76 多分家族の団らん(貴族編)
王都オークラムの中枢である王宮こと『花宮殿』。
そのほど近い一角にヘインワーズ家の屋敷がある。
今、この屋敷は結婚式に向けて色々と慌ただしく動きまわっていた。
「お帰りなさいませ。
エリーお嬢様」
立場上義娘という事になっている為、屋敷のメイドがズラリと並んで私に頭を下げる。
セリアみたいな冒険者上がりではなく、専属教育をうけたプロのメイド達。
メイド長と家宰が並んでいるあたり、一応歓迎してくれるのだろう。多分。
「王室法院定例会の為に、こっちの屋敷をお借りします。
そちらには迷惑は掛けるつもりはないので、先に連絡したとおり、離れを貸してもらえないでしょうか?」
法院でのロビー活動の為にはどうしても近場に拠点が必要になる。
その為、この屋敷の一角を拠点にと手紙を出していたのである。
で、その返答はこの屋敷を差配する影の実力者である家宰から重々しく伝えられた。
「お嬢様。
その出自はどうであれ、今の貴方はヘインワーズ家の娘。
ましてや、エルスフィア太守代行という重責を担っておられている。
離れなどと慎ましい事をおっしゃらないでくだされ。
お嬢様のお部屋は前回と同じく本館の二階に用意させて頂きました」
離れでなく本館二階。
屋敷の当主一族のプライベートルームに部屋を用意してくれている意味は、私をヘインワーズの娘と扱うという事。
全面降伏して王家に尻尾を振るが、孤立無援にはしないというメッセージなのだろう。
ここにいるのは、私と私の付き人(サイモンと護衛、セリアとメイド)の13人と、姉弟子様にアルフレッド、そして私とミティアの襲撃事件の為にメリアスから一時離す事にしたアマラとシド。
まあ、この程度の人数を軽く吸収できるからこそ大貴族のお屋敷というのだろうけど。
「それとお嬢様。
侯爵様がお会いになりたいと申しております」
「わかりました。
夕食後にそちらに参りましょう」
さて、私をこの地に召喚した元凶であるヘインワーズ侯は私に何を語ってくれるのだろうか?
ヘインワーズ侯の部屋には、学園で見たあの肖像画が飾られている。
彼女からエレナお姉さまが生まれたとすれば……
自然に言葉が出てくる。
「こちらが、エレナお姉さまのお母様でしょうか?」
「いい女だろう?
父が囲っていた花姫だった。
シボラ家の娘だって知ったのは、実はゼラニウムが失踪してからなんだよ。
花姫と華姫の違いなんて知らなかったし、憧れていたあの人に筆おろしに行ったら当たってしまって、父は笑うし母はカンカン。
できたのが俺の娘か俺の妹なのかまでは知らん」
エレナお姉さまの年を考えると、それいろいろとまずいと思います。日本では。
とはいえここは異世界、ましてや貴族ともなると御家存続が第一であるので、考え方も違う。
「そう。
ただ、産後にそのまま姿を消した。
自分がシボラの家の娘と告白して娘に害がないようにという置き手紙を残してな。
カンのいい女だったよ。
あの子を守るのは俺しかいないと覚悟を決めると、不思議と力が湧いてきた。
で、ここまで突っ走ってきた訳だ」
そして、ここで引いたのもエレナの為なのだろう。
だとしたら、アリオス王子の嫁にという下心は、政治的野心の他に彼女への親心もあるのかもしれない。
私の存在で己の野心の末路に気づいた彼は、躊躇うこと無く野心を捨て保身へ走った。
その覚悟こそ彼が一流の証。
「だから遠慮するな。
少なくとも、俺はお前を娘として扱うからな。
もっとも、エルスフィアを掻っ攫ってくるとは思わなかったけどな」
その笑顔は良い成績を取った娘を褒める父親に見えなくもない。
全く血が繋がっていない偽物の親子関係だけど、ほのかに感じる暖かさをどう表現すればいいのだろう?
「おまけに、タリルカンド辺境伯末弟のエリオス殿の嫁にとこの間辺境伯から誘われましたよ。
ヘインワーズの名前も捨てたものじゃないですね」
「間違いなくお前を評価したんだろうよ。
こちらも辺境伯から正式に申し込みがあった。
本人に任せると逃げを打ったが、向こうは本気らしいぞ。
エルスフィア太守代行殿。いや、次期エルスフィア太守殿」
それを聞いた私のしかめっ面を見てヘインワーズ侯爵が楽しそうに笑う。
彼の耳にまで入っている以上、もはや太守就任は既定路線という事か。
「次の王室法院定例会にて俺の引退が受理される。
で、お前の太守就任に合わせてエルスフィア家門としてお前に子爵が叙爵される。
息子が成人するまで、ヘインワーズ家門を引っ張る事になるだろう」
え?
