63 忘れてはいけない。これは乙女ゲー
時々忘れそうになるが、これは乙女ゲーで当然恋愛も動いている訳で。
授業をのんびり受けながら、主人公と攻略キャラ達の動きをなんとなく追っかけてみる事にする。
「アリオス殿下。
ここが分からないのですが?」
「何処です?
これの解き方は……」
授業が進むに連れてミティアとそこそこ関与したせいか、アリオス王子とミティアの関係が結構良い感じになっている。
アリオス王子からすればできの悪いやつほどかわいいの心理も入っているのだろうが、王族としての孤高をものともせずにずかずか踏み込んでくるミティアのその突貫力についてはさすが主人公と賞賛したくなる。
廊下からアリオス王子を眺めるキルディス卿の険しい顔を見ると笑ってはいけないが笑みがこぼれてしまう。
「状況判断が甘い!
後方で戦えないならば、身を守る事に集中しろ!
それができてはじめて他の人間への支援ができるんだ!!」
「はい!!」
キルディス卿の訓練を受けながら、木の盾を持って返事をするミティアは傍から見てると熱血スポーツ少女に見えなくも無い。
近く二回目の迷宮攻略に挑むらしいから、二人とも真剣そのものだ。
キルディス卿は忠実な騎士たろうとし、ミティアはそれは分からないがキルディス卿の信頼は理解できると。
人の恋路を横から見るとこんなにも楽しいとは。
ゲームだったら、二人とも爆弾がついていてもおかしくない。
「どうしたんです?
アルフレッド君。
動きが悪いですよ」
「……申し訳ございません。
もう一本お願いします」
ミティアの真剣さを見て、今度はアルフレッドが気を揉むと。
同じ庶民枠で真剣に事に挑んでいるミティアは、私があえて微妙な位置においているアルフレッドには眩しいのだろう。
このあたり青春だなあと完全人事である。
「少し休憩にしましょう。
汗を拭いてちゃんと水分を取ってください。
防具をつけている者は装備の点検をするように」
委員長キャラのヘルティニウス司祭のコミュニケーション力のおかげかクラスの間での軋轢は表に出ていない。
彼の理想主義と博愛精神でミティアへのヘイトをうまく解消しているのだろう。
彼のコミュニケーション力でうまく皆の間を取り持っていると。
そんな動きをアリオス王子とグラモール卿がじっと眺めていたり。
「はい。タオル。
果実水いる?」
「さんきゅ。アマラ」
熟年夫婦ぶりを見せ付けるシドとアマラは放置。
セドリック王子からのアプローチをどうするのだろうと気になっていたが、アマラは高級娼婦を辞める気はないし、シドも盗賊を続ける以上情報源としてのアマラは必須な訳で。
二人ともミティアやセドリック王子との関係をつかず離れず、そこから離れる事に成功しているのもこの関係のおかげだろう。
「二人共頑張っているじゃない」
「お嬢についていくためにはこれぐらいしても追いつけないんだよ。
聞いたよ。
東方騎馬民族討伐戦」
私のねぎらいにシドが苦笑で返す。
それにアマラがツッコミを入れる。
「私は生で見たわよ。
武術大会のあれ」
「いやー。照れるな。
か弱い乙女が必死に頑張った所を見られるなんて」
私の白々しいボケに乗ってくれるからこの二人は大好きだ。
ジト目で私を見る二人が同じ顔をしている。
「このお嬢様相当数場数踏んでやがる。
しかも踏んだ場は迷宮より戦場の方が多いぞ。あれ」
「近年五枚葉が出るような騒乱ってあったかしら?」
「俺の記憶では無いな。
だが、王子様にすら勝ったのだから本物なのは間違いが無い。
あれらの勲章もつけているお嬢様の才能も。
という訳でお嬢。
きりきり吐いちまいな」
い、言えない。
未来から、しかもこの国崩壊後に復興しその戦役に関わったなんて言える訳がない。
という訳で、天真爛漫な笑顔で口に×を作って一言。
「乙女の秘密です♪」
いや。
突っ込んでよ。
ドン引きしないでよ。二人共。
