入れとはいったが、ただではない
こんばんは庚です。
この回をご覧になった方は、1話から、もしくは4話と6話をご閲覧、ご参照くださいませっ。
万田先生から逃げ出した尾張はできるだけ遠くに逃げようと無意識に南校舎の3階までたどり着いていた。
しかも3階に上がるための階段2つの内、奥の会議室側を登ってしまっていた。
つまり、右側に見える部屋は風紀委員の会議室ということになる。
未だ風紀委員に入ることを決心していない尾張だが、あるひとつの人物が頭に浮かぶ。
尾張を窮地から救ってくれたリア充、左右田莢華だ。
アイツには借りがある、この先自分が彼女に借りを返すときなどやってくるのだろうか、きっとクズな自分は借りたまま平然と日々を過ごしてしまうのではないかとプレッシャーが襲う。
ならば、ここで借りを返すべきではないかと尾張は思うが、やはり彼の性格はクズで面倒くさいから今じゃなくてもと魔が差す。
――だが、妹に約束してしまったのだ。
自分は一度でも心の中に風紀ふうき》委員になろうという意志が芽生えた。
なら行くしかない、このクソゲーでも一握りの幸があるならそれを取りに行こう。
左右田が一握りの幸を与えてくれた、もう一度幸が欲しい、そう思った瞬間、幸が欲しい一心で尾張は会議室の扉の前まで歩んだ。
会議室の扉は教室の引き戸やガラス張りではなく、上下式のドアノブがついた小豆色の扉。尾張は一度深呼吸して扉をゆっくりと開いた。
尾張から見た会議室の光景は――体育館で見た風紀《風紀》委員3人が振り向いた顔で尾張を見つめていた。
やはりその中に左右田の存在があった。
恐らく委員長らしき人がこっちに向かってゆっくりと歩いてきた。
「やぁ、新入希望の子かな。君の名は?」
輝くブロンドガール、伸ばした髪の先をちょっとカールさせてオシャレにしているようだ。そして想像通りの胸。垂れがなく、大きくてもしっかりと張っている。
白いニーソに絶対領域のボリュームはありながら、決してだらしない脚ではない。
「尾張近」
目が寝ぼけていて、どうみても普通に見えない尾張に対して委員長は全く警戒している様子は無く、むしろ歓迎の姿勢だ。
「なるほどね、尾張近か、いいじゃないか終わりが来ないって感じの名前で」
そう言われたのは初めてだ。
俺の存在を知らずともオワコンオワコンと学校中に名だけ広がって行き、俺の名を知れば大体は俺がオワコンだと確信する。
それをこの人はわかっているのだろうか。
「貴方も俺の名を知らないわけじゃないでしょう。本当は俺があのオワコンだということしっていますよね?」
「君はその名で呼ばれて嬉しいのか?」
委員長の目に冗談は一切無い、真剣な眼差しで尾張に質問している。
「嬉しいと思う奴がいれば、今すぐソイツと代わっていますよ」
「ははっ、確かにそうだな。面白半分で人の名で遊ぶなど言語道断だ」
ここまで自分に味方してくれるのは嬉しいのだが、かなり真剣な表情に尾張は気圧される。
しかも、全校生徒の面前であれだけいい人を被っているというなら尚更怖い。
「や、やっほー尾張君」
ちょっと躊躇いながらそう話しかけてきたのはあの左右田だ。
目が合うと、唐突に膝枕のことを思い出してしまい、すこし赤面して反射的に視線を逸らす。
その様子が委員長には分かってしまったのか、尾張の目と目を合わせようとジロジロ見て来る。
「おやおや? 莢華と尾張君は知り合いなのか? その顔から察するに――尾張君、莢華に惚れているな?」
「ばっ――! 戯れはよしてくださいよ。コイツとは一回知り合っただけですから」
別に好きでもないのだが、ちゃかされてしまうと何故か照れくさくなってしまう。
「わかっているよ。だがもし君が莢華に惚れているなら、やめておいたがいい」
「リア充に惚れるほど馬鹿じゃありませんから」
その言葉に反応した人物が莢華に顔を極限まで近づけて突っかかる。
「莢華! いつから交際なんかしたのよ!?」
その人と莢華には微笑ましい空間はない。それは委員長も同じだ。
女子同士での恋話とかではない、規律を破って問いただされているような雰囲気だ。
