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昨日宰相今日JK明日悪役令嬢 恋愛陰謀増々版  作者: 北部九州在住
英雄に成る瞬間
97/119

86 私にとっては過去の事 彼にとっては未来の事

 やばい。

 やばいやばいやばい。

 どうしてこうなった?

 堕落を狙ってモーションかけていたのは私だ。

 けど、こんなに真正面から迫られるなんて考えていない。

 おちつけ。

 私は誰だ?

 華姫アニスとして名を馳せたエリー・ヘインワーズだろう?

 多くの男達の愛の囁きを断り、男の上で腰を振り続けた女だろう?

 ならば大丈夫。

 多くの男達よろしく軽くあしらってやればいい。

 まずは時間を稼ぐ。

 じっくりと差し出された袋を眺め、そこからゆっくりとアルフレッドの顔を眺める。

 あ。

 目がマジだ。


「私、高いんですけど?」


「いくらでも払います。

 一生をかけでても」


 即答かよ。おい。

 胸が熱くなるのを目をつぶって堪える。

 言葉に感情を乗せるな。

 それでいて笑顔を忘れないように。


「筆卸しならばもっとうまい人がいると思うけど?」


「だから、元華姫の貴方にお願いしています。

 それに、アマラさん売れちゃいましたし」


 なぬ!?

 見るとアマラがセドリック王子に肩を抱かれて奥に消えてゆくところだった。

 こっちの視線に気づいてウインクなんてしやがって。

 友達料半額にしてやる。

 

「それに、そうやって他の娼婦と同じ服を着ているという事は、貴方も娼婦なのでしょう?

 名前は知りませんが」


 こいつ、さらりと逃げ道を作りやがった。

 名前を尋ねなかった事で、『お嬢様』と『その護衛』から『娼婦』と『客』に立場を入れ替えるか。

 何より悪辣なのは、選択肢が私にあるという点。

 私がここでお嬢様の仮面をつければ全て崩壊するのに、それを躊躇う私が居る。

 こんな悪辣な手を思いつくのは絶対あの人だと姉弟子様を視線で探したら居ない。


「ミズキ先生なら、先ほど男を連れて出て行きましたが」


 アルフレッドの言葉に唖然とする私。

 危険察知と回避も占い師の必須スキルってか。

 ああ。そう教えられ叩きこまれましたとも。

 朝、徹底的に愚痴ってやる。

 このままじゃ流される。

 強引に話を打ち切ろう。


「お生憎様。

 幸運の女神の髪は前髪しか掴めないの」


 捨て台詞を言って離れようとした私の手を掴んでアルフレッドが私を抱きしめる。

 その体の匂いと温かさに頭がぼおっとなる中、彼は私の髪を撫でて耳元で囁いた。


「けど、貴方の髪はこんなに長くて美しいから捕まえられます」


「……うっ」


 なにこのイケメン的切り返しは。

 絶対誰か仕込んだだろ!

 後で説教の後お礼を……いかん!いかん!

 考えがまとまらず、赤くなって硬直した隙を付かれた。

 体が浮く。いや。お姫様だっこで!

 顔。顔が近い!!


「それだけ度胸あったら、何であの穴倉でしなかったんだい?」


 一部始終を見ていたオババのぼやきにアルフレッドは苦笑する。

 そのまっすぐさに私は惚れたのだと思い出させる笑みを向けて。


「あの時はしたかったんですが、何をすればいいかわからなくて。

 で、頭を下げて色々な方に教えを請いました。

 その成果です」


 やっぱり皆の入れ知恵かよ。

 けど、体はしびれて動かないみたいにまったくリアクションを起こそうとしない。

 嫌がればアルフレッドはおろすだろう。

 声をあげれば、それ以上は踏み込まないだろう。

 けど、私は顔を赤めたまま声を出すことも嫌がることもできない。


「一番上の部屋。

 この娼館長様が客を取る為に作った豪勢な部屋を作っていてね。

 まあ、その贅沢さからどこかのお嬢様じゃないかと間違えるぐらいさ。

 鍵は開いているからとっとと連れていきな」


「はい。

 ありがとうございます」


 オババぁ!

 あんたまで敵に回るか!!

