84 王子(王)とお嬢様(宰相)の睦事(密談)
「殿下はお父上。
国王陛下が殿下の排除に動いていると知っていましたね?」
学校でする話ではないな。
アリオス王子は笑顔の仮面をつけたまま何も語らない。
こんなヤバイ話に言質を与えられないという事なのだろうが、それはそれで構わない。
こっちがこう思っている。
それを伝えることが大事なのだ。
「大賢者モーフィアスの独断とも思いましたが、彼には政治的後ろ盾がない。
そう思っておりました。
華姫達のお茶会で、華姫達から陛下擁立の功臣として大賢者の地位を与えられたと。
考えてみれば当たり前の話です。
大賢者と讃えられるだけの功績を挙げねば、その地位につけない訳で」
アリオス王子はまた口を挟まない。
そのあたりは彼も知っているし、知られても構わないという事なのだろう。
だが、その余裕はここまでだ。
私も顔色を失ったそれを聞いて、顔色を変えやがれ。
「ご存知ですか?
王位をめぐる暗闘において、大賢者モーフィアスと対峙した王兄ダミアン殿下付き魔術師が私の師匠だって事を」
「………………何?」
うん。
分かっていたが、これは私も愕然とした。
だから私も笑う。
「ええ。
何処から突っ込んだらいいか分からなくなるぐらい因縁が絡まっておりますね。
ヘインワーズ候に確認し、母を知っている元娼婦も確保しました。
私と大賢者モーフィアスは争えるんです。
その上で、お伺いしたいと思っています」
あえて言葉を切って、再度その質問を繰り返す。
ここだけは、アリオス王子からの答えをもらわないと選択を間違えかねないからだ。
「殿下。
殿下はお父上。
国王陛下が殿下の排除に動いていると知っていましたね?」
少しの間会話が途切れる。
アリオス王子はあえて私を見ずに、この世界樹の上に立てられた学び舎を愛しそうに眺めて呟いた。
「ここは、良い場所だった。
区別はあるが、差別はない。
敬意はあるが、従属はない。
あの王都の毒虫の巣よりはるかに人として振る舞えたよ」
この場所にてアリオス王子がはじめて私を真っ直ぐに見据える。
その視線には王としての重みが込められる。
そして、そこから吐出される言葉に私の秘密が暴かれる。
「その質問をするのならば、君の秘密を1つ出してもらおう。
君が隠している、執政官章を胸に飾ってくれないかな」
何でバレた?
この勲章は本当にやばいからとヘインワーズ候や大賢者モーフィアスの前ですら見せていないはずなのだが?
こちらの顔が崩れたのを見てアリオス王子が楽しそうに笑う。
「紋章院はいい加減な仕事をしないよ。
君の大勲位世界樹章と五枚葉従軍章の記録は見つからなかった。
偽造を疑ったが、その素材は本物で認識魔法も本物だった。
ならば、未来か別の世界から来たのは実はかなり早くから分かっていた」
そのあたりは、大賢者モーフィアスが召喚をしたあたりから推測すれば分からなくもない。
それを信じるかどうかはまた別だろうが。
こちらの疑念の顔を楽しそうに眺めながら、犯人を追い詰める探偵のようにアリオス王子は続ける。
「で、別の世界からにしてはこっちの事情を知りすぎている。
ならば、未来から来たのだろうを当たりをつけた訳だ。
で、大勲位世界樹章や五枚葉従軍章の授与されるような戦乱が発生したのならば、必然的に執政官が総司令官になる。
その勲章はそれだけの重みがあるものだよ」
このあたりも言われればなるほどと頷いてしまう。
要するにこのあたりを見せびらかしすぎて、足がついた訳だ。
だからこそ、その後の言葉に私は完全に打ち砕かれた。
「で、君から見てエリオスは王に相応しい人間だったかい?」
「な………………何故…………
どうしてそれを……………………」
汗が噴き出る。
今私の顔は真っ青か真っ赤かわからないが、心臓が早く脈を打ってる。
寒気がするが、踏みとどまる。
ここは私が望んだ場所だ。
私が断罪される場所ではない。
「王兄ダミアン殿下の派閥の解体で、ついに処断できなかったのがタリルカンド辺境伯家だ。
時期的に彼がどちらか分からなかったが、タリルカンド辺境伯家を潰すとなると東部諸侯が決定的に弱体化し、東方騎馬民族が抑えられなくなる。
王都に出ない限りは好きにしろというのが大賢者モーフィアスの進言さ」
王室のお家争いからそこまで考えていたのならば、大賢者モーフィアスは本当にバケモノだ。
そして、うっすらと確信する。
アリオス王子の師はきっと大賢者モーフィアスなのだろうと。
師匠が偉大ならば、弟子もまたしかり。
こうやって彼も化け物になっていた。
それを人に戻したミティアの暖かさがいやでも分かってしまう。
「エルスフィア統治の報告書を見たが、君は即座にタリルカンドと通商協定を結んだね。
王家直轄領の太守からすると、双方に益があるとはいえ権益を諸侯に与えるのは躊躇うのだよ。
だから、タリルカンド辺境伯が嫁にと食いついた。
東部諸侯の大物が絡んだのに、君はそれ以上の関与を避けた。
それが決定打さ。
君はエリオスの存在を知っていた。
今の君は、君自身が厄ネタだからね。
絡めばエリオスに被害が及ぶ」
アリオス王子の冷笑が怖い。
この人はこのように笑えるのだ。
だからこそ、王たる器なのだろう。
「私がいる。動いているカルロスがいる。君自身がセドリックを引っ張りだした。
にも関わらず、エリオスには触ろうともしない。
何故だ?
