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昨日宰相今日JK明日悪役令嬢 恋愛陰謀増々版  作者: 北部九州在住
乙女ゲーとSLGの間で
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57 東方騎馬民族討伐戦 その8

 交易都市ウティナ防衛戦に成功した事で、東方騎馬民族討伐戦はほぼ掃討戦に移った。

 兵力はまだマーヤム族の方が多いのだが、アリオス王子が到着した事で南部諸侯達が兵を向かわせたのである。

 逃げ足の速さは東方騎馬民族の売りである。

 だが、それ以上に足の速さがあるのが空中騎兵達である。

 彼らが捕捉し続けているので、ここで彼らを叩き潰せば東方からの脅威は当分なくなる事になる。

 そして、この格好のチャンスをアリオス王子もタリルカンド辺境伯も、私も逃すつもりはなかった。

 ウティナにて軍の再編成の為に一日だけ時間を取ると、アリオス王子を総大将にした東部諸侯と女神神殿騎士団の一万五千の兵でマーヤム族追撃に出た。

 後から、南部諸侯や負傷から回復した兵を私がウティナから送り出し、それと合流したオークラム統合王国軍はマーヤム族捕捉に成功。

 三度に渡る会戦によってマーヤム族の八割に損害を与えるという大勝利に終わったのである。

 ここに、アリオス王子の権威と武威は完全に成立した。

 マーヤム族の捕虜は合計で三万を数え、彼らを南部魔族領に売り払うことで戦費調達と諸侯への褒章としてこの戦は終わることになる。

 それでも収支そのものは赤字だ。

 なお、途中参加で兵を集めだした南部諸侯に至っては出し損という結果になっているのだが、まさかアリオス王子が出陣するとは思っていなかったから完全に自業自得である。


「で、エリー殿への褒章なのだが、何がほしい?」


 軍を解散した東部要衝のタリルカンドの城内にてタリルカンド辺境伯が私に尋ねる。

 正直、歴史の介入という線で既に十二分に利益を得ているのだか、それを口にするわけにも行かない。


「あまり欲張っては諸侯から妬まれます。

 そうですね。

 エルスフィア太守代行の『代行』が取れるようにお力添えを」


 かといって、何ももらわないと疑心暗鬼に落ちるというのが人間の欲というものである。

 私の慎ましい要求にタリルカンド辺境伯がわざと声を潜めて私を試す。


「ほう。

 世界樹の花嫁として東部諸侯の支持を与えても良かったのだが?」


 この人は武人であると同時に政治家でもあるからこそ、東部諸侯の旗頭として皆から慕われているのだ。

 彼の一声で東部諸侯が動けば、世界樹の花嫁争いにおいて確実な基礎票が手に入るという普通ならば喉から手が出る要求を私は笑ってお断りした。


「結構ですわ。

 私、負けるために花嫁になったのですよ」


 こちらの暴露にタリルカンド辺境伯は顔色を変えずに同じように笑う。

 こっちの裏事情を知っているとその笑顔が物語っている。


「だろうな。

 殿下がこうも早くやってくるとは儂も思っていなかった。

 ならば、誰かが手を回したのだろうと考えると、エリー殿しか居なかった。

 さしあたって、殿下の立太子の箔付けの為かの?」


 お互い隠し事をしながらの楽しい会話である。

 タリルカンド辺境伯はエリオスの事があり、私はそれを知っているという事を隠しながらの会話ゲームである。

 笑顔の仮面をつけたまま、表情を探りながら握手ができる所に二人共目指してゆく。


「ご存知と思いますが、南部諸侯がいろいろと動いておりまして。

 殿下が立てば、このような事はなくなると思いますが」


「王都で何やら蠢いているのは知っている。

 儂も歳ゆえ、そのような企み事からは離れ、この辺境で余勢を静かに暮らしたいものよ」


 このあたりが落とし所だろう。

 お互い腹を探って秘密を晒したくはない。


「殿下の立太子の支持。

 どうかよろしくお願いいたします」


 頭を下げた私に、タリルカンド辺境伯が奇襲をしかける。

 終わったと思っていたから、その言葉に素が出てしまう。


「ならば、エリオスとの結婚を考えてくれぬか?」


「ふぁい!?」


 しまった。

 顔色が変わったのを見られた。

 それを見逃す、タリルカンド辺境伯ではない。


「そなたぐらい有望な手駒があるならば、東部は安泰よ。

 此度の戦において、ついに兵糧や物資が途切れるという事がなかった。

 それは誰が認めなくても、儂が認める大功よ」


 いや、そういう仕事についていましたのでなんてとても言えるわけもなく。

 とりあえず、便利なごまかしでお茶を濁すことにする。


「私、妹君に恨まれたくありませんので」


 ありがとう。ちっぱい。

 サンキュー。ブラコンシスター。

 君のクレイジーブラコンでこっちは逃げが打てる。


「あれも兄離れができればいいのだが。

 そなたとくっつけば、諦めがつくと思ったのだがなぁ」


 諦めるわけないじゃないか。

 それで私があのブラコンちっぱいと何度ガチで殺し合いをしたと思っている。

 なんて言える訳がないので、私はただ笑うだけで返答を避けたのだった。




「覗き見なんてお行儀が悪いですわよ。

 殿下」


