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大洋の帝国  作者: 甲殻類
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2300年、宇宙の旅

2300年、宇宙の旅



 私は西東一子である。

 16歳、女子学生だ。日本地方の社会制度でいうところの高校生である。血液型はB型。家族は4人で、父と母と兄がいる。結婚歴はなく。経産婦でもない。電脳化はしているが、義体化はしていない。

 趣味は読書である。

 だから今、本を読んでいる。

 私のもっとも好きな時間だ。

 しかも、今日は銀河を枕に本を読んでいる。

 銀河鉄道のコンパートメントは、私が作った私のための私の基準に合致する適度な広さ(三等客車はとても狭い)であり、車窓から星々が見える。

 

「今宵、銀河を盃にして」


 なんて呟きながら私は眼鏡の弦を戻した。

 読書を愛する故に、私は目が悪い。

 と思われており、眼鏡をかけているが、これは伊達である。西暦2300年代の医療技術にとって、近眼は解決不可能な問題ではない。

 マイクロマシン医療で一発である。

 では、なぜ眼鏡をかけているのかといえば、眼鏡こそ知性のマストアイテムだからだ。

 私にとって知性があること、知的であることは何よりも重要なことだった。

 私は知性を愛しているのだ。

 知的であることは、美であり、情熱であり、私の人間として優れた部分であり、私のあまりグラマラスとはいえない体格を世間一般以上に押し上げる重要な構成要素なのだ。

 

「さっきから、何、ブツブツ言ってんだ?おにーちゃんはちょっと引いちゃうぞ!」


 気持ちが悪いことを言う兄に、右つま先が突き突き刺さった。兄は吹き飛んだ。

 ちなみに私は幼児体型だ。

 だが、マイクロマシン投与で筋力が強化されている。

 もはや筋肉量の大小は腕力をはかる絶対の基準ではないのだ。

 だが、骨格については如何ともし難い。

 なぜだろうか?

 なぜでしょうね?

 呪いか?

 骨格を変えるには義体化するしかないのだが、日本地方の社会制度では未成年の義体化には親の同意が必要である。

 糞が。


「うわぁぁぁ!柱の角で小指ぶつけた!ちょーいたい!ちょーいたい!」


 一撃を食らって吹っ飛んだ兄は、吹っ飛んだ拍子にコンパートメントの角に足の小指をぶつけて転げ回っている。

 狭いコンパートメントの中で器用なものである。

 このままバターにでもなってくれないだろうか。この兄という物体は。

 私は思うのだが、血縁と呪いは似ている。

 どちらも論理的な背景を持たずに効果は発揮するところなど、実によく似ている。

 もちろん、前時代的呪術の類と遺伝情報の伝播を同一視するような旧癖な思考に囚われているわけではない。

 ただ、私は兄が嫌いなだけなのだ。

 問題は兄は私のことが嫌いではないということなのだ。

 暇があるとしつこくつきまとってくる。


「死ねばいいのに」


 手を差し伸べようとした自動人形(そんなことをさせる等とんでもない)を制して、私は兄をひっぱり起こした。

 

「医薬品をお持ちましょうか?お嬢様」


「そうね。青酸カリとか、欲しいわね」


 私の応答に自動人形コッペリアは、困ったように曖昧な笑みを浮かべた。

 陶器の肌に、生体素材をかぶせてつくられたコッペリアは、球体関節を器用に旋回させ、


「バンドエイドならございます」


 と手品のようにガーゼ付き絆創膏のパッケージを登場させた。

 うん。実に瀟洒である。

 それでこそ、私の侍女人形だ。

 だが、その優しさと完璧さは私だけに向けられるべきである。

 

「いらない。こんなのツバをつけておけば、そのうち治るから」


「え?イチゴのツバで?」


 私はくだらない発言をした兄の後頭部に、マイクロマシンの倍力機能を全開した状態で右ストレートを打撃した。

 なにかが拉げる音共に兄が吹き飛び、壁に激突。コンパートメントの床にバウンドして、そのあとピクリとも動かなくなった。

 完全に死んでいる。 


「よろしいのですか、お嬢様」


「大丈夫よ。そのうち生き返るから。あと、私のことをイチゴと呼んだら殺す」


 私はストロベリーではないのだから。








 しばらくして、兄は生き返った。

 

