66 深夜のお茶会という名の襲撃イベント その1
「おかえりなさい。お嬢様。
王子とのデートお疲れ様でした」
「ただいま。アルフレッド。
帰ったらお茶につきあって頂戴。
お土産の美味しいケーキを一緒に食べましょう」
衝撃の告白の後、何の芝居を見たかなんて頭からぶっ飛んでいる私が憔悴しきった顔で劇場を出ると、控室で待っていたアルフレッドが声をかけてくる。
その心配する声に心がちょっとだけ軽くなった。
「では、その時には私がお茶を入れましょう」
アルフレッドと同じく控えていたセリアが私の言葉に追随する。
私に何かあったのは察しているのだろうが、それに触れないセリアの心遣いが嬉しい。
劇場からは何事も無く学園に戻り、ケーキを開けると言ったとおりにセリアはお茶を入れに部屋を出てゆく。
はしたないが、先にケーキを食べることにした。
「おいしいですね。
このケーキ」
「でしょ。
贔屓にしちゃおうかしら」
アルフレッドと二人きりのお茶会。
いや、ぽちもいるか。
二人して適当にケーキを与えている。
お茶を持ってきたセリアも「仕事がありますので」と逃げやがって。
ただ静かに食器の音だけが響く。
「何かありました?」
アルフレッドが尋ねたのは、ケーキを食べ終わってお茶を楽しんでいる最中だった。
さすがに私も落ち着いてきたので、その質問に答えることにした。
「告白されたわ。
『私と共に歩いてほしい』だって」
あ。
顔が険しくなった。
ちょっと嬉しい。
「これが恋人ならば喜んでもいいのだけど、その線がないのがね。
良くても側室止まりよ。
どちらかといえば、同士的なお誘いだったわね」
私は後宮に置くよりも、前に出した方が使える人材である。
法院の席確保を狙うならば、エルスフィア太守代行から正式にエルスフィア太守について、ヘインワーズ家紋の下で爵位を得る形が一番手っ取り早い。
それでもらえるとしたら多分子爵だろう。
本気で取り込みに来るならば、エルスフィアを直轄地から切り離して伯爵か。
「アリオス王子に認められる。
それはすごい事だと思いますが?」
「そうだけど、あの人できる人に遠慮無く厄介事振るからいやなのよね。
エルスフィア太守代行とか」
わたしのわざとらしいぼやきにアルフレッドが楽しそうに笑う。
多分、アリオス王子が私に求めているのは、世界樹の花嫁だ。
ミティアを勝たせるのは確定だが、アリオス王子が即座にミティアを王妃に持って行ってしまえばそこはどうにでもなる。
問題は、空いた世界樹の花嫁に私が座るかどうかだ。
アリオス王子はそれを求めている。
「……どうしました?」
「なんでもないわ。
やっぱり疲れたのかぼーっとしちゃってね」
「それでしたら、お開きにしますか?」
立ち上がろうとしたアルフレッドを手て制す。
そこから出た声は自分でも気付くぐらい弱々しい。
「もうちょっと居て頂戴」
「……はい。
お嬢様」
座り直したアルフレッドを見て、ほっとする自分が分かる。
認めよう。
この不愉快かつ不安の原因は世界樹の花嫁にあると。
ミティアが世界樹の花嫁になると、処女性の加護から不作が確定される。
実は、これは今の私にも当てはまりかねないのだ。
私は現実世界に帰ってから今まで男に抱かれていない。
それを世界樹がどう判断するか恐れている。
もちろん、アマラの店でバニーやっているのだからそのまま適当な男に抱かれればこの条件は消える。
ため息を一つつきながら、心配そうにこっちを見るアルフレッドの顔を眺める。
恋に恋してる。そうだ。
アルフレッドは私の愛したアルフではない。これもそうだ。
かつて私は娼婦だった。間違いない。
でも、アルフレッドの見ている前で、他の男に抱かれたくはない。
この気持ちを私はなんて呼べばいいのだろう?
「お嬢様。
よろしいでしょうか?」
気をきかせて離れていたセリアが仕事顔で部屋に入る。
これは何かあったな。
「何かあったの?」
「娼館にいるアマラから至急の文が。
スラム街から地下水道にかけてギルドと不明勢力が大規模戦闘を行っているそうです」
セリアの言葉に意識を覚醒させてゆく。
多分、私とアリオス王子のデートを覗いていた勢力が下手打って盗賊ギルドに見つかったという所か。
諸侯といえども、その街の盗賊ギルドに断りなく非合法活動なんてされたら面子丸つぶれだから、盗賊ギルドも本気で排除せざるを得ない。
そこはいい。
問題は、それをどうしてこちらに伝えたのかだ。
「手間取っているの?」
「はい。
ギルド側に死亡三、重症八、軽傷者多数を出してまだ継続中だそうです。
で、地下水道に逃げられた為に広範囲の捜索すら行わないといけなくなったらしく短期の解決は難しいと。
残されたアジトから、お嬢様襲撃の依頼が見つかったそうです」
セリアの言葉にアルフレッドが立ち上がる。
既にこっちの護衛は全員最高レベルの警戒をしているだろう。
下手したらこの騒動そのものが囮で、本命が既に動き出している可能性もある。
「私が狙われるか。
理由はいくらでもあるわね」
多分、このイベントの導火線は昼間のデートだろう。
劇場内のあの衝撃発言は聞かれていないだろうから、私とアリオス王子の接触そのものがトリガーと見た。
既にミティアが一度襲われているので、バランスをとって私を襲ったか?