 タリルカンド辺境伯の部屋を出て、しばらく歩いた後に立ち止まって一言。

 ぽちの視線の先に、姿隠しの魔法を解いたアリオス王子が現れる。


「失礼。

 あまりにも面白い会話だったから、覗かせてもらった。

 もちろん、タリルカンド辺境伯の了解をもらった上でね」


 アリオス王子といい、タリルカンド辺境伯といい、食えない人達だ。

 そんな事をおくびにださず、私は笑顔でアリオス王子に意地悪をする事にした。


「で、ご感想は?」


「では質問をさせてもらおう。

 何故エリオス殿との婚姻を断る?」


 さあ、地雷原でのタップダンスだ。

 私がエリオスの素性を知っている事は隠してこれをごまかさないといけない。


「殿下。

 殿下からパトリの開発許可を戴いたと思いますが?」


 辺境の開発許可は城と領地がセットになる為、必然的に伯爵以上の爵位が確定する。

 つまり、エルスフィア太守から、初代パトリ伯までは私の地位は確定している。

 なお、パトリの開発はエルスフィアへの公共事業として街道整備と築城が既に始まっている。

 領地の中心はエルスフィアのままだが、諸侯名義はパトリの為に、最低限の築城は建前維持のために必要なのだ。


「なるほどね。

 婿を押し付けられるより、婿を選びたいか。

 ならば、叔母上と両天秤をかけるのかな?」


 私の現在の管理地であるエルスフィアはオークラム統合王国の北東部辺境地域。

 その気になれば、北部諸侯としても東部諸侯としても動こうと思えば動けるのだ。

 だが、王子として育てられているアリオス王子が失念している事が一つだけある。

 婿を選べるというのは、アルフレッドを選んでもいいという事を。

 彼とて無能ではないから、私のほのかな恋心はわかっているだろう。

 だけど、徹頭徹尾政治的に動くから、アルフレッドを愛人にすればいいという貴族的正解を真っ先に思いついてしまい、それ以外の選択肢を考えないのだ。

 とはいえ、それを指摘することもあるまい。


「あのお方からも誘われまして。

 どちらについたほうがよろしいですか?」


 こういう風に話を振れば、アリオス王子はそれ以上は突っ込んでこない。

 政治と愛情をきちんと分けて考えている人だし、私もそういう人間であると理解しているからだ。


「ヘインワーズの代替わりにあわせて、考慮しておこう。

 君がいずれヘインワーズ家紋の先頭に立つ事を考えるとね」


 そういってアリオス王子は自然な仕草で私の手をとって、唇を重ねる。

 え?

 何?

 この人何をしているの???


「根回しから此度の合戦の大功、誰が評価せずとも私は貴方の功績を忘れない。

 そして、貴方はこの国のために絶対に手に入れないといけないと確信した。

 その事は覚えておいてほしい」


 ゆっくりと手を離すと、そのまま彼は去ってゆく。

 手につけられた唇の跡が何だか熱いように思える。


「冗談もお好きなようで」


 肩に乗ったぽちに私が呟くが、こいつはこういう時に何も返事をする事無く私の肩で目をつぶって居眠りを始めたのであった。

 愛や恋を信じるには年を取り過ぎた。

 だからこそ分かる。

 あの王子は、私を使える駒と判断してスカウトに来たのだと。 



  

「懐かしいなぁ」


「あら、来たことあるの?

 タリルカンドに?」


 仕事が終わったので息抜きの護衛を連れてのお出かけ。

 別名アルフレッドとのデートとも言う。

 アルフレッドの声に私が会話を合わせたら、彼は市場を眺めてその風景を懐かしそうに眺める。


「はい。

 まだ両親がいる時でしたが、こうやって市場を眺めたり、見世物を見たりした覚えがあります」


 彼の視線は過去に飛んでいた。

 その過去を壊したのが今回一部を壊滅させた東方騎馬民族。

 マーヤム族の壊滅は既にレテ族やハシ族を通じて伝わっているだろう。

 今頃、マーヤム族の後釜を巡って楽しい権力争いが盛り上がっているに違いない。


「どうだった?

 一部とはいえ、仇が討てた感想は?」


 私はあえてそれを口に出してみる。

 アルフレッドの顔は怒りでもなく、喜びてもない、困惑の色をたたえている。


「わからないというのが本音です。

 仇のはずなんですよね。

 けど、それを思うには大きすぎで……」


 敵の対象があまりにも大きすぎるから、実感が持てないのだ。

 明確な憎悪なり恐怖なりの感情があればまた実感も沸いたのだろうが。

 たとえば、アルフレッドの幼なじみのナタリーのように。

 たとえば、異世界に来たばかりの私を陵辱した盗賊たちのように。

 たとえば……


「ねぇ。

 ちょっと行きたい所があるのだけどいいかな?」


 市場から少し離れた所にそれはあった。

 タリルカンドの収入源の一つにて、タリルカンドの名前にブランドが付いたその場所は奴隷市場という。

 鎖に繋がれて着のみ着すらつけていないありとあらゆる人種と種族が売られている。

 この場所は、今の統合王国に無くてはならない場所だった。

 西部はここで調達した奴隷を新大陸に送ったり、船団の船員に仕立てあげた。

 南部は南方魔族との交易の為に市場としてこの地を無視することはできず、人口過多ゆえに必然的に人間があふれる北部はこの地に奴隷を送ることで人減らしと収入の一端にしていたのである。