「お前、俺が何をしても死なないって思ってないか?」


「違ったの?」


 と書面に視線を落としたまま私は答えた。

 そのまま車窓に置かれたコーヒーに手を伸ばし、熱いカフェインを補給した。

 最近、私はコーヒーに凝っている。

 このコーヒーも合成品ではなく、本物の豆を地球から取り寄せたものだ。コッペリアにコーヒー焙煎MODをダウンロードして、一から焙煎してもらった。

 かなり高価な買い物だったので、チョコレートは合成で我慢するしかなかった。

 だが、本とコーヒーとチョコレートがある。

 静謐な私の時間である。

 実に完璧だ。

 そして、それを邪魔されて、私は実に不機嫌になった。

 多少の家庭内暴力など、なんだというのだ。DVぐらい多目に見ろよ。


「で、何か用?」


「うん、実はな・・・」


 兄は、真剣な顔を私に向けて言った。

 実は、私は女だったんだ。明日からお姉さんと呼んでくれとでも言い出しそうな顔だった。

 私が思うに、兄はいつも冗談を言っているようにしか見えない顔をしており、本人にその自覚が全くないことが、兄の悲劇なのだと解釈している。


「実は・・・・暇なんだ」


「そう」


 それなら、いいものがあると私は答えた。


「ここに熱いコーヒー君1号があるの」


「食べ物を粗末にするのはやめよう」


 部屋の隅までダッシュして兄は答えた。

 確かにそのとおりだった。

 食べ物を粗末にすることはよくないことだ。


「なら食べ物じゃなければいいのね?」


「お前、ほんとに俺のことを何だと思っているんだ?」


 さっきよりも幾らかマシな顔で兄は言った。

 私は思わず笑ってしまった。

 本人に聞かれたからには、私が兄をどう思っているのか、誤解が生じないように伝えることが私の義務となったからである。


「まず最初に・・・」


「いや、いい。止めてくれ」


「どうしても止めてほしければ、5,000兆円を用意しろ」


「脅迫!?」


 そこは慰謝料だと私は思った。

 コッペリアがなにか訴えるような目をしていたので、どうしたの?と訊くと。


「そろそろ本題に入りませんか?」


 と心配そうに言われた。


「差し出がましいようですが、お兄様とあまり長く会話をされますと、妹様もバカになりますので」


「お前ら、ほんとに俺に対しては容赦ないよな」


 兄が呻くように言った。

 ひょっとして、もしかすると、万が一にもありえないが傷ついているのだろうか。

 だとしたら、少しかわいそうだったかもしれないので、私はできるだけの謝罪と哀切を込めて返事をしてやった。

 

「そんなことはないわ。お兄様に対しては容赦がないだけよ」


「同じじゃねーか!」


「再確認よ!」


 私はため息をついた。

 このままだと読書に集中できない。

 そして、ほんとに馬鹿になりそうだ。


「そんなに暇なら、eスポーツでもやってきたら?」


 惑星と惑星を結ぶ銀河鉄道には、長旅に備えて様々な娯楽が用意されている。

 eスポーツもそのうちの一つだ。

 21世紀初頭に普及したeスポーツは、24世紀には超光速通信網によって、太陽系全域に広がった。

 今ではリアルスポーツよりも盛んなほどだ。

 手軽で安全で、時空間の制約がないことがその理由である。

 たとえ銀河鉄道を使ったとしても、地球から太陽系外縁まで3ヶ月もかかるのだ。

 基底時空に縛られるリアルスポーツは、健康管理がマイクロマシンで自動化された現代においては、本当に貴族の趣味でしかない。

 ちなみに私はリアルスポーツの愛好家で、宇宙空手をやっている。

 読書は趣味だが、空手は娯楽である。

 いつか屠龍破骨とか呼ばれてみたいものだ。


「もう飽きた」


「あ、そう。ならゲームは?」


 電脳を使ってフル感覚ダイブして遊ぶゲームも盛んだ。

 ファンタジーロールプレイや、FPS、ホラー、なんでもござれである。

 やりすぎて現実に戻ってこれない人間も多い。

 

