俺の命は108円
尾張は部屋に戻って床に放置してあるしわくちゃになった学生の白シャツを着る。
ズボンは裾がボロボロになった黒いズボン。
部屋から玄関まで降りて、汚れたスニーカーを履いて学校までチャリを漕ぐ。
比較的状態の良い自転車で田んぼの脇道をひたすら突き進み、ちょっとした林道へ入る。
林道はコンクリートで舗装されているが、長年の放置されていてかなり劣化しており、ところどころ地割れや陥没が見られる。
「んで、ここのフラグ坂を登り切れば──」
傾斜で先が見えない坂を登り、下る道が見えた瞬間に訪れる地獄──それは何をどうしたらこうなるか意味不明なガタガタな道。
傾斜が出口で急に跳ね上がり、自転車が跳ねて着地したときにはまずコケる。
だが尾張はここを毎日の様に通学路として使い、通称『フラグ坂』(俺が勝手につけた)をなんなくクリアできる。
「うん、今日も俺かっこ良し」
しっかり決めた尾張は今日もクズな自分に酔いしれた。
これが決まらない日にはいつも不吉が訪れるのだ。だが今日は完璧に着地してクリア出来たので今日の運勢はバッチリだろう。
学校になんなく到着して自転車をいつもの定位置に置いて部室へ向かう。
まだ言っていなかったが、尾張の部活は剣道部だ。
もちろん尾張が希望して入ったのではない、魚雷教師こと万田先生に幽閉されたのだ。
「うーっす、万田先生ー俺っすよ。居ないんですかー?」
道場も部室も全てもぬけの殻だ。
万田先生の姿は見当たらない──というのも当たり前の事だろう、また今日もアイツらの相手をしなくちゃならないんだ。
「よぉーオワコンよぉ。今日こそは金を持ってきたか? まさかまた忘れたわけじゃないだろーなー?」
扉をけたたましく蹴り、竹刀を持った学生服5人の男共がピラミッド形に並んで俺の前に立ってきた。
先頭には前髪伸ばし放題で両目を塞いでいる男。多少はこっちから全体の顔が伺える。
その男こそ新妻和久である。その男についてきた4人のチンピラ風情。コイツら全員俺と同じ剣道部だ。
「新妻、毎度毎度言わせないでくれ。金は無い、これ以上俺に求めるな、まったく」
尾張はいつのまにか剣道部の奴らの財布になっていたらしい。
でも尾張は一度も金を渡したことはないので財布なった覚えは全くなく、金を支払ったことはない。
だから今日も尾張はそれと同等の対価を体をはって支払わなければならない。
「あぁ? テメェ、いい加減俺らのこと舐めてっとよ、本当にぶち殺しちまうぞ? そこんところわかってんだろうなぁ? なぁ!!」
新妻が尾張の頭を竹刀で思いっきり叩きつけた、尾張は床に膝をついて頭を抑えた。
「ったくよ、すこしでも金だせばこんな痛い目にはあわないってのによ。なんでそこまでして一円たりとも出さねぇーんだ?」
「はぁ、馬鹿かおまえ。一円たりとも出すわけがないだろ。一円でもお前に渡せば、新妻和久っていう糞野郎にカツアゲされたという記録が残っちまう。それとも何か、オワコンの金を貰ってオワコンの菌も貰いたい──菌だけに」
「オラァ!! 貴様はいつも俺の怒りを買ってばかりだよな。言っとくが今日の俺の怒りは1億なんてくだらねぇぞ!? お前ら存分にいたぶってやれ!!」
不良たちは一斉に俺をなぶり殺しにかかり集団リンチ状態。
尾張は頭を両手で必死に守るも、竹刀が背中を叩き割り、汚い靴が両手と顔の皮膚を痛めて泥を塗りたくる。
「30秒経過、これでやっと100円くらいの価値はついたかなぁ。1億に到達するまで後何秒かかるなぁ?」
まだ30秒しかたっていないというのに、尾張の体はもうボロボロだ。あと5分もすれば尾張の体は朽ち果てるであろう。
1億に到達した頃には骨の欠片も残らず、醜い血の後だけを残して死ぬんだろう。
そう思うとなんだかクソゲー過ぎて笑えて来てしまった。
「おい、なに笑ってんだ? おい……この糞野郎がぁ!!」
尾張の漏れる笑い声とニヤいついた顔に新妻和久が怒りの頂点に達し、竹刀を大きく振りかぶり脳天めがけて振り下ろす。
(俺のクソゲー人生は終わった、本当に終わってしまった。当然の結果だろう、俺の運命はこんなクソみたいな終わり方をするに決まってる。)
尾張は現実を受け止め、なにもかも諦めて虚ろ目になる。
──俺の脳天に竹刀が来ない。
代わりに響いた一発の音、俺の脳に当たったような音ではない、なにか止められたようなピシッとした音。
それと同時に俺への暴行はピタりと止まった。
「あなた達、これはいったいどういうことよ」
俺に耳に透き通ってくる声、その声はリア充みたいに充実をして──え? この台詞2回目だぞ?
脳が震える中、ゆっくりと声のする方に目を向けた。
ぼやけた視界がゆっくりとピントが合うと、そこには綺麗な脚、見事な胸、そして充実しているような美人な顔。
桃色のショートヘアーはリア充の象徴だ。
間違いなく、尾張が電話で話したあのリア充だと確信する。新妻和久の竹刀を片手で掴み、周りのチンピラ共を圧倒させる空気を醸し出していた。