56 東方騎馬民族討伐戦 その7
「来ました!
東の方角からマーヤム族!!
ものすごい数です!!」
マーヤム族本隊がこっちにやってきたのは、二日後の事である。
空中ユニットの偵察から敵の動向は掴んでおり、こっちに迫っているのは二・三万。
残りは、城塞都市サイアに駐屯しているタリルカンド辺境伯率いる東部諸侯軍を警戒しているらしい。
各個撃破の格好のチャンスである。
兵はこちらの方が少ない以上、何処で迎撃するかが焦点となる。
騎兵が主体で数は多いが城壁を越える攻城兵器は少ない。
だからこそ、城壁を守って耐え切れたら勝ちである。
ここを知っているウティナ騎士団と私兵団に城壁守備を任せてサイモンを送り込んで監視という名目で彼を私から遠ざけた。
で、私が連れてきた兵は総予備として待機。
エリオスとマリエル率いるタリルカンド騎士団は決戦戦力だから温存。
城門から眺めると、無数の騎兵達がこっちに向かって来るのは圧巻ですらある。
ちらりとアルフレッドを見ると震えている。
怯えているわけではないだろう。
「武者震い?
彼等は故郷の仇だったけ?」
緊張を解きほぐすために、アルフレッドの方を見ずに話しかける。
ぽちは元の姿に戻って、攻撃の一番激しい東門で唸り声をあげているのが下に見える。
「ええ。
ですが、仇という意識より初陣という感じが強くて」
幾分緊張がほぐれた声でアルフレッドが返事をする。
後に傭兵将軍と呼ばれる後の英雄ですら、最初はこんなにも緊張していたのだ。
そして、彼を英雄にしない為に、私は彼を戦場からとおざける。
「私の側にいて頂戴。
向こうは矢を撃ってくるから、それを防いで欲しいの」
「分かりました。お嬢様。
お嬢様に傷一つつけさせませんよ」
その声が、私の過去を呼び覚ます。
あの王都での戦闘を。
(安心しな。エリー。
お前が守る王宮まで通しはしないさ)
「嘘つき」
「?
お嬢様。何か言いましたか?」
自然と出た呟きに軽く首を振って答える。
まだ、双方射程圏内ではない。
「なんでもないわ」
音が。
戦争の音が轟く。
懐かしい音が私に過去を思い出させる。
「弓隊構えっ!」
「魔術師対弓呪文用意!」
「空中騎兵は後方撹乱に回れ!」
「住民の避難完了!」
私はただ己の持つ世界樹の杖を掲げる。
さあ。
戦争を始めよう。
いつものように、なれた手つきで静かに世界樹の杖を振り下ろす。
交易都市ウティナ防衛戦は、守備隊の城壁からの弓矢によって幕を開けた。
交易都市ウティナ防衛戦は、こちら側の弓矢から始められた。
放たれた矢がマーヤム族の戦士達を撃ち落としてゆくが、城壁に迫る彼らの勢いは衰えない。
「敵が矢を放ってきました!」
「魔術師!
対弓風呪文!!」
こちらの魔術師がこちらに飛んでくる矢を風の呪文で逸らす。
大規模魔法で一撃という訳にはいかないのには理由がある。
マナ汚染だ。
万の人間を殺すという殺意をマナにこめて魔法を放てば、そのマナに精神が汚染される可能性がある。
事実、王都オークラム防衛戦の後で私はそりゃ見事なまでに狂った。
その成れの果てが白濁姫なのだが、ひとまず置いておこう。
で、この手の攻撃呪文には対抗呪文が存在している。
この対抗呪文は、比較的簡単に--たとえばマーヤム族の呪術師でも--唱えられるので大規模魔法をカウンターされた場合、そのマナ汚染が全部私に跳ね返る事になる。
先日の合戦では、向こうがカウンターを撃っても押し切れる程度の兵力しかなかった。
だが、この戦力で呪術師が複数で唱える儀式魔法のカウンターだと、乗算で威力が増すので跳ね返される可能性があるのだ。
そんな危険をここで行うつもりはない。
で、もう一つの理由。
こっちの方が切実なのだが、これ以上目立つつもりはないという事。
マーヤム族の討伐は私一人でできない事は無い。
だが、これ以上目立って、王都の政争に巻き込まれたら目も当てられない。
この戦いはあくまで、タリルカンド辺境伯の戦いなのだ。
「敵が東門に攻撃を開始!
