戒は怠らない。見た目に反して言動がアクティブな彼女には、いつか何かやらかしそうだと毎度ヒヤヒヤさせられている。
「でも、この道は結構冒険心を擽られるんじゃないですか?」
馬車の周りを護衛するように歩く兵士が問いかけてくる。
ネフィリアは国民にも広く割とフランクに接しているため誰も無礼などと怒りはしない。これがネフィリアにとっては普通なのである。むしろかしこまられずに親しく接してくれるのは嬉しいくらいだった。
そのため冗談も言えず、常に気を張っていないといけない貴族などの相手は疲れる為あまり好まないという王族らしからぬ困った性格をしていた。
ネフィリア達は今世間を騒がせている盗賊団の調査の為に滞在していた町ノスラムからの帰りである。しかし、調査とは言っても直接的に捜索をするだけではなく、今回は被害にあった国民へ騎士団がきちんと捜査していますよということを示し、安心感を与える目的が強い。
ノスラムへはネフィリアが住まう王城があるハートフィリア王国の首都エルデラとは山を挟んで向かいにあるため、こうして切立った崖の側道など危険な道を通らなければならない。それに対しての部下の発言である。
「そうですね、これで魔物や盗賊が現れてそれを勇者様が助けてくれたりしたら……そしてそこから魔王討伐の冒険に……なんてなったら完璧ですね」
「またそういう……本当に現れたりしたらどうするんですか。ただでさえ危険な場所なんですから」
ネスラはさっきから愚痴ばっかりで、ネフィリアはただでさえ面倒を押し付けられて退屈なのに小言まで言われてうんざり気味だ。
せめて話題を変えようと先ほどの街を騒がせている盗賊の話を振ってみる。
「そういえば、例の盗賊の目的や規模も結局何もわかりませんでしたね」
「そうですね。わざわざ姫様に出向いてもらったのに申し訳ありません」
「謝るのは私のほうな気もしますけど……」
「いえいえ、そもそも我々が盗賊の目的すらも突き止められていないのが原因ですから」
元々盗賊ごとき調査に第三王女であるネフィリアが出向いたのには訳がある。
彼女が持つ固有スキル【魔眼親授】は彼女と深い絆を育んだ者同士に魔眼を授けるという世界でもかなり希少なものだった。しかしその発動条件は厳しく、過去発動したのは彼女の双子の姉である第二王女ラフィリアとの間のみで、その姉も1年前に不慮の事故で亡くなっている。
その時にネフィリアに発現したのは【真意の魔眼】で文字通り真実を見抜くというものだった。レアな能力のため悪意ある者に狙われないようにと、この事を知っているのは親である王や王妃とごくわずかな国の上層部だけでありネスラもその1人である。
王は危険回避のため魔眼の使用を基本敵には禁じていたが、今回はあまりにも被害の額や範囲が広いのに捜査が一向に進まず、国民に不安がたまっていたのでその解決に魔眼の使用を許可したのだ。
しかし、ネフィリアの魔眼の力をもってしても犯人やその目的はわからなかった。
いや、そもそも盗むもの自体には意味がなく、盗みを働いたこと自体に意味があるというような感じで盗賊の目的をはっきりととらえることができなかったのだ。
【真意の魔眼】も見ただけで全ての真実がわかる便利なものだが、それには真実に至るだけのものを見なければならないという制約もある。
【真意の魔眼】持ちであるネフィリアが来ることが分かっているはずもないが、何か巧妙に隠された真実があるような気がしてならず、ネフィリアは突破口につながるものがないか調査資料を見ながら考えにふけってみる。
でも、盗まれた場所は貴族の家から商店、学院、孤児院など多義にわたり、共通点がみつからない。盗られたものも高価なツボや絵画から果ては学生のノートや子供が集めていた小石まであり、もはや意味がわからない。
死人が出ていないのが救いか。そもそも目撃者すら見つかっていないのが現状である。
共通しているのは現場に残されたメッセージのみ。
「盗賊団、ガルネブラ参上……か。」
結局何もわからず魔眼乱用の疲れもあってか頭がパンクしそうになったため、持っていた資料を放り投げ何か気分転換になることはないかと外を眺めていると、
