70 メリアス大捜査線 その2
私達が居るのは地下水道出口である見張り小屋で、ここから出た下水はそのまま川に流れている。
世界樹そのものが山みたいなものなので、その樹液が水としてメリアス市民を潤すし、雨や霧で葉にたまった水が街の下に落ちてくるために水には困っていない。
そのため、このメリアスを供給源に水道が周辺都市に走っており、メリアスの収入源の一つになっている。
代わりに、街の作りは落ちてくる水に対処するために石造りの堅牢なものが主流で、下層民は地下水道内部にスラムを形成していた。
で、この地下水道出口はそんなスラムのメインストリートに当たる。
この見張り小屋はメリアス騎士団のものではあるが、管理は盗賊ギルドがしていたというもので、もちろんこの騒動で金目のものと一緒に詰めていた人間も消えている。
人手が足りないここの掌握に私が駆り出された理由の一つである。
「エリー様。
連れてきた連中の編成は終わりました。
半分はここで詰めてないとまずいでしょうね」
「でしょうね。
彼らにとって私達はよそ者でしか無いから。
親玉が逃げないならば、それでいいわよ」
私が出張ったのは下水。
他都市に流れる上水道は水道橋で城壁をまたいでいるので、近衛騎士団や法院衛視隊のお仕事である。
フリエ女男爵に返事をしながら、指示を与える。
エルスフィアに居たフリエ女男爵指揮の近衛騎士団だけでなく、エルスフィア騎士団まで急遽引っ張ってくるぐらい人出が足りていない。
「地下水道に突っ込むのはなし。
地の利もなしに兵を逐次投入なんて、考えただけでも嫌だわ。
出入口の完全封鎖に徹して。
近衛騎士団および法院衛視隊の増援を待って突入します」
「で、どこまで大掃除に関与するおつもりで?」
フリエ女男爵の質問に私も宙を仰ぐ。
それが一番の問題だったからだ。
世界樹の花嫁の公的身分は統合王国の閣僚クラス。
その候補といえ、未来の王妃・側室候補という所を考えれば、アリオス王子の激怒という見方もできなくはない。
あの王子が激怒なんてするたまではないのだが、そういう見方を世間がするだろうというのが問題である。
「メリアス太守をはじめ大粛清は確定。
法院の権力闘争も絡んでどこまで広がるか想像もつかないわ。
気づいてる?
本来ご法度のエルスフィア騎士団をこっちに持ってきている時点で、メリアス騎士団がどこまで残るかわかったもんじゃない……」
他の都市の騎士団を持ってくるのは封建社会においてご法度に近い。
それをしなければいけない時点で、この街は詰んでいる。
と言おうとして閃く。
「フリエ女男爵。
メリアス騎士団に接触してスカウトするというのはありかどうか殿下に訪ねてくれない?
追放される連中を全部こっちで雇うわ」
本来、小悪党連中で罪よりも経験の方を積んでいる連中だ。
そのままエルスフィアに持ってくれば、そこそこ働いてくれるだろう。
何よりも、被害者である私の慈悲で職を与えるのだ。
相手がサボタージュをするとは思えないし、エルスフィアの連中も明確なライバル出現に手抜きができなくなる。
「騎士団だけじゃないわ。
メリアス太守含めた文官もこっちで囲い込むわ」
ぽんと手を叩いた私にフリエ女男爵のなんというか唖然とした顔が。
これでエルスフィアの仕事の楽ができるとほくそ笑んでいたら、真顔でフリエ女男爵が忠告する。
「メリアス騎士団で追放者に同じぐらい文官も追放されたとして下手したら数百人。
エリー様の財力で賄えますか?」
「私を誰だと思っているの。
桁が一つ足りないわよ」
「……失礼しました。
お嬢様が今までヘインワーズの財に手を付けなかったことも含めても、この支払は大きいかと差し出がましい口を挟んでしまいしまた。
ご容赦を」
頭を下げるフリエ女男爵。
アリオス王子への忠義と私への監視からの進言なのだろう。
こういう事が言える人は大事にしないといけない。
「いいわよ。
耳に痛い言葉は聞こえなくなった時が危ないの。
言ってくれる貴方はエルスフィアの忠臣よ。フリエ女男爵。
じゃあ、警備を始めて頂戴」
「はっ」
フリエ女男爵が部屋から出てゆくと今度はシドとアマラが入ってくる。
数少ない現地を知っている協力者だ。
この警備もこの二人が居なかったら参加するつもりは全くなかった。
もちろん、警備志願の代償はこの二人の赦免である。
赦免状はもらったが、それに値する理由をどうしてもでっち上げる必要があった。
さもないと職権乱用でいらぬ腹を探られるからだ。
「知り合いに『なんで捕まってない?』と散々からかわれたよ。
とりあえず、ギルドマスター含め幹部連中は誰も捕まっていない」
シドの淡々とした言葉にかえってプロ意識が見える。
娼婦服ではないシーフ服姿のアマラは今回シドとくっつける事で説明と警備を省いている。
「で、この後どうするつもりなの?
エリー?」
こういう状況でも、友達として振る舞ってくれるアマラは本当に感謝。
なお、原作ではゲーム終盤に発生してシドと主人公が二人で地下水道に突っ込んでゆくシド無双だったりするのだが、当然そこまでシドのレベルは上がっていない。
そこが足を引っ張っている。
「ギルドマスターの身柄は絶対に必要。
それ以外のことは、全部私がやるわ。
だから、なんとしてもギルドマスターの身柄を抑えて頂戴」
で、ここでシドとアマラと私の顔が曇る。
二人で突っ込ませる訳にはいかない。
で、彼らにつける人間が居ないのだ。
地元騎士団や冒険者だと買収されかねない。
こっちが用意したエルスフィア騎士団をはじめ近衛騎士団や法院警護隊は地の利が無い。
ならば、その地の利を覆せる高レベルの人間がほしいのだが、私が前に出る訳にはいかない。
「人が足りない。
二人につけられる技量の高い人間が欲しいんだけど……」
「俺の知り合い、逃げたか捕まったか」
言わないでくれ。シド。
頭が痛くなるから。
「きゅきゅ」
ぽちの鳴き声で誰が来たことに気づく。
窓から眺めてその姿を確認する。
うわぁ。
こうきたか。
「エリー様!
