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クソゲーでも幸はある  作者: 庚京次
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正反対の双子

 乗ってきた自転車で自宅へ戻り、軒下のきしたで自転車の鍵を締める。

 玄関を開けると母親が血相けっそうを変えて尾張の顔を──見ることはせず、早く夕飯を食べなさいとだけ言う。


 今日はかなりの致命傷ちめいしょうと見て取れるはずの傷さえ気にしてもらえない。2階へ登り、汚れた制服を床へ脱ぎ捨てる。白いシャツには血が少しにじんでいる。


(俺の血に価値など全くない、流しても流してもなにも変わることはない。それならいっそ譲ってしまったほうが──いや、俺の血など欲しいものはいないのだろう。)


 半袖半パンの部屋着に着替えた尾張は一階の食卓へ腰をかけた。

 食卓に家族は誰もいなく、冷めたごはんと煮魚、漬物が置いてあるだけ。

 尾張は溜息をつき、慣れた手つきでレンジへ夕飯を入れる。

 40秒後、温く温まった夕飯を取りだし、食卓へ並べる。


 それをただ食す尾張、そこへ扉が開くと共に双子の妹が汗を流し、ジャージ姿で帰宅した。

 長いツインテールに汗すらきらめいているような黒髪は双子の兄である俺にはない。俺の髪はちょいくせ毛の黒髪だけ。


 尾張はお帰りとも挨拶せず、のうのうと食す。


「おー相変わらずの黙りっぷりだねお兄ぃ」

 そう言いながら俺の対面に座った。

 

「逆に言う、相変わらずのじゃじゃ馬っぷりだな妹よ」

「はーいはい。お兄ぃの言葉はマイナスにしかならないからスルースルー」

 これが我が妹の尾張おわりしずか──俺からして全然静かではない、むしろ騒音そうおんだ。


 スルーするというのならこちらもスルーするだけの話。

 食した後、食器を一気にまとめて持ち上げ、台所のシンクで洗う。

 洗っている最中ふと顔を上げると、ソファーで足を伸ばして座っている妹がテレビを見ていた。

 普段はすぐに風呂へ入り自分の部屋で爆睡するはずなのだが、今日に限っては同じ部屋の空間に居座っている。


 この時、万田先生の言葉が頭を過る。

 明日の始業式後、3階の会議室、行くべきか行かないべきか──偶然の妹がいるせっかくの機会だ、これもなにかの知らせなのかと思い水を止めて、口を開く。


「なぁ、俺って風紀委員になれたりするのかな」

 妹の返事がない。

 台所からでは後ろ姿しか見えないので顔も伺うこともできない。

「おい、聞いてるのか?」


 それでも返事がない。

 流石に腹の虫が疼いてしかたない尾張は、イラつきながら眉間にシワを寄せて側へ寄り、顔を伺うと──口が開いたたまフリーズしている妹がいた。


 それに仰天の叫びを上げる尾張。

 なにせ、妹が静止画のようにピタリと止まっているのだ。

「おい大丈夫かよ……!」


 口を開けたまま壊れかけのブリキのようにガタガタと顔を向けてくる妹、ホラー映画の呪○に匹敵する恐さ。

 尾張はこの時妹をホラー女優のオーディションにぶっ込もうと本気で考えた。


「……し、静?」

「どしたの、お兄ぃ」

 人形のように口をパクパクして喋る妹。

「それはこっちのセリフだ」

「あのー、風紀委員ってなにか知ってます?」


 実際詳しくは知らないが、尾張の通っている桜形高校には生徒会と風紀委員という役職が別けて設けられている。

 尾張が休み時間にウロウロ廊下を歩いていると腕に赤いリストバンドをつけている生徒をよく見かける。

 恐らくそれが風紀委員というものなのだろう。


 具体的に何をしているのかはわからないが、風紀を乱すものを正しているとかなんとかを風紀員が朝会で言っていたような気がする。

 それを簡単にまとめて妹に伝えようとする尾張。


「風紀を正す、乱す者は成敗だろ」

「そうだけど、お兄ぃなんか時代古いよ。江戸ピリオドの影響ですかお兄ぃ」


 ちゃんと答えたはずなのに、何故か妹は溜息をつき、足を床に当たり散らすようにバタバタさせている。


「どうでもいいけど、ようは俺がその風紀委員とやらになれるのかを聞いているんだ」

「無理」

 予想通りの即答。


「理由は──」

「クズだから」

 予想通りの罵り。


「何故クズなんですか俺は」

「それはクズはクズでもゴミクズだからだよ」

 知っています。


「だからその理由を──」

勉強べんきょうはろくにしない、掃除そうじはしない、洗濯せんたくはできない。朝は私に起こされ、必ずその場でをこく。これをまとめたのがゴミクズだってこと」

 良く出来ました、僕は今、猛烈に死にたいです。


「まぁお前の言う通りだな。俺はクズ、そんなのに風紀員が務まるわけがないか」

「でも!」

 妹が人差し指を真剣な眼差しで尾張の額に突き出した。


「なんだよ」

「お兄ぃにしか最大の取り柄があるじゃん」

「その答えは?」


 人差し指を一度元に戻し、呼吸をしてからもう一度強く突き出す。

「精神力」

「たまにはまともな事も言ってくれるんだな」

「今までのクソゲーっぷりなお兄ぃの人生を見てて思うんだけど──まだ死なないんだね」


 それ妹が本気で兄上様にいう事なのであろうか。直訳すると早く死ねっていうことだぞ。 


「本気で言ってます?」

「本気だよ。言い方悪かったけど、お兄ぃの人生は本当に辛いと思う。正直言ったら、私じゃ耐えれない。それをお兄ぃは耐えて生き続けてきてる。それって当たり前だけどすごい事だよ」


 ……結構まともに嬉しいことを言われて、心がツンツンしそうになる尾張。


「別に俺は辛いって思ったことはない。人にはそれぞれ辛いことはある。例え俺が世界で一番の不幸を背負うとしても関係ない。

俺は決まった運命にとやかく言うようなことはしないからな」

 妹は俺の言葉を聞いて破顔し、立ち上がった。


「やっぱお兄ぃはすごいよ。お兄ぃならできるんじゃない? 風紀委員」

「でもやっぱり面倒くさいな」

「そこでゴミ兄ぃがでちゃだめでしょ」

 

ちょっとガッカリした顔をする妹。

「うっせぇ、そもそも俺が役に立つわけないから」

「わかんないよ。それはやらない人間が言える言葉じゃない。それが本当がどうか、ちゃんと向き合うべきだよ」

 

 今日は本当に珍しく真剣な妹だ。流石にここで冗談とクズを出すわけには行かない尾張は腹をくくった。


「あーもう、わかったわかった。行くだけ行ってみる」

「へへっ、がんばってねお兄ぃ」

 そう言ってほっぺたをツンと突き、そのまま走って2階へ登っていった。

 一人残った俺は、残りの洗い物をすべて洗い2階へ登り、自分の部屋に戻る。


 夜だというのに部屋の灯りをつけずにベッドに仰向けで寝転がり、万田先生の言葉を再び思い出す。


「ちっ、面倒くせぇ。なんで俺が……」

 尾張の外面は行きたくないという面でしかない。

しかし内面の尾張は本当に行ったほうがいいのかと、はたまた俺が役に立てるのか? などと少し希望を持っている。

 その外面と内面が天使と悪魔のように心の中で戦っていた。


「あーもう! ムシャクシャしてたまらん」

 まだ風呂にも入っていなかった尾張は風呂に入り、1日やるべき事を全て終え就寝した。


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