81 英雄になる瞬間
「さて、何を話しましょうか?
エリーお嬢様」
私の向かいに腰掛けたサイモンは余裕綽々という感じだ。
彼はいつだってそうだった。
自分の才能に絶対の信頼をおいていたから、自分の下にしか人を見ない。
その結果、人に任せることができずに、彼は滅んでいったのだ。
どんな窮地に陥っても、彼はその傲慢さを崩そうとはしなかった。
「とりあえず、あなたのその豪遊ぶりから聞きましょうか?
護衛騎士ごときに華市場で買い物ができるほどの余裕はないと思うのだけど」
「たしかに、表の身分では遊べませんな。
とはいえここは王都の闇。
闇にふさわしい身分もまた私は持っていまして。
お嬢様がアニスという華姫の名をここで咲かせるように」
この場所で身分なんて関係ない。
という訳で、サシでの言葉の殴り合いはクロスカウンターからはじまった。
「まあ、見当はつくけどね。
あんた、ここに女を売っていたでしょ?」
サイモンはただニヤリと怜悧な笑みを浮かべる。
ドS系キャラだからこの怜悧な笑みが似合うことと言ったら。
正解と言わんばかりにその長い足を組み替える。
「さて、なんの事だか?
疑問でお返しするならば、こちらはお嬢様の資金源の方が不思議ですよ。
エルスフィアの財政状況は危機寸前の所まで穴が開いていたはすだ。
法院の鳥達は『ヘインワーズがエルスフィアを買った』と囀っていますよ」
個人口撃で攻めたら、全体口撃で返されたか。
まだ彼が黒幕であると王室が分かっていないのも痛い。
法院定例会前に種をばらす事もあるまい。
ここは撤退して話をそらそう。
「法院雀の囀りなどお気になさらず。
アリオス殿下の耳には本当の事が届いているので」
「どうでしょうな?
殿下にはお友達が多い。
エルスフィアを買っても、貴方の儲けは少ないのでは?」
「まあ?
まるで、大穴に賭けてみればとおっしゃるような口ぶり。
一番手どころか、二番手すらメリアスという大都市太守に着くというに」
「まだ未定です。
まだね」
何か仕掛ける宣言来ました。
法院定例会最初の議題がこの人事に関することだが、これをひっくり返すにはかなりの力技が必要なはず。
「……なるほど。
だから私を切り崩しに来たか。
さっきの眠り雲も貴方の差金?」
成功していたら、私達四人は鏡の向こうでエロエロバッドエンドという所だろうか。
そうなると、シド達男性陣は暗殺なんだろうなぁ。失敗したみたいだが。
私のカマかけなどサイモンは引っかからない。
ただ、笑顔を崩す事なくこんな事をほざいたのみ。
「護衛騎士としてずっと貴方についていたじゃないですか。
貴方の側に居てあなたに歯向かうなんてとてもとても。
ただ、酒の席でここの連中に皆様の美しさをお伝えしたのみで。
それで馬鹿が愚かな行為に走ったかもしれません。
その件については、お詫びいたします」
実質的主犯宣言きました。
私の隣でやりとりを聞いていた姉弟子様が口を挟む。
「ずいぶん偉そうだけど、彼、どうしてこんなに強気なわけ?」
「簡単な理由ですよ。
彼、華姫専門の調教師なんですよ。
だから、女を売りに来た=華姫を売りに来たという訳で」
エロ調教ルートであるサイモンルートはそう考えると、いろいろと見えてくるものがある。
華姫売却で得た金、自ら調教した華姫たちからの情報、王都の闇に潜んで謀を企み、野心をたぎらせていったのだろう。
「残念だったわね。アマラ。
あのまま抱かれ続けていたら、念願の華姫になれたわよ」
私の冗談にアマラが渋い顔をする。
となりにシドがいるからもあるが、そんなシドとの関係が少しうらやましい。
「冗談。
華姫志望だけど、薬と魔法で狂わされるのはお断りよ」
アマラの言葉にサイモンが苦笑する。
それは調教師としての言葉だろう。
「薬と魔法が一番貴方にとって楽だと思いますよ。
何しろ華姫は一度壊さないといけない訳で、それ以外はエリーお嬢様みたいに数ヶ月ひたすら嬲られるぐらいしか」
話がそれだしたのであえて軌道修正させる。
軽く咳を立てて場を崩して、私は本題に入った。
