表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

準決勝「気になりだすと我慢のできない男」


   

(また今年もいるよ…… )

 春の選抜高校野球の初戦が始まり、テレビ画面に映る姿を認め、ムカムカと腹立たしさがこみ上げてきた。

 昨年の夏の甲子園までは、まったく気にならなかったのだが、たまたま乗り合わせたタクシーの運転手が、くだらぬ世間話をしてきたばかりに…… 「お客さん、甲子園のバックネット裏で、全試合観戦している男のこと御存知ですか?」

 それ以来、奴の存在が目に付き、気になって試合に集中できやしない。おとなしく観戦しているだけならば、熱心な高校野球ファンの一人だと捉え許せるのだが…… 派手な蛍光色の帽子を被り、さらには試合ごとに違う色の服に着替えやがる。主役の高校球児を差し置いて目立とうとする精神が、何とも気に食わない。

(片方のチームに肩入れし手を叩き応援している、弁当を食っている、居眠りをして船を漕いでやがる、携帯電話で誰かと話し手を振っている)…… 奴の一挙手一投足が目に付き、イラつかせる。

 ワシは一度気になりだすと、イライラした感情を抑えきれない性分である。例えば、静かな図書館でガサゴソとレジ袋の中身を探る音…… 「人の居ない離れた場所でやれよ」と文句を言いたくなるのを抑え、その場を立ち去ることで、これまで無用のトラブルを避けてきた。

 特に貧乏ゆすりなどの人の癖を見ると、ザワザワと落ち着かない気分になる。これも視界に入らないようにすることで、やり過ごしてきた。

 しかし高校野球中継を見る限り、画面に映る奴から逃れる術はない。

「目障りだから、注意してくれないか」…… 高野連かNHKに、抗議してやろうかとも考えた。しかしそんなことに、電話代や切手代を支払い、労力を使うのがもったいなく、思いとどまった。

 それならばと、奴の映り込む部分の大きさにガムテープを切り抜き、テレビ画面に貼り付けた。しばらくは奴の存在を消し去ることができ満足したのだが……隠された部分に、奴の見つめる視線が潜んでいるのかと思うと、余計に落ち着かない気分になった。何よりも奴に、負かされた気がする…… なぜワシが画面の一部分を隠すという不自由さを、強いられなきゃならんのだ。

 結局はガムテープをはがすことにしたのだが、粘着物質が汚くこびり付いて取り除けず、その跡が今でもクッキリと残っている。その画面の汚れを見る度に、高校野球のない日々でも奴を思い出し、苦々しさがこみ上げてくる。

 この先、奴が甲子園に通い続ける限り、春夏合わせて1ヶ月の期間は耐え続けなければならない。もしワシが甲子園の近くに住んでいるのならば、決して奴を放っておきはしない。何らかの手段を講じ、奴があの場所に座れないようにしてやるのだが…… 遠く離れた四国に住んでいる現在、どうすることもできない。


 いったい奴は、春夏通じての大会期間中どのくらいの時間、画面に映り込んでいるのだろうか?…… 気になりだすと我慢のできないワシは、すぐさま計算に取り掛かった。

 春は32校で31試合、夏は49校で48試合(ちなみに、代表校からマイナス1が試合数となる)…… 合わせて79試合だが、引き分け再試合や5年に一度の記念大会は参加校が増えるため、年間80試合として計算する。

 ピッチャーが投球モーションに入る頃合から、奴は映り込み始め、ボールがキャッチャーミットに収まるかバッターが打ち返すまでの間…… 約3秒。

 両校の投球数を合わせると300球(延長戦も考慮し、投球練習やけん制球を投じれば仕切り直しになるため、通常よりも多めに算出)

 3秒×300球×80試合≒20時間余り…… 売れっ子タレント顔負けの長時間の露出だ。しかも春と夏の期間限定とはいえ、10年以上も出演を続けるNHKお抱えのベテランタレントだ。

 いかんいかん、奴のせいで無駄な時間と労力を使ってしまった。またイライラの血が騒ぎ、計算式を書き付けた紙をクシャクシャに丸め、テレビ画面に向かって投げ付けた。


 夏の甲子園が終わって、ようやく奴の顔を見なくて済むと安堵していたのに、今度は夢の中に入り込んできやがった。

 その1)通勤電車に乗ると向かいの席に奴が座っており、こちらをじっと見つめている。

 その2)ビルの清掃員をしているワシが、ゴンドラに吊るされ外側の窓を拭いていると、デスクワークをしている奴と目が合う。

 その3)昼食を食べに行った定食屋が混んでおり、「相席でもよろしいですか?」と店員に案内され、向かい合わせの先客が奴だった。

 その4)コンビニで買い物をしてレジへ向かうと、白と水色の縞模様の制服を着た奴が、「いらっしゃいませ」と微笑んだ。商品をそのままにして逃げるように店を飛び出し、タクシーに乗り込む。一息ついてルームミラー越しに写った運転手は、蛍光色の帽子を被った奴だった。

 その5)いつものニュース番組にチャンネルを合わせると、なぜだかキャスターがピッチャーマウンドに立って原稿を読んでいた。もちろんその背後のバックネット裏には、たった一人の奴の姿が映っている。


 特に昨年の秋に見た夢は、実に不快だった。その日は午前中から、浴びるほどに酒を飲んだワシも悪かったのだが、甲子園で行われたプロ野球のデーゲームに奴が現れる夢だった。さらには冗談の過ぎることに、イニングが進むにつれ奴が増殖していき、同じ身なりをした奴が10人を上回ったのだった。

 その試合を翌日のスポーツ新聞で確認してみると、ゲーム展開が見た夢と酷似していた。継投の順番やホームランを打った選手などが、奇妙なことに一致していたのだ。

 その時は奴のせいで、ついに夢と現実の区別さえつかなくなったのだろうかと、焦りもした。それ以来、反省し酒量を減らしたにもかかわらず、ちょくちょく奴は安眠を邪魔しにやってくる。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