「なるほど・・・その手があったか」


「何の手だよ・・・ソードなんとかとか、ガンゲイルなんとかだっけ?俺、苦手なんだよな。ああいうの」


「知ったこっちゃない。あと冥王星まで2ヶ月もあるんだよ?」


 地球を発ってから一ヶ月。

 私達の乗る銀河鉄道ひかり502号は、冥王星に向かっている。

 私のいるコンパートメントは狭いが、銀河鉄道そのものは1ブロックが65,000tの質量がある。

 それが24両編成となっていた。

 鉄路もない宇宙空間で鉄道というのも奇妙な話だが、惑星間交通システムを突き詰めれば、この形式が最も合理的だ。

 そもそも惑星と惑星という二点間の移動をするだけなら、初速を稼いで、あとは慣性航行だけで十分なのだった。空気抵抗がないので減速しないからだ。

 地上に降りることはできないが、地上に降りるなら軌道エレベーターや往還機がある。

 200年ぐらい昔だと、大気圏突入や離脱能力があって宇宙を自由に移動できる宇宙船なんてものが幅を利かせていた。

 だが、惑星間交通法ができ、航宙路が厳密に設定された今ではダイヤグラムで管理された列車の運行があるだけだった。

 冥王星行ひかり502号は、地球の軌道エレベーターの終点にある宇宙駅から電磁加速したあとは、次の停車駅までノンストップである。

 ちなみに両親は冥王星で働いていて、地球から引っ越すことになったのだ。荷物はもう向こうの家に送ってある。


「とにかく暇なんだ」

 

「とにかく邪魔だから、あっちに行ってくれない?」


「ふむ・・・嫌だと言ったら?」


 私は妙に腹が立ったので、コンパートメントの窓を叩き割って、兄を真空に放り出そうと思ったが、私も真空被爆して死ぬので止めた。

 私だけが死ぬのは不公平だ。

 兄は絶対に死なないのである。

 

「イチコは何を読んでいるんだ?」


「AIノベル。歴史小説」


「それ、面白いのか?」


 どうだろうか?と私は首を傾げた。

 実際、期待ほど面白いものではなかった。

 私は幻影紙ホロ・ペーパーを兄にハンドオーバーした。読みかけだが、結末が見えていて面白くないのだ。

 

「くれるのか?」


「ええ。持っていって、そして、自分の部屋で読んで」


 そして、ここから出て行け。

 AIノベルが生まれたのは22世紀の初め頃だ。

 それまで人間が書いていた小説をAIが書くようになった。

 様々なMODを使うことで、自在に文体を制御できるAIノベルは、爆発的に普及して人類の小説家を絶滅させた。

 ちなみに私は佐藤大輔MODを入れている。

 佐藤大輔とは20世紀半ばの日本地方に生まれた作家で、それほど知名度はないが、ある特定の分野ではカルト的な人気を誇った作家だった。

 自著の殆ど全てが未完結なのが玉に瑕だが、AIノベルなら未完結になる恐れはない。

 ただし、このMODを導入すると異様に筆記速度が低下することがある。

 早く続きが読みたいときは、西尾維新MODを使うとサクサク進む。

  

「このテンプレートは何だ?」


「300年ぐらい前の日本地方の歴史」


 AIノベルにテンプレートはつきものだ。

 テンプレートとは設定集のことだ。ラブコメ、ホラー、戦記、コメディ。そういったおおよその話のテンプレートに基づいてAIが自動筆記する。

 もちろん、テンプレートを使わず、手動で作品の設定を一から入力することもできる。

 だが、それには膨大な労力が必要なので、娯楽として消費するならテンプレートを使った方が圧倒的に楽だった。

 テンプレートをいじれば、何度でもAIが作品を書き直してくれる。

 私は、それを利用して仮想の歴史小説を作っていた。


「設定を少し変えて、坂本龍馬が暗殺された20世紀の日本史を小説にしてみたの」


「坂本龍馬って誰だっけ?」


 頭の悪いことをいう兄に、私は少し頭痛を覚えた。


「こういうの、覚えてない?」


 私はホロスーツの設定を変更した。

 ネットからダウンロードした坂本龍馬のコスプレにホロ・アヴァターを変える。

 19世紀末の日本で撮られた坂本龍馬の写真では最も有名な姿だろう。


「あ、そういえば、世界史の授業でちらっと見た気がするな」

 

