表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クソゲーでも幸はある  作者: 庚京次
6/16

衝突する桜形の花

 翌朝、妹の怒号が耳元で鳴り響く。

「お兄ぃちゃあーん!!! いい加減起きてってば!」


 尾張は妹に対して、今日一発目ので返事を返した。

で返事するな!」


 寝たままの俺を両手を捕まえ、無理やりベッドから引きずり降ろして、干物ひものとなった尾張の顔面を床にぶつける。

 それでも尾張は睡魔すいまに勝つことは出来ず、野球部がタイヤを引きずり回すかのように、連れて行かれる。


 ちなみに階段は面倒くさいので蹴り飛ばして運ばれる。 


 そこでやっと目を覚ます尾張は何事もなかったかのように立ち上がり、食卓につき、味噌汁を飲み干す。

 母親が尾張の顔を見て不満気に困った顔をした。


「あんた今日、始業式なんでしょ? 課題は全部終わらせたの?」

 俺は味噌汁のお椀を机に置き、母親に顔を向ける。


「俺の名はオワコン。それゆえに課題など、もはや終わらす必要は──」

「くだらないこというんじゃありません」

「はい」


 再び味噌汁を口にする。その時に気づいた、これインスタント味噌汁だ……。


 朝食を終え、身支度を済ませた尾張は自転車を軒下から出し、漕いでいく。

 今日もフラグ坂経由で学校へ向かい、30分程で到着、相変わらず尾張がいつも自転車を止める特等席とくとうせきは開いている。


 実は尾張がいつも置いているので、ここに置くと自分も終わってしまうというこじつけの噂が流れているらしい。

 それは例えどれだけ自転車が混んでいても開いている。

 

 そんなこと尾張にとってはただの好都合でしかない。


 尾張のクラスは2年4組。2階の教室で、席は一番左端だ。

そこにのうのうと座り、ひじをついて上の空の尾張。

自転車だけであれだけの風評被害を及ぼす尾張だが、イジメられていたり、嫌われているわけではない。


 もはや触れることが怖いのだ。

 触れるだけで自分もオワコンになってしまったらどうしようと、ここでも風評が発生している。


 最近では、チラチラみられたり、影でこそこそ噂話されることはなくなり、尾張にとってはとてもいい環境になりつつある。

 それはあの先生がいなければの話だが──それは魚雷型先生、万田晴海まんだはるみだ。

 教室の引き扉を豪快に開けて登場した。


「おはようみんなぁ! 夏休みは元気に過ごしたかー?」

 万田先生のせいでいい加減教室の扉が壊れそうなのは、本人も気づいていない。 


「はいはいそれでは出席取るぞー、みんな席につけぇ!」

 誰一人文句言わずに座るクラスメイト。

 万田先生は目視ですべての席に着席していることを確認すると、出席簿に全員出席と記入した。


「よし! 全員出席だな。じゃあ体育館にクラスかたまって行け。──尾張、お前に行ってるんだぞー?」

 尾張は肘をついたまま万田先生の顔をチラッと横目で見るが、すぐ上の空になった。

「ったく。ほらお前らもボサッとしてないで早く向かう!」


 クラスメイトが椅子を引く音が入り混じり、続々と教室から廊下に出て行く。

 音沙汰なくなった教室に一人座っている尾張は、人の気配がなくなることを確かめ、教室を後にして体育館へ向かっていた。


 向かう際、体育館付近の廊下に女子生徒3人がなにか打ち合わせでもしているのか、ひそひそと話している。

 俺は既に遅れてきているというのに、この3人は一体なにをしているのだろうかと疑問に思い、すこし遠くで足を止め、見続けた。


 よく見てみれば、桜形さくらがた高校こうこうの夏制服──白シャツに学年カラーで識別されている桜の校章。

 スカートは緑をベース色として、桜色のチェック模様が入っている。靴は統一して黒のローファー。


 ここまでは普通の女子生徒と変わらないのだが、腕には目立つ赤い色のリストバンドをつけていた。

 尾張の記憶と赤い色のリストバンドを照合してもピッタリ合う、顔がはっきり見えなく誰なのかはわからずとも、まさにあれが風紀委員という人たちなのだろうと尾張は確信する。


