71 メリアス大捜査線 その3
「アルフレッドを連れて行きたいと思っている」
え?
何で?
アルフレッドは昨日毒食らって寝ているじゃない!
こっちの考えている事が顔に出ていたらしい。
シドが種明かしをする。
「アルフレッドの志願だ。
起きてミティアから状況を知った彼が言ってきた。
でないとお嬢にそんな事言えないだろうが。
どうせ捜査は長丁場だ。
俺達の出番は最終盤だから傷も疲れも癒えていると」
あの馬鹿……おとなしく寝ていればいいものを。
けど、それもアルフレッドらしいと笑みが溢れるのを止められない。
「お嬢。
顔がにやけているぞ」
「あら。失礼。
却下します。
けど、ここに来たのならば仕方ないから詰めてもらうけどね」
「その説得、お嬢自身でしろよ」
「もちろん。
代わりに一人連れて行って欲しい人間が居るわ」
こっちの提案に警戒の色を強めるシド。
まあ、無理難題なのはあっているから、その警戒は間違っては居ない。
「使えるのか?」
「使えるわよ。
フリエ女男爵。
今、メリアスで動いている近衛騎士団の現場責任者。
ギルドマスターを確保して、背後の諸侯の名前を何としても抑えないといけないの」
アマラの為についでに教えておこう。
そう思って、彼女のもう一つの名前をシドに教えてあげる事にした。
シド経由で聞くだろうし。
「もう一つの名前はベルガモット。
アリオス王子の華姫よ。あの人」
「まじかよ……」
さすがのシドも唖然とする。
まあ、私といいフリエ女男爵といい華姫の例外中の例外を見ちゃっているからなぁ。
華姫のイメージが歪まないといいけど。
「そんなお偉方現場に送り込んでいいのか?」
シドの懸念は最もだ。
だが、ここで諸侯の名前を聞き出すことができるならば、この馬鹿騒ぎの後始末で色々有利に立ち回れるのだ。
だからこそ、確保から最初の取り調べはアリオス王子と繋がっているフリエ女男爵にやってもらいたかったのだ。
もちろん、それをシドに明かすわけにも行かないが。
「政治よ。政治。
盗賊よりなお深い闇のお話聞きたい?」
私のわざとらしいが目が全く笑っていない説得に、シドはあっさりと白旗をあげた。
私と同じく、わざとらしいが目がまったく笑っていない。
「そんな危ない所踏み込みたくもない」
地下水道捜査はそれから一時間もしないうちに始められた。
投入人員はシド達のパーティーを中心に、エルスフィア騎士団から10人、近衛騎士団から30人、法院衛視隊から30人の70人を集め、六人パーティーに分けて投入。
これとは別に100人近い人間が地下水道出入口を封鎖している。
ゲームではこの地下水道の層は5つ。
とはいえ、明日になればさらなる増援が見込めるので敵を最下層に押し込めてしまえばある意味勝ちと言えよう。
なお、ここの第二層から世界樹の迷宮に繋がっている。
「第一層攻略パーティが帰還しました。
死者はおりませんが、重傷2、軽傷3。
盗賊ギルド幹部二名を確保しギルド側に死亡7重傷2軽傷2。
攻略続行不能と判断して、全パーティが撤退しています」
数時間後。
セリアの報告に私とサイモンとフリエは平然と、ミティアは船を漕いで付き添いのキルディス卿に睨まれながらその報告を聞く。
最初に潜ったのはシドで、次はアマラが潜るために今アマラは私の横でシーフ服姿で立っている。
「思った以上に時間がかかりそうですね」
「大規模捜査ですから、単独で迷宮に行くのとは違いますよ。
サイモン卿」
「失礼。
一人で潜って大体なんとかなっていたもので」
胃が。
胃が痛い。
いや、仲が悪いのは分かったから、そのギスギスオーラちょっと抑えてくれると嬉しいのだけど。
一人、まったく気づかずに寝かかっている被害者もいるしさ。
なお、当然の事ながら捜査の総指揮は私。
こんな時、己の五枚葉従軍証がうらめしい。
誰も文句言えないから仕方ないが。
「第二陣を即時投入します。
死体の『回収』に二パーティ使い、残りは『維持』と『探索』。
ヘルティニウス司祭を『回収』パーティーに入れて。
ソンビやゴーストになられたら厄介よ」
足元を固めながら、一歩一歩確実に抑えてゆく。
時間はとりあえずはこっちの味方だ。
このままゲームのシナリオどおりならばまず問題はないが、賭けてもいい。
確実に諸侯が介入に来る。
諸侯の介入前にギルドマスターの身柄を抑えられるかで話が変わってくる。
「地下水道出口の一つで戦闘発生!
盗賊ギルド幹部とその手下が封鎖線を突破しようと戦闘を行っています!
支援を!!」
伝令から不意に飛び込んできた戦闘報告。
ゲームではこんな事は当然起きない。
つまり、ここも安全地帯ではないという訳だ。
「こちらから後詰を出します。
サイモン卿。
お願いできますか?」
「心得た。
従士2人、兵士6人借りてゆきます」
私の頼みに、サイモン卿は当然とばかりに立ち上がり、後詰のために部屋を出てゆく。
フリエ女男爵は動かない。
彼がロベリア夫人の愛人で南部諸侯を動かしている事は彼女の耳にも入っているはずなのだが?