 坂本龍馬の扱いといえば、その程度だった。

 人類の歴史は無限に続いても、歴史教科書の厚さを無限に増やすことはできない。

 今では20世紀の歴史も教科書では軽く触れる程度だ。

 だが、私はこの時代が好きだった。

 国家や民族はもはや意味を失ったが、20世紀半ばまで地球の各地方を支配した国民国家や民族が世界の覇権を巡って激しく争って群雄割拠していた。

 生々しい人間同士のダイナミックな合従連衡は、見ていて飽きないものがある。

 そのため多くの歴史小説が書かれ、大河ドラマの舞台にもなりやすい。

 また、写真やビデオカメラが発明され、映像や音声がよく残っていることが多い。政府の統計資料にも事欠かなかった。

 これが19世紀や18世紀になると資料という点で、難しい部分が多くなる。

 AIノベルはテンプレートの精度が悪いと、荒唐無稽なシナリオを作り出す。

 それを敢えて楽しむ人もいるが、私はどちらかといえばリアル指向だ。

 

「で、坂本龍馬が死ぬとどうなるんだ?」


「別に何も」


 これはちょっと驚いた。

 少なくとも、死の直後になにか大きなイベントや歴史の変化は起きなかった。

 坂本龍馬なしでも明治維新はAIの判断では起きるらしい。

 その後の日清・日露戦争といった重要なイベントでも日本が勝つシナリオだった。

 これもなかなか珍しい。だいたいどちらも戦いも日本の負けで終わるからだ。

 だが、その後の展開は少しずつ史実をかけ離れていく。

 日英同盟が破棄されたり、日本とドイツが同盟国になったりする。

 そして、第二次世界大戦が始まり、日独が破れてアメリカとソ連が勝利して東西冷戦が始まるという史実とは全く違った結末で終わる。

 確かにそういうのもありといえば、ありだ。

 けれども私は、こういう鬱な展開は、好みではなかった。

 また、アメリカ人のような碌でもない連中が、世界の覇権を握るというのも、願い下げだった。

 それこそディストビアの風景だ。


「なんかラストでアメリカ人が広島と長崎に原子爆弾投下して勝ったことになってるけど、この後どうなるんだ?やっぱり、核戦争なのか?」


 ちなみに、兄は小説は最後から読むタイプだった。

 邪道だ。


「たぶんそうなんじゃない?」


 アメリカ人といえば核戦争だ。

 核戦争といえばアメリカ人だ。

 AIノベルの仮想史でも、彼らは原子爆弾を使った。

 史実でも、彼らは使った。おかげで人類は滅亡しかけた。

 世界初の、そして最後の惑星内核戦争は2020年におきた。

 アメリカ連合国とアメリカ合衆国が核ミサイルでお互いを滅ぼしあったのだ。

 日独は冷戦中、大量の核ミサイルを配備してお互いを牽制した。だが、1999年に欧州帝国が過大な軍備と経済の停滞からデフォルトを起こして崩壊しても、核戦争は起きなかった。

 国家経済が崩壊してもドイツ人はやけくそを起こして核戦争を始めたりはしなかった。

 だが、アメリカ人はそうではなかった。

 2017年に就任したアメリカ合衆国第45代大統領は、アメリカ再統一を掲げて選挙に勝利し、公約通りアメリカ連合国に強力な経済制裁を課した。

 その前のアメリカ合衆国初(そして最後の)の黒人大統領が進めた南北和解政策が、弱腰だというのが彼の持論だった。

 経済制裁が発動され、あっけなく連合国は崩壊してしまった。

 アメリカ連合国は、欧州帝国崩壊後も人種差別政策を続けて世界から孤立していた。頼みの綱のメキシコ湾の石油も人件費の上昇で採算がとれず、綿花や小麦栽培も地球温暖化でハリケーンの襲来が常態化して不作が続いていたのだ。