いや、違うな。
この手の襲撃で気をつけないといけないのは、意図的に残された情報に振り回されることだろう。
たとえば、私の襲撃がカモフラージュで、本命はミティアだったりとか。
だとしたらまずい。
ミティア襲撃イベントはゲーム内でも発生しているからだ。
悪役令嬢主犯で。
妙な形で火の粉がかかるのを防ごう。
「セリア。
貴方のお土産ってまだ開けてないわよね?」
「はい。
この状況ですので手をつけておりませんが?」
ごめん。セリア。
実は楽しみにしていたらしいそのお土産使わせてもらいます。
後で埋め合わせはちゃんとするのでと心のなかで謝りながら、私は口を開く。
「それ持ってミティアの所に行くわよ。
私を襲うより、ミティアが襲われると私の立場がまずくなるわ。
お茶会の誘いで、ミティアをこっちに連れてきます。
準備なさい。
あと、サイモンを呼んできて頂戴」
「かしこまりました。
お嬢様」
セリアが一礼して去ると、こんどはアルフレッドに振り向く。
手はテーブルの上で書き物をしながらだ。
私の署名をつけた手紙をアルフレッドに渡す。
「急いでこの手紙をグラモール卿に渡して頂戴。
多分、アリオス王子側も掴んでいると思うけど、学園内で賊があばれるといろいろぶち壊しになるわ。
急いで」
「わかりました。お嬢様」
立ち去ろうとするアルフレッドが不意に立ち止まる。
そして振り向きもせずに一言。
「お嬢様は、そうやって毅然としている方が凛々しくて素敵ですよ。
では」
なんだろう。
すごく恥ずかしいし、嬉しいし、ああ。鏡を見なくても真っ赤なのが分かる。
おちつけ。おちつけ。
ぱんと両手で頬を叩いて心を落ち着かせる。
長い夜になりそうだ。
「お嬢様。
お呼びにより護衛騎士のサイモン参上いたしました」
さてこいつだ。
南部諸侯を操っている黒幕だが、こいつをどう使うかで選択肢が広がる。
とりあえず様子見という事でこの状況を彼に伝えてみよう。
「スラム街から地下水道にかけて盗賊ギルドと不明勢力が大規模戦闘を行っているそうよ。
その不明勢力からは、私への襲撃依頼が発見されたらしいわ。
意見を聞かせてちょうだい」
私の不機嫌な声にサイモンが慇懃無礼に笑う。
私の『あんたの手の者じゃないでしょうね?』という目線での会話をしっかりと読み取ったからに他ならない。
「お嬢様は正直目立ち過ぎています。
叩こうという勢力が出るのは当然かと。
私がそういう勢力の一員ならば、こんな無様な醜態は晒しませんけどね」
「無様な醜態ねぇ。
私はこれが陽動で、本命はミティアと踏んでいるけどどうかしら?」
腹の探り合い。
双方笑顔なのに会話の節々が凍るぐらいに冷たい。
「ありえますな。
お嬢様はアリオス殿下と親しくなられた。
それを理由に騒動を起こして、ミティア嬢に危害を加える。
もちろん、容疑者に浮かぶのはお嬢様。貴方だ」
裏の裏どころではない腹の探り合い。
互いにガン飛ばしながらの言葉の殴り合いはそのままクロスカウンターに入る。
「やってないわよね?」
「何故する必要が?
現状ではお嬢様を口説いた方が楽なのに?」
しばらく互いに無言のままだが、埒が明かないので私の方が折れた。
ため息をついてさっきまでの空気を弛緩させる。
「ミティアを狙う諸侯は誰?
考えてちょうだい」
「世界樹の花嫁で見ると足元をすくわれますな。
アリオス殿下の後宮入りと考えたほうがよろしいかと」
なるほど。
そっちは盲点だった。
東方騎馬民族討伐戦で、アリオス王子の立太子は確実視されている。
そうなれば、次は王妃と側室をはじめとしたアリオス王子の後宮の人員に目が行く訳で、私とミティアは王妃かどうかはおいておいて後宮入りは確実視されていると見られているのだ。
世の女性の嫉妬ほど怖いものはない。
ましてはこれは乙女ゲーで、私はその嫉妬の権化である悪役令嬢である。
「何かおかしいことがありましたか?
お嬢様」
「女の敵は女。
そんな当たり前のことを忘れていたわ」
「でしたら、ミティア嬢へ手を差し伸べない方がよろしいのでは?
このままでしたら、お嬢様も花嫁候補生としてひとくくりにされて叩かれるかと」
「それがこの状況なのでしょう?
手遅れよ。
ここの警備お願いね」
苦笑していた私の耳にセリアの声が届く。
準備ができたらしい。
「お嬢様。
準備出来ました」
セリアの言葉に私は頷く。
この部屋の警備もあるからサイモンは留守番だが、セリアにメイド四人、更にアルフレッドを連れての訪問になる。
「グラモール卿からの伝言です。
『こっちも把握している。キルディス卿にはこちらからも連絡を入れておく』だそうです」
近衛騎士団は今日のデートにこの夜の騒ぎだから大変だろうが、それが彼らの仕事でもある。
彼らが学園警備陣と共にちゃんと警備ができるのならば、ただの茶番で済ませてしまおう。
だが、占い師としての私はなんとなく予感があった。
多分、このまま終わらないだろうという予感が。
「じゃあ行くわよ。
出来る限り明るい所を歩くように。
いいわね」
肩にぽちを乗せて私は皆に声をかける。
長い夜はまだまだ明けそうもない。