北門にも回りこもうとしています!!」
「北門はゴーレムで防戦させるわ。
南門には敵は来ていないのね?」
東門にはぽちがでんとふんぞり返って、ファイヤーブレスや尻尾で騎兵をちぎっては投げちぎっては投げを繰り返している。
湿地帯が広がる南門側も敵が攻めているが、明らかにその数は少ない。
騎兵が基本とはいえ、彼らとて無策で城壁を攻めている訳ではない。
向こうの呪術師が魔法を城門に当てている。
門さえ破られたらこっちは騎兵に街の中で蹂躙されかねないのだ。
城壁にて防戦しているウティナ守備兵とて兵力が無限なわけではない。
こちらの守備の弱い所を突こうとする敵を相手に必至に防戦を行っているのだ。
それをあざ笑うかのように兵の多いマーヤム族は、北門を攻めながらそのまま騎兵の機動力を駆使して西門も攻めようとする。
タリルカンド辺境伯が率いる東部諸侯軍がこっちに来るのは北門の街道である。
警戒の兵は置いておくだろうが、マーヤム族がウティナを囲めば囲むほど東部諸侯軍への備えが薄くなる。
それを見逃す東部諸侯軍ではない。
「援軍です!
タリルカンド辺境伯が率いる東部諸侯軍がこっちにやってきています!!」
合戦において兵数以上に大事なのが、兵の士気である。
これが折れると戦うことすらできない。
ウティナ防衛戦とはぶっちゃけると、城壁に守られ援軍が来ることを期待している防衛側と大軍で押してその援軍を叩く事を狙う攻撃側の士気の戦いでもあるのだ。
まずはこっちがカードを切った。
「空中騎兵は東部諸侯軍との連絡を確保!
敵の予備が動くわ!
それを東部諸侯軍に伝えなさい!!」
東部諸侯軍はおよそ二万。
これを警戒していたマーヤム族の部隊も多くて三万。
兵数的には互角の勝負に持ち込めるはずだ。
「魔術師に合図の閃光を撃つように伝えなさい!
南門の敵を排除するわ!!」
南門側には湿地帯が広がっている。
そして、ウティナの街はこの湿地帯を根城にするリザードマン族と協力関係にある。
彼らを動かして、南側の敵を排除するのだ。
だが、敵もこちらの思うとおりに動いてはくれない。
「敵に動きが!
西門に回り込もうとした敵が北上!
東門の敵もかなりの数が北に向かっています!!」
しまった。
奴ら、全力で東部諸侯軍を潰しにかかる腹だ。
「エリオス殿に伝令!
『騎兵隊は西門から出て、敵の背後を突くように』と伝えなさい!」
街を囲んでいるのは一万から二万。
その大部分が北上するマーヤム族本隊に合流しようとしていた。
もちろん、現在街を攻めている部隊はこっちへの備えを残しているから西門近くでエリオスの騎兵隊とぶつかり、マーヤム族本隊の移動の邪魔ができないでいる。
ここで守備側の兵力の少なさが足を引っ張っていた。
切り札のエリオスの騎兵隊だが、迂回して東部諸侯軍の戦場に送り出せば、西門側ががら空きになるのだ。
その可能性は低いが、統率がとれないマーヤム族の跳ねっ返りがここを突いてくれると、予備を使ったこっちに甚大な被害が出かねない。
だからこそ、予備戦力であるエリオスは兵を大胆に動かすことができない。
「弓兵隊!魔術師隊!