お手伝いに来ました!!」
「帰れ」
笑顔でやってきたミティアの前でドアを閉める。
もちろん、それで帰るミティアではない。
ドアを開けて怒るが、かわいいなぁ。この生き物。
「ひどいじゃないですか!
エリー様の窮地を救おうって、キルディス卿とヘルティニウス司祭を連れてきたんですよ!!」
そこは感謝している。
フリエ女男爵はこのやりとりに唖然としているが、ヘルティニウス司祭は苦笑だけか。
キルディス卿の達観しきった顔がある種涙を誘う。
このあたり人生経験の差なのだろう。
問題はその三人の隣にいるこいつだ。
「こちらの方が人手が足りないからと」
いけしゃあしゃあと護衛騎士のサイモンは言ってのけたのである。
地下水道出入口閉鎖の仕事は表向きは一応終わった。
それぞれに兵を配置して、出入りを塞ぐだけだから問題はない。
で、表向きはと言ったが、裏は盗賊ギルドが掘った隠し通路などを塞ぎきれていない。
さすがにシドとアマラも隠し通路のすべてを知っているわけではないので、それらの封鎖については放置せざるを得なかったのだ。
だからこそ、中に入ってギルドマスターをはじめとした幹部の拘束に動かないといけなかった。
「法院衛視隊の取り調べが終わったそうです。
その後の近衛騎士団の取り調べは後日に回すと」
こちらへの護衛兼連絡要員としてやってきた護衛騎士サイモンの報告に私は頭を抱えざるを得ない。ああ。お役所仕事。
電光石火のクーデターだったことで、命令系統の混乱が発生しているのだった。
正直、こいつがここにいるのも怪しいことこの上ないが、上に確認取るより使えると割りきって使ったほうがましなのだ。
何しろ、下手に動くと王室の守護者として王権の拡大の恩恵を受ける近衛騎士団と、諸侯の利害調整と監視の為王権の介入を嫌う法院衛視隊の良い訳がない仲が更に悪化するからだ。
頭であるアリオス王子と私とサイモンの間で合意が成立しているから軋轢で留まっているが、下手したら近衛騎士団と法院衛視隊の衝突だって発生しかねないのだ。
「で、メリアス騎士団の現場が動き出すのはいつぐらい?」
「明日。
無理しても、夜半。
彼らにも休憩は必要です」
頭にぽちを載せた私の質問に気にすることなく答える護衛騎士のサイモン。
彼はこの時点で中級文官持ちだったりする。
そりゃ将来の魔族大公だからと納得したが、有能な事はとりあえず今の時点ではありがたい。
その分何かしてくれるだろうと警戒してるのだが。
「突入メンバーが足りない。
法院衛視隊から何人出せる?」
「従士数人と兵士30人程度」
即座に数字を出してくるサイモン。
おそらくは、その人数が彼が動かせる現状の手駒なのだろう。
「近衛騎士団からも同人数引っ張って来なさい。
手柄の独占は軋轢を呼ぶから、近衛騎士団から引っ張った人数の同数を突入に使います」
「かしこまりました。
近衛騎士団に連絡してまいります」
サイモンが出ていって私は大きくため息をついた。
間違いなく今回の騒動に絡んでいるだろうから、単独で出したら証拠のもみ消しに走りかねない。
だが、手札の不足は深刻なので、怪しい彼らすら使わざるを得なかった。
それ以上に気になることがある。
もしサイモンが首謀者と仮定して、狙っているのは私か?ミティアか?それとも別の何かがあるのか?
ミティアには対魅了のアミュレットは渡しているが、何をやらかすために来たのかわからないから不安が募る。
「お嬢いるか?」
「開いているわよ」
声の後にシドが入ってくる。
おそらく地下水道に突入する編成のことだろう。
「俺とアマラとヘルティニウス司祭は確定。
で、あれ連れてくのか?」
もちろん、あれ呼ばわりはミティアの事である。
最初志願して私とキルディス卿の説得という名の説教によって撤回させられたばかりだ。
ミティア曰く、
「私とキルディス卿とエリー様が入れば六人!」
寝言は寝て言え。ミティアよ。
いやさ、ゲームでは正しいのよ。私を外したその人選は。
けどね、己を狙った襲撃事件の犯人捜索にその被害者が乗り出すというのちょっとどうかなと思うのよ。私は。
ましてや、敵討ちをしたいわけでもないだろうし。
という訳で、ミティアを外した以上私も却下。
「で、後二人だが、確実にギルドマスターを抑えられる人間が欲しい。
お嬢のサイモン卿貸してくれないか?」
アリオス王子の側近としてグラモール卿は外せない。
その点、サイモンならば代わりにセリアが私の側につくから問題がない。
急増パーティーだが、護衛騎士のサイモンならばそのあたりのリーダー指揮もできる。
悪くない人選だ。
「サイモンの指揮下に入るならば」
「もちろんだ。
俺はサイモンの旦那より上だと自惚れてはいない」
「いいわ。
サイモン持って行きなさい。
後一人は?」
そこでシドが予想外の名前を出してくる。
「アルフレッドを連れて行きたいと思っている」