「そこの馬車、とまりやがれぇ!」
いかにもな感じの盗賊団が5人ほど馬車の前に飛び出してきた。
まさかこんな崖の上で本当に現れるとはと動揺するネフィリア。しかし流石隊長というだけはある。ネスラが勢いよく言い放つ。
「全員、姫様を守りつつ周囲を警戒! 包囲を突破する!」
「やれるもんならやってみな! みなどもかかれぇ!」
気づくといつの間にか後ろにも盗賊がいた。前と合わせてちょうど10人だ。それに対しこちらは隊長、ネフィリアを含めても9人しかいない。
それでも騎士団の兵士はみな実力者だ。特に今回は王女の護衛であるため兵士の中でも実力者が連れてこられている。
ネスラの指示は続く。
「ネイラとレネハス、デガルは前を、キッカとポリンは後ろを、残りは姫様を守れ!」
隊長ネスラが馬車内にいるネフィリアに駆け寄ってくる。
「姫様は結界を!」
「私も戦えます!」
「……! まったく相変わらず無茶を……結界を張ってからにしてください。あまり無理はなさらないように!」
「はい!」
そう言い残してネスラは苦戦している前のほうへ走っていく。
それを見届け、ネフィリアは右手の小指にはめられた桃色の宝石がついた指輪に唇を当てた後、前に掲げ言霊を放つ。
「我が光輝なる杖よ、呼びかけに応え来たれ!」
その言霊に応え、指輪が光りそこに光の杖が現れる。
ハートフィリア王国の国宝の一つ、先端にハートのモニュメントと翼があしらわれた白とピンク、薄い黄色に彩られた聖属性の杖【レーヴァテイン】である。ネフィリアが父である国王から護身用に授かった杖である。
そのまま杖を前へとかざし、結界を発生させる呪文の詠唱に入る。
「我願うは害意妨げる光の結界、聖なる魔の意思よ、我が身を守る加護となれ。【光護】!」
瞬間、魔法陣が足元に展開されラフィリアを中心として球状の光の障壁が出来上がる。
B級の光属性魔術であるが、盗賊レベルでは障壁を貫くことはできない。無事に障壁を生成できたことに安堵し「ふぅ」と吐息を漏らす。
冒険者に憧れるだけはあって、魔術に関してはそれなりの才がある。前後で戦っている兵士に手を貸すために今度は攻撃魔術の詠唱に入ろうと再び杖を構える。
その時、突如自分を守るよう言われていた兵士が声を上げる。
「ネフィリア様!」
何事かと振り向けば、馬車の横に仮面と深くローブを纏った魔術師がいつの間にか立っており、声を上げた兵士を杖から生えた光の刃で切り裂いたところだった。
ネフィリアは突然の状況に顔面蒼白になる。
「姫様!!」
その異常にいち早く気づいたネスラはすぐに姫の元に駆け付けようと地面を蹴る。その瞬間地面が爆発し岩壁へと叩きつけられる。
「がはぁ!」
どうやら仮面の魔術師が爆発の魔術を行使したようだ。魔術師の手の付近に魔法陣が起動していた。
「ネスラ隊長!」
ネフィリアが悲痛の声を上げるその時、ネスラは仮面の魔術師の手が今度はネフィリアに向けられていることに気づく。
「姫様! に、逃げてください!」
「そんな……!」
みんなを放ってなんて、それに逃げるといっても一体どこへ……? そう思った瞬間再び爆発が起きる。
「きゃぁああああ!」
ネフィリアは仮面の魔術師は詠唱をしていないことに気づく。無詠唱での魔術行使なんてクラスA以上の魔術師が持つ技能だ。
幸い、爆発事態は【光護】によって阻まれたがその勢いに押され馬車ごとネフィリアは宙に浮く。その先は数百メートルはくだらない切り立った崖になっていた。
まずい、このままでは落ちる。そう思うがネフィリアには対処方法が浮かばない。
「姫様ぁああああ!」
近くにいた兵士が崖の方へ飛ばされた姫をつかもうと手を伸ばすが、仮面の魔術師によるさらなる爆撃で吹き飛びネフィリアは馬車ごと崖下へと落ちていく。
「いやぁあああああ~ぁぁぁぁ―ぁぁ……」
「姫様ぁあ……!」
ネスラはなんとか態勢を立て直し崖下を覗くが落ちていくネフィリアをただ見ることしかできない。
「なんてことだ! 何か手立ては……!」
焦燥しきった顔だが、【光護】は失われていなかった。かなり崖は高いがまだ生き残る可能性は残っている。そこに望みをかけていると、姫が見えなくなるほど落ちた先へ仮面の魔術師が手を向けているのを見つける。
