83 お嬢様(娼婦)と護衛(英雄)
毛布を受け取ってオババに頭を下げ、アルフレッドを連れて奥の穴に。
横穴には布切れで仕切りがされて、いくつかの仕切りの向こうから独特な臭いと嬌声とうごめく何かが。
相場的にはかなり安いし娼婦の質も良くはない。
けど、欲望があり、体があり、食わねばならないからこそ、この商売は成り立っている。
「なるほど。
奥の穴には一応戸がついているのね」
簡単な木戸を手で軽く叩いて開けて中に入る。
作りがしっかりしている所から推測して、元々は何かの隠し部屋だったのだろう。
で、スラムがここまで広がった時、その隠し部屋との間の通路に横穴を掘って部屋を増やしたと。
部屋の作り一つで見えるものはいろいろとあるのだ。
中はそこそこ広く、レンガ造りの四角い部屋に木箱で作った寝台らしきものが。
きっとここで多くのロマンスが起こり、そして夢が破れたのだろうと思うと己に迫った危機を忘れて感傷にふけってしまう。
「とりあえず座って」
「あ。
はい……」
置かれていた蝋燭に私が魔法で火を灯す。
すっすらと明るくなった部屋の隅にある木箱の寝台に毛布を敷いて私が腰掛けると、アルフレッドも隣に腰掛ける。
ふと昔、こんな事があったなと懐かしく思ってしまう。
「体の方はどう?」
「はい。
少しは回復しました」
私はそのまま壁に体を預ける。
実は顔がにやけているのが分かるが、緊張しているアルフレッドはこっちを見ていないから私の笑顔がわからない。
「えっちな事考えちゃ駄目よ」
「し、しませんよ!
お嬢様相手にそんな事!!」
私の冗談にアルフレッドが慌てて首を横に振るが、それはそれで凹むからやめてほしいものである。
男ってのは乙女心を何と心得ているのか。
「まあ、してもいいのだけど、繋がっている時に殺人人形が『こんばんは』したらどうしようもないからね。
それで殺されるのが実は一番まずいのよ」
公的な地位についている人間にとっての性的スキャンダルはこっちでも叩きやすい。
私の場合、華姫設定があってもそれは叩く的になる訳で。
大賢者モーフィアスが私を『政治的』に殺すならば、ここで繋がっている時を狙わない訳が無い。
魔術師には魔力感知の魔法もあって、身分確認の勲章はその魔力感知に真っ先にひっかかるマジックアイテムだったりする。
殺人人形が自立的か操っているのか知らないが、間違いなくここの場所はばれている。
「とりあえず、殺人人形が踏み込む前に準備をしましょうか。
アルフレッドはそのまま座っていて」
タロットカードを取り出して、部屋の四隅に張る。
魔術師同士の戦いは、互いの手札の読み合いという情報戦の段階でおおよその勝負が決まる。
向こうはこっちが魔術師で対抗手段があるだろうとまでは読んで、その対抗手段を食い破れるだろうと殺人人形を送り込んだ。
だからこそ、私の対抗手段であるタロットカードがどんな効果を持っているか知らない。
勝機はそこにかかっている。
「はい。
とりあえずこれ持ってて。
あと、頭を動かさないように。
ぽちが落ちるから」
「何です?
これ?」
魔法を発動させる前に、私はアルフレッドに『隠者』のカードを渡す。
付随させた意味はもちろん姿隠し。
アルフレッドを殺させるつもりはまったくないから、ぽちをアルフレッドの頭の上に置く。
世界樹の杖を持って、順に壁に貼ったタロットカードに意味を付与して発動させてゆく。
「まずは、『世界』」
万能カードである『世界』正位置を使って結界を張る。
幻影の投影であり、罠そのものの基幹だからこそ、この万能最強カードが意味を持つ。
「次は、『月』と『星』」
『月』正位置には狂気という意味があり、『星』正位置には開放という意味を付随させる。
結界内の幻影をよりリアルに見せる為の細工だ。
場所、結界内の意味付与を経て、私は囮を発動させた。
「『恋人』」
「!?