 経済崩壊から大規模な暴動が発生して政府機能が麻痺した。

 追い詰めらた南軍は自暴自棄になって核ミサイルを発射した。

 北軍の自動報復システムが作動して南部・北部アメリカから300発以上の中距離・短距離核ミサイルが発射され、全てがきのこ雲の下に消えた。

 それだけでは終わらず、アメリカ人は世界を道連れにしようとした。

 北軍がICBMが発射したのだ。

 戦争と無関係の日本とドイツ、その他の列強国にどうしてミサイルが発射されたのかは、もはや推測するしかないが碌なものではないだろう。

 発射されたミサイルの9割が日本に向けて飛んできたことは、歴史の教科書では伏せられているが、知っている者は知っている。

 よっぽど嫌いだったんだろうな、と思った。

 ちなみに日本に発射されたミサイルは日本航空宇宙軍が衛星軌道に配備していた世界初の宇宙戦艦大和及び武蔵の迎撃レーザー砲で全弾撃墜した。

 ヨーロッパに向かったミサイルは、欧州帝国が冷戦末期に意地で完成させた弾道弾迎撃レーザー砲(1門につき原子力発電所が1基必要)によって撃墜された。

 ICBMは撃墜されたけれど、日独の自動報復システムでアメリカには108発の核ミサイルが降り注いだ。

 戦争開始から24時間以内に4億人が死亡した。

 そこからさらに1年後に8億人が全世界で死亡した。

 核戦争のフォールアウトで地球が寒冷化(夏でも気温が10度を下回った)したことや、放射能汚染の拡大、さらに北米の穀倉地帯の壊滅で世界規模の食料不足が発生したのだ。

 ということを私が説明すると、


「ふーん、そうなんだ。でも、俺はポテチ食っちゃうもんねー!」


 と私のポテトチップスを勝手に食べ始めた。

 殴って取り返した。


「食事中のパンチやキックは卑怯だぞ!」


 うるさいのでもう一度殴ったら静かになった。

 静寂が戻ったコンパートメントで私は、こう思った。

 最初からこうしていればよかったのだ。

 死は全てを解決する。人間が存在しなければ何の問題も生じない。 

 床に転がっている兄を見下ろすと怒りを通り越して、むしろ憐れみと申しわけなさを覚えた。

 300年前のご先祖様が、苦労してつないだ命が、こんなバカに続いていると思うと情けない気持ちになる。

 核戦争から1世紀は人類にとって試練の時代が続いた。

 食料や汚染されていない土地を巡って世界各地で地域紛争が勃発したのだ。

 紛争解決のため、公平に食料を配分する組織と核兵器と軍隊を安全に管理する組織が必要になった。

 いつの時代でも、食料と武器のコントロールが国家を作り出す。

 全人類の食料と武器をコントロールするとなれば、そんなことをできるのは世界政府リヴァイアサンしかなかった。

 人類は汚染された地球を捨てて、宇宙へ生活環境を広げ、スペース・コロニーと月面基地を作り、火星をテラフォーミングした。

 OKB財団が開発したマイクロマシンと人工知性(AI)と自動人形が火星のテラフォーミングを完成させたのが、2211年のことだ。

 火星のテラフォーミングに使ったマイクロマシンが地球の浄化に使えることが分かったので、ついでに地球も元通りになった。


「それでもなお、私達は地球に居続けることはできない」


 簡単に地球を再生させることができるのなら、壊すこともまた容易い。

 今の人類の科学技術の前では、惑星ですら安定したプラットフォームとは言えない。

 自滅を回避するには、もっとリスクを分散しなくてはならなかった。

 そのために太陽系を出て、別星系へ旅立つのだ。

 冥王星の宇宙造船所で両親が造っているのは、超光速恒星間航行用万能宇宙移民船「スーパーいろは丸」だ。

 去年、OKB財団が発表した超光速恒星間航行技術ハイパーレーンに基づき、完成したらアルファ・ケンタウリへと旅立つ。

 その先にはオリオン・アームが広がっていて、今の人類には銀河中心核への扉さえ開かれているのだ。

 だが、さしあたって、食堂車に向かうことが西東一子の目標となった。

 宇宙標準時午前11時55分だった。

 ランチの時間である。





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