「な、なにを……!」
すると追い打ちとばかりに仮面の魔術師はさらに魔術を放つ。
「【煌爆炎】」
少し高い声で発せられた魔術は下方の崖から森に大量の魔法陣を生み出すと、突如凄まじい爆発音とともに突風と爆炎が吹き荒れる。
先ほどまでの無詠唱とは異なり魔術名のみを唱える省略詠唱での魔術行使だ。魔術は詠唱を省略するほどその効果が下がり、また魔力消費量が上がっていく。
しかし、それを考慮しても威力が段違いに高いのは先ほどまでとは異なり魔術の級自体も上級のものだからだ。
省略詠唱でこの威力が出せるのはこの魔術師の力の強大さがうかがえる。
爆発の勢いが収まってから崖下を覗いて見るとそこはもはや赤黒い焦土と化しており、ただ煙がもうもうと立ち上がるだけだった。崖は崩れ、もはや馬車の残骸すら視認することはできない。
「そ、そんな……これでは……」
もはや生存の余地もない。【煌爆炎】となればそれはA級魔術だ。省略詠唱で放たれたものとはいえ、B級魔術である【光護】で防ぎきれるものでは到底なかった。
絶望の色に染まるネスラの横で仮面の魔術師がつぶやく。
「これで魔眼の娘も消えた。後は……」
「なっ! なぜ貴様が姫様の魔眼のことを……!」
国王に仕える者ですら一部しか知られていない魔眼の情報を仮面の魔術師が知っていることに驚き問いただす。今回の襲撃がただの襲撃ではなく、明確に姫様を狙ったものだったのだ。
何故魔眼の力を持つ彼女を消さなければならなかったのかはわからないが、狙われた理由は明白だ。王が心配していた通りの事態が起きた。そしてそれらから守るためにともに行動していたのにその役割を果たすことができなかった。
その怒りと自分の不甲斐なさを少しでも払拭するべくネスラは仮面の魔術師に斬りかかる。
「くっ、よくも姫様を……!」
しかし仮面の魔術師はヒラリとその剣をかわし宙へ浮き上がる。
「悪いけど君たちに構っている暇はないんだ。計画を次の段階に移さないと」
仮面の魔術師は崖下に顔を向け、そこに少女の魔力反応がすでにない事を確認すると唐突に空間が歪み、姿を消した。
「な……」
呆然と立ちすくす隊長ネスラ。そこになんとか生き残った部下たちが集まってくる。
「隊長……」
「昨年、ラフィリア様を亡くされたばかりだぞ……王や王妃になんて報告すれば……」
残った兵士は3名。先の爆発でみな重症だ。
盗賊は兵士によって切り裂かれたり爆発に巻き込まれたりで全員こと切れていた。どうやら仲間ではなく雇われただけのようだった。今思えば魔術行使の際に気遣いの欠片も見受けられなかった。
(しかし、今はそんなことはどうでもいい。姫様を失った。守れなかった。迷惑や心配をさせられることは多かったが、根は優しく、みなに愛されていたのに。彼女が一体なにをしたというのか。町の定食屋で教わったなどとみなに料理をふるまったこともあった。王女のする行動ではなかったが、それが凄まじく美味しく城の料理人に逆に料理を教えていたりしたこともあった。あの笑顔あふれる空間も、今やもう見ることはできないのか……)
ネスラは後を追って身を投げたくなる気持ちに駆り立てられる。思わず崖下が覗ける位置に移動するが、
(だが、駄目だ。私は騎士団の隊長なのだ。守るために死んだならまだしも、課せられた任を果たせず、自ら身を投げたとあっては王や姫に顔向けできないどころではない。伝えなくては。何があったかを、そしてできるなら報復を! ここでくじけては姫様にも馬鹿にされるだけだ……!)
「……帰還する。ネイラ、治癒魔術でみなの傷を癒せ。デガルとサイデンは帰路に必要なものが落ちてないか詮索を」
「わかり……ました」
「ネフィリア様……うぅっ」
部下たちが力なく答える。
(当然だ。自分ですらこんななのだ。もっと親しくしていた部下たちには到底受け入れられるものではないだろう。だが、進むしかないのだ)
「神よ……どうか姫様を……お救いください……」
それに答える声はなく、準備が整ったネスラ達は帰路へとつくのだった。
5/8に次話投稿予定