知っていたからだろう?」
アリオス王子が嗤う。
嘲笑ってしまう。
私と同じ笑みを浮かべながら。
「この国が王位継承での混乱で崩壊するって事を。
そして、再興の旗頭にエリオスが担がれたという事を」
現王室には正統性は無い。
そして、それを王位後継者の三人が知っていた、知らされていたならば、その序列など無価値になる。
だからこそ、オークラム統合王国は崩壊したのだ。
そして、その崩壊後でないと、正統な旗印は危なくて使えない。
こちらの詰みだ。
私は深く深くため息をついて、ドレスのポケットから一つの勲章を胸に飾る。
執政官章。
宰相の証。
「改めて自己紹介をしよう。
私の名前は、オークラム統合王国の君主の息子、アリオス・オークラムだ」
「オークラム統合王国宰相にして主席宮廷魔術師かつ神竜を従えし者、エリー・ヘインワーズ侯爵と申します。殿下」
「うん。
君を従えるのだから、それぐらいはあげないとダメだろうな。
容姿を考えたら、エレナ嬢が母なのかな?
側室なのは、マリエル嬢が王妃だからかい?」
側室名乗ってないのに、マリエルの事まで知ってやがるか。
あかん。
王都の中枢にて闇と戯れていたこの人は想像以上に手と耳が広い。
さすがにエレナお姉さまの件は外れだが、それを指摘する意味も無い。
「生まれが生まれで、宮廷内で孤立しかかった時に強引に。
あのちっぱいはいずれ泣かします」
「彼女はエリオスにべったりで、宮廷からの見合いの誘いをすべて断っているらしい。
それをタリルカンド辺境伯が是認しているのも実は判断材料さ」
やっぱりあのちっぱいのせいか。泣かす。
こっちの冗談にアリオス王子が楽しそうに笑い、私も釣られて笑ってしまう。
「父を責めないでやってくれないか。
あの人は飾りとして生き、飾りの生き方しか知らない人だ。
そして、王家の正統でない事を常に苦しんでいた」
私の聞きたかった答えが、やっとアリオス王子から告げられる。
父と息子が相争う。
しかも、王家簒奪という後ろ暗い過去があるからこそ、その暗闘はいやでも根深くなる。
「ミティア姫の存在を知ったのは、ベルタ公とモーフィアスの計らいだ。
彼女を娶れば王家は再統合される。
だからこそ、この企みに乗った。
で、ヘインワーズ候の動きも知っていたから、ベルタ公が婚姻で丸め込んだのだが、君が召喚されてきた。
このあたりで、私はモーフィアスがヘインワーズ候の意志で動いてないと悟ったよ」
ああ。
そこが軸だったのか。
もともとのイレギュラーを入れた大賢者モーフィアスが誰の意図で動いていたか、アリオス王子ならば分かったという訳だ。
「父は諸侯から担がれた王だ。
諸侯が見捨てれば即座に代わりが出ることを理解していたから常に怯えていたよ。
そして、その息子が王兄と同じ政策を取ろうとしている。
その恐怖は我らには計り知れないだろう」
なんとなくアリオス王子が歴史に消えた理由がわかった気がした。
あまりにも知りすぎたのだ。
それゆえに、先が見えてしまい諦めたと。
「まずは、目の前の法院定例会。
私もヘルティニウス司祭に賛同するが、新大陸の穀物輸送船団の壊滅で西部諸侯を中心に資金繰りが苦しんでいる家が多くなっている。
王室法院定例会における神殿喜捨課税阻止は確実に荒れる。
そして、それをロベリア夫人と我が弟カルロス、南部諸侯は見逃さない。
父上の意思のもと、大賢者モーフィアスが操っていると知らずにね」
アリオス王子は言うべきことは言ったという感じで肩をすくめる。
互いに致命傷を深くえぐられるが、それゆえにいやでも手を組まないといけない。
「で、その後これをつけた私に何をさせようとするのですか?」
「決まっているだろう?
王権を確立しないとこの国は崩壊する。
まずは、立太子、摂政と段取りを踏みたい所だが、時間がない」
そこで私を見る。
いや、私に飾られている、執政官章を見てアリオス王子は言った。
「国王陛下に退位していただく。
エリー嬢。
貴方が『花嫁請願』で、陛下に退位を申し入れて欲しい」