閑話その2 王都オークラム防衛戦
「賭けをしよう」
「賭け?」
敵陣本営の天幕の一つ。
片方は一軍の大将で片方は敵側大将。
ぎりぎりまで粘った話し合いはついに平行線のままだった。
「タリルカンドの華姫なのだろう?
ならば、俺を蕩けさせてみせよ」
「いいわよ」
片方の大将は他の大将を出し抜きたかった。
片方の大将は守る王都を落とされたくはなかった。
だから接触して話を持ったのだが、最後の妥協に彼はその身を求めたのだ。
それに女は応じた。
服を脱ごうとした女を男は制す。
罠にかかった獲物を憐れむような目でそれを告げた。
「あいにく、俺は女など飽きるほど抱いている。
だから、お前みたいな女が下賤の者に汚されるのに興奮するのだ」
出てきた醜悪な魔物達に女も嘲笑で返す。
男と同じような目をしているのはどうしてなのか男には理解できないが少しだけ興味が湧いた。
「私を誰だと思っているの?」
「半日だ。
総攻撃は一週間後の吉日に決められており夜明けから各軍が進撃する。
我が軍は昼に王都に進撃する。
その半日の為に、お前は一週間体を昼夜問わずに魔物たちに嬲られる」
その言葉を引き出したのを勝利と信じて、女は裸のまま魔物達の群れにその身を投じた。
その三時間が歴史を変えたと確信していたのは、現在魔物達に身を穢され続ける女しかいなかった。
--『オークラム統合王国再興記 王都防衛戦 華姫取引より』--
オークラム統合王国王都オークラム。
王宮『花宮殿』を中心に二重の城壁が囲む城砦都市は現在兵士しか残っていない。
最盛期には百万を超えていたこの都市は王国崩壊後に放棄され、廃墟に残った人は万を切っていたという。
エリオス・オークラム王子を大将にタリルカンド騎士団残党を中核にしたオークラム復興軍は北部要衝ファルタークで北方蛮族相手に名を売り、力を蓄えつつも流浪の身から脱却を目指して己の拠点を探していた。
その拠点にこの王都を選んだのは決して間違いではなかったが、この都市が放棄されるだけの理由もまた存在していた。
まずは、都市の規模が大きすぎる。
最盛期百万を超えたこの二重城壁都市を防衛するにはそれだけの兵が必要だし、復興には多大な資金が必要だった。
三方向から異民族の侵入によってぼろぼろにされている諸侯にそれを維持する兵も資金もなかったのであった。
次に、王都だっただけにインフラ、特に道が王都に向けて整備されており、兵を進軍させやすいというのがあった。
その為、この廃墟に人が残っていたのはその交通の要衝で商売ができるというのが大きいのだが、廃墟に無数にいる夜盗や盗賊に怯えながらの商売だったのである。
ここを拠点とするために赴任してきたのが、『華姫太守』ことエリー・ヘインワーズ。
かつて王家に逆らって滅亡したヘインワーズ家の末裔で、華姫として身を売るまで零落していたのだが、エリオス王子の復興軍にその身を投じてその才覚を花開かせた。
魔術師としての才よりも外交と兵站管理にその才を発揮し、聖竜の守護獣を駆使して軍の間接攻撃部隊を指揮し、そこにマリエル・タリルカンド指揮の騎兵が突入するのが勝利の方程式となっていたのである。
彼女の赴任は復興軍としてはなくこっそりと行われた。
王宮『花宮殿』跡地に娼館を開きそこで身を売りながら情報を集め、傭兵将軍アルフレッド指揮の傭兵団に盗賊を討伐させて最低限の治安を回復。
住民が少ない事を良い事に『花宮殿』を城砦化してそこに住民全てを移して、中の治安を回復させたのである。
夜盗達を金と己の体で切り崩し、治安回復を担保に商人たちから金を借りての王都復興は急速に進む。
元々が交通の要衝で、治安さえ回復するならばそこから人と物が集まり、商業が活性化するからだ。
更に、流民化していた北方蛮族を王都に迎え入れて、仕事を用意する事でさらなる人と富を生む。
そこから、人が増えるたびに街区を簡単な石壁と関所で囲んで少しずつ、確実に復興させてゆくと、西方新大陸から運ばれてくる穀物と北方で生産される木材をはじめとした資源交易の中継地点として機能するのにそんなに時間はかからなかったのである。
それに目をつけて奪おうとする連中も多かったが、正式にオークラム復興軍が入場すると彼らも敗北によって復興軍の軍門に降ることになった。
そんな中、最大の兵力で王都に襲いかかってきたのが、南方魔族だった。
南方魔族というのは各魔族の集合体で、族長こと大公達の合議制で悪く言えば好き勝手、良く言えば高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に南部を地盤に荒らしまわっていた。
もともと穀倉地帯である統合王国南部を拠点にしていたが、好き勝手の略奪の結果穀物生産が著しく低下し、新たなる供給源を探していた所だったのである。