「え? 私付き合っている人なんていないですよ!?」
莢華もなにを言われているのか分かっておらず目を?にして動揺している。
「尾張君、莢華が付き合っているという情報はどこから得たんだ?」
この時、俺のせいで莢華に火の粉が飛んでいると気づいた。
本当は俺が勝手に思っているだけで確証などどこにも無い。
なら今自分ができることは誤解を解くことだけだ。
「すみません、あまりにも可愛いからてっきり付き合っているのかと思い込んでいただけです」
そういって頭を下げた尾張。
それを見ている委員長の顔は真剣な顔から普段の清清しい顔へと戻った。
「顔上げてくれ尾張君。安心しろ、私は君を信じる」
ほっと息を吐きながら顔を上げる尾張。
「君は莢華がタイプなんだね」
委員長の言葉が理解できず、思わずとぼけた顔になる。
「だって彼女の前で可愛いとストレートに言えるってことは相当好みとしか考えられないよ」
尾張は一度自分が言ってしまったことを思い返すと、思いっきり莢華に対して可愛いといってしまったことを思い出し、ワタワタしてしまう。
「あ、あれはですね。そ、そのーえっと……」
訂正のしようがない。好きではないとはいえ、可愛いのは本音なのだから。
莢華もなぜか俺のせいなのか赤面している。
尾張と莢華の様子を見て委員長は高らかに笑った。
「君は見かけによらず大胆な男の子じゃないか、気に入ったよ、たっはっはっは」
と尾張の背中をボンボンと叩いた。
「――しかし、君が風紀委員に入るというのなら、交際は一切禁止だ」
その言葉は尾張にとって心境が大きく覆る言葉である。
今まで尾張は風紀委員の連中全てリア充だと思い込んでいたということを一気に否定されたようなものだ。
だが尾張にとっては都合がいいのだ──もう愛する人など、失うのなら最初から無ければいいんだ。
「大丈夫ですよ。現在は交際していませんし、俺は人を簡単に好きになる人じゃありません」
そう、簡単じゃない。
「ならいい」
「それに、俺が好きになったところで、こんなクズを好きになってくれる人なんていませんので」
「はっはっ、そんなに自分を下げるな尾張君」
とりあえず莢華と尾張の誤解は解けたようだ。ならば早速本題に入ろうと尾張が話を持ちかける。
「あのー委員長。不躾ですが、これから風紀委員にお世話になります」
と頭を下げる尾張だが――
「なにを言っているのだ? 私はまだ、君を風紀委員とは認めていない」
万田先生から聞いた話だと、風紀委員に来いと歓迎されていたよぷうな口ぶりだったのだが、委員長はまるで歓迎の前になにか壁を作っているような言い方だ。
「それはいったいどういうことなんです?」
ガチャンと、会議室の扉が開く。入ってきたのは万田先生だ。
「オワリ。アタシはただで入らせると入っていない」
(じゃあなんでサッカーやろうぜみたいな言い方をしたんだ……)
「その条件はなんですか?」
尾張がこれから条件を満たす為のなにかを面倒くさく思い、だるそうに質問した。
委員長が莢華ともう一人の委員に机と椅子を並べるように、指示した。
机は長机、でそこに椅子を3席並べる。そして受験生の面接みたいに向かい合う椅子を1つ置いた。
並び終えたら、委員長を真ん中として風紀委員3人は椅子に腰掛けた。
「尾張君、君にはこれから風紀委員に相応しい人物かどうか――面接試験を行う」
やはりと尾張は頭で思い浮かべていた嫌な展開になり、思わず嘆息。
(入れとは言ったが、ただではない。万田らしいやり方だな)
入ることすら簡単ではない風紀委員を自ら志願するなど、以前の尾張ではありえない。
といっても面倒なことから逃げ出さず、立ち向かっても、待っているのは難関というクソゲー要素。
だが、尾張はここで諦めるような人間ではない。
「……これも運命か。なら全てを見せてやる」
尾張の目はこれまでにない真剣な眼差しで風紀委員に視線を送る。
その目を見ていた万田先生は「やるじゃん」と微笑しながら呟いた。
尾張は堂々と席に座り、風紀委員へ構えた。
「これより、風紀委員会、面接試験を行う」