 そして、遊牧民である東方騎馬民族は、遊牧民であるがゆえに定住生活のスキルを彼ら奴隷に求めていた。


「……」

「……」


 檻に入れられ、鎖に繋がれた奴隷たちが私達を光のない目で見つめる。

 奴隷商人達は、お嬢様が奴隷を買いに来たと下心を出しつつ、お嬢様を陵辱する下衆な妄想でも考えているのだろう。

 なお、近年の不作状況で、お嬢様の身売りは珍しくない光景になっていた。

 高貴な身分の彼女たちが、奴隷に身を落としで公衆の面前で陵辱されるのは、タリルカンドの有名な見世物の一つになっていたのである。

 もちろん、私も何度も出演したものだ。


「これは高貴なお嬢様。

 奴隷をお探して?

 それとも奴隷に成りに?」


 見るからに成金の奴隷商人が私に声をかける。

 どこかで見たような気が……っ!

 私がここで陵辱調教していた時に散々嬲っていた男の一人だ。

 あの頃ぶくぶく太っていたけど、まだ現役なのか体が引き締まってやがる。

 

「里帰りって所かしら。

 元華姫でね」


 その一言に彼だけでなく周囲の男達が私を欲望に満ちた目で嬲る。

 その視線が懐かしいと思いながら、警戒しようとするアルフレッドを手で制した。


「栄華を極めて酒池肉林も程々にしなさいよ。

 逃げられなくなるから」


 世界樹の杖で軽く男の胸をつく。

 それが魔術師の杖である事がわかった彼が顔色を変える。

 魔術師兼華姫なんて希少人物は、現在タリルカンドには一人しかいないからだ。


「っ!?

 ヘインワーズの花嫁候補生……」


 顔に脂汗を浮かべて固まった男を背に私は片手を振ってこの場をあとにする。

 私が陵辱調教された時の買い手の最有力候補だった彼から逃れたのには理由がある。

 既にタリルカンドへの凶兆はあの時から出ていたし、彼に死相があったのも大きい。

 けど、彼が私を逃した大きな理由は、調教が終わるまでの娘を嬲るのが好きで、調教が終わった私に食指が動かなかったという下衆な理由だったからだ。

 彼に恩も義理もない私はそれを伝えなかった。

 後日談になるが、東方騎馬民族の猛攻にタリルカンドが陥落し滅亡を迎えた時、彼は彼の財産である奴隷たちを引き連れてタリルカンドから逃げようとして奴隷ともども皆殺しにされたという。

 閑話休題。

 アルフレッドを連れて奴隷市場の奥に、奥に。

 気づけば日も傾いて月が空に浮かんでいる。

 耳に届くのは喘ぎ声。

 華姫になるべく売られた女達が紡ぐ人としての唯一の歌。


「……」


 あ。

 アルフレッドが赤くなっている。

 声だけとはいえ刺激が強かったかもしれない。


 明確な憎悪なり恐怖なりの感情があればまた実感も沸いたのだろうが。

 たとえば、アルフレッドの幼なじみのナタリーのように。

 たとえば、異世界に来たばかりの私を陵辱した盗賊たちのように。

 たとえば、私を華姫に変えたタリルカンドというこの地のように。


 その喘ぎ声に共感を覚える。

 その喘ぎ声に郷愁を感じる。

 私は、ここまで堕ちたのだという事を、いやでも思い出す。

 そして、それを誇りに思い、それに戻りたいという自分をいやでも認めざるを得ない。


 アルフレッドの方を向いて微笑む。

 その顔が妖艶であったのはいやでも分かってしまう。

 そして、言葉を紡ごうして止めた。


(私がこのままこの中に消えちゃったらどうする?)


 わかりきった質問はついに言葉にならず、私は頭を軽く振ってそれを追い出した。

 時間は全てを許す。

 あの陵辱も狂おしい快楽も全ては未来の事。

 そして……


「ど、どうしました?

 お嬢様?」


 しどろもどろの言葉で尋ねるアルフレッドがおかしくて笑ってしまう。

 あの忘れがたい快楽が、アルフレッドの顔を見て消えてしまったのだ。

 私は大丈夫だ。 

 もうこの道の先に行く事はない。

 この喘ぎ声に私の声が交じる事はない。


「どうしたんです?

 お嬢様?

 何だか、ここに来てから少し変ですよ」


 意を決したアルフレッドが心配そうに声をかけてきたので、私はきた道を戻りながら彼の方に振り向いて微笑んだ。


「なんでもないわ」

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