 けど、それすら私の口は開かない。

 彼の心臓の音が聞こえる。

 彼の息遣いが聞こえる。

 それが、心地よくて、離れたくない自分がいる。

 オババの言った部屋は三階の一番奥にある。

 で、そこまでは他の部屋を通る事になるから、すでに始めた男女の声が耳に。耳に。

 そして、私をお姫様抱っこのまま、アルフレッドはついに私の部屋まで離さなかった。

 部屋に置かれた天蓋つきベットに私を横たえると、その床に座って盛大に息を整える。


「……はぁはぁ……重かった……」


「乙女にそれ禁句。

 大体、重たいなら下ろせば良かったじゃないの!」


 むっとした私が思わず口答えをしたら、アルフレッドがにっこりと微笑む。

 その笑顔にみとれる自分が嫌になる。


「良かった。

 こうすればお嬢様は落ちるってアドバイスを頂いたのですが、ひやひやしていましたよよ」


 その言葉に耐え切れずに私も笑う。

 しばらく二人して笑い転げるのがおかしくて楽しい。


「誰よ。あんな芝居をやらせたのは?

 抵抗できなかったじゃないの」


 気づいてみたら、二人してベッドに寝転がって大笑いをしていた。

 こんなに笑ったのは何時ぶりだろう?


「ミズキ先生にアマラにシドにサイモン卿。

 セリアさんにも話を。

 口説き方はミズキ先生の話を元にシドとサイモン卿で」


 こっちの予想した容疑者全員だった。

 あいつら、きっとのりのりで悪巧みに参加したのだろう。


「つーか、こんな事するならばオババの言うとおり、地下水道の穴倉でしなさいよ。

 わざわざモーションかけたんだからさぁ」


 笑いつかれて天蓋を眺めながらつぶやくと、アルフレッドの答えが聞こえる。

 多分彼も同じように天蓋を見ているのだろう。そこにはりついているぽちもいるし。


「だって、お嬢様ですよ。

 お嬢様があんな場所でああするなんて、何か意味があると考えるに決まっているじゃないですか」


「ねぇ。

 アルフレッドの中での私ってどんなイメージなのかしら?」


「お嬢様はお嬢様です」


 そしてまた笑い出す二人。

 その笑い声が、隣にアルフレッドがいるという安心感が心地よい。

 さて、空気も弛緩した所で、そろそろ本題に入るか。


「私ね。

 世界樹の花嫁になるつもり」


「知っています」


 私の言葉にさっきまでのおふざけが無いと分かって、アルフレッドの声にも張りが戻る。

 隣で寝ているけど、顔は見ない。

 見たら、何かが崩れそうだから。


「世界樹の花嫁って、七日七夜世界樹の中で世界樹の守護獣に嬲られて世界樹の種を生むの。

 それが本当の世界樹の花嫁の正体。

 そして、それに耐えられる生贄の成れの果てが、私達華姫。

 知ってた?」


 アルフレッドは答えない。

 姉弟子様から聞かされていたかもしれないが、ここまで露骨に言っては無いだろう。

 だからこそ、辛い事を言ってアルフレッドを諦めさせよう。


「私は数え切れないぐらい男の下で喘ぎ、上で腰を振ったわ。

 そんな私に何を求めているの?」


「お嬢様が世界樹の花嫁になる理由」


 思った以上に賢い。

 こっちの泣き所を突いてきやがる。

 そんな事を考えていたら、いきなり切り札をきられた。



「俺はいつ死ぬんですか?」



 世界が固まる。

 息ができない。

 その言葉に、いや、その口調に懐かしさがあるからこそ、アルフレッドとアルフを被せてしまう。


「ど、どうしてそれを……?」


 握った手をアルフレッドに握られる。

 その手の暖かさが私には心地よい。


「『お金も上げる。

 浮気も許すわ。

 ただ、私より先に死なないで欲しい。

 それでも、男が見栄を張って先に死ぬのは何故?』

 占い師もできるお嬢様の言葉です。

 俺の事だとすぐ気づきましたよ」


 少し違う。

 私にとっては過去のことだが、アルフレッドにとっては未来のことなのだ。

 だからこそ、アルフレッドは私の地雷を踏み抜いた。



「俺はお嬢様を守れましたか?」



 もう我慢出来ない。

 涙が止まらない。

 アルフレッドに馬乗りになって、その頬を叩く。


「馬鹿!

 馬鹿ばかバカ!!!

 守れたって、貴方がいないと寂しいじゃない!

 勝手に守って……勝手に押し付けられて……私が、私がどんな思いでそれを……」


 もう言葉すら出せない。

 泣きじゃくる私をアルフレッドは抱きしめて、ただ頭を撫で続ける。

 どれぐらい時間が経っただろう?

