78 王室法院枢密会
オークラム統合王国における国政の最高意思決定機関である王室法院は基本が貴族議会な為に、任期は終身である。
その為、膨れ上がる参加者によって国政が混乱しないために定員が決められ、その持ち回りによって議事が運営されるという形をとっている。
もちろん、成立過程から王族・と公爵・侯爵等の諸侯の人員配分が多く、伯爵や自治都市市長等がその次、子爵や男爵ともなると席の割り振りがひどく少なくなっている。
数が多くて席が少ないとはいえ子爵や男爵には発言権があるのも事実で、銀時計組の上級文官はこの席につく事は本来はできない。
彼らは官僚であって貴族ではないからだ。
にも関わらず、上級文官は直轄領太守の必須資格な為に、法院において自治都市市長と同等の権限を有するという形で慣例として席に座っており、ほぼ例外なく太守はその後貴族として叙爵されていたり。
なお、貴族にはこの法院参加に関する特権があり、引退し自分の後継を指名した場合は爵位を一つ落としてその地位を継承させることができる。
今回引退するヘインワーズ侯爵家もこれにあたり、まだ未成年ではあるがエレナお姉さまが伯爵に落として襲爵されている。
当然、功績を積んだら陞爵される訳で、諸侯間の流動性の担保として機能している。
他にも特権があり、家門の者を法院に参加させる場合、二個下の爵位を与える事ができる。
私の子爵就任等はこれにあたり、ヘインワーズの権勢を窺い知ることができ、そしてその没落を感じずには居られない。
嫡子は成年まで持ち回りで法院に参加する事などできず、成年しても伯爵だと持ち回りの順番に時間がかかる。
この持ち回りが選挙ならばなら別なのだが、実際は根回し中心の密室談義だからいつの間にか決まっているという感じで、ヘインワーズ家が没落したと否応なくわかってしまう。
そうなると、ヘインワーズ家門として席についていた下は別の諸侯に尻尾を振るわけで。
栄枯盛衰というのはこんなものかと感じずにはいられない。
さて、ここまでが前振りで、これを踏まえて私の立ち位置を説明しよう。
ヘインワーズ侯の引退と同時に、私に子爵位が与えられ王室法院への参加資格が得られる。
そして、今回の定例会において正式に王家直轄都市エルスフィアの太守に就任する事で、実質的な伯爵として動く事ができる。
この手の裏道を己の引退に合わせて私に贈ってくれたヘインワーズ侯は間違いなく傑物の一人だった。
これに世界樹の花嫁侯補という肩書が加わって、私は法院内でも無視できないようになっているのだから。
「それでは、王室法院枢密会を開催します。
今回の議題は王家直轄都市メリアスで発生した世界樹の花嫁侯補生襲撃事件で、メリアス太守代行のアリオス殿下、花嫁侯補生でエルスフィア太守代行のエリー・ヘインワーズ子爵、現場担当のフリエ・ハドレッド女男爵に来て頂いてもらっています。
ここでの議事は秘密を守ってもらい、漏らすと罰せられることを先に申し上げておきます」
王室法院枢密会。
表に出来ないいろいろな事を、少数の有力者だけで片付けるために作られた慣習的な組織で、その法的正当性はないのに法院定例会の議事が先にここで議論されるという法院の暗部中の暗部。
その議長であるベルタ公が片手をあげて私達を含めた全員が宣誓の言葉を述べる。
「女神と王国に誓い、真実を語る事を誓います」
席に座ると、早速参加者の一人から質問が飛ぶ。
たしか、西部諸侯系列の貴族のはず。
「今回の襲撃事件の前に、もう一人の花嫁侯補であるミティア・マリーゴールド嬢が襲撃されているという事実を、護衛騎士であるキルディス・ブロイズ卿から報告を受けている。
エリー・ヘインワーズ子爵。
率直に伺うが、その襲撃事件に関与しているのではないか?」
ストレートに訪ねてくるあたり、まずは小手調べという所だろう。
そもそも、この場にミティアが居ない時点でお察しな訳で。
ポイントなのは今回の襲撃事件ではなく、その前の襲撃事件という点。
ヘインワーズ侯の引退で捜査が打ち切られたそれの犯人を私にする事で、この襲撃を私の自作自演にというストーリーに持ってゆくつもりなのだろう。
私は立ち上がって、それに反論する。
「疑いたくなるのはもっともです。
穿った見方をすればヘインワーズ侯が襲撃を意図し、それに失敗した為に引退を持ちだしてそれを誤魔化したともとれます。