お、お嬢様!」
「黙ってて。
気が散るから」
この場所に居るのは私とアルフレッドの二人のみ。
ならば、ここで愛を紡ぐのは当然私とアルフレッドにならなければならない。
『恋人』正位置で作り出した幻影の私とアルフレッドは、こっちが見ているというのにも関わらず早くもいちゃいちゃしやがりやがる。
なお、実体験の思い出補正つきだから、エロいエロい。
声も音も臭いまで結界内にて再現と言う無駄に高性能な罠だが、殺人人形相手にこれぐらいしないとだませないというのもある。
タロットカードを一枚床に伏せてアルフレッドの手を握り、彼が持っていた『隠者』に意味を付与して私とアルフレッドの姿を隠す。
幻影の二人は甘いキスから木箱と毛布で作られたベッドに倒れこんで服を脱がしに……
アルフレッド。
がん見しないで。
あと、握っている手に力が入っているので結構痛いのですが。
幻影の濡れ場がいい感じに山場に入った時、結界内に異物が入ってくる。
空間転移で部屋の中に飛び込んできた殺人人形は、そのまま持っていたショートソードで繋がっていた私とアルフレッドの幻影を貫き、その手ごたえの無さに気づく前に私が罠を発動させた。
「『吊るし人』」
束縛系で一番意味が付与しやすい『吊るし人』正位置。
これを罠に据えたトラップに殺人人形は見事にひっかかる。
そして、手に持っていたタロットを逆位置にして、罠の口を閉ざした。
「『魔術師』」
正位置が始まりの意味を持つがゆえに、逆位置に終わりの意味がつくこのカードはこの手の魔法最強のレジストカードとなる。
作っていた結界魔法を全て終らせ、それに捕らわれていた殺人人形もその魔法を消されてただのがらくたに成り果てる。
とかげ姿のぽちがぺちぺちと人形を叩くがうんともすんとも言わない。
「はい。
おしまいっと。
アルフレッド。
いつまで手を握っているのかしら?」
「あ!?
す、すいませんっっ!!!」
慌ててアルフレッドが手を離し、その仕草が可笑しくて私は笑いを堪える。
顔は赤いし、視線はこっちを見ないし、まあ、当人のエロシーンを見せられたら男ならばこうなるか。
乙女の情けだ。
下は見ないであげよう。
改めて毛布に腰掛ける。
さっきまでの幻影がいちゃついていた痕跡は今はまったくなくなっている。
「ねぇ。
アルフレッド。
さっきの幻影みたいなことしたい?」
華姫の笑みを浮かべて、私はアルフレッドをわざとらしく誘惑してみせる。
ごくりとアルフレッドが唾を飲む音が思った以上に大きく部屋に響く。
貴族令嬢のドレスはスカートの裾が長いから、M字に足を広げても大事な所が見えない仕様になっている。
だからこそエロいとは貴族や富豪相手にした時の教訓だったり。
「お嬢様。
お戯れはお止めください」
実はこっそりとタロットを発動させていたりする。
『悪魔』正位置。
意味はもちろん誘惑。
「ふふっ。
冗談だけど、本気でしてあげてもいいわよ。
ただ一つだけ、こちらの質問に答えてくれるのならば」
アルフレッドを英雄にして成るものか。
もうあんな思いは沢山だ。
悪魔に魂を売っても、アルフレッドを堕落させてみせる。
だからこそ、私はアルフレッドに聞きたかった質問を問いかける。
あの王都の大手門で散ったアルフに聞きそびれた質問を。
「お金も上げる。
浮気も許すわ。
ただ、私より先に死なないで欲しい。
それでも、男が見栄を張って先に死ぬのは何故?」
私の悪魔の囁きにアルフレッドはあっさりとその答えを言う。
あの時、私が聞くことができなかった答えを。
「それでも、男ならば意地を張りたいじゃないですか。
好きな女の子の前ならば」
ああ。
私はここで間違えたのか。
全部知っていて、最適解を取ったつもりだったのに、その最適解をアルフがどう思うのか知ろうとしなかった。
いや、知ることが怖かった。
今もそうだ。
こんな場所でふたりきりであるのに、押し倒せないし押し倒されない。
「ありがとう。
私の聞きたかった答えを得たわ。
で、どうする?
する?」
わざとらしくスカートの裾をゆっくりとまくってみせる。
見えるようで見えないあたりで止めるのがこの手のコツだったり。
さぁ、アルフレッド。
私を押し倒して、堕落して……!
