8 桜花爛漫
1
「どうしてこんな事に……」
日光が燦々と降り注ぐ湖のほとりで、中御門桜(なかみかど・さくら)はへたり込んでいた。支給された白一色のリュックサックには、飲料水、食料品と大きめのタオルの他に、小さなカッターナイフが入っていた。それを右手に握りしめ、ぼーっと空を見上げていた。
「帰りたいなあ……」
桜は、この国でも有数の富豪の一人娘だった。父には他にも隠し子がいるとかいった噂は何度か耳にしたことがあるが、家族の空間では母も父もそれを口にすることはなかった。たまたま使用人たちが噂していたのを小耳に挟んだのだ。
それでも、桜は幸せだった。お嬢様の通う学校に通い、家では生花や茶道などを嗜む生活が嫌いではなかったからだ。それに父も母も、俗にいう英才教育といったようなものを桜に施すこともなく、ある程度自由な時間をくれていた。
「やぁ、こんにちは」
「ん?」
突如、木の影から一人の男が顔を出す。その顔はとても優しげな笑みを浮かべていて、桜は思わずカッターナイフを握りしめていた右手の力を解いた。
「元気?」
「あ、えっと……」
場に相応しくない問を投げてくる男に対し、桜は戸惑う。その男の中性的な顔立ちと色素の薄い長髪は、遠くから見れば女の子に見えてもおかしくない。性別は声で判断しただけだ。
「ははは、話せないのも無理はないか」
「ごめんなさい……」
男は桜の隣に座り込むと、背負っていた黒いリュックサックを降ろして、中から小さな果物ナイフを取り出した。
「えっ……」
痛い。それは一瞬の出来事。男の右手から伸びた果物ナイフは、桜の腹部へと吸い込まれていた。
「は……なに……? 痛い、痛い痛いいたいいたいイタイイタイあああぁぁぁぁっっ!!!!」
男は表情一つ変えず、雰囲気一つ変えず、桜の身体をこれでもかとめった刺しにしていた。
2
「ふぅ……まあ、こんなもんか」
立ち上がって額の汗を腕で拭うと、周防龍臣(すおう・たつおみ)は息を吐く。名も知らぬ少女の身体はピクピクと小さく痙攣していたが、それもすぐに止んだ。
「これでいいんだよね? ほら、早く頂戴」
両の掌を上に向けて、空中へと差し出す。すると、何もない空間から黒光りする銃が現れた。
「これで次から楽出来るな。俄然楽しくなってきた」
少女の手からカッターナイフを奪いポケットにしまうと、たった今手に入れた大きな銃を左手に持つ。果物ナイフは湖の水で血をすすぎ、ケースにいれて腰にさした。そして龍臣は、また木々の間へと消えていった。
全身に血の花が咲き乱れた少女の遺体は、湖のほとりに放置されたまま――。
No.21 中御門桜 18歳 退場
【能力名】百花繚乱
【能力】 十人以上の人間と行動を共にしている間、生存が確約される能力。
【タイプ】パッシブ
【系列】 生存確約系
No.13 周防龍臣 21歳
【能力名】ソールドアウト
【能力】 一を退場させる毎に、臨んだ武器を掌の上に顕現させる。
【タイプ】アクティブ
【系列】 規格外
残り34/42