64 王子様とデート 前編
「殿下。
デートしませんか?」
お誘いは教室内。
他の生徒注視の中堂々とした私のデートのお誘いに、教室内は一気に黄色いざわめきが広がる。
アリオス王子もまばたき二回ほどの時間固まっていたが、すぐに我を取り戻す。
「デートですか。
何処に?」
笑顔で話の続きを求めるアリオス王子に、私は一枚のチケットを差し出す。
メリアスの劇場での舞台のチケットである。
「面白そうな芝居がありましたので、一人で行くのはもったいないなと。
殿下はこの手の芝居はお嫌いですか?」
設定資料だと、アリオス王子は芝居は好きでも嫌いでもない。
それでも私はこの誘いを受ける確信があった。
芝居のタイトルは、『富豪の隠し子』。
庶民として育てられた娘が富豪の隠し子と分かって、貴族の嫁になるというストーリー。
舞台のタイトルを使った私の暗喩を読み取れないアリオス王子ではない。
「ええ。
構いませんよ。
日時の指定はこちらでしても?」
「もちろんですわ。殿下。
楽しみにしていますね」
アリオス王子の席を離れると、衝撃で固まっているミティア発見。
せっかくだから解凍しておこう。
「何を固まっているんですか?
ミティアさん」
「だ、だって!
デートですよ!
デート!!
しかもアリオス王子と!!!
凄いじゃないですか!」
ミーハーな意見ありがとう。
そんなのりで終わるデートじゃないから。これ。
なんて言える訳もなく。
どうやってごまかそうかと思ったら、ミティアがとんでもないことを言い出す。
「けど、アルフレッドさんとの仲はどうなるんです?」
「っ!?」
なんて事をこんな場で言うんだ!この主人公は!!
おちつけ。
動揺なんてしていない。
深呼吸をして笑顔を作って軽く一言。
「これも貴族の作法ですのよ」
自分の席に向かう時にアルフレッドの顔を見れなかった己の弱さを罵倒したい。
自己嫌悪に陥っている私だが、それでもアルフレッドとセリアをデートの護衛に選んだのである。
貴族のデートというのは二人だけという事はありえない。
特に王族ともなると必ず護衛が付き添うが、それらの護衛は信頼できる者にやらせているので居ないものとして考える。
待ち合わせ場所は、メリアスの商業区のカフェ。
先についた私は目立つ席に座ってケーキセットを食べる。
「あら。
これおいしいわね。
セリアも食べる?」
私の後ろに立っているメイド姿のセリアに振るが、セリアは首を横に振る。
護衛その一で、護衛その二のアルフレッドは店の外で控えている。
「いえ。
この姿で、こういう場所で食べるのは失礼に当たりますので」
「そうね。
じゃあ、同じものを三つ頼んで頂戴。
お土産なら問題ないでしょ」
「お嬢様の寛大なご配慮に感謝します」
セリアのために刺したケーキの欠片は、そのままぽちの口の中へ。
私の方の護衛はこれだけだが、王子側はこのデートに動員されている人員は百人を超えているだろう。
既にカフェの奥の席の女性にセリアが警戒の視線を向けている。
近衛騎士団の人間か、それとは別組織の王子の手駒か。
私と王子の接触を警戒する諸侯の人間か。
こういう場所でその手の人間を見分けるのにはコツがある。
まずはセリアが警戒した女性だが、あれは見つかる事が目的だったりする。
彼女が囮で本命の監視者を隠してしまうのだ。
同時に複数の人間が動いている事を意味している。
こんな状況で複数の人間を動かす事ができるのは、諸侯でも難しい。
ならば、あれは王子の手駒だろうと判断。
下手すると、このカフェの客全員、最悪店員すらスパイの可能性があるのだ。
セリアが注文をする為に、私から少し離れる。
この時に私への視線が強まるが殺気ではない。
スパイは多いが、暗殺者は居ないと。
「お待たせしました。
エリーさん」
「気にしないでください。
アリオスさん。
ここのケーキセットがおいしかったので、ついつい時間を忘れてしまいました」
「ならば、ここの払いは私が持ちましょう。
頼んだお土産も含めてね」
しばらくして、グラモール卿を連れて私服姿のアリオス王子登場。
一応お忍びなので、あくまでお嬢様と金持ちのぽんぽんという設定で敬称はなし。
しかし、セリアに頼んだケーキの注文まで把握しているとのご挨拶つきである。
「お芝居まで時間がありますし、のんびりと街を散策でもしますか?」
ではこっちもご挨拶がわりに、護衛が一番嫌がるぶら歩きを提案する。
警護側から見てどうしても関係ない人間を排除できないぶら歩きは鬼門でしかないからだ。
グラモール卿の眉がいやな形に上がったがそれ以上の反応はなし。
「いいですよ。
エリーさんは何か欲しいものでも?」
笑顔で席を立つ時に自然と私に手を差し出してくる。
当然のようにその手をとった私は同じ笑顔でその質問に答えた。
「女の子って、物を見る事自体が目的みたいなものなんですよ」
と。
石畳のメリアス商業地区をぶら歩き。
出店だけでなく大道芸人が芸を披露し、吟遊詩人が歌を歌っていたりするのを眺め、売られている物をチェック。
この商業地区は貴族や富豪等の裕福層が使うので、治安がよく保たれている。
同時に、私や王子の事を知っている連中が多い事を意味する。
かくして、私達二人への視線の集中砲火が。
それを気にする私と王子でも無かったが。
雑貨店で食器に眺めながら、王子と雑談。
「こういう食器を飾る事で食事が楽しくなるのもありだと思いませんか?」
「ありだとは思いますが、私の場合口に入るものは銀製品と決めているんですよ。
だから、飾る場合は飾り皿として買いたいですね」
毒対策ですね。わかります。
今度、マイセンか柿右衛門の飾り皿を買って贈ってあげよう。
見た限りでは、上流層が使う食器と言ってもあのレベルのものは無いみたいだし。
その次は宝石店へ。
装飾技術は劣るが石そのものの大きさはこっちの方が大きかったりする。
もちろん、店員は私と王子様の顔を見てすぐに奥の特別室に案内される。
なお、宝石大好きなぽちはセリアに抱きかかえられて邪魔できないようにしている。
「新しい首飾りの中央に飾る石を探しているのよ。
装飾はこちらのお抱えにさせるつもりなんだけど。何か良い物はないかしら?
