72 助けて姉弟子様
私とミティアの襲撃事件の後始末を語ろう。
メリアス太守の辞任(という名の更迭)を頂点にした太守府内大規模粛清が発生。
物理的に首が飛んだ人間は居ないが、中級文官三人、下級文官八人、40人近くの書記が辞表を提出する事になった。
で、騎士団も似たようなもので、騎士二人、従士六人、従者17人、兵士80人以上が同じく辞表を提出する事になった。
表の行政組織はこれで腐敗を一掃させたが、本体の盗賊ギルド側も厳しい処分が待っていた。
盗賊ギルドマスターのベルディナッドが獄中で毒を飲み自殺。
法院衛視隊管理下で自殺は実質的な司法取引に他ならない。
表向きはそれでけじめをつけた形になるが、実行犯を出したアサシン組織が解体。
違法取引や法令違反で主要幹部は軒並み獄に繋がれ、ギルドと深い関係があった商会が三つほど店を畳むことになった。
盗賊ギルドそのものは残されたが影響力は大幅に失う事になり、スラム街を中心に新しいギルドマスターを決める為の暗黒街の鞘当てが始まる始末。
何をすればいいかというか、何から手をつけたらいいか分からない。
一都市の行政機能の麻痺に私の頭は思考停止したくなるのをぐっと我慢する。
とりあえず、アリオス王子が太守代行につくので、決裁の終点はできている。
その実務部分も私が被ればなんとかなる。
問題は魔術学園の方だった。
内通者が居るだろうに、手が回らない。
しかも、諸侯の子弟だったら下手に介入できない。
手が足りない。
「エリー様。
何か手伝えることはありますか?」
後始末の為に部屋で冬眠開けの熊のようにうろうろする私にミティアが気遣って声をかける。
彼女の心配そうな顔にちょっとだけ気が楽になる。
「大丈夫。
ミティアはおとなしく守られていなさいな」
あんた役立たずだからなんて言える訳も無く。
今欲しいのは、政治を理解して、腹芸と裏技を駆使して、最適解を提示できるような信頼できる切れ者……
いた。
そんな都合の良い人材が。
「何かあったの?
絵梨」
エルスフィア太守館にゲートを開いて飛ぶ。
数度も行き来していたから気づいたのだろう。
私の家庭教師としてこっちに滞在していた水樹姉様が顔を出してくる。
太守代行と魔法学園学生の二重生活については何とかやれているのだが、問題は私がメリアスにいる間エルスフィアで好き勝手されることだった。
で、お目付け役として時々姉弟子様をエルスフィアに送っていた。
伊達に向こうで権力者に囲われているだけあって金の流れと命令の流れの掌握が速く、何か悪さをする前にその芽をこっちに教えてくれる姉弟子様の存在は統治にかかせないものになっている。
なお、報酬よろしく辺境のたくましい男達といちゃらぶしているのだろうが、そこは目をつぶる事にする。
「私とミティアが襲われました。
魔術学園内だけでなく、メリアスは今大混乱ですよ」
こっちの疲れきった姿というのに、姉弟子様は肢体を惜しげもなくさらす色気のあるネグリジェ姿だから、誰か男をひっかけるつもりだったのだろう。
が、私の言葉を聞いて即座にそっちの顔になり、ガウンを羽織って真顔で私に尋ねた。
「やばくなってこっちに逃げてきたって訳じゃないわね。
セリアもアルフレッドもいないし」
「やられたままでは性に合わないので、これから逆襲を。
メリアスはアリオス王子が掌握したのですが、学園の方が手が回らなくて」
その一言でこっちの状況を把握する姉弟子様。
この人がこっちにいる事を本当に感謝したい。
「所轄争いで現地の人間全部信用できないって訳?
