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烏は蝶々を食べるのか  作者: 和枯師
1/1

はるとくんの1日


からすは姿勢がいいな、



古い電信柱につやつやした黒いむねをつきだすようしてすっと立っている1匹のからす。


それまでぼくは、ぼんやりと歩いていました。


3月になって、少しずつ優しくなってきた風ですがまだほんの少しひやひやとした感じはのこっています。

そんな春が近い白い風に

そのからすはてかてかの羽に縮こまったり、顔を隠すわけでもなく、ただ立っていました。


それを見たぼくは丸めていたせなかをぴしりとのばします。


もう一度同じ場所を見上げると、

彼はまだそこでじっとしていました。

カア。という言葉の本当の意味は知りませんでしたが

多分ほめられたのだろうと納得して、

少しのけぞったまま、得意な気持ちになりました。


カア。



今日の給食は、米粉パン。

全部食べ切れなかったぼくは、土色のジャンバーの大きなポケットから、半分になったそのパンをこそっととりだします。


そういえば、

担任の吉田先生が

くるくるした黒い髪の毛を揺らしながら

帰り道で食べ物を食べてはいけません、

って大きな声でおこったことがありました。


周りをちらりとかくにんすると

まだ水の入っていない田んぼがわさわさと枯れた音を立てていて、

その広く続く先にはぼくが秘密基地にしているくずれかけの木の倉庫や、

壁の高い平屋、

薄青色の影のようにぽこぽことなっている山たちがちょっとだけ見えます。

近くに人はいなかったので

よく分からないどきどきの中で

右手に持ったままだったその半分の米粉パンを口に入れました。

もぐもぐと食べていると、だんだんと吉田先生のおこった赤い顔を思いだします。


あの時おこられたのは誰だったか、

ふわふわとした記憶を戻っていると

誰かにじぃっとみられているような気がして、

ぱっと首をまわしました。


さっきのからすでしょうか、

それとも吉田先生?


やっぱりわるいことをするにはそれなりの心のじゅんびが必要だとぼくは思って、

2、3口食べたパサパサのそのパンを

またそっとポケットにしまいます。


肩にくいこむ黒いランドセルは何回背負い直してもすぐに重くなります。

なので、今日から

ぼくは背負うことをあきらめることにしました。

今、ぼくのランドセルは学校の裏門からすぐ近くの田んぼにいるおばさんに預けられています。


いつも両手を広げて片足立ちをしている、

そのおばさんの名前は「じゅんこちゃん」と言いますが、

同じクラスのよしきくんは「まゆみちゃん」と呼んでいます。

でも、クラスの本物のまゆみちゃんはとっても静かな声で「かかし2号」と呼んでいます。


なので1号がどこにあるのか気になりますが、

多分それが一番正しい名前なのだろうと思います。


ちなみによしきくんがそのかかし2号を「まゆみちゃん」と呼ぶようになったのは、去年。

一年に一回、この晴山町でひらかれる「はるさい」と呼ばれるお祭りの時、

クラスのけんとくんたちのグループに

「お前、まゆみちゃんのこと、いっつも暗い暗い言いよるけど、本当はすきなんやろ!」と、からかわれて

「うるさい!ちがうわ!あんなかかしみたいにしゃべらんやつ!」

と、どなりながら水ヨーヨーを投げつけたことがはじまりでした。


変なイメージを持たないで欲しいのですが、普段、よしきくんはとてもクールで冷静でかっこ良い男の子です。

なので、こんなにもおこったことには多分深い事情があると思うのですが、

隣の席のなおちゃんには

「はるとくんには一生分からないよ」

と、言われました。

女の子に言われる「一生」という言葉にはとても重さがあるので、ぼくは深く考えないようにしています。


あと、ぼくは思うのですが。

まゆみちゃんはかかしというより、どちらかというと、起き上がり人形ににているような気がします。


長く黒い髪の毛に隠れるように

ひっそりと窓側の席に座るようすを見て、

クラスのみんなは暗い怖いと言いますが、

算数の授業中にこっくりこっくりといねむりをしているまゆみちゃんは起き上がり人形そのものです。


でも、それは悪い意味じゃなくて、むしろ、授業中にずっとおしゃべりをしながら、大きな身体でケタケタ笑うけんとくんたちよりも、よほどまじめだと思います。



そんなわけで、かかし2号と呼ばれる「じゅんこちゃん」のおかげでランドセルの支配から自由になったぼくは、帰り道

青い空がまぶしいので日陰を探しています。


田んぼのあぜ道は、じゃりじゃりと大きな灰色の石がたくさんあって、

親指のあたりに小さな穴があいているぼくのぼろぼろの靴では直接足のうらにひびいて、少し痛いほどでした。


すぅーと白い風がぼくの前髪をもちあげます。

田んぼのふちをちらりと見下ろすと

うすい緑色の草の中に小さな紫の花がおじぎをするように生えていました。


はる、春。


もうそろそろこのジャンバーともお別れだな、と思うと少し心がさみしくなりました。





今日は、ふつうな1日でした。


ふつう、

という言葉はとてもかんたんで使いやすいことばですが、

お母さんの夜ごはんに対して言うとおこられる、とてもめんどうくさい言葉でもあります。

一度、

「なんでご飯を『まずい』と言うよりも『ふつう』と言ったらおこるのか」を聞いてみました。

すると「心が無いからよ。」と、

お父さんとお金の話をしている時くらいまじめな顔をして言われました。


それはたいへんだ。

心が無いということは、鬼ではないか。


まだ、9才で鬼にはなりたくありません。

だから、それからぼくは人の話をちゃんと聞いて、

「ふつう」と言わないように、いいところもわるいところも言うようにしています。


でも、今日は本当に「ふつうな日」だったので

しょうがないから、この言葉をつかっています。


本当はこんなじゃりじゃりの道を通らなくても、

ぼくの家は学校の裏門から歩いて7分くらいのところにあります。

なので、すぐ着いてしまう自分の帰り道で

青い空がまぶしいと思うことはありませんでした。


でも、鬼になりたくないぼくは

ふつうではない物を探すために

家とは反対方向の帰り道で

何かいいことやわるいことは無いものかと探しているところなのです。


田んぼを抜けて、歩き疲れると

林よりは木が少ない緑の日陰を見つけました。

このまぶしい青い空を隠すのにはちょうどいいような気がします。


そこに入っていくと周りの白い風は止んで、

ぼくが3、4人入れそうなくらいのぽっかりとした空間がありました。

ずっと上にある木の葉っぱはわさわさと音を立てています。


一番大きな木の根っこのそばで、少し休んでから変な虫でも探そう、とその木のみきに背中をくっつけると

思ったよりも冷たくて、気持ちがよくて

ずるずると背中をつけながら座り込んでしまいました。


上を見上げると葉っぱに隠れた大きな太陽は

ただキラキラと光る星のようにくだけて、

ぼくは目を閉じて、

心の中で、くくっと笑いました。



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