「で、時間稼ぎをして華市場の偉い人は何をしたい訳?」
「詫びを入れるための探りです。
闇の中では闇のルールに従う。
とはいえ、世界樹の花嫁候補で次期エルスフィア太守に襲撃をかけたとあったら、法院衛視隊が介入するのは目に見えている。
今頃頭を抱えていると思いますよ」
主犯が清々しく人事のように言ってのける。
多分、本当に馬鹿が暴走したのだろう。
そんな馬鹿たちにサイモンは情報を流した訳だ。
で、馬鹿に情報を流した詫びとしてこうして怒る私の前にいるというおとしまえをつけていると。
「それならば、こちらが求めているものがあるわ。
それを提供できるならば、こちらは無かった事にしましょう」
サイモン相手に条件闘争か。
きついが勝てない相手ではない。
「ここに来たのは、私の母の情報を探しに来たのよ。
名前はゼラニウム・シボラ。
少し昔にこの地で咲いてヘインワーズ候に囲われた大輪の花よ」
あえて、師匠の情報から先に出す。
大賢者モーフィアスがらみは慎重に探らないと何が出るかわからないからだ。
その点、お師匠様がらみは母の情報を探しにという明確な理由がでっちあげられる。
「ああ。
あの方ですか」
さすがエルフと魔族のハーフで長生きしていない。
おまけに華姫の調教師をしていたのだから、知っていて当然か。
ぽんと手を叩いて、サイモンが知るゼラニウムの情報を語る。
「あの方も愚かな人でしたよ。
私の師匠に逆らわなければ、花姫なんぞに堕ちなくても済んだものを」
え?
こいつ、今、何を言った???
「貴方の魔術の師匠、大賢者モーフィアス?」
当たり前だと言わんばかりの態度でサイモンが言ってのける。
こっちの挙動不審には気づいているみたいだが、それが何なのかまでは分かっていないから、彼は更に言葉を続ける。
「当然じゃないですか。
魔術を極めるのならば、あの方の下につくのが一番早いですからね。
大賢者モーフィアス門下の弟子たちは私を含めて数百人はいる。
そんな中のひとりに過ぎませんよ」
「一人……ね」
謙遜して言っているのだろうが、こいつがそんな一人で終われるたまではない。
このあたりは設定資料集には魔術の修行としか書いていないが、師匠ならばたしかに彼を選ぶだろう。
その能力とスキルは未来において確認済みだから、彼はモーフィアス門下でもかなりの出世頭に違いない。
「世界樹の花嫁についての研究から、あの人を使って世界樹の仕組みを調べたとか。
この華姫という存在もあのお方が研究によって調べた副産物に過ぎません」
「!?」
思わず立ち上がり驚愕の顔を隠そうとしない私に、サイモンが怪訝な顔をするがそれに私は対処できない。
彼が言った事が本当ならば、大賢者モーフィアスは世界樹の花嫁についてはるか昔から知っていた事になる。
それだけではない。
彼が調べあげた事を利用して、華姫というシステムが作られた。
鏡に映る私の顔が青いのがわかる。
嫌な汗も出ているし、体も震えている。
こっちの窮地を知ったサイモンが笑顔で甘言を吐こうとしたが、それは部屋全体を揺らす轟音によってついに吐かれることはなかった。
「何があった!」
さすが護衛騎士。
こういう時の対処も堂々としている。
部屋が無事なのを確認して、ドアを開けて控えていた闇の住人に向けて声をかける。
「はっ。
さきほど襲った連中の首を刈ろうとして、連中の一人が逃亡。
その際に封印された魔導兵器の封印に触れたらしく殺人人形が起動して、あたりで暴れているみたいで!!」
「魔道兵器?
まさか、鉱山都市ポトリの殺人人形!?」
私の言葉にサイモンが答えない。
それが全てを物語っていた。
どうしてそんな危ないものをここに持ち込んだのか?
私の疑問をサイモンの叫び声が遮る。
「馬鹿な!
あの封印は、大賢者が十重二十重にかけた強固なものだぞ!!
表に出せぬからとここに隠していたものをどうやってただの雑魚が見つけ出した!!!
とにかく、騒ぎを止めさせろ!
法院衛視隊が出張ってくるぞ!」
サイモンの怒声に私は苦笑を隠し切れない。
そんなの簡単な理由だからだ。
結界が解かれた理由?