ですが、ここで一つ誤解を解いておきたいと思います。
ヘインワーズ侯が引退を示唆したのは襲撃事件の前で、それはアリオス殿下もご存知です」
私の代わりに立ち上がったアリオス殿下が、その秀麗な顔を崩すこと無く私の言葉を裏付けた。
ここで違うと言って私を追い落とすメリットが彼にはないからこそ、私は安心してその言葉に信頼がおける。
「事実だ。
今回、世界樹の花嫁の選定の現場監督として陛下から密命を受けて二人を監視していたが、ヘインワーズ侯の引退はミティア嬢の魔術学園入学の前だ」
ざわつく参加者だが、事実よりもアリオス王子が私の肩を持った事の方が大きい。
落ち目のヘインワーズが王子に擦り寄ったと見られなくもないが、舐められるよりはましである。
今度は、現場捜査指揮をとったフリエ女男爵が席を立つ。
今回の騒動で現場指揮の功績と取り込みの下心をこめて、ヘインワーズ家門で子爵にという提案をしたのだが、丁重に断られた。
とはいえ、こちらの動きをアリオス王子に伝えたから、王家から近く子爵に陞爵されるだろう。
恩を覚えてくれると嬉しいのだが。
「襲撃事件の報告は近衛騎士団と法院衛視隊が既に提出していますが、襲撃犯は現地盗賊ギルド直轄のアサシン部隊で、彼らの投入に関して大金と政治的影響力が必須となります。
エリー・ヘインワーズ子爵は豊富な資金力とギルドマスターの孫であるシド・ベルディナッドと懇意にしており、わざわざアサシン部隊を動かす必要はないと言うのが現場の結論です」
それに最初の質問をした参加者が立ち上がける。
向こうからすれば、私を犯人に仕立て上げればいい訳で、そこに真実など必要はないのだ。
探偵のいらない事件は、金とコネで真実がねじ曲げられる。
「だが、エリー・ヘインワーズ子爵は今回の騒動において、シド・ベルディナッドとその情婦のアマラ・イベリスベルの赦免状を要求している。
エリー・ヘインワーズ子爵はその生まれから、シド・ベルディナッドやアマラ・イベリスベルと爛れた関係を持っていたのではないか?」
まあ、元高級娼婦情報はこっちが流したのだから、知られてもおかしくはない。
だが、こっちが流した以上、対策済みというのは分かっていてこれを流す。
全て払拭できたら、私の正当性が増すというある意味でのフォローに私は苦笑せざるを得ない。
タリルカンド辺境伯が私にツバつけたのを知って、西部諸侯も慌てて取り込みにかかったな。
「ご存知かと思いますが、私はタリルカンドの奴隷市場出身の華姫です。
我が母は、元はヘインワーズ侯の花姫として囲われていたのですが、彼の子を産んだ際に関係を精算。
その後に知り合った男とできた子供が私で、母を探していたヘインワーズ侯は私を引き取り、ヘインワーズ一門と扱う事にしたのです。
そんな経緯から、年が近い花姫であるアマラ・イベリスベルとは仲が良く、彼女を助けるのが私の目的で、シド・ベルディナッドについてはおまけです。
彼は、私を飾るだけのお金は用意できないでしょうから」
そこで参加者一同に笑いが起こる。
華姫は超一流のブランドが確立している。
飾りとして己の意志を持たないことで有名だから、私の背後にヘインワーズ侯がいて私は操り人形だと勝手に解釈してくれるだろう。
そして、先のヘインワーズ侯の引退に合わせて捜査が打ち切られた事にリンクするから、私の追求もそこで打ち切られる。
最初から行き止まりなのが分かっているけど、私の身の潔白を証明する大事な儀式も終わり、話は核心に入ってゆく。
「盗賊ギルドマスターであるベルディナッドの自殺によって、依頼者を探す糸が無くなってしまいました。
今回の騒動が魔術学園内で堂々と行われた事を鑑みて、それ自体に目的があったと近衛騎士団と法院衛視隊は結論づけています。
この枢密会そのものが、依頼者の目的だったとも考えられるのです。
それを踏まえて、殿下にお聞きします。
世界樹の花嫁の選定は続けるつもりですね?」
参加者がアリオス王子に質問し、アリオス王子は毅然と立ち上がる。
普通の仕草ですら絵になるからイケメンってのは。
「無論だ。
世界樹の花嫁は、王家や諸侯を支える女性が数多く生まれてきている場所だ。
私も、私と共に歩む者をこの世界樹の花嫁の中から選びたいと思っている」
「静粛に!