「こちらに、ヘインワーズ家の令嬢がいると通報があった!」
あの声はサイモン。
このタイミングでか。
アルフレッドがあからさまにほっとした顔しているし。
決定的なタイミングを逃した。
いや、英雄に成る器というのは、時代が英雄に味方するという。
最初から、勝ち目のない勝負だったのか。
手をスカートの裾から離して、私は立ち上がる。
「アルフレッド。
ドアを開けて頂戴」
ドアを開けると、最初に飛び込んだのは冒険者姿のセリアだった。
ショートソードに発光魔法をかけているらしく部屋の灯りが強くなる。
「お嬢様!
ご無事でしたか!!」
中央でガラクタと化している殺人人形に反応して即座に私を庇おうとするが、すでに事切れている事に気づいてその剣をおろした。
なお、さっと全身を眺めて私がしていないことを確認するあたり、同性だなと感心してしまう。
「まあ、なんとかね。
法院衛視隊を呼んで頂戴。
これは大事な証拠になるわ。
で、表の方はどうなっているの?」
横穴の布の仕切り向こうからこっちを伺う気配が。
結界外には『恋人』で作った幻影の喘ぎ声で聞こえていたはずだから、お嬢様と護衛のロマンスが終わったかと娯楽気分で聞き耳を立てているのだろう。
残念だったな。
もっとどす黒い政治だよ。
「華市場には近衛騎士団だけでなく法院衛視隊の捜査が入りました。
あの騒動で、八人死亡、十六人負傷。
お偉方は己の醜聞がばれないかとヒヤヒヤしているのでは?」
「王都のお偉方には良い薬でしょうね。
法院衛視隊は近衛騎士団の介入を快く思っていないでしょうから、私の名前で詫びを入れておいて。
殿下の名前を使って構わないわ。
セリアにアルフレッド。
帰るわよ」
いろいろあったが、政治的には大成功な襲撃イベントだった。
黒幕がおおよそ見当がついたし、この殺人人形を確保できたのも大きい。
このカードを使って法院で諸侯を切り崩す。
部屋から出るとヘインワーズ家の私兵が動員されている。
こういうのも見栄があるし、『ヘインワーズ家の娘が駆け落ちした』だとエレナお姉さまに迷惑がかかる。
ここは正体をばらして、別の噂を流しておくか。
「何でさっさと帰らなかったんだい?
馬鹿な娘だねぇ……」
小さな待合室の端に意地悪そうなオババが私を見てため息をつく。
サイモンがそんなオババに何か言おうとして、私が手で制した。
「お部屋ありがとうございました。
おかげで、王室に貸しを作れそうですわ」
オババの顔に不審の色が浮かぶ。
長い時間ここで多くの男女の歴史を眺めてきたのだろう。
そんなオババでもこの筋書きは予測していないはすだ。
「ヘインワーズ家家門次期頭領かつ、エルスフィアを一時的に預かる者で世界樹の花嫁候補、エリー・ヘインワーズ太守代行の名において、貴方に感謝を。
望むならば、市民権の付与とうちでの仕事を用意いたしますわ」
穴蔵の奥までざわめく声がこっちにまで聞こえる。
想像以上の大物が出張ってきたから、明日の地下水道の噂はきっと私達でもちきり確定。
けど、オババの顔は驚きより何か納得がいったような顔をしていた。
「ヘインワーズ家。
ああ。だからか。
どうもあんたの姿に何か覚えがあったと思ったら、昔華園で嬲られていた時に仲良くなった娘そっくりだ。
私とちがって花姫に成ってヘインワーズ囲われたと風の噂で聞いたが、あんただったのかい?」
ああ。お師匠様。
本当に貴方はどこまで見えていたのですか?
メリアス魔術学園に久しぶりに登校する。
王都での根回しに忙しいが、私は最後の手札を得るために王子に話さねばならない事があった。
グラモール卿にそれとなく伝えて、放課後一人で校舎裏へ。
最初、ミティアとのコントを隠れてみていた場所にアリオス王子一人しかいない事を確認すると、私は姿隠しと音消しの魔法をかける。
「早急に内密にか。
で、私を呼び出した理由を聞こうか」
もうここまで来ると、私を信頼しないと始まらないという事なのだろう。
グラモール卿すら最初から置いての密談にアリオス王子の信頼と事態の深刻さが伺える。
だからこそ、私は最初から切り札を晒した。
「王都で大賢者モーフィアスからの襲撃を受けました。
あくまで可能性の話ですが、この場にお呼びしたのは、殿下が考えて私達に漏らさない事の確認にございます。
殿下。
殿下はお父上。
国王陛下が殿下の排除に動いていると知っていましたね?」