人の恋路ばかり見ても楽しいが、見る阿呆より踊る阿呆だ。
シドとアマラから離れて私も参加する事にしよう。
「はい。タオル。
アルフレッドはずいぶん剣筋が良くなったわね」
「ありがとうございます。
お嬢様。
サイモン卿からは盾を持てと言われているので、武器についてはショートソード主体で行こうかなと思っています」
つまり、私を守るための盾役か。
サイモンめいい仕事をしてやがる。嫌ってはいるが仕事は評価しておこう。
盾役の場合、盾騎士という専属職があったりする。
私の世界におけるSPみたいなもので、その特徴は護衛対象者を守る為に大型の盾を持って攻撃よりも防御に特化する職業だ。
サイモンは魔法剣士から手がいくつも打てる遊撃にまわし、セリアが私の盾役を務めているので、盾役をアルフレッドにする事でセリアが支援に回れるのだ。
「せっかくだから、アルフレッドも魔法覚える?」
「覚えられるのですか?」
私の一言にアルフレッドが目を輝かせる。
まぁ、男の子ですし、強くなりたいお年頃でしょうから。
「覚えられなくでも使えるマジックアイテムがあるって言ったでしょ。
こんどそれを貸してあげるわ。
サイモンあたりに言えば、そのあたり話してくれると思っていたけど?」
私が首をかしげたらアルフレッドが恥ずかしそうに俯く。
赤髪で目を隠してその理由を口にした。
「サイモン卿は、『お前にはまだ早い。一つの事を極めないと結局技に溺れるぞ』と」
その言葉に私は納得する。
サイモンを除いた私達は一つの事を極めた、もしくは極めきってから次に移った人間の部類だからだ。
「サイモンの言う事の方が正しいわね。
極めたら、そのお祝いに何かマジックアイテムをプレゼントしてあげるわ」
「はい。お嬢様。
楽しみにしていますね」
そう言って、楽しそうに笑うアルフレッドの笑顔にときめいたのは内緒だ。
もちろん顔に出すつもりもないが。
「これからどんどん迷宮は厳しくなってくるから期待しているわよ」
「はい」
アルフレッドの笑顔に癒されるのは私が恋する乙女だからだろう。多分。
そういえば、私の世界で警備用に使っているあの透明な盾、手にはいらないかな?
後で調べたらライオットシールドと言うらしい。
買えるので通販ぽちっておいた。
「何か調子に乗っているわよね」
「本当。
たかが庶民の分際で」
乙女ゲーのお約束、よそのクラスの女子からの嫉妬を耳に挟んだのは、剣術訓練の後の事だった。
庶民枠と貴族枠には明確な階級の壁がある。
着替えている女子は貴族の子女なのだろう。
ミティアが居ない事を良い事に、悪口の言い放題。
このあたりの乙女の心理はこっちでも向こうでも変わらない。
で、ここで颯爽と登場して彼女達を使って主人公を攻撃するのが乙女ゲーのお約束だったり。
問題は、私がミティアよりさらに低い奴隷出身という事を自らばら撒いているわけで。
「何か聞こえましたか?」
だから、私が火消しにかからざるを得ない。
彼女たちが私に対して文句を言ってこない理由は、制服の胸に輝く勲章のおかげである。
成り上がりだろうがコネだろうがどれか一つならば取れなくもないが、三つも並んでいると嫉妬する気も起きないらしい。
ついでに、仕事に特化してクラス内で軋轢を起こしていないのも大きい。
「いいえ。
なんでもありませんよ。エリー様」
腹ではミティア以上に私を嫌っているのかもしれないが、勲章だけでなくエルスフィア太守代行という実利がちらついているので彼女たちも笑顔を張り付かせざるを得ない。
あげくに、東部諸侯の重鎮であるタリルカンド辺境伯が接触してきているのも知っているだろうから、下手を打つと東部諸侯が敵に回る。
「ですよね。
私もミティアさんの天真爛漫さは羨ましく思うのですが、それは彼女の持って生まれた才能で、家柄ではないですからね。
