85 ビッチ宣言VS男の意地リターンズ
「という訳で、世界樹の花嫁を目指すために、私ビッチになります!」
「お願いだから、脈絡なく私達に言うのやめて頂戴。
ついでに姉ともども商売の邪魔しないで頂戴。
娼館主様」
バニーアマラの視線がめちゃ痛いのですが負けない。
なぜなら私もバニーだから。
ついでに姉弟子様もバニーだ。
メリアスの『夜の花園』の待合室での一コマである。
メリアス盗賊ギルドが私とミティアの襲撃事件を起こした結果、自殺したギルドマスター以下主要幹部が軒並み追放されてここの店主も引退に追い込まれていた。
で、経営が宙に浮いたこの店を私が女の子ごと買い取ったという訳だ。
なお、今は新規オープンに向けていろいろ手直しの最中だったり。
手直しの最中に何でバニーかというと実際の仕事服を着て見ないと空気や雰囲気は分からないからで、この衣装に合わせて装飾などをつけていく訳だ。
「必要ならば私が世界樹の花嫁になってもいいけど、またどうして絵梨がそれを目指そうと思ったわけ?」
姉弟子様の質問にこちらは言葉を選んで答える。
何しろ、クーデター起こして国王引きずり下ろすためなんて言えるわけもないわけで。
「まあ、政治的事情というもので」
「ふぅん」
姉弟子様の事だ。
この一言でなんとなく察してくれるだろう。
世界樹の花嫁が持つ切り札、『花嫁請願』。
国王に直接請願でき、それを国王が認めるならば即座に勅令となる世界樹の花嫁が持つ絶対的な伝家の宝刀なのだが、それで国王が退位できる訳ではない。
自分の首を要求して首を縦にふる人間なんて普通はいないからだ。
だが、世界樹に認められた本物の世界樹の花嫁だけは、その例外となる。
何故ならば、彼女によってその年の作物の豊穣が左右される、つまり人質がとれているからだ。
ここで彼女を処断するとその年の不作が確定してしまう。
それを知った上で諸侯に根回しすれば、近年の不作続きで窮乏しつつある諸侯が味方につく。
そして、実質的な簒奪で正当性に致命的欠陥を抱えている王家はそれを拒否する事はできない。
制度上の欠点を利用した、ある種合法的なクーデター計画を提示したアリオス王子はやっぱりチートである。
「絵梨。
私とかアマラじゃダメなの?」
「え?私??」
おや、姉弟子様にしてはずいぶん察しが悪いな。
アマラの名前が出たのでアマラも話に食いついてきたじゃないか。
仕方ないので、私は具体例を出すことにした。
「世界樹の迷宮に認められるには、迷宮を走破しないといけない。
で、認められる為に、イケメン男子が世界樹の迷宮の最深部手前で七日七晩待っている間、ひたすら化け物か触手に嬲られている事になるのですが」
「うーん……」
「うわぁ……」
我ながら言っていてひどい仕様である。
そりゃ、迷宮最深部で嬲られた後で無事に帰れる保証はなく、モンスターに襲われないためにも護衛は必須だ。
で、ゲームだったら彼女の身を案じて、惚れたイケメンが最深部手前でじっと待っている訳でして。
テキストだけなのを良い事に容赦なくイケメンに復讐する開発陣の姿勢に、賞賛の拍手を送った後ぶん殴りたい。まじで。
「私は大丈夫よ。
これしているからシドも理解しているし」
「私も大丈夫。
絵梨は知っているでしょう?」
アマラと姉弟子様の言葉はありがたいのだが、この二人だと少し問題点があったりするのだ。
それを一応指摘しておこう。
「そのあたりは心配していないのですが、二人の身が持つかどうかが心配で」
「異種系ならやったから大丈夫だと思うけど?」
ドン引いてくれる姉弟子様はともかく、なまじこっちで娼婦スキル持っているアマラはこのあたりの危機感がいまいち分からない。
さてどうして理解させようかと思ったら、奥から小柄なオババが物珍しそうに周囲を眺めながらやってきた。
「……何だか、私の居た穴蔵とは大違いだね」
キョロキョロと周囲を眺めながら、オババが感慨深く呟く。
あの騒動の後で色々言われるだろうからと強引にこっちに連れてきたのである。
この店を買ったのも、実はオババの居場所作りというのがあったり。
なお、肉体変化の魔法もかけようかと言ったのだが、オババは断っていたりする。
「私はそんなに長くはないよ。
市民権をもらって、こうして陽の光の下に出られただけで満足さ。
体を若くしても寿命までは変わるわけではないだろう?」
オババの言うことは真実である。
むしろ、寿命は確実に縮む。
魔法によって生命力を若さに変換しているようなものだからだ。
定期的に魔法をかけて魔力で維持するならば別だが、多くの人はそこまでの知識もコネも経済力もない。
だからオババの年だと、変化したその夜にぽっくりなんて事も結構あったりする。
それでも最後は若い姿でという人は貴族層を中心に多く、やはりそれで食っていけたり。
華姫の最後は大体、寿命切れ前に石化をするパターンが多い。
生き物とは不思議なもので、そんな寿命というものをある時不意に悟る事がある。
華姫なんて人の道を外れた彼女たちのせめてもの救済なのかもしれない。
そんな石像たちは、この手の店の装飾品として死後も働くことになる。
話がそれた。
「で、私は何をすればいいんだい?」
