クソゲーにも程がある
あぁもう嫌だ!! 8月31日、俺は夏休みの宿題を投げて床に大の字で寝た。
高校生になってもまさか宿題の量が中学生と同じとは思っていなかった。
俺の描いた理想の高校生活というのは登下校に友達とコンビニに寄ってぐだぐだしたり、解禁された女子のパンツを覗く生活を描いていたはずなんだ。
それは夢、ただの儚い夢。現実は強制的に部活に入部させられ、帰りにコンビニに寄ろうとすれば門限にまにあわない。解禁された女子のパンツを見てみれば、今時の女子はどういうことなのかしっかりと短パンを履いている。
ふざけるなよ! 未だに短パンを履いてどうするんだ。そんなにもパンチラを警戒するか! そんなにも俺達野獣男児を敵視するか!
本当に俺の人生はクソゲーだ。俺の理想郷なんて何処にもないのさ……。
クソゲーで放置プレイを楽しんでいる俺に一本の電話が鳴った。しかも今時固定電話かよ、この便利なスマートフォンの意味ナシだ。
「近! 電話よ! 早く降りて来なさい」
母親が怒鳴っている。なにもそこまでに急ぐ必要もないだろうに、なんで電話で呼び出された俺が急ぎ、電話かけた奴はゆっくり寛げるんだよ。
俺は重い腰をだるそうに上げてゆっくりと階段を降りる。降りたところからすぐ近くにある古い電話を手にとった。
「もしもし尾張ですが?」
「よおオワコン! 夏休みの宿題はもう済んだか? もし済んでいるならオレっちの宿題手伝ってくれね?」
オワコン、間違いなくこれは俺の呼び名だ。俺の名が尾張近、そこからリだけを抜き取ればほらオワコンの完成。ってふざけんなボケ。
「あのさ、オワコン呼ばわりしながら俺が宿題を終えているという考えはどこから生まれた。
もうすでに終わったコンテンツだから宿題も終わったと考えたのか? 甘いな、俺の終わったコンテンツは人生というコンテンツだ、これ以上俺に何も求めるな」
真顔で自信満々に自分をディスりながら全力で宿題を手伝うことを拒否する。
「なに言ってんだよー。オワコンなら俺のコンテンツに参加してくれてもいいのによ」
「もう一度言う。これ以上俺に何も求めるな」
尾張はさっさと受話器を降ろし、だるだると再び2階へ登り、自分の部屋に戻った。何もかも諦めてベットにダイブ──と同時にまた母親の怒号が鳴り響く。
「近! 電話よ! 早く降りて来なさい!」
「リコールするなら俺が1階にいる時にしろよ! 俺は今ベットで現実逃避しようとしたところなんだぞ! なぜそのタイミングで再びリコールする! イジメかこれは!!」
母親の台詞もさっきと何も変わっていない。強いて違うと言うならば、ちょっとさっきよりも忙しく慌てている様子の言い方だ。
尾張は腹をたたせ、とてもつもないスピードで再び1階へ降りて受話器をとり速攻終わらせようとお断りの言葉を告げる。
「もう一度言う。これ以上俺に求めるな!!」
そう言って即受話器を降ろそうとしたところ、さっきのウザい奴とは違う声が聞こえた。
「尾張君? 私、1年2組の左右田莢華ですけど……」
やってしまった、尾張はてっきりリコールしてきたと思っていたが、電話の相手は2組の人気女子だった。
尾張の心は正体の分からないモノをゴミ箱に捨て、後から宝石と知ったこの感覚、もうすでに完全にごみ収集車に回収されているだろうこの終わった感じ、既に尾張の顔はフリーズしかけている。
(何故この俺に電話をしてきたか気になるところだが今はそれどころではない、誤解を解かねば美女との会話もここで打ち切りになってしまう。まだ回収されてたまるかってんだ!)
尾張は人生で一番本気で言い訳を言おうとする。
「あ、いやいやいやいや! これはその……! さっき電話してきた友達かと思っててさ、あ、あはははは……!!」
なんとか言い訳出来たとは思うが、顔が引きつり、語尾の笑い方が気持ち悪くて台無しになった。
「あ、そうなんだ! 夏休みの宿題とかの話?」
「そ、そうそう!! 手伝えって言われたんだけど、俺も全然終わってなくてさ、それで俺に何か用事か?」
(さっき俺が人違いとはいえ怒鳴ってしまったことに変わりないのに、この美女はなんてリアルが充実した声をしているんだ。俺が怒鳴った事を気に止めず華麗にスルーするとは。もしかしてリア充になると些細な事では動じない存在になるのだろうか。)
「あ、そうそう。万田先生から伝言だよ」
「ん? 万田先生だと……?」
万田先生とは尾張の担任、及び部活動の顧問をしている先生。尾張はこの先生がしつこく、こっちが部活動もサボったり、授業もふけ続けているというのに、未だに尾張を追尾する魚雷のように付きまとってくるのだ。
この伝言もいつもと似たような事で、どうせ部活に来いだとか、宿題は終わったのかとかだろう。尾張は勝手にそう思い込んでいた。
「今日の部活動は中止。だけど部室に集まるようにって先生が言ってたそうだよ」
「言ってたそうだよ? なんだよ、先生から直接聞いたんじゃないのか?」
本来なら言っていたと断言するのが妥当である。なのに第三者からのメッセージのような台詞に尾張は違和感を覚えて顔をしかめる。違和感と言っても言い方が気になったのではなく、このメッセージが本当に先生から誰かを通してここまで到達したとは思えないのだ。
「私は同じクラスの新妻君から聞いたよ。尾張君と同じ部活だから伝えておいてくれって」
「なるほど新妻か。なら俺からも伝言たのまれ、すぐ行くってな」
「わかったよ、万田先生に──」
「悪いけど、万田先生じゃなくて、新妻和久に伝えてくれ、それじゃあな」
「え、なんで新妻君? ちょっと──」
尾張は左右田の電話を最後まで聞かずに受話器を降ろし、深く嘆息した。
「さてと、夏の終わりを締めくくる花火大会に出かけるか」