 もう少し足を止めて見ていようとしたが、近くに教員の気配を感じ取った尾張は、舌打ちしてその場を離れた。

 離れた後に体育館に入ることはしない。


 いつも体育館へ入るために所々設置されている鉄の扉に背を持たれ、空を見ながら話だけを聞いている。

 今日もそのつもりで、体育館の舞台側に近い扉に背を持たれて腰を下ろした。


 今はちょうど校長のくだらない話の最中、そんなこと面倒くさがり屋の尾張が聞く耳を持つはずがない。

 それよりもこの後、風紀委員のところへ出向くべきかと未だ迷い、他所事を考えている。


「では続きまして、風紀委員による今学期の挨拶と抱負に移ります。風紀委員は登壇とうだんしてください」

 司会進行の先生がそう言ったのを尾張は耳にし、一度他所事をやめて耳を傾けた。


「皆さん、おはようございます。桜形高校風紀委員──委員長の三嶋みしま結菜ゆうなです。私から今期の抱負を伝えたいと思います」


(今まで気にしてなかったが、委員長は三嶋結菜っていう奴か。確か3年生で、成績優秀なうえにスポーツも万能な『No.1風紀委員美少女』と聞いたことがあるような──コイツもリア充臭いな……)


「──今期の抱負は生徒指導を受ける生徒をゼロにすることです。生徒指導の仕事ではなく、私達風紀員が成し遂げることを宣言します」


 一聞、委員長が発した言葉は普通に聞こえるが、尾張が聞いてみれば生徒指導部に対して随分と挑戦的な言い方をしていると思った。


 まるで生徒指導部との協調性がない、むしろ敵対心をあらわにしているような気がする。

 さらに注意深く耳を傾ける為、扉に耳をはりつけて聞き続けようとする。


「私達風紀委員が何れ、生徒会の役割、生徒指導の役割を全てこなし──桜形高校の必要不可欠な存在になるべく、私達風紀委員は日々懸命な努力に励み、実現させます。皆さん、どうかご声援をお願いします」


(いやいや、流石にこれは反感買うし、生徒も反応に困るだろ……)

 と思っていた尾張だか──尾張の耳には拍手喝采と情熱的な声援が聞こえてきた。

 耳を疑ったが、声援の声をよく聞けば、疑いも納得へと変わった。


「いいぞー結菜様ー!!」

「風紀委員長万々歳!!」

「愛してます結菜様ー!!」

「結菜ー!! 僕を踏んでくださいー!!」

 これら全て、男子生徒の声援である。

 まともな声援から行き過ぎた声援、そしてただの性欲と取れる声も聞こえたが──そこに女子の声援はほとんどないと尾張は聞き取った。


 そこへとてつもないマイクのハウリング音が体育館の外まで響き、思わず顔をしかめて耳を塞ぐ。


静粛せいしゅくに!! 不適切な発言は生徒指導の対象とするぞ!」

 明らかに風紀委員の声ではない、だが先生でもない。

 清らかで濁りがなく、澄んでいながらも張った声だ。

 その声は尾張も度々聞いてきた声なので、誰が声を張り上げたのかはわかっている。


 生徒指導部の手駒のおさ──足利あしかが美冷みれい

 生徒指導部の先生から一番の信頼を得ており、手駒の中でも最高クラスの役職に位置する女。


 また、男子生徒の中でも人気が高く、足利派と三嶋派で人気が割れるほどだ。長い黒髪を一つに縛った髪は清く、うるわしく一輪で咲くユリのようだ。


 そこにハッキリと整った顔ときたら、これはもうリア充と呼ぶべきではないかと尾張は渋々思う。


「流石美冷様ー!! 風紀委員など蹴散らしてやってくださーい!!」

「風紀委員なんて要らねぇーぞ!!」

「おい、結菜様を侮辱ぶじょくするのはこの俺が許さん!」

「そっちこそ美冷様を侮辱しないでよね!」

 

 いつの間にか怒号が飛び交っているようだ。

 聞いた限りでは、足利派に女子生徒の声も存在している。

 それに対して三嶋派は完全に男子生徒のみ。

(……ったく、一体何なんだよ。)


 流石に気になった尾張は、体育館の扉を覗く範囲で開き、様子を伺った。

 そこには生徒達が怒号を飛び交わしていた。

 しかもキッチリと2つにわかれているように見える。舞台側が三嶋派、反対側に足利派といったところか。

 ふと舞台側に目を向けると、思わず二度見してしまう人物が風紀委員に位置していた。


 桃色の髪、萌えてしまいそうな甘い顔。豊満で柔らかそう胸、庶民型リア充系──左右田そうだ爽華さやかだ。左右田爽華はしっかりと左腕に赤いリストバンドをつけていた。

(あいつ、風紀委員だったのか……!)


 思わず見入っていると、足利美冷の手駒だと思われる、鋭い目をした女子生徒が俺に感づき、足利美冷に駆け寄って行くのがハッキリと見えた。


「ちっ、バレたか……」

 尾張はその場から逃亡するように離れ、体育館から離れていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