65 王子様とデート 後編
劇場の貴賓席。
そこが私達の舞台である。
こういう場所ではお忍びとはいえドレスコードが存在しており、一旦着替えて席につかねばならない。
「お嬢様。
ドレスはこちらを用意しました」
「ありがとうセリア」
控えめなドレスに着替え、アクセサリーをつける。
今回はお忍びかつアリオス王子がエスコートなので、勲章系は無しで宝石なども小さく地味なのをチョイス。
ちらりと周囲をチェック。
貴族のお忍びの観劇という設定なのであちこちに近衛騎士団の護衛がいる。
悪さをする訳でもないので、ひとまずは放置することにしよう。
「セリア。
アルフレッド。
二人は待合室で待っていて頂戴。
なんなら、立見席でいいならとってあげてもいいわよ」
当然、観客の中にも護衛が紛れ込んでいるのだろう。
純粋に観劇なんてできないだろうが、一見の価値はあると思っての提案は二人が首を横にふることでなしとなった。
「お待たせしました」
「こちらこそ。
では、参りましょうか」
アリオス王子の差し出した手をとって貴賓席に。
左右は壁で遮られた三階の個室の左右の部屋のドアは開かれて誰もいない事をアピール。
「お付の方はこちらへ。
それと言いにくいのですが……」
ベルガモットことフリエ女男爵が言いにくそうにポケットから顔をだすぽちを見つめる。
アリオス王子がそれはいいと言う前に、こちらが口を開く。
「ぽち。
セリアの所に行っておきなさいな」
「申し訳ない」
セリアの肩にはりついたぽちを見て、アリオス王子が頭を下げた。
王室のお忍びというのは、ここまで気を使うのだ。
演者だけでなく、観客もこちらの素性はわかっているだろう。
けど、それを問わないのがお忍びという訳で。
2つしか用意されていない席に私が座り、その後で隣にアリオス王子が座る。
この位置からでは、飛ばない限り私達を見る事ができない。
ベルガモットがドアを閉めて、壁に控えたのを見てアリオス王子が本題を切り出した。
「で、貴方は何処まで知っているので?」
「あまりせっかちだと嫌われますわよ。
まずはこれを」
私は手紙を取り出してアリオス王子に渡す。
手紙を読みだしたアリオス王子は期待とは違ったものが出てきたので落胆の顔色を隠さない。
「お気に召しませんか?
エルスフィア統治報告書とそれにかかった概算費用の報告ですが?」
ぶっちゃけると、私財を投じて財政に空いた穴を埋めただけである。
汚職を端に発した問題は、その汚職分の金を用意すれば回復は容易だ。
交易や利害関係などの街そのものの問題はまたおいおい解決すればいい。
「いや。
こちらが無理を言った話で、短期間でここまでするとは思っていなかったからびっくりしてね。
これは正式書類化して、王室法院に出せば彼らも文句は言ってこないだろう」
それでも手紙を真剣に見ているアリオス王子が最後の一枚を読もうとして手が止まった。
その一枚こそこれだけの茶番を犯してアリオス王子に見せたかったものである。
エレナお姉さまが私に預けた大賢者モーフィアスが近く王室に出す、『世界樹の花嫁』の加護に関する調査報告書。
ぱらりと床にそれまで読んでいた手紙が落ちるが、その一枚だけは震える手がしっかりと握りしめている。
「世界樹の花嫁とマナ汚染。
それが世界樹の呪いの正体です」
魔法という便利なものには、それだけの反動がある。