それを言うとうちは所詮成り上がりですし、私も色々噂を立てられて悔しい思いをしましたので」
相手のプライドを持ち上げながら己の生まれの低さをアピールし、それを持ってミティアへの攻撃を私の攻撃に書き換える。
まずこれをやられると向こうは黙らざるを得ないので、ここで釘をさしておく。
「才能で堂々と勝負している以上、負けも覚悟の上。
どうか、勝者を貶すより敗者に手を差し伸べるよう。お願い致します。
私が負けた時の保険も兼ねてますのよ。これ」
で、最後に冗談に落として彼女たちに乾いた笑いを引き出させておしまい。
一人が引きつった笑みを浮かべて、数秒後には乾いた笑い声が周囲に広がっていた。
ぽちがのそのそと私の背中を這ってきたという事はそろそろやってくるな。
「あれ、エリー様どうしてここに?」
彼女たちに釘をさして置いたのだから、ミティアを攻撃するのは私でないといけない。
という訳で、悪役令嬢らしく悪役を演じさせてもらおう。
「ええ。
ミティアさんがちょっと調子に乗っているから私が煽って、ミティアさんへの悪口で華を咲かせていたのですよ。
ご自重してくださいな」
ぽちを頭に乗せての嫌味もシュールにしかならない。
周りの女子の幾人かはつぼに入ったらしくマジ笑いに必死に口を抑えている。
こらえろよ。
あんたらの為に茶番をやっているんだからよぉ。
「ひどいです!エリー様!!
私の何が悪いことをしているって言うんですか!!!」
ぷんぷん怒っているが、ミティアはこの垂れドラゴンを見ているから、私のこれが茶番であるのを多分分かっている。
というかミティアあんた絶対に吹くなよ。
茶番が台無しになるんだからよぉ。
「世界樹の花嫁候補を良い事に男を侍らせているからに決まっているでしょう。
別に侍らすのはとやかく言わないから、時間と場所を弁えなさい」
なお、ビッチルートだとこのあたり深刻な対立が発生して襲撃事件なんかが発生するので、ちゃんと鎮火しておくに越したことははない。
秘密だが。
「はい。
私の行動で皆様に不快な事を感じさせてしまいすいませんでした」
ぺこりと頭を下げるミティア。
ああ。これは大物だ。
育ての親はよくぞここまで善人に育てたものだ。
これをやられて普通の人間は罪悪感を抱かざるをえないぞ。
「いいえ。
私達もちょっと嫉妬しちゃって……」
「ごめんなさい。
陰口を言う形になっちゃって……」
次々に心にもない謝罪の言葉が周囲から聞こえるので、締めとして私が頭を下げよう。
「私も謝罪するわ。
みんなを煽って貴方の陰口で盛り上がって、堂々と勝負するって言ったのに最低ね。
ごめんなさい」
あ。
頭にぽちが乗っていたの忘れていた。
私の目の前に落ちてゆくぽちがスローモーションで流れてゆく。
ぺち。
「あ」
見事に凍る空気。
じたばた手足を動かしているから大丈夫だろう。
一応ラスボスクラスのドラゴンだし。
「ぷっ」
ミティアの可愛らしい吹き笑いに耐え切れずについに部屋に広がる大爆笑。
なお、私も耐え切れずに笑っている。
「エリー様卑怯です!
絶対それ狙っていたでしょう!!」
「狙ってやっているならば、私は芸人になっているわよ!
この駄トカゲが空気を読まないからに決まっているでしょ!!!」
「好き勝手にさせているエリー様にも罪があるって言っているんです!」
「だ、ダメ……涙が……」
「が、我慢できない……」
こうして、とりあえずのミティアへのヘイト消しは成功した。
私にせよミティアにせよ影口を言うよりもストレートに言った方が分かると彼女たちも理解したらしく、その距離がちょっと歩み寄ることになった。
ただ、その弊害もあったりする訳で。
それは、昼休みにはっきりと現れた。
「エリー様。
よかったら一緒にお昼食べませんか?」
お弁当の入ったバスケットを持って早速距離が近くなった女子の輪に誘ってくるミティアを見て、私ははっきりと悟る。
なつかれたと。