かけた本人が解いたにきまっている。
つまり、あの黒覆面の中に、大賢者モーフィアスが居たのだ。
魔法には姿変えの魔法もある。
大賢者クラスならば、人はおろかその気になればドラゴンやドブネズミにすらなれる。
殺人人形なんて物騒なものを起動したのは私の排除。
つまり、この闇を法院衛視隊に踏み込ませても、秘密を知った私の排除を大賢者モーフィアスは願ったのだ。
そして、私の行動は護衛騎士であるサイモン経由で漏れている。
サイモンも大賢者の前ではただの道化でしかなかった訳だ。
確信した。
大賢者モーフィアスは黒だ。
「お嬢様。
ここは少々騒がしいので避難を。
お連れの方も一緒に」
サイモンが恭しく頭を下げる。
秀麗な顔は歪んではないが、額に浮かぶ汗が彼のシナリオでは無い事を物語っている。
今のサイモンに私を排除する理由はない。
「わかったわ。
控えの護衛達は?」
「おとなしくしているならば生き残るでしょう。
誰か知りませんが、あれが狙うのはお嬢様。貴方だ」
こいつも魔族大公になるほど出世するのだから頭が悪い訳がない。
即座に、殺人人形の狙いが私であることを見抜く。
とはいえ、彼の与えられた手札では大賢者モーフィアスまでは届かないか。
ここに、即席の脱出パーティが結成された。
「先頭はサイモン。
貴方が案内しなさい!
最後尾はシド!
セリアとアマラは水樹姉様を守るように!」
暗く入り組んだ路地を私達は慌てて出る。
煙がくすぶってきたので、風の魔法で煙を遮断。
裸の男や獣達が逃げるが、裸の女達は逃げようともせず、壊れた笑みを浮かべるのみ。
薬か魅了の魔法でもかけられているのだろう。
今は己の身を守ることで精一杯で私達はとにかく出口に向けて駆ける。
「火が出たぞ!」
「早く消せ!!」
「化け物達を取り押さえろ!
王都に出たら法院衛視隊の介入を招くぞ!!!」
どのぐらい駆けただろう。
そんなに長い時間ではないはずだ。
混乱の中、出口らしい光が見える。
「動くな!
近衛騎士団だ!
花嫁候補生でエルスフィア太守代行のエリー・ヘインワーズ子爵の保護に来た!!
ヘインワーズ子爵はご無事か!!!」
保険としてフリエ・ハドレッド女男爵に一声かけておいて正解だった。
向こうからは囮になる私に対して反対意見が出たが私が押し切り、派手な騒動が発生した時のみ助けるという約束を結んだのだ。
その保険が今、こうして役に立つ。
「サイモン。
この場の話は私が抱え込むから、混乱に紛れて消えなさい」
私の言葉に、サイモンはただ冷笑を浮かべて大声で叫ぶ。
「法院衛視隊に属し王家の盾にして剣!
サイモン・カーシーだ!!
ヘインワーズ子爵はこちらにおわすぞ!!!」
借りは作らないか。仕方ない。
こういう態度も世の女性をキュンとさせるんだよなぁ。
サイモンの声を聞いたフリエ女男爵がこちらに駆けて来る。
「お嬢様危ない!
上です!!」
え?
空間転移からの垂直落下。
けど、こちらの魔法展開の方が早い。
殺人人形にシールドの魔法をかけようとして、誰かに倒される。
この体に覚えがある。
この匂いに覚えがある。
この顔に覚えがある。
「お嬢様から引き離せ!
アルフレッド!
何がなんでもお嬢様を守りきれ!!」
「はい!!」
アルフレッドに抱きかかえられた私は、強く彼を抱きしめて夜の街路を駆ける。
激しい殺人人形との剣戟が私の耳から離れてゆく。
この体の暖かさをどれだけ望んだだろう。
けど、涙が出てしまう。
「エリーお嬢様!
俺が絶対に守りますから!!」
アルフレッドが不安で泣いている私に声をかけて元気づけようとする。
違う。そうじゃない。
無理に笑おうとしても涙が止まらない。
見えてしまったからだ。
私が絶対に避けたかった未来が。
(お前を英雄にしてやる!
だから、この国をお前が居た平和で、穏やかで、退屈な国に導いてくれ)
声が聞こえる。聞こえてしまう。
ああ。なってしまう。
ア ル フ レ ッ ド ガ エ イ ユ ウ ニ ナ ッ テ シ マ ウ ……