静粛に!!」
ざわめきが止まらない。
正直、ここまでアリオス王子がここまで踏み込む発言をするとは思っていなかった。
王家の血の絡みからミティアを迎えないといけないのは分かるが、同時に私についても手を出したらアリオス王子が出てくるという間接的な脅しになっている。
その上で、メリアス太守の後任人事がアリオス王子より提示される。
「で、後任のメリアス太守だが、弟のセドリックに任せたいと思っている。
大任だが、影から私も支えるつもりだ」
お、慰労会のでのネタだが本気で使ってきたか。
個人的にはアリオス王子が太守にそのままついて、その下にセドリックをつけると踏んだのだが。
カルロス王子への警戒から、アリオス王子は表から一歩引く所で支えるらしい。
「そして、太守府書記に下級書記でもう一人の世界樹の花嫁侯補であるミティア・マリーゴールド嬢を入れたい。
世界樹の花嫁修行の一環としてだ」
ちょ!
それ私聞いてない!!
しかも、ミティアの推薦人私やん!!!
見える。
占わなくても、
「エリー様ぁ!
ここ分かんないんですぅ」
と泣きついてくるミティアが見える。
ミティアの修行押し付けやがったなと怒りの視線をアリオス王子に向けようとしたら、笑顔で返しやがった。
私が感謝していないのわかって、すっとぼけやがったな。この王子。
「そして、これらの人事はエリー・ヘインワーズ子爵のエルスフィア太守後任人事と合わせて一括して定例会に上程したい。
なお、太守府人事はその都市の行政の停滞を招きかねないから、定例会の最初の議案とする事をお願いしたい」
そういう事か。
人事が正式に承認されれば、その後に出てくる女神神殿神殿喜捨課税問題に確実に関与できる。
ミティアをコントロールすれば、メリアスという大都市太守を味方につけて神殿喜捨課税問題の反対派を構築できると。
ちゃんとこっちの欲しい物を分かっていて、取引を持ちかけるのだからこの王子悪辣である。
きっと良い王になるだろう。
私がしぶしぶ怒りを鎮火されたのを見て、またアリオス王子がにっこり。
全部分かっています的笑みを浮かべられて、私は腹立たしいが味方なので苦虫を噛み潰した顔をして座っているしかなかった。
「怖いお嬢様だ。
これからもお手柔らかに」
という一言を投げかけて議長であるベルタ公が私の横を通って去ってゆく。
そんな一言を投げかけるあたりこっちこそお手柔らかにと言いたいぐらいなのだが。
枢密会が開かれていた会議室から出ると、ヘインワーズ侯が待ち構えていた。
私の姿を見て、ベルタ公と同じような感想を頂く羽目になった。
「安心して引退ができそうだな。
ヘインワーズは生き残りを優先するから、その範疇で好きにするがいい」
「かしこまりました。
お疲れ様でした。お義父様」
こうやって、同じ資格でこの王室法院に立つのはこれが最後である。
偽物だらけの関係だが、こうして並んで話をすると親子に見えるのだろうし、それを私もヘインワーズ侯もわかってこれをやっている。
お義父様のエールは受け取った。
ならば、その名を汚さない程度には頑張らせてもらうとしよう。