 気づいてみたら、私の顔の前にアルフレッドの顔があった。

 我に返ると猛烈に恥ずかしくて、嬉しくて悶えてしまう。


「お願い。

 英雄にならないで。

 そのためにはなんでもしてあげる。

 ただ、私より後に死んで頂戴。

 もう置いて行かれるのは嫌なの」


 私の懇願にアルフレッドは首を横に振って拒絶する。

 その顔はもう男ですらない英雄の顔。

 分かっていたけど、アルフレッドは時代に選ばれた。

 英雄になるべく歴史が創りだした俳優。

 それを止めることはできない。

 演目が変わらない限り。


「分かっていたわ。

 だから、女としてお願い。

 殺すように抱いて頂戴。

 私の中に貴方を永遠に残せるように」


 そのまま目を閉じて唇を重ねる。

 最初にリードして後は彼の思うがままに任せ、夜はそのまま更けていった。





 夢を見た。

 ひどく懐かしい夢だ。

 けど、夢だと思っていたアルフレッドとの睦事が現実だと少しずつ体が眠気を追い出すと共に主張してゆく。

 起き上がり目を開ける。

 隣に寝ているアルフレッドを起こさないように、裸の上にガウンを羽織って水差しを手に持つ。

 鎧戸をあけると光が部屋に入る。

 朝日が世界樹を照らす。

 私が起きたのを感じたぽちがとことこと寄ってくる。


「お願いね。ぽち」


「がう♪」


 ぽちのとかげ版ファイヤーブレスで暖炉に火がつき、ドヤ顔を見せる。

 褒めて褒めてとじゃれつくぽちを指で撫でながら、鉄鍋に水を入れてお湯を沸かす。

 こうやって薬草茶を作るのは久しぶりだが、体は覚えていた。

 師匠から教えてもらった香りが、私の今を作っている。

 匂いに釣られたのかドアの向こうから気配が2つ。


「そこの二人。

 入ってきたらどうですか?」


「あ、おはよう。

 絵梨」


「おめでとう。エリー

 で、どれぐらいしたの?」


 ガウンだけで入ってきたアマラと姉弟子様が、私が作る鍋に近づく。

 三人共湯もまだなので情事の跡がはっきりと残っていたり。

 なお、姦しい女のトークにも関わらずアルフレッドはまだ目を覚まさない。

 ちょっと嬉しくて懐かしくて腰を振りすぎてしまった。反省。


「……アルフレッドが起きてこれないぐらい?」


「うわ。

 筆おろしでそれまずくない?」


 アマラの真顔に私も大いに反省。

 たしか十回はやっていないと思うけど、途中から記憶飛んでたし。


「ごめん。

 まじで反省しています。

 つーか、二人で組んでこの仕打ちはないと思うんですけどぉー」 


 逆ギレからの逆襲も、姉弟子様に軽くあしらわれる。

 この人とは付き合い長いけど、こうした裸のつきあいはなかったな。


「絵梨が一人で抱え込もうとするからよ。

 貴方の姉弟子様は、妹弟子を見捨てると思うの?」


「……高位魔族陵辱調教フルコースでもですか?」


 こっちの皮肉に姉弟子様は即答して見せる。

 この話をドン引きしていた姉弟子様が真顔で即答したからこそ、姉弟子様の決意をいやでも感じてしまう。


「もちろん。

 だから、貴方の幸せを追求しなさい。絵梨。

 堕ちる時は一緒に堕ちてあげる」


「私もよ。

 もちろん、友達料弾んでもらうけど」


 茶化すように言うけどアマラも追従してくれる。

 そんな二人の心遣いが嬉しい。

 鉄鍋に薬草を入れながら私は笑った。

 こんな朝がまた来るとは思っていなかった。

 だから、この瞬間が永遠に続いてほしいと無駄な願いを願ってしまうしまう自分がいる。



「ぁ……ん」



 ベッドの向こうから声がする。

 姉弟子様とアマラの二人がいたずらな笑みを浮かべたまま口を閉じる。

 それが癪だが、私は二人を無視してアルフレッドの元に戻る。


「おはよう。

 起こしちゃった?」


「いい香りですね。

 また嗅ぎたくなってしまいます……っ!」


 あ。やばい。

 アルフレッドの腰が抜けて起き上がれない。

 声を立てずに爆笑している二人にギロリと視線で黙らせて、私は私の過去の言葉を紡ぎ、アルフレッドは彼の未来の言葉で返した。


「おはよう。

 アルフ」


「おはようございます。

 エリーお嬢様」

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