6 取捨選択
1
取捨選択。この生存競争において、最も大切な事項だと思う。不要物を切り捨て、必要なものを手元に残していく。その選択の連続こそが、自らの生存ひいては勝利へと繋がっていく。
「そうは、思わないか」
未だに部屋に残る二人には聞かれないように、白いワイシャツに黒縁眼鏡の男、江戸川唯介(えどがわ・ただすけ)は話し終えた。眼鏡を指で押し上げて、相手の返答を待つ。
「少し考えさせてくれ」
その話を聞いていた19歳の大学生、千堂新(せんどう・あらた)は、顎に手を当てて俯いている。
体育館であの謎の女が示した生き残り可能数とやらは3で、今この場に集まってしまったのは4人だ。ルール通りに闘う事を考えた場合、どうしてもどこかで一人を切り捨てる必要がある。それは勿論早いほうがいい、そう思って唯介はこの青年、千堂新を部屋の外へと呼び出した。
「何故俺に声をかけた?」
「ははっ、決まってんだろ。お前が一番聡明に見えたからだよ」
「……ニ対ニに別れるというのは?」
「無いな、戦力の分散に意味は無い」
「そうか」
「飛ばし」直後の出会い。唯介がふらつく頭を抑えながら起き上がった場所は、見覚えのない民家だった。いつの間にか背負わされていた黄色のリュックサックの中身を見る前に、二人の男と出会ってしまう。更にそこへ、少女が二階から降りてきた。一瞬この家の住人かとも思ったが、彼らの背には自分と同じように奇抜な色の荷物が背負わされていたという訳だ。
奇しくも同じ民家に「飛ばし」を受けた三人の男と一人の女は、意外にも早くに意気投合出来た。……あくまでも表面上はだが。
「で、誰を捨てるんだ?」
「……坂本だな」
「了解した」
「おぉ、話が早くて助かる。獅子島にもお前からうまく言っておいてくれ、俺はその間坂本を引き剥がす。合図はそうだな……」
だがやはり、4人という数字はよろしくない。
更に一言二言会話をかわして、残りの二人の待つ部屋へと戻る。千堂新を除いたその二人、年はまだ15歳らしいがひどく大人びて見える少女、坂本神久夜(さかもと・かぐや)と、その巨体とは裏腹に殆ど口を開かない男、獅子島慎之介(ししじま・しんのすけ)は、特に会話する事もなく窓の外を眺めていた。
2
「あ、おかえりなさい。江戸川さん……。千堂さんとは何を?」
「あぁ、男同士の話ってやつさ」
神久夜が立ち上がって自分を迎える。獅子島は一瞥をくれただけで、頬杖を付いたまままた窓の外を見続けていた。四人で会話をしていた時からそうだが、何を考えているのか分からない男だ。
「坂本さん、ちょっといいかな」
江戸川は神久夜を手招きすると、再び部屋を出る。
神久夜は恐る恐るながらも自分の後ろを付いてきていた。
「あっ……すみません」
「ん、いいよ。次から気を付けて」
「はい」
入れ替わるように部屋へと戻ってきた千堂新とのすれ違いで、神久夜は態勢を崩す。そのまま自分の背へともたれかかってきたが、気にすることもない。その細身の身体を支えて、態勢を戻してやった。
「ありがとうございます」
「ああ」
そのまま部屋を後にして、玄関へと向かう。
「獅子島さん、話がある」
「……なんだ」
「今しがた、江戸川さんと話したんだが……」
玄関へと向かいながら、千堂新が獅子島慎之介へと計画を話す声が微かに聞こえてきた。あの青年は、一体どうやってあの無口な男を説得するのだろうか。それにも少し興味があるが、こっちはこっちでこの少女をあの場所から連れ出すという仕事がある。ここは一つ、あの聡明そうな顔を信じることにしよう。
まだ計画は序盤。だが自分の段取りの良さに、思わず口元を綻ばせた。
3
「単刀直入に言うが……」
「何でしょうか」
江戸川の手によって民家の外へと連れだされた神久夜は、眼鏡を抑えながら塀にもたれかかるワイシャツ姿の江戸川の顔をじっと見る。
いたたまれなそうな表情を作っているが、どこか嘘臭い。
「君は、余りにもこの殺し合いに向いていない」
一体どこに、殺し合いに向く人間なんかいるんですか。と、思わず口に出そうになる言葉を飲み込む。
神久夜は、この男の口上が嘘偽りであることを会話が始まる前から知っていた。
「そうかも、しれませんね」
「ああ、だから……」
まだだ。神久夜はまだ、逃げ出そうとはしない。
次に続く言葉も、ある程度の察しがつく。
「俺達が、責任をもって君を守ろう」
「そんな……」