富を集積し海上戦には一日の長がある西部諸侯とは戦えず、北部と東部には養うだけの力が無い。
彼らが復興しつつある王都オークラムに目を向けたのはある意味当然だったと言えよう。
そして、その動きを彼女も掴んでいた。
世界樹が枯れて廃墟になっていたメリアスに住民を避難させて、決戦を準備。
東方騎馬民族にも知られていたタリルカンドの名前を使って東方騎馬民族と同盟を結ぶと、北方蛮族を雇って兵をかき集めたのである。
オークラム復興軍 エリオス・オークラムは花宮殿にて指揮
近衛軍 5000 マリエル・タリルカンド指揮
王都防衛軍 5000 エリー・ヘインワーズ指揮
傭兵軍 10000 アルフレッド・カラカル指揮
北方蛮族 10000
東方騎馬民族 10000
計 40000
南方魔族連合軍
コブリン族 60000
オーク族 30000
上位魔族 直 20000
上位魔族 魔 20000 サイモン・カーシー指揮
計 130000
戦いは早朝のゴブリン族の突撃から幕を開けた。
彼らに協調など求めても無理だし、それはオークラム軍も魔族軍も理解していたから外壁はたちまちゴブリンの死体で埋まる。
とはいえ、数に疲弊するオークラム外周城壁を守る傭兵軍にオーク族が攻撃をしかける。
この時点で魔族軍は手違いが発生している。
本来ならば外周城壁突破のための大規模儀式対城攻撃魔法を用意している上位魔族の魔法攻撃部隊が、儀式に手間取って進撃が遅れると報告してきだのだった。
その為、本来ならば回避できたはずの外周城壁の戦闘が長期化し、予備兵力としてとっていたオーク族まで投入する羽目になったのである。
実質的な本陣である上位魔族直接攻撃部隊をこの時点で出すわけには行かなかったのだ。
動いたのは太陽が中天にさしかかった頃。
外周城壁の大手門に大規模儀式対城攻撃魔法『メテオストライク』が炸裂。
傭兵将軍アルフレッドが戦死し、オークラム軍の外周城壁防衛が崩壊した瞬間、魔族軍は勝利を確信し上位魔族直接攻撃部隊も戦闘に参加する。
だが、彼らを待っていたのは大量の廃墟に身を隠しながら戦うオークラム軍のゲリラ戦と、王宮花宮殿に鎮座する守護竜のホーリーブレスだった。
それでも数にものを言わせたならば、王宮の陥落は時間の問題だっただろう。
王都郊外に伏せていた近衛軍・北方蛮族・東方騎馬民族の部隊が外周を包囲してしまわなければ。
ここで、魔族軍は二者択一を迫られた。
この包囲を突破して、遅れている上位魔族の魔法攻撃部隊と合流すべきか?
敵も外周包囲だけなので、一気に王宮を落としてしまうべきか?
それを花宮殿で防衛軍を指揮していたエリー・ヘインワーズは冷酷に読みきっていた。
「火だ!
廃墟から火が上がっている!!
火に囲まれるぞ!!!」
ゲリラ戦の本当の狙いはこれだった。
外周市街地に無数に仕掛けられた油を始めとした火種に火がついて容赦なく魔族軍を追い詰める。
王都の2/3を焼き、『花宮殿』も燃えかかった大火に魔族軍は統率を失って城外に出ようとするが、そこには騎兵指揮の天才と歌われたマリエル・タリルカンド指揮の近衛軍と東方騎馬民族の15000が手ぐすねひいて待ち構えていた。
王都攻撃に参加した110000の兵力のうち、生きて帰れたの一割も居なかった。
そのほとんどが火と煙で命を落とし、なんとか逃れた所を騎兵突撃で踏み潰されたのである。
事態に気づいて慌てて救援に来た上位魔族魔法攻撃部隊は、北方蛮族によって防がれ自力で突破した魔族軍を収容する事しかできなかった。
この大火は一週間も燃え盛り、勝利に酔うオークラム軍に冷水を浴びせたという。
王都オークラム防衛戦
オークラム復興軍
総兵力 40000
損害 15000
南方魔族連合軍
総兵力 130000
損害 100000
この王都オークラム防衛戦はオークラム統合王国復興のターニングポイントだった。
諸侯はその圧倒的な戦果にエリオス王子を飾りではなく王と認めるようになり、戦乱で荒れきっていた庶民はその大勝利に希望を見たのである。
完全な廃墟と化した王都オークラムはエリー・ヘインワーズ太守の指揮下で急速に復興が進む。
北方から木材を始めとした資源が搬入され、西方からの穀物が北方に運ばれてゆく。
王都の復興と治安の回復は東方との交易路も活性化し、東方騎馬民族の活動も低下。
そして、大打撃を受けた南方魔族に今がチャンスとばかりに東方騎馬民族の略奪が激化し、もう積極的攻勢は行えなくなってしまっていた。
なお、この大打撃で魔族軍をまとめて魔族大公として表に踊りでたのがサイモン・カーシーであり、彼が戦場の露と消えるまで魔族軍は南部を手放さなかった事を記しておこう。