77 王都でデート
王都オークラムは二重城壁に囲まれた都市である。
こうやってアルフレッドを連れてぶらぶら歩いているが、最盛期の人口100万は誇張ではないと感じてしまう。
それが、この国の現状を端的に表していて、頭を抱えたくなるのだが。
「王城『花宮殿』の周囲は貴族の居住区と王室法院をはじめとした政庁が集まっているわ。
あとは大手門を起点とした大通りに商業街になっているという訳」
頭にぽちを乗せてヘインワーズ家の屋敷から花宮殿の周囲を回る。
周囲を適当に眺めていると、衛兵に呼び止められる。
「止ま……失礼しました!」
「お仕事ご苦労様。
エルスフィアを一時的に預かる者で世界樹の花嫁候補、エリー・ヘインワーズ太守代行と申します。
王室法院定例会出席のため滞在しているのですが、護衛に王都の地理を教えようとこうして歩いている次第です」
まあ、たれぽちでうろつくドレス姿の令嬢という時点で不審者か。
ついでに、貴族は馬車で移動するのに、徒歩で歩く私達が目立つのは間違いがない訳で。
貴族のお嬢様らしい派手かつふりふりドレス姿だったのも不信感を与えていたらしい。反省。
衛兵が即座に間違いに気づいたのは、胸の大勲位世界樹章のネックレスに気づいたからに他ならない。
「衛兵の数が多いわね。
何かあったの?」
「いえ。
最近はこのように常に警護をしておりますが何か?」
「そうなの。
やっぱり王都は違いますわね。
では、失礼」
丁寧にお辞儀してこの場を立ち去る。
街路ごとに衛兵を立たせ、各貴族の屋敷玄関の警備兵は完全武装。
つまり、それをしないといけない状況になっている。
思っていた以上に危険になっているらしい。
「こっちが商業区。
人と馬車の数が桁違いでしょ」
「凄いですね。
これだけの人は見たことありませんよ」
日本だと都心だとこれぐらいの人間当たり前だったりするのだが、異世界においてこの手の人馬の集まりはなかなか見られない。
この王都は商品の消費地であり集積地でもあるのだから。
多く荷が行き交い、人々の喧騒が止むことはない。
日の出と共に門が開けられ、日没には門が閉じる。
その為、城門外にも街が形成されていたりする。
「いらっしゃい!
お嬢様。
何かお探しで?」
目にとまった武器屋にふらりと入ると店の親父が声をかける。
ちらと価格を確認。
メリアスやエルスフィアでも売っているショートソードが値上がりしている。
王都価格というよりも、需要の増加と見るべきだろう。
「うちの護衛にいい武器を買おうかと思ってね」
「ああ。
世界樹の花嫁候補が襲われる物騒なご時世だから、装備の強化は大事だよな」
「お嬢様……」
断ろうとしたアルフレットの口を人差し指で塞ぐ。
たまにはこうやってお嬢様を楽しみたいのだ。
「いいって。
良い武器と防具は貴方だけでなく私の身も守る。
違う?」
「ありがとうございます」
観念したようにアルフレッドが口を開くと、武器屋の親父がアルフレッドの装備を見て武器を選んでいる。
体格にあわない武器というのは、あたりまえだが使用者の力を発揮させられないのだ。
「盾はたしか買ったのがあったでしょ?