「敵、と呼べる人物が来たのならば身体を張って守り通そう。もしも怪我でもしたのならば、心を込めて治療しよう。それでもまだ何か不安があるのなら、遠慮無く言ってもらって構わない」
「それは……いえ、ありがとうございます。本当に……」
神久夜の目から、小さく光る雫が地面へと溢れる。涙の出し方は知っていた。
「言いたいことはそれだけだ。さっき千堂とも話したんだが、本人には俺に言わせてくれと頼んだ。……じゃあ、戻ろうか。今後の方針を話したい」
「……はい」
視界が霞むので、その目を拭った。感情を伴わない涙だったので、続きの粒は溢れ出てこない。神久夜は江戸川の背後について、躓くふりをしてその背中にもたれかかった。
「あっ。すみませんっ、またこんな……」
「ああ、いいよ。気を付けな」
流れ込んできた感情は、先程と同じだった。江戸川はそんなアクシデントに戸惑う風もなく、神久夜と共に室内へと戻っていく。
獅子島と千堂が待つ部屋へと。
「おかえり、江戸川さん」
「ああ」
立ち上がって迎えたのは、今度は千堂新だった。先程の自分と同じ立ち位置。そしてその二人の一瞬の目配せを、神久夜は見逃さない。まあ、それを目ざとく察知したところで、自分には何も出来ないのだが。
「話はついたか」
「ああ、獅子島さんがやってくれるって」
「そうか」
何も知らない自分が聞けば、恐らく意味の分からない会話だろう。だが、江戸川の内心を知っている自分にとっては、死へのカウントダウンにしか聞こえない。
「じゃあ……やってくれ」
二人の合図は、決めていた。
4
獅子島慎之介の右腕が、華奢な身体を貫く。その貫通能力は、明らかに常人の範疇を逸脱していた。恐らく何かの能力で、体育館であの女が見せた殺人劇を彷彿とさせる。まるで障子を破るように、人体を貫いていた。
獅子島の目は、僅かながら怒りの色を呈していた。
この寡黙な巨漢に悲壮や躊躇の気がなかったことを、江戸川は少し感心していた。
その手が貫いたのが、自分の体だと気付くまでは。
「はっ……!? なん……でっ……!?」
手が引き抜かれる。千堂も、獅子島も、二人は全くと言っていいほど取り乱しては居なかった。
たった一人、坂本神久夜だけが、驚きに目を見開いて硬直している。
「お前らっ……どういうつもりだっ!?」
「どうもこうも、他人を切り捨てようなんて人間は、こっちから切り捨てようって思っただけさ」
「か……クソ……何もわからん……雑魚共がっ……」
理解できない。朦朧とする意識の中で、いくら脳内に検索をかけても出てこない。
この状況で、この現状で、男の自分ではなくあの女を生かす意味が。いくら自分が細身とは言え、身体能力で言うならば、明らかに自分のほうが上。出会ってからも冷静かつ合理的な立ち振舞いを見せつけた言うのに、それでも尚、その結論だというのか。
千堂新が、口元に笑みを浮かべて近づいてくる。
倒れこんだ自分の耳元まで口を持ってきて、冷たい声で言った。
「決定的に、欠けている。場を掌握したいなら、他人の感情と性格を加味するべきだ。獅子島さんみたいな人が、神久夜さんみたいな人を殺せるわけないだろう」
「き……さま……!」
その冷淡な目を、表情を、後ろの二人に見せてやりたい。初めに計画を話した時から、この俺を排除する算段を立てていたと思うと、腸が煮えくり返りそうになる。だが既に遅かった、何もかも。
「大丈夫ですかっ! 江戸川さんっ……!」
唯一坂本神久夜だけが、死の淵に瀕する自分へと声をかけてきた。
千堂新を押しのけて、必死に身体を揺すってくる。痛いからやめてくれとは言えなかった。だが、何かを叫んでいるであろうその声も、もう聞こえない。いや、聴覚だけでなく、もう――
No.4 江戸川唯介(えどがわ・ただすけ) 退場
5
「どうしてですかっ……! どうしてこんなことっ……!」
「そいつ、君を殺そうとしていたんだよ」
取り乱す神久夜に、新は努めて冷たく声をかける。
もしここで彼女が、だからって殺さなくてもいいじゃないですか、とでも言うのならばこの集団は切り捨てようと思っていた。だが――。
「……そんなこと、知っていましたよ」
「え?」
その弱々しい身体から捻り出された内容はあまりにも予想外。
少女はゆらりとゾンビのように立ち上がって、死んだ目でつらつらと語り始めた。
「私は、触れた人の心の中が分かっちゃうんです。勿論、嘘をついてるかどうかも。だから」
だから、なんだ?