ここはフリエ女男爵を信用しよう。
「お嬢。
報告だ。
今の所ギルドマスターは見つかっていない。
隠し通路もだ。
多分、こっちに掘るより第二層から世界樹の迷宮経由で逃げられる可能性があるから、隠し通路はそこが本命だろう」
探索から戻ってきたシドは地図を広げて、地下水道と世界樹の迷宮を重ねる。
何度か世界樹の花嫁が走破しただけあって、マップがちゃんと残っているのがありがたい。
けど、古代魔術文明の謎技術によって、罠やガーディアンは常に機能している。
「そのルートを取らない理由は?」
私の質問にシドは悪人顔で笑う。
こういう顔を見ると盗賊だなって納得するのだが。
「お宝さ。
逃げて身を隠すにも金がいる。
その持ち運びに苦労しているのさ。
戦ったやつらも身に一杯の金貨や宝石を持ってた。
歩く宝箱だな。あれだと」
ゲームでは出てくる敵や財宝がえらく良かったがそんな理由があったか。
それで見えてきたものがある。
地の利が無い場所で戦うのも避けられる、ゲームだったらありえない名案が。
「誰か、地下水道の水路図を持ってきてくれない?」
ゲームならば、基本ボスは迷宮の最奥にいる。
とはいえ、私のいる場所はゲームでは無い訳で。
地の利のない場所にわざわざ兵の逐次投入なんて事をしたくはない。
「これが地下水道の水路図です。
注目して欲しいのはここ」
私は三ヶ所の出口に丸をつける。
皆の視線は地図の丸に向かっている。
「んっ……むにゃ……」
一人、被害者が夢の国へ出向き、その護衛が凄く厳しい顔をしているが私を含めた全員が見なかった事にしている。
まぁ、これが主人公かと思えば少しは気が晴れる。
彼女は主人公ゆえに天に愛されている。
彼女の前に道があるのではなく、彼女が歩いた後に道ができるのだ。
地図片手に最短ルートを探る私とは違う。
そういうものだと納得しよう。うん。被害者だし。
あれ?
私も被害者……考えるのはやめよう。
「一つは下水でそのまま川に繋がる奴。
後の二つは水上橋を通って近隣都市に水を供給しているわ。
ここに船を浮かべたら、お宝は楽に運べると思うけど?」
ギルドマスター達が身を隠す為にお宝を持って逃亡するのならば、そのお宝の重みが彼らを束縛する。
その為、搬送手段としての水路と船は網を確実に張れるのだった。
「地下水路への捜査はそのまま続行します。
万一を考えて、世界樹の迷宮と繋がっている第二層までは抑える必要があるわ。
そこから先は適当に網の目を緩めて、彼らが出てきた所を捕まえます」
声を出さずにずっと私を監視していたフリエ女男爵に私が声をかける。
彼女こそ、今後の展開に関わる鍵なのだ。
「フリエ女男爵にはシド達と共にこのどこかで待ち伏せて頂きます。
そこに我々が追い込んでいきますので、待ち伏せしやすい場所を指定してください」
彼女に花を持たせる以上、彼女の希望はできるだけ適える必要があった。
私の言葉にフリエ女男爵は水道橋を指差す。
「下水出口だと第三者の介入が排除できません。
水道橋ならば選択肢は二つ。
エリー様が追い込んでいただけるのでしたら、こちらも安心して待ち伏せができます。
水道橋は城壁を越えるため城壁の物見塔と一体になっており、そこから地下水道の水をくみ上げています。
待ち伏せるのでしたらここでしょう」
待ち伏せ地点が決まったので、地図に丸をつける。
そこから、敵を逆算して追い込む必要があった。
「この地点に敵を追い込みます。
人員を更に増やすわ」
金があるからこそのお大尽アタックである。
数が増えれば相手側も買収の費用がかかる。
この時点で、忠誠の怪しい連中も投入する事を決意する。
「冒険者の宿から冒険者をかき集めて頂戴。
朝までで銀貨一枚で立っているだけで結構。
雇った連中でパーティーを作って監視の為に一人従者階級の人間をつける。
それで出入り口の封鎖している騎士と兵士を迷宮に投入します」
ここまで来ると、もう自棄である。
戦いは数だ。
その数の暴力を徹底的に使う。
「取調べが終ったメリアス騎士団の連中も招集させるわ。
立っているだけで構わないし、参加は志願にする。
褒賞は金貨一枚か赦免状」
どうせ粛清は避けられないのだ。
その前に選択肢は与えてやろうという心積もりである。
使える人間はこれに飛びつくだろう。
「さあ!