私達魔術師はそれをマナ汚染と呼んでいる。
世界に満ちるマナにオドを使って働きかけて現象を改変する事が魔術である。
という事は、現状改変の意思がマナに残ってしまうのだ。
この現象をマナ汚染という。
たとえば、前に火の魔法を使った場所で水の魔法を使うとその効きは悪くなる。
そこに残っていた火の意思が水の意思を邪魔するからだ。
それだけならばまだいい。
思いの強さはそのままマナに反映される。
だから殺意なんて強力なものが残っている場所で別の魔術師が魔術を使った場合、その殺意が魔術師に移ってしまう事もある。
魔術師にとってマナ汚染はそれだけやっかいなのだ。
世界樹の花嫁におけるオークラム統合王国の不作の根本的原因はこのマナ汚染だった。
処女神の加護を受けた巫女達がその加護を世界樹を使って無意識下に発信しているのだ。
『若芽のままに。清いままに』
と。
そりゃ不作になる訳だ。
実る為には花をつけて熟れなければならないのに、花のままにと願えば実ができる訳が無い。
「こ、これは……
本当なのか…………?」
絞りだすように呟くアリオス王子の声。
劇場なので、大声を出せば響いてしまうので自重したのだろう。
しかし、あの王として完成の域に達しているアリオス王子がここまで取り乱すか。
現在のオークラム統合王国を取り巻く諸問題を解決できるからなぁ。
この世界樹の花嫁の加護の正常化は。
「このような茶番をお膳立てして冗談を言えるほど私は暇ではありませんし、ヘインワーズ侯引退後に失脚させられる大賢者の報告書が欺瞞とも思えませんわ」
「そうか。
本気でヘインワーズ侯は穀物市場の独占を狙っていたわけだ。
君という駒は、この報告書を読む限りでは豊穣の加護を得るには最適じゃないか」
「我が一門当主の見識を褒めいて頂き光栄の至り」
そうだよなぁ。
華姫という高級娼婦の私が世界樹の花嫁の座に付けば、ほぼ確実に豊穣の加護を取り戻せる。
そして、現状のミティアが世界樹の花嫁の座についた場合、処女性の加護から作物は若いままで更なる不作が決定づけられる。
法院に提出しても確実に闇に葬られる報告だからこそ、あえてこの場で審判役のアリオス王子に晒したのだった。
「で、殿下の質問にお答えしたいのですが、これを知った上で続けます?
出来レースを」
「もちろんだ」
握りしめた紙をポケットに入れたままアリオス王子は即答する。
その顔が苦悩に歪んでいるあたり、これ以上の厄ネタがあるらしい。
「ベルガモット。
すまないが出て行ってくれないか?」
「かしこまりました。殿下。
お花を摘みに行ってまいります」
アリオス王子の呻くような声に、心配そうな顔をしながらもベルガモットが出てゆく。
つまり、数分ほどだけだが、アリオス王子と二人きり。
アリオス王子は扉が閉められた音を聞いて、今度は私の方を振り向く。
「音消しと姿隠しを。
ベルガモットが戻ったら解除してほしい」
その力のない言葉に驚きながら、床に落ちた手紙を拾った私は言われるがままに音消しと姿隠しの魔法をかける。
これでこの中は何も見えないし聞こえない。
それを確認したアリオス王子は私に出来レース続行の理由という爆弾発言を投げつけた。
「もちろんだ。
正統な王位継承者であるミティア姫に表舞台に出てもらわないと、この国は最悪の形で割れる」
は?
今、アリオス王子は何を言った?
ミティアが正統な王位継承者!?
