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クソゲーでも幸はある  作者: 庚京次
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怠惰と勤勉

 生徒指導部へ反撃する意志が固まったまま下校をする尾張。


 夏の4時頃はまだ日が長く、日が沈む気配はしてない。


 駐輪場に自転車を取りに行く際、尾張は同じ駐輪場で一人の生徒を見つけ、自転車に手をかけて数秒見つめた。


 女子生徒のようだが知る顔ではなく、なにがあってこの時間まで学校にいるのかはわからない。

 だが自転車の鍵を外している様子が伺えたので帰宅するのだろうと思い、尾張も自転車を押して裏門を出た。


 帰宅して玄関をあけたとき、グラウンドの土で汚れたであろう妹のスニーカーを確認した。


 そしてドテドテと足音が聞こえてくる。


「おっかえりお兄ぃ。始業式なのに遅かったね」

「……行って来たぞ、風紀委員会」


 そう言って靴を適当に脱ぎ捨てる尾張。

 妹の返事は依然帰ってこない。


 顔を半眼で伺ってみれば以前と同様、顎を外してフリーズしていた。


「またかよ。お前が行けって言うから行ったんだろうが。今更驚いてどうする」

「あたしは別に直接的に行けとは言ってないよ」 


 あれ、そうだったけか? と尾張が上目で記憶を辿るが正直覚えていない。


「ま、どーでもいいわ」

「なにそのブチ切り発言……」


 もうなってしまったものはなったのだから、今更考えても仕方ないと2階への階段を登っていく。

 尾張は汗ばんだ靴下、白シャツを脱いで床に寝転ぶ。

 エアコンも入れずに蒸し焼き状態で、もはや動く気もしない。


「お兄ぃ! シャワー入っちゃったらー?」


 1階から妹の気遣いが聞こえるが、尾張はそれに対してまともに応えることができない。


「お兄ぃはもうダメだ。我が妹よ、お兄ぃを風呂場へ連れて行ってくれ」


 まともに風呂もいけない兄が妹にかいごしても

らおうした瞬間である。


 その刹那、1階から猛烈に駆け上がって来る

足音が聞こえる。

 ドシャン! と、けたたましく部屋の扉が開く。


「あら妹さんこんばんわ」

「こんばんわ、オワバエ」


「オワバエってなんだよ……コバエがボットンでも駆除できなさそうだなそれ」

「ゴミ兄ぃの生命力はゴキブリなみだからね」


 じゃあなんでハエにしたんだよ……


「ほらさっさと風呂に行きなよお兄ぃ」

 妹がそう言うが、尾張はすっとぼけて怠慢になる。


「……ん? いま貴方の使命は俺を運ぶことだよ?」


 キョトンとしたそこそこかわいいぬいぐるみのような顔でそう言う尾張。


 妹は真顔のまま尾張の両手を引っ張りだした。


 ちなみに今回の階段での運び方は尾張をスノーボードのように上に乗って滑り落とす。

 俺の顔面はすり減って亡くなりました。


 脱衣所に放り込まれた尾張はそのまま服を脱ぎ捨ててシャワーを浴びて、適当に体を洗って浴槽に浸かった。


 風呂でリラックス──というより黄昏れていると言ったほうがいいだろう。


 日はいつの間にか落ちており、静まった空間。もはや水が揺れる音も聞こえない。


 こういう時に限って思い出しくないことが浮かんでしまう。

「──なぜ俺は生きている。なぜ彼女だけが死んでしまったのか、そして何故あいつは生きているのか、なにもわからない」


 尾張は今の自分が生まれた原因を思い浮かべていた。


「それは昔々、とある男の子がふたりいました。そのふたりは同じ女の子を好きになりました。たったそれだけの話、おしまいおしまい」

 なにも考えず、無感情でひとり喋り続ける尾張。

 

 心の中で本当は叫びたいという気持ちを誤魔化している。

 

 そうでなければ、クズでいられない。

 もう終わったのだ、なにもかも。


「お兄ぃ、生きてるかー?」


 妹の声が風呂場の外から飛んできた。

 気がつけばかなり湯につかっていた。


「そう聞くならもっと慌てろよ」

 

 妹の返事はなかった。

 心の中で舌打ちして浴槽から出て、脱衣所にて着替えた。

 