「適当に座っててくださいな。
このクラスの店になると、従業員を含めてかなり揃えないと回りません。
そこまでの差配は無理でしょうから、適当に娼婦相手の話し相手にでもなっていただければと」
『夜の楽園』の娼婦はアマラを入れて三十人。
そこに従業員が二十人ほどついている。
この従業員も元娼婦とか、娼婦の成り損ねとか、娼婦見習いだったりする訳で。
という訳で、希望者に全員肉体変化と不老魔法をかけると言ったらオババ以外全員希望しやがった。
そこまで来たらノリでバニースーツを大量発注してと、現在この店はバニーの巣穴と化している。
「そうさせてもらうよ。
裏の休憩室にでも引っ込んで、ぼーっとさせてもらうさ」
「ええ。
何かあったら私かアマラに言ってくださいな。
最大限の便宜を図りますので」
私にここまで言わせるのだから、周囲のバニー達の視線がオババに注がれる。
もちろん嫉妬もあるだろうが、それはちゃんと理由を提示すれば鎮火するものだったりする。
「何しろ私の母を知る、数少ない人なんですから」
「なりそこねて無駄に年を取っただけだよ。
あんたらも私みたいになるんじゃないよ」
このあたりは年の功ってやつだな。
私の言葉尻を使って、即座にバニー達への優位を作りやがった。
まあ、この元気があるならば大丈夫が。
まてよ。
「そうだ。
オババは何処まで『窓星の歌』を歌えます?」
私の言葉にオババは懐かしそうにかすれた声で歌を呟く。
この人も華姫に憧れてなれなかった人だった。
「二番までだね。
♪窓の外に星二つ。
眺めても手を伸ばさない。
どうか私を照らしてください。
白き泉に華は咲くでしょうから
……この先を歌いたかったねぇ。
デキが悪いってここで分けられて売られたのさ」
という事は、ほぼ陵辱調教系は終えている事になる。
アマラあたりの説得にもってこいだ。
「ちょっと、異種系の話をお願いできませんか?
アマラってこの娘が舐めた事言っているので」
「まぁ、いいさね。
アマラ。あんた、こっちに来な」
オババに呼ばれたアマラがオババの話を聞いて目を丸くしている。
まあ、知識と実体験の差に驚くがいい。
「絵梨。
私はすでに引いているけど、そんなにやばいの?」
「華姫育成で一番ドロップアウトが多いのが、ここなんですよ。
人だと一日やりっばなしって無理じゃないですか。
けど魔物系だとそのあたり関係なしで。
あと、壊れてもそのまま魔物達に売れるので、壊れるならばと一番きつくするんですよ」
「さすがファンタジー」
私も思ったさ。
全部終わった後に。
やられている最中は、そんな事すら考えられないから。
「ところでさ。絵梨。
いいの?」
こうやって、あえてぼかして核心を突いてくるから姉弟子様はずるい。
こっちが隠そうとしているアルフレッドへのほのかな恋心について的確に突いてくるのだから。
「正直迷っています。
地下水道で誘ったんですけど、ふられちゃいました」
私が無理して笑うと、姉弟子様の笑顔を作ってみせる。
私達の仕事は笑顔を作らないと始まらない。
「またモーションかけたらいいのに。
やっぱり、怖いの?」
待合室の椅子に座って、足を高く上げてみせる。
わざとらしい悩殺ポーズにひっかかる男など居ないのだが、そんな事をしながら私は本心を吐露した。
「ええ。怖いですよ。
彼が英雄になってしまうが怖い。
私をかばって死なれるのが怖い。
けど、時代が彼を求めている。
ならば手段は1つです」
私は強く手を叩く。
アマラやオババ等周囲が何事と見つめるが、また視線が外れたのを確認して私は私の決意を姉弟子様に告げた。
「時代そのものを変えるしかない。
その為の世界樹の花嫁です」
アリオス王子が順当に即位した場合、オークラム統合王国の内乱はその仕組が大幅に変わる可能性が高い。
アリオス王子が消えたからこそ、カルロス王子の野心は内乱まで突き進んだのだ。
アリオス王子が実権を掴めば話はそこで変わってくるし、内乱が発生しなければ国力はぎりぎりの所で留まり、周囲の異民族の侵攻は発生しない。
姉弟子様がため息をついた。
深く深くわかりやすいぐらい深く。
「私もだけど、絵梨ってさ、馬鹿でしょ」
だから、これは心からの笑みで返事をしてあげよう。
「ええ。
何しろ同じ師匠ですから」
その日の夜。
『夜の楽園』の新装オープンである。
私も姉弟子様もアマラも他の娼婦一同バニーでお出迎え。
で、扉を開けると待ちかねた男性客達の中に見知った姿が。
あれ?
「あらあら」
何で彼がここに居るんだ?
「はいはい。
今日は、この人売買済みだから別の人ね」
ちょ!
姉弟子様その顔知ってたな!
あとアマラ、勝手に私を売却済みにするんじゃねぇ!!
「ほらほら。
今日は若い子がいっぱいいるよ。
買われた娘に未練持つぐらいなら、他の娘の色気に迷っておきな」
オババぁぁぁ!!
あんたまで私の敵かよ!
味方は、私の味方は居ないの!!!
私の狼狽なんて気にすることなく、アルフレッドは金貨一杯の財布を私につきだして、私に決闘を申し込むようにこうのたまわった。
とりあえず、彼に入れ知恵した連中は後でぶん殴ろうと決意。
「これで貴方を買わせてください!」