これと同じものを使う予定なんだけどね」
そう言って身につけていた何の飾りもないプラチナネックレスを外すと、店員が絶句するのが分かる。
そりゃそうだ。
向こうの装飾技術はこっちではできないのは既に調べている。
なお、プラチナそのものが無い事もチェック済。
さすがにアリオス王子も店員の驚愕を見て、こっちの注文がかなり高い事に気づいたか。
蛇足だが、代わりにこっちにはミスリルがあり、それを持って行って向こう側であわや大騒動になりかかった事が。
「そ、そうですね。
この光沢でしたら……」
銀、もしくはミスリルみたいなものと当たりをつけて大柄の石を用意してくる。
さすが専門家。
「石の大きさでしたら真珠でしょうか。
黒真珠の良い物が入っています。
あとは珊瑚や琥珀なども合いそうですね」
最初に薦めてくるものはこの商売では枕詞。
本命はその後にやってくる。
「ですが、このような品はめずらしいのでこのような物はいかがでしょうか?」
小箱を持った店員がその箱を開けると、中に特大の石が光り輝く。
それがこっちの世界にしかないものだが、私は即座にその言葉を口にした。
「こ、これ、賢者の石じゃないの!」
「大賢者モーフィアス様が精錬なされた逸品にて」
店員が胸を張って答える。
まあ大賢者が精錬した石だから間違ってはいないが、この世界では身につけている者へ知力および魔力上昇と対魔属性を持つ最強アイテムの一つ。
己のMPを蓄積する外部魔力タンクにもなっている魔術師必須の逸品である。
私もこっちの世界で贅を尽くしてきたが、これほどの逸品は見たことがない。
加工はこっちでしないと無理だが、それでもこれは欲しい。
「お気に召したでしょうか?」
「ええ。
これ買うわ。
セリア。あれを出して」
控えていたセリアが小箱の隣に純金のインゴットを置き、今度は店員とアリオス王子が絶句する。
エルスフィア統治で削った経済力を引いてもまだこれだけ出せますよというアピールのための小道具である。
もちろん、賢者の石の代金以上の価値がある。
「加工もこっちでお願いするから、それ込みの代金と思って頂戴。
ネックレスの素材はミスリルで。
飾り石はそちらにお任せするわ」
店員は顔色を戻してただ一礼してこちらの要求に従ったのだった。
「しかし君も派手なお金の使い方をするね」
日も暮れ、劇場に向かって歩く時のアリオス王子の言葉である。
何を言っているかというと、私には大勲位世界樹章のネックレスがあるからだ。
飾りとして見るとネックレスとネックレスがかぶってしまう。
「あら、女が宝石に目がないのは世界の真理ですわ」
適当な事を言いながら、既に賢者の首飾りと呼ばれるだろうそれの使い道を考えていた。
日頃の感謝をこめての姉弟子様に贈ろう。
あの人の事だから喜んでくれるだろう。
知力と魔力上昇の補正もあるから魔術を学ぶ際に便利だし。
「違いない。
君の家の財力のほどを見せられたよ」
「成り上がりですが、商家出身は伊達ではありませんのよ」
夕暮れ時に話すカップルの会話っぽくなっているが、宝石店での顛末を知ったスパイ連中は慌てているのだろうな。
ヘインワーズ家の経済力恐るべし。
その当主を引退に追い込んで屈服させた王家の力侮りがたしと。
劇場に着くと、一人の女性がドレス姿で先に待っていて、私達に向けて頭を下げた。
「花宮殿の花の一輪かつアリオス様の飾り花をさせて頂いております。
ベルガモットと申します。
今回は観劇にあたり、付き添いをさせて頂きますがよろしくお願いします」
ここでお久しぶりです。フリエ女男爵なんて言ってはいけいない。
華姫の名前はお水の源氏名と同じなのだ。
彼女がアリオス王子の華姫ならば、女男爵まで出世というのも分からないではない。
確実に血族継承を行う場合、王子クラスだと筆おろしをしている人間が居ないとおかしいのだ。
彼女もゲームには出てこなかったキャラだが、居ることにある意味納得する。
彼女がこのような場所に付き添うのは、舞台みたいに暗くなる場所での王子と私のイチャラブ阻止要員に他ならない。
デートしてやっちゃってできちゃったなんて事は政治的に絶対に許されないのだ。
だから、やってもできない華姫はこのような場所で重宝される。
ある意味、男を飾る華として。
「エルスフィアを一時的に預かる者で世界樹の花嫁候補、エリー・ヘインワーズ太守代行です。
付き添いよろしくおねがいしますね」
向こう側の意図としては、私が本当に華姫かどうかを確かめたいという所もあるだろう。
現役華姫ならば、子供が出来ない体なので王子の側室としての選択肢が入ってくるからだ。
エルスフィア統治で高い政治能力を見せているから、取り巻きとして入れるかどうかのテストも兼ねているのだろう。
「さて、そろそろ時間なので中に入りましょうか」
「ええ」
こうして役者も揃い、デートという名の茶番劇に隠された政治の幕が上がる。