大丈夫?」
「今の姉弟子様よろしく、近衛騎士団と法院衛視隊を監視として使います。
それで、現地勢力の浄化を狙おうと」
「十分時間を頂戴。
着替えてくる」
私の話を聞いて、その後に起こる終わりを意識して根回しを買って出てくれる姉弟子様に本当に感謝。
手が足りない。
どうしても、信頼できる人間が居る。
その上で政治が分かって動いてくれる人間が。
私は、そんな人を姉弟子様しか知らない。
着替えた姉弟子様が入ってくる。
そして、私は姉弟子様に頭を下げた。
「助けてください。
姉弟子様」
頭を下げる。
それしかこの人に与えるものがないから。
下げた頭に手が置かれる。
姉弟子様の手だ。
「……絵梨からそんな台詞を聞けるなんて、歳はとるものよね」
一人で何でもできるし、やってきたつもりだった。
けど、どれだけ時間が経っても、私と水樹姉様との関係は姉弟子様と妹弟子の関係なのだと思い出す。
頭を下げたままでよかったと思った。
泣いている姿なんてこの人に見せたくない。
「で、何をすればいいの?」
「メリアスの魔術学園に教師として送り込みます。
襲撃事件があった為に、学園内も安全じゃないんです」
涙をぬぐって顔を上げたら、姉弟子様がいじわるそうな笑みを浮かべる。
あ、ろくな事考えていないな。これ。
「なら、メリアス太守が更迭されるのに合わせて、魔術学園学園長も替えてしまうのはどう?
この椅子に大賢者モーフィアスを座らせてみない?」
そうきたか。
失脚確定のモーフィアスだが、それは政治的影響力の排除が目的であって、彼の才能は誰もが認めている。
不祥事を起こした魔術学園の学園長の椅子を与えることで、国政に関与させないようにして法院での追求を避けるのが狙いか。
「実現の可能性はどれぐらい?」
「王子を絵梨が説得できるなら通るでしょ?」
出来ないわけではない。
現状の混乱はアリオス王子も望んでいないからだ。
勝算は十分あるな。
「わかりました。
それはこっちでやります」
ゲートに向かう途中で姉弟子様が立ち止る。
その顔は懐かしいと優しいを足して二で割ったような顔だった。
「覚えている?
私との最初の出会い」
姉弟子様の質問に私も過去に思いを馳せる。
あれはたしか師匠と出会ってからすぐ、姉弟子様が師匠の家に来た時の事だったと思う。
「私の顔を見た瞬間、絵梨って師匠の後ろに隠れちゃって。
傷ついたんだから」
「けど、あの時の姉弟子様って『新しい弟子が来たなら、その技量確かめてやる』って喧嘩腰だったじゃないですか。
かよわい乙女が怯えるには十分でしたよ」
「か弱い?
誰が?」
二人して吹きだして笑う。
あんまりなもおかしかったから、目に涙まで浮かんでいる。
「時々不安になるんですよ。
私はまだ、師匠の弟子を、姉弟子様の妹弟子を名乗っていいのかって」
ぽつりと、自然と隠していた不安が出る。
肉体は戻ったけど、それは三十路の走った人生を振り返る不安。
持っていた世界樹の杖をぎゅっと握り締める。
「私は魔術師になってしまいました。
占い師である師匠や姉弟子様と違って、宰相なんてものまでなって現世権力にどっぷり漬かっちゃっています。
そんな私が姉弟子様の跡を、師匠の跡を継いでいいのか、不安なんです」
ずっと抱えていた不安。
自分が何者であるか、その疑念。
だからこそ、一人で走り、抱えて、ここまで来た。
誰の手を借りず、誰にも助けを求めず。
それが私という魔術師のあり方だと思い込んで。
姉弟子様が笑う。
その笑顔は昔見た覚えがあった。
(あなたが師匠の新しい弟子?
私は水樹。
神奈水樹よ。
よろしくね)
そうだ。
怯えた私に微笑んで手を差し伸べてくれた時だ。
怯えながらも握った手が暖かかったのを覚えている。
「たとえ誰が何を言っても、貴方は師匠の流れを継ぐ私の自慢の妹弟子よ。
絵梨」
その一言がどれだけ嬉しかったか。
その一言にどれだけ励まされたか。
涙がでるのをぐっと我慢する。
神奈水樹姉弟子様。
尊敬する私の姉弟子様。
どうか、貴方を頼らせてください。
私を助けて下さい。
「妹弟子を助けるのは姉弟子の努めよ。
安心なさい。
私が来たからにはトラブルなんて全部解決してあげるわ」
あれ?
イイハナシダナーで終わるはずなのに、この体に染み付く悪寒はなんだろう?
そう。
いい方向に解決してくれるのだ。
間違いなく。
なんだろう?
悪魔と契約したようなこのやっちまった感は。
事態好転の代償に、その後始末と全責任を背負ったのは誰だった?
私だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!
がっくりする私に、水樹姉様が声をかける。
ぽんと肩に手をおいて。
けど、その手はかつて握った手と同じように温かい。
「だから、後始末はよろしくね♪
絵梨」