西側へ支援攻撃!!」
私も城壁に上がり支援魔法をと考えた矢先、アルフレッドに手を引っ張られ、元居た場所に短刀が通り過ぎていった。
アルフレッドが私を背中にして、盾を構えて叫ぶ。
「アサシンがまだ残っているぞ!!」
完全に排除したと思ったが、まだ残っていたか。
セリアが一刀でアサシンを切り捨てたが、この切り札は想像以上の効果をもたらすことになった。
つまり、私の前線行き却下である。
「お嬢様が前に出たら危険です!
どうか後ろに引っ込んでいてください!!」
護衛のセリアとアルフレッドが、私の安全を考えて後ろに下がるように言い出したのだ。
大規模魔法は即興で唱えられるものでもないので、黄金より貴重な砂時計の砂がかなり落ちてしまう。
で、二人を説き伏せて城壁に上がった時には、機動力に自信があるマーヤム族の騎兵はかなりの数がこちらの攻撃魔法範囲外に出てしまっていた。
まずい。
エリオスの騎兵隊は何とか前に出ようとしているが、こちらの予備兵力ゆえに迂回されて西門側に突っ込まれたら街が落ちるのを理解してその矛先が鈍っている。
かといって、マーヤム族はその機動力からこちらへの備え以外の全てを東部諸侯軍にぶつけて勝負を決める腹だ。
北門のゴーレムと東門のぽちは動かせない。
マーヤム族の備えが阻止攻撃を行っているからだ。
南門側のリザードマン族を北に上げる?
これも駄目だ。
陸上ではリザードマンの能力が十二分に発揮できないからだ。
「私兵団から志願者を募りなさい!
私も西門から打って出ます!!」
「お嬢様!」
「無茶です!!」
ほぼ同時にセリアとアルフレッドから悲鳴が上がる。
サイモンは城壁防衛の為に動かす事ができない以上、動きが鈍っているエリオスの後詰に誰かを出す必要があるのだ。
で、エリオスの騎兵隊を動かすためには西門の防御、つまり西門に敵を近づけないために打って出なければならない。
それができる指揮官は私しか残っていない以上、私がするべきなのだ。
「今、打って出ないと東部諸侯軍が大損害を受けるわ。
そうなったらこの街も落ちるのよ!」
「だからといって、お嬢様がここまで命を賭ける必要は無いじゃないですか!
お嬢様はもう十分に世界樹の花嫁候補生としての責務を果たしました!」
セリアはそこで口を閉じたが、彼女の目が切実にそれを訴えていた。
見捨てろと。
ウティナの街を、東部諸侯軍を見捨てろと。
できるのだ。
転移魔法を使える私は、見捨てても生き残れるのだ。
「先日の戦いに今のお嬢様の働きで、敵は三万近く引き付けました。
十分じゃないですか。
東部諸侯軍もタリルカンド辺境伯をはじめとした精鋭ぞろい。
負けるとは思えませぬ」
セリアの言う事は事実だ。
私の知る過去では今以上の兵を相手に、タリルカンド辺境伯は勝利してみせたのだ。
その命を代償にして。
そして、彼の死と代替わりによって東部諸侯は一枚岩の動きができなくなり、内乱発生時に東部諸侯は何の影響力を発揮する事無く東方騎馬民族に蹂躙されることになる。
「アルフレッド。
護衛である貴方からも言って頂戴。
これ以上、お嬢様が前に出ないようにと」
どくん。
私の心臓が、ひどく大きく鳴った。
アルフレッドが私の目を見て口を開こうとする。
それがなんだか怖かった。
アルフレッドに嫌われるのがいやだという私の心と、彼を危ない目に合わせたくないという私のわがままが私の体を縛ろうとする。
けど、彼の口はそれ以上開くことは無かった。
アルフレッドが何かを見つけて、そのまま空を見上げる。
その何かは、西門付近で戦っているマーヤム族に空中から近づくと、ファイヤーブレスで彼らを焼き払った。
焼き払った飛竜は二体。
それに乗っている顔に私は見覚えがあった。
「アリオス王子だ!