 夏用の寝間着を着てリビングへ行くと、妹が机に苦情な顔を向けていた。


「どうした妹」


 苦情な顔をそのまま尾張に向ける妹。


「いやー、明日までの課題なんだけど、全然わかんなくって」


 妹が目を向けていた机の上を見ると、国語のテキストらしきがあった。

 おおよそは回答しているのだが、最後の問題だけが空白であった。


「空欄に適した一文をいれなさい。そういわれても明確な答えなんか出てこないってのに」


 勤勉な妹も流石に困ったような顔をしている。その気持ちは双子である尾張近にも何となく理解できる。


 あの面倒くさがりの尾張がさっそうとテキストを読む。


「前文は──田中は大急ぎで家を飛び出た。で、次の一文が空白になってるわけか」


「どこにもここに適した文なんて書いてないし、わけわかんない」


 『田中は大急ぎで家を飛び出た』──この話を読んで見る限りファンタジーとかの話ではない。ちゃんとした現実の話だ。


「別にさ、なにか判断材料を得ようとしなくてもいいだろ」

「それしなきゃ絶対正解できないじゃん」

 妹はムッとした顔をする。


 だが尾張は決してふざけてない、それは顔にも出ている。


「そうじゃない。お前は自分の意見より、誰かに定められた答えを解くことを取るのか?」


 尾張の発言は妹が聞いてみれば全く解く気がないと思う。

 しかし、尾張からしてみれば解く気は充分にあるのだ。


「なにかわからない時にすぐ何かに頼るようじゃ人間オシマイだ。本当に自分の想像で考えてみろよ」


 でもそれでは問題は正解できない。

 しかしそれでも尾張は構わないと言うのだ。


 そんなことよりも大切にしなければいけないことを妹に伝えようとしている。


「言っとくが、その文章は人が作った創造物にすぎない。創造に答えなんてありはしない、それにお前は立ち向かえていない。ただ定められた答えに従って解くだけ、作者の風下にいるだけだ」


 真面目な顔で言い切った尾張。 

 ふと気を抜いてみれば、妹がまたフリーズしていた。


「あたしは答え聞こうとしただけなのに。まさかお兄ぃにそこまでいわれるなんてびっくりだよ」


 相当驚いているのだろう。クズで怠惰である尾張が妹に似て勤勉になることはごく稀にあった。それはこうして人の為に何かをする時だけ。

 

その事は尾張自身も気づいていないが、妹はわかっていた。


「別に説教じゃないから……俺はただ──」

「やっぱお兄ぃは優しいね」


 驚愕の表情をしていた妹の顔は優しく緩んでいた。


「はい?」

 ふぬけた顔で尾張が問う。


「お兄ぃはいつだってそう。人と同じ意見はしなくて、絶対自分の意見で言うよね」


 妹はすごく柔らかい顔で、同じ双子の妹とは思えないほど女の子として見れてしまう。


 その邪念が一瞬尾張の心に湧きでたが、そんなわけないと必死に邪念を払う。


「それがどうしたんだよ」

 半眼で頭をかく尾張。


「つまりお兄ぃは真剣に相手の事を考えてくれてるんだよね」


「ばっ、馬鹿言うなよ」


 褒められたと受け取った尾張はちょっと体が反射的に動き、目を背けた。

 妹は何思ったのか、椅子から立ち上がって真横に立ってきた。


「──そういうところ好きだよ」


 妹は尾張のほっぺをツンと突いた。

 尾張は照れもせず、笑いもしなかった。


「はいはい。ありがとな」


 (なんで語尾にお兄ぃとつけなかったのか、お陰で記憶とシンクロしちまったな)


「どうしたのお兄ぃ?」


 固まったまま動かない尾張に問う妹。

 どうやら記憶が妹によって唐突に呼び起こされ、現実から意識を飛ばしていたらしい。


「いいや、なんでもない。それよりちゃんと課題やっとけよ。──絶対俺みたいになっちゃだめだぞ」


 尾張は妹の頭をポンポンして自分の部屋へと戻っていった。


「……なんで真面目だったお兄ぃがあんな目に、まったくクソゲーだよ。この現実は」

 妹が静まり返ったリビングでそう呟いた。



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