相手を追い込むわよ!!」
気合を入れるために声を張り上げると、夢の国から帰ってきたミティアが飛び上がる。
衆人注目の的になったこの被害者は顔を真っ赤にして恥ずかしそうにうつむく。
「キルディス卿。
部屋用意させるから、これ寝かしてきて」
「お見事ですな。
お嬢様」
追い込みにかかって皆が出ていった後、入り口での戦闘から帰ってきたサイモンに笑みを向けられる。
貴公子面した騎士からの微笑は乙女心に来るものがあるが、ゲーム設定だとこの笑みは嘲笑だったりする。
サイモンは、己の才能が超越していると信じているし、その努力も欠かさなかった。
そして、それゆえに孤立してこんな所に流れてきたのだった。
アリオス王子が王として完成した器だが、サイモンもまた魔族大公として魔族を率いる身になった事を考えると人を率いる器ではあるのだろう。
だが、サイモンのそれは孤独とそれを強いた世界への復讐からくるものだった。
ラスボス扱いされたが、それゆえにあの末路に至らない道は無数にあったのだ。
彼がその手をその才を彼を信じた魔族の為に向けていたのならば。
王の器を持ちながら、王の行いをしなかった者。
だから彼は魔王ではなく、魔族大公だったのだろう。
なお、魔族大公の由来は、統合王国からの歴史なので王と対等ではまずいという設定資料の裏話が残っている。
「たいした事じゃないわよ。
この程度は王国を支える方々ならばできる程度の事です」
「ご謙遜を」
互いに笑顔でお世辞を言い合うが、互いに心の中では舌を出している。
肩にぽちを乗っけて露骨に私は露骨に警戒しているが、サイモンも笑顔を崩さない。
セリアも帰ってきた連中への治療にかりだされており、この部屋にはサイモンと二人きり。
「エリー・ヘインワーズ侯爵令嬢。
貴方を口説きに来ました」
ほらきた。
何かしてくると思ったが露骨に勧誘に来たか。
私も対魅了のアミュレットをつけているので、魅了はきかないはず。
今の所はサイモンも魅了の魔法は使ってこない。
「あら、アリオス殿下にも告白されましたのよ。
殿下を振るなんてできませんわ」
「こちらも殿下ですよ。
舞踏会で兄上を出し抜こうとしたあの王子からのお誘いです」
これも予想通り。
カルロス王子が事を起こすには手駒が足りないからだ。
まだ、サイモン一人の大駒しかないのだろうが、私という大駒が加われば妄想の野心が現実になるかもと夢想しかねない。
「貴方はご存知のはずだ。
王座に座る資格は、アリオス殿下とカルロス殿下の二者に差が無いことを」
下手したらこの時点で不敬罪で捕まりかねないぎりぎりの発言である。
だが、それ以上にやっばり知っていたかという思いが強い。
王室のタブー中のタブーだが、秘密はそれゆえに必ず漏れる。
才能ある彼が知ることは容易い事だったろう。
「ならば、口説くのはミティアの方ではなくって?」
「ええ。
彼女を手に入れるために、貴方を口説いているのです。
我々の方につきませんか?」
恋愛ゲーというよりも育成ゲーになりつつある昨今、私は完全にミティアに懐かれてしまっている。
私がこの件で何か言えば信用する……っ!
サイモンの前で笑顔を作りながら、私は真実にたどりつく。
あの襲撃事件が、『ミティアの信頼を勝ち得る事』が目的の一つだったとしたら?
策士は一つの目的で策を作らない。
考えうる状況全てに策を作れるから策士と呼ばれるのだ。
目の前のサイモンのように。
悪寒が止まらないが、私は必死に話を逸らそうとする。
「そちらにつく理由が見つからないのですが?」
「国王の側室。
奴隷市場出身の華姫には有り余る栄誉のはずだが?」
「おあいにく様。
富も栄華も堪能しきりましたの。
お引取りを」
どうせこれは挨拶程度。
私をこれから狙います程度の事でしかないので、サイモンはあっさりと引いた。
私を本気で落としに来るならば、こんな密室よりも相応しい場所があったからだ。
「また、お会いしましょう。
今度は法院で」
王室法院。
制限君主制国家オークラム統合王国の最高意思決定機関。
今回の世界樹の花嫁襲撃事件の後始末はそこで行われる。
サイモンが扉を開けると、その扉の前で警護についていたアルフレッドに睨まれる。
「アルフレッド!?
傷はもう大丈夫なの?」
「お嬢様。大丈夫です。
さすがに迷宮に出て行くのは無理ですが、こうしてお嬢様の側につく程度の事ぐらいは」
嬉しいのだけど、サイモンにアルフレッドの事を知られている。
彼の事だ。
気づいて私を落とす餌に仕立てるだろう。
王都防衛戦の前に、勝率をわずかでもあげようとした私がその身をサイモンに差し出して時間を稼いだ時のように。
……サイモンに対して何か猛烈に腹が立ってきた。
「どうしたんですか?
お嬢様?
何か失礼な事を言われたのですか?」
私の顔色を伺って怒りを感じとったアルフレッドに心配されるが、私は怒りを消してアルフレッドに笑顔を作る。
実は、心配してくれた事の照れ隠しも多分に含まれていたり。
「秘密」
数時間後、追い込まれた盗賊ギルド幹部たちが捕縛・討伐される。
ギルドマスターはこちらの目論見どおりシドが捕らえ、その名前を大きく知らしめる事になった。