じ、じゃあ……アリオス王子は……
絶句した私に、絶対に見た事ない嘲笑を浮かべてアリオス王子が秘密を暴露する。
「ああ。
王室の血は入っているが、正統な後継者じゃない。
父上である陛下の母上は陛下を身ごもったまま後宮に入られた」
なんて事だ。
陛下の王妃が諸侯出身だからそこからの血が入っているのだろうが、到底王位継承者として名乗れる血の濃さではない。
その状態で陛下は兄を消して簒奪した。
「王兄殿下は何をやらかしたんです?」
聞けるのは今しかない。
ゲームにも描かれていなかった歴史の闇をアリオス王子は吐き捨てるように答えた。
そこから出た答えは、ある意味あたりまえのことだった。
「王権の強化。
諸侯の力が強すぎたので、その力を剥ぎ取ろうして潰された。
その粛清で父上の功臣として活躍したのが先代ベルタ公だよ」
そこに繋がるか。
待てよ。
ミティアを保護していたのもベルタ公という事は、その気になれば現王家の首をすけ変える事すら可能という事だ。
ここまで王権は失落していたのか。
「それでミティアを表舞台に引きずりだしたのですか。
彼女とアリオス王子が結ばれれば、王家の血は再結合される」
待て。自分で言ってて理屈が合わない。
それならば、ミティアと結ばれたのにアリオス王子が新大陸に高飛びする理由が……あ!
「世界樹の花嫁……」
私の呟きを別の意味で解釈したアリオス王子が彼にとっての理由を私に告げる。
「我々はお披露目程度しか考えていなかった。
君と大賢者の報告が真実ならば、裏を知っている者は発狂するだろうな」
アリオス王子とミティアと結ばれる場合、世界樹攻略が必須になる。
で、その過程で世界樹の花嫁の設定をアリオス王子が知ってしまったのだろう。
不作の確定、窮乏する民衆に動揺する王権、王ならば背負う責務もミティアに触れて人に戻ってしまったアリオス王子には耐えられなかったのか。
いや。違うな。
汚名すべてを背負っても、崩壊をさけられないこの国からミティアを逃したかったのか。
ああ。それは愛だ。
アリオス王子の紛うことなき、ミティアへの愛。
裏を知って私はやっとこのアリオス王子という人の形を捉えた。
崩壊する国を憂い、紛い物だが王たらんとして完成し、ミティアへの愛ゆえに全ての罪を背負って逃げた人間。
だから、エリオスがオークラム統合王国復興を目指して旗揚げした時に参加しなかったし、復興後も口を挟まなかったのか。
「では、陛下の本当の父親は?」
「先代ベルタ公。
俗物だが、それゆえに利と策謀は鋭かったそうだ。
現ベルタ公はそれを知って傲慢に振舞うことなく、なお王室に忠勤を尽くしている。
親の罪の贖罪だそうだ。
それだけではないのだろうが」
強引な宮廷クーデターはその結果として王権の弱体と諸侯の群雄割拠を誘発する。
で、そこに割り込んで勢力を拡大させたのが、法院貴族のヘインワーズ侯という訳か。
ある意味栄華を誇るベルタ公は同時に、この現王室をいやでも維持しないと潰される立場に追い込まれた。
なるほど。
アリオス王子がどのルートでも消えるし、キルディス卿とミティアがくっついたらベルタ公が取り潰される訳だ。
「ついでに言っておこう。
君が法院で目論む関所税課税撤廃の切り札になる新大陸交易の元締たる西部諸侯。
そこの血脈の中枢が今のベルタ公だ」
やっぱりか。
南部諸侯の主導で新大陸交易の富に目が眩んだ王室がそれを狙い、西部諸侯が抵抗し宮廷クーデター。
世界樹の加護復活は西部諸侯に致命的な経済的打撃を与えることになる。
何?
この詰みっぷり。
アリオス王子がミティアをかっさらって逃げたのが本当に最善の策だったのだろう。
残り時間は少ない。
王子の仮面をかぶりなおして、アリオス王子は私に顔を向けて口を開く。
「私はこの秘事をベルタ公から聞かされた。
それゆえに、偽王と罵られまいと王たらんと努力してここまできたつもりだ。
だからこそ、華姫であり世界樹の花嫁を目指すエリー・ヘインワーズにお願いしたい」
そこから紡がれた言葉は告白以上に重い。
その身を汚せと言っているのに等しい言葉を、王子ではなく、アリオス・オークラムとして頭を下げて告げた。
「私を助けて、私と共に歩んでほしい。
この国を助けてくれないか?」