アリオス王子が現れたぞ!!」
「西の方を見ろ!
神殿騎士団が援軍に来てくれたぞ!!」
兵達が騒ぐ。
こちらの切り札その二の登場である。
女神神殿を守護し、教団の武装戦力たる神殿騎士団。
回復魔法も使えるテンプルナイトや神殿に認められたパラディンを主体とし、政治的中立をモットーにしていた彼らが動いた。
それは、アリオス王子の王位継承を暗に認めたという政治的メッセージを送っているに等しい。
神殿騎士団の左右に広がっているのは私が用意した街道騎士団なのだろう。
ぱっと見で五千居るかどうかだが、この戦局では干天の慈雨に等しい。
自然と顔に笑みが浮かぶ。
旗頭の諸侯がおらず一枚岩で動けない南部諸侯にとって、このメッセージを跳ね除ける気骨の有る輩は居ないだろう。
勝ち馬に乗るべく、今頃南部諸侯達は慌てて兵を向けているに違いない。
「エリオス殿に伝令を。
『神殿騎士団がこの街を守るから、背後は気にしないように』と。
空中騎兵はアリオス王子の護衛を」
空から縦横無尽に炎を吐く飛竜は敵にとって悪夢に等しい。
とはいえ、弱点がないわけでない。
地面に墜落すればほぼ確実に死ぬので、矢で羽を傷つけたり風魔法で墜落させたりという対抗手段が有るのだ。
矢については、こちらがつけた空中騎兵だけでなくアリオス王子のお付のグラモール卿もいるので、うまく狙いを逸らしてくれるだろう。
後は、彼らを一掃しかねない、風魔法の阻止である。
無理を言って出てきてもらったアリオス王子に万一が発生したら、政治生命だけでなく物理的に首と体がお別れしかねない。
「魔術師!
大規模魔法準備!
儀式魔法を撃つわよ!!」
向こうが唱える風魔法に対抗呪文をかける。
エリオス率いる騎兵隊が背後を襲って、東部諸侯軍を包囲しようとしたマーヤム族に混乱が発生している。
この戦いの分水嶺はこの呪文にかかっていた。
「敵陣に魔法陣が浮かび上がりました!
大規模儀式魔法です!!」
こっちの切り札である飛龍を風魔法で落とせばマーヤム族の勝ち。
そのマーヤム族の放つ風魔法を妨害できれば、こっちの勝ち。
タロットカードを取り出し、自分の四隅に置いて魔法陣を形成する。
『運命の輪』正位置。状況好転という意味。
『塔』逆位置。相手の大混乱という意味。
『魔術師』正位置。魔術の象徴。
『戦車』正位置。勝利の象徴。
手に持つのは『女司祭長』正位置。
良いことも悪いことも打ち消せる彼女を私自信に見たてて私は呪文を放つ。
運がなかったわね。マーヤム族。
散々負け続けた私だけど、この手の魔法戦で負けたことはほとんどないのよ。
「カウンター・スペル!!!」
こっちの儀式魔法発動後、敵陣に浮かび上がっていた魔法陣が何の効果も発動せずに雲散する。
そして、マーヤム族の心が折れる音が私には聞こえた気がした。
戦いそのものはそれからもう少し続けられたが、東部諸侯軍を叩ききれなかったマーヤム族はエリオスの騎兵隊に背後を突かれてついに壊乱。
1/3近い兵を失いながら東に撤退する事になった。
一方、こちらも三倍近い敵の攻撃を受けた東部諸侯軍の被害が無視できない為に追撃は途中で打ち切ることになったが、この戦いでタリルカンド辺境伯を助けたアリオス王子の武威を皆が認め、王太子として立つだろうと王宮でささやかれるようになる。