2回戦「親孝行」
俺は下宿先に戻るため、夜行バスに乗り込んだ。バスターミナルまでは、出勤前のオヤジがタクシーで送ってくれた。
久しぶりに乗るオヤジの仕事場……小学生の頃は、1日の勤務を終え、朝日を浴びて早朝に帰宅するオヤジの制服制帽姿が眩しく見え、将来はタクシーの運転手になりたいと思ったものだ。
それがいつの日からか、非番の日は朝からビールを飲み野球中継を見ているオヤジが、だらしなく見え疎ましくなっていった。この人はいったい何を楽しみに生きているのだろう?……ひどくつまらない人生に思え、こんな惨めな中年男にはならぬようにと受験勉強に励み、関西の難関大学に合格した。
一人暮らしをして初めて、オヤジの偉大さに気づく。毎月仕送りをしてくれる8万円……俺も同額の金を引越しのアルバイトで稼ぎ、生活費の足しにしているが、いかに貴重で尊い金額であるか。オヤジの稼ぎならば丸々10日間くらいの稼ぎに相当する額であろう。嫌な客を乗せての腹立たしさを我慢し、酔客の横暴にも耐え忍び、手にした稼ぎを俺のために捧げてくれている。
「体に気を付けて……食費はケチらずに、しっかり栄養を摂るんだぞ」
「うん、分かった」
別れ際にやさしく声を掛け、見送ってくれたオヤジ……本来ならば俺がオヤジの体を気遣わなければならないのに、「仕送りありがとう」の礼も言えずじまいだった。
それにしても野球中継に映り込む男の話を、オヤジがあんなにも面白がってくれるとは思わなかった。
土産に持たせてくれた故郷名産のチクワをかじりながら、缶ビールを開けた。またオヤジを喜ばせるような話のネタはないだろうか……そうだ、いいことを思いついた。
バスの車窓に目を向けると、そこにはオヤジそっくりの目尻の下がったニヤケ顔が映っていた。