となると武器か」
「しかし、あんたの護衛珍しい盾をつけているね。
それで矢とか防げるのかい?」
透明のポリカーボネート製ライオットシールドを見て武器屋の親父が不思議そうに見つめる。
これで耐衝撃性・耐熱性・難燃性に優れているなんて普通信じないだろうなぁ。
なお、向こうからついでにケプラー繊維製ボディアーマーを買ってきたのだけど、その機能性に惚れ込んだシドがアマラ経由で強引に持っていったという笑い話が。
セリアといいシドやアマラといい、フランクすぎる所があるがそこは私も気に入っているからあまり文句も言えない。
「まあ、マジックアイテムみたいなものでね」
「なるほど。
取られないようにしろよ。
最近は物騒だからな」
おやじの言葉に私は確信した。
やはり治安が悪化している。
要するに食えなくなった流民が、王都ならばなんとか食えるかもと王都に流れ込んでいるのだ。
もちろん、王都とて職がある訳もなく、かといって行くあてもなく、城壁外にスラムが広がりつつあるという感じか。
こうやって言葉の端々に崩壊の音色が潜んでいるのがこの統合王国なのだろう。
「アルフレッドはしばらく剣で行くの?」
「はい。
この盾を持つことを考えると片手剣で行こうと」
「だったら、こういうのはどうだい?」
武器屋の親父が持ってきたのはグラディウス。
古代ローマ時代の軍団兵(ローマ軍団)や剣闘士によって用いられたショートソードの一つである。
なお、ローマ軍最盛期の兵士達はこの剣片手にもう片方は盾を持ってローマのために戦ったという、由緒ある盾持ち用武器である。
「悪く無いわね。
これもらおうかしら」
「毎度。
手入れは怠らないようにお願いしますよ」
「支払いは俺が」
払おうとした私を押しのけてアルフレッドが銀貨の入った袋を親父に渡すと、全部受け取るのではなくきちんと代金分だけ抜いてこっちに返してくる。
こういう店は信用がおけるのでこれから贔屓にしよう。
「払ってあげるのに」
「こういうのは自分で払うからこそ命がかけられるんです。
と、サイモン様からの教えで。
この盾だって、お嬢様に支払うためにお金を貯めているんですよ」
わざと怒った顔を作ろうとしてアルフレッドにたしなめられる。
なるほど。一理ある。
ちょっといい所を見せたいのにと思ったけど、口にだすことはしなかった。
ちゃんと育っているらしいアルフレッドをかっこいいと思うと同時に、傭兵将軍になってしまいそうな怖さをどう口に出せばわからなかったから。
武器屋を出たあとそのまま大通りを歩いてゆき、適当に店を眺めたり商品を見たりしながら私は目的地につく。
かつて、私がこの地を治めた時には既にこのあたりも人は居なかったのに、衰えたりとはいえこの街には活気があふれている。
その象徴が王都オークラム大手門。
この正門から王宮まで一直線に伸びる大通りは、防衛上の弱点になっていたのでこの大手門そのものが城塞のようなつくりになっていた。
だが、まだ平和であるこの時、この門は常に開かれており人と馬の往来が激しく続いていた。
「王都オークラム大手門。
極東大帝国との交易路の終点がここ。
だから、ここは王都商業区よりも栄えているわ」
懐かしい。
そして、廃墟だったこの場所がこんなに活気に満ちていた事に感動を覚えてしまう。
衛兵に銀時計を提示して城壁に上がらせてもらう。
そこから見た景色を私は忘れたことはなかった。
たとえ建物が多く人の往来が激しかろうと、私にとってこの地は廃墟から始まり復興に力を注ぎ、あの人を失った地なのだから。
そのあの人は、私の事を知らずに私の側で佇んでいる。
それが少しだけ懐かしくて嬉しい。
「お嬢様。
そろそろ黄昏時で、皆が心配します」
アルフレッドが声をかけるまで、私はただじっとこの風景を見続けていた。
気づいていたら、結構な時間景色を眺めていたらしい。
思い出したように、私は王都を振り返る。
中央にそびえる城塞の先にある城は王城『花宮殿』。
その側に立つ荘厳な建物は王室法院。
私の戦場の地。
「じゃあ、帰りましょうか」
「はい」
これ以上進むのは怖い恋だけど。
これぐらいの役得はあってもいいよね?
大手門から大通りではなく脇道を抜ける。
スラムほど治安が悪くなく、かといって大通りほど安全ではないその道に私は懐かしい空気を感じる。
よそ者の私達につけられる監視の視線。
かといって敵意は向けてこないのは、私を客と判断しているからか。
「お嬢様」
アルフレッドが声をかけて警戒を促す。
なるほど。
それぐらいは彼も成長したか。
わざとらしく大声て私は道を間違えたことを周囲に告げる。
「ごめんなさい。
道を間違えちゃった。
やっぱり迷ったら戻らないとダメよね。
引き返しましょう」
大通りに向けて来た道を戻る。
まとわりついていた監視の視線は、私達が大通りに出ると綺麗になくなった。
見ると、アルフレッドは汗まみれ。
あれはかなりのプレッシャーだったのだろう。
「お嬢様。
あそこは一体……」
アルフレッドの言葉を遮るように屋敷への道を戻る。
早足で歩いて貴族街にさとかかった事で、やっと歩みを止める。
そろそろ話してもいいだろう。
「あそこはね、この王都の暗部の一つよ」
私の時には既になかったが、本来ならば残ってないとおかしかったもの。
華姫をはじめとする高級娼婦の需要が一番あるのはここ王都なのだから。
「『華市場』。
そう呼ばれていたわ。
高級娼婦専門の売買市場と娼館の集合地区で、盗賊ギルドだけでなく貴族すらその闇に絡めとるやばい場所」
そして、私の師匠が花姫でも必ず記録--売買記録--が残っているだろう場所の下見は済んだ。
アマラとシドあたりをあそこに送り込むかと考えながら、私はアルフレッドと共に屋敷の門をくぐった。