それ初耳なのですが??
「何を驚いている?
俺が引退した後の高位貴族で、しかも太守位持ちで、世界樹の花嫁侯補。
おまけに、俺の娘だ」
「周囲が納得しないのでは?」
「じゃあ、俺の妹でどうだ?」
うわぁ。
好色だとこのあたりつっ込みが追いつかない。
そういう事か。
成り上がりで、急いで信頼できる一門形成の為になりふり構わず子供が必要だったと。
という事は……
「……私の母をお義母様の叔母にするつもりですか?」
途中から考えている事を口に出したら、ヘインワーズ侯はニヤリと笑うのみ。
このどS系イケメンも大概チートである。
「否定する材料が探っても何も出てこない以上、本人の意志を尊重しないといけないだろう?
容姿はにていて髪の色ぐらいしか違わない。
二人を並ばせて『種違い』と言えば、誰もが納得するさ」
華姫という高級娼婦情報流して私への敵愾心を下げたと思ったら、それを手にとって一門組み込みの裏ワザかましてくるとは。
ああ。懐かしき権力闘争のドロドロさ。
「で、我が娘は法院で何を企むつもりなのかな?
まだ、執政官なので、物分りの良い父親役を演じても構わないぞ」
お願いですから、その笑みやめてください。
アットホームな父親でなく、獲物を目にした餓狼にしか見えません。
「大賢者モーフィアスの世界樹の花嫁に関する報告は届いていますか?」
「読んだ。
手を引いて正解だったと思う。
だが、あれは荒れるぞ」
予想通りの言葉を吐いてくれる義父に私は爆弾を投げつける。
アリオス王子から暴露された、王家の血にまつわるあれこれを。
もちろん、魔法で音消しをした上だが、あのヘインワーズ侯ですら顔色が悪い。
「なるほどな。
俺が未来において潰される理由はこれか」
そこに行き着けるのだから、本気でこの人こわい。
なお、この若さだから隠居とは名ばかりで、ヘインワーズ商会の方で活動して商業に力を入れるつもりらしい。
この情報を持っているならば、巨万の富を掴めるだろう。
「エルスフィア太守は世界樹の花嫁でミティアに負ける出来レースの褒章です。
そして、ミティアの王妃が既定路線な今、諸侯が激しく争っています。
アリオス王子は優秀すぎるので、手頃な頭に替えたいのが諸侯の本音。
私にカルロス王子を担ぐ勢力が接触してきました。
彼の背後には南部諸侯がいます」
まあ、黒幕の一人はサイモンなのだがそれを言っても理解できないだろう。
彼のスポンサーの南部諸侯を黒幕にした方が話を進めやすい。
「我が世の春を謳歌する西部諸侯への対抗か。
我々が手を引いたから暴発したのだろうな。
世界樹の花嫁襲撃事件の黒幕は、南部か?
俺の引退を使って背景の捜査をうち切ったらしいが」
なお、我がヘインワーズ家は法院貴族の出世頭で、今回の婚姻で西部側についたと見られている。
そして、私に粉をかけてきたタリルカンド辺境伯は東部諸侯の大物。
ああ。楽しき権力闘争。
「そこまでは私にもわかりません。
ですが、今回の王室法院定例会で、女神神殿神殿喜捨課税問題が議題に上がります。
そこの動きで見えてくるものがありましょう。
私が潰されても、ミティアは花嫁請願まで使ってこれを阻止するでしょう。
それぐらいは、私とヘルティニウス司祭でミティアに教え込みました」
我々の絶対的な切り札である花嫁請願。
将来においてこれが使えることが確定しているミティアをこっちは取り込んでいる。
だからこそ、反対派はこの局面を打開するための大技を繰り出さないといけない。
その大技が何なのかまだ私にはわからない。
「わかった。
どうせ、エレナの結婚式は諸侯を招待するから、集まる法院定例会の最中だ。
お前も出席しろ。
その場で、血筋がらみを根回ししておく」
何か色々と絡め取られていると感じざるを得ない今日このごろ。
話も終わりとばかりに部屋を出ようとしたら、ヘインワーズ侯がぽつりと過去を思い出す。
「しかし、こうやって見ると、本当に血がつながっていないのが不思議に見えるな。
エレナの母も、宮廷魔術師を嘱望された才媛だったらしいが、お前から教えてもらった王家のごたごたに巻き込まれて花姫に落ちざるを得なかった。
占いが好きで、未来を見通せるのではと俺は不思議に思っていたさ」
あれ?
もしかして、これ凄く私的に重要な情報だったりしない?