「江戸川さんの計画は、知っていました。だから私は、ここで死ぬつもりでした。三十九人の犠牲の上に成り立つ人生なんて、私には耐えられない。だから」
だから、……なんだ?
「皆で、死にましょう?」
その口元に浮かぶ笑み。
負の感情をこれでもかと詰め込んだ口角の釣り上がりに、思わず後ずさってしまう。
新は想像もしなかったが、もしも江戸川唯介が生きていてその顔を見たなら、こう言っただろう。あれは、千堂新の笑みなど比べ物にならないほど暗かった、と。
6
新は思い返す。
先程部屋の出入りですれ違った時に見た、坂本神久夜の不自然な転倒とその時の表情を。自分はここに飛ばされてから、この女に身体を触れさせてはいない。恐らくあの時に江戸川に触れ、その胸中を知ったのだろう。
「ああそうか、なら一人で死ん――ッ」
慌てて口を噤む。そう言えば、隣に佇む獅子島慎之介という男のスタンスはまだ把握できていない。あくまでも自分は、江戸川の計画に憤った好青年。その前提で話をしなければ、最悪この狭い空間で二人同時に敵に回すことになる。
「死ぬとかさ、そんなことは言うなよ」
「何故ですか? 貴方も……」
と言いながら身体を寄せてきた神久夜の手を避け、部屋の出口の方向へと回りこんだ。
獅子島は未だに放心していた。大方初めての人殺しに、心でも死んでしまったか。どうやらさっきのは無用な心配だったらしい。
「殺してくれないのなら、私が、救ってあげますよ。うふふ」
そして、目の前の少女も壊れかけていた。十五年程度の人生の厚みでは、この状況ではこんなもんか。あの大柄な男ですらああなっているだから、目の前で人が死ねば無理もないのか。
「いいよ。じゃあもう後は勝手にやってくれ」
新は自分のリュックサックを持つと、足早に部屋を出た。アレだけの戦力を失うのは惜しいが、精神錯乱状態の人間など抱えきれない。ハイリスクな事は好きではない。
「別の人、探すか……」
思い返せば、江戸川唯介は頭の回る男だった。
まあだからこそ、切り捨てたのだが。
あんな案を提案するということは、自分だって切り捨てられるかも分からない。確かに提案そのものとそれに至る考え方は合理的なものではあったが。発狂、放心した二人の事を考えると、あの場で四人で出会ってしまったことが惜しい。せめて三人ならば……。
自分の立ち回りは間違ってなかったはずだ。だがあの心の弱さは計算外だった。今後の方針を考えるのも、なんだか面倒臭い。
新は、誰も追ってこない事を確認すると、近くのベンチに座って天を仰いだ。
No.14 千堂新(せんどう・あらた) 19歳
【能力名】???
【能力】 ???
【タイプ】アクティブ
【系列】 能力操作系
7
「貴方は、私を殺してくれますか?」
部屋を出て行く青年を追おうともせず、隣で放心している巨漢へと視線を移す。神久夜の声が聞こえているのか、聞こえてないのか。兎にも角にもその男からの返答はない。
「可哀想に……」
そっと、その背に両手で触れる。
「まあ」
ある程度の急流は覚悟していたものの、何も流れ込んではこなかった。
江戸川唯介の背に触れた時は、これでもかと言うほどのどす黒い感情が流れ込んできたというのに。
「でも、大丈夫ですよ。一緒に皆を救いましょう?」
優しく背中を撫で、たおやかな慈愛の笑みを浮かべながら、その少女は狂っていった。
No.11 坂本神久夜(さかもと・かぐや) 15歳
【能力名】叙情読了(-)
【能力】 他人の背に触れる事によってその心を読み取ることが出来る。ただし「読み取れるのは負の感情のみ」
【タイプ】アクティブ
【系列】 情報系
No.12 獅子島慎之介(ししじま・しんのすけ) 20歳
【能力名】剛腕
【能力】 素手による突きの威力が強化される。
【タイプ】パッシブ